1995-05-10 第132回国会 参議院 地方分権及び規制緩和に関する特別委員会 第8号
大分県は古くから「豊の国」と呼ばれ、瀬戸内海を通じて中央文化を、また北九州を経て大陸文化を吸収し、我が国の歴史の中で大きな役割を果たしてまいりました。 我が武蔵町は、大分県の東北部、石仏の顔のように突き出した国東半島の東部に位置し、その昔、六郷満山霊場としていにしえの仏教文化が花開いたところでございます。
大分県は古くから「豊の国」と呼ばれ、瀬戸内海を通じて中央文化を、また北九州を経て大陸文化を吸収し、我が国の歴史の中で大きな役割を果たしてまいりました。 我が武蔵町は、大分県の東北部、石仏の顔のように突き出した国東半島の東部に位置し、その昔、六郷満山霊場としていにしえの仏教文化が花開いたところでございます。
したがって、地域文化ということがあたかも中央文化との対比の中で、中央に何かいいものがあって、地方文化というのは、その受け皿だとか、あるいは枝分かれ文化だとかというとらえ方を私はしたくない。文化というのはそもそもがその地域のものなんだ。実体がある、生活の中に文化がある。架空のとは申しませんが、中央というところの文化というのは本来ないのじゃないか。
平泉文化は、奥州の権力者として藤原氏が、京都の中央文化を取り入れて、そして平泉の地に築いた独自の文化でありまして、我が国の歴史の中でも重要な価値を有しているものである。十一世紀末から十二世紀末までの長い間ですね。そういう中で、今いろいろ先生のお話の中にございましたが、私自身も見せていただきましたし、すばらしい文化である、このように感じております。
そして地方文化、地域文化という言葉が頻繁に使われるのですが、これと対置される中央文化というのはあるんでしょうか。まずこの辺からお聞きしたい。なるべく簡潔にお願いします。
あれは中央文化の移し植えじゃないのですよ。住みついた豪族といいますか、あの地域でつくり上げた文化なんですね。そのほかにもたくさん例があります。決して東北が今言ったようなことではない、やはりプライドを傷つけられたという感じはするわけです。
しかし、これに対して中央文化とか大都市文化という表現はまずないわけですね。そうしますと、単に文化といえば、いわゆる中央と言われるところでつくられあるいは流されるものというふうに受けとめられがちである。私はその辺は非常に残念だと思っているので、文化というものについての文化庁の把握というか御見識をお願いしたい、特に地方文化というものについてどうとらえたらいいかということですね。
○吉久政府委員 地方文化の振興につきましては、文化庁といたしまして、開庁以来その拡充普及に努めておるわけでございますが、私ども、地方文化というものを中央文化と相対立する概念としてこれを考えるのはいかがなものかというふうに考えておるわけでございます。
そうしますと、中央文化を対象としたものだけが地方の津々浦々にまで同じものが流れる。ということは、地方の文化というものを育成していこうというような結果には結びつかないわけですね。 ところが、NHKの趣旨の中には、ローカルの文化もそれなりに育てていかなければいけないんだという、一つの使命があるわけです。
それは企業そのものの合理化という方面から申しますならば、一応道理もあろうかと思いますけれども、地方々々には、それぞれ独自の文化がありまして、それを無視して、大きな放送局で中央文化だけを地方に流すということはどうかと思われる点もあるのであります。
又ややもすれば我が国の文化が中央に偏する、その中央に偏する中央文化をあまねく地方文化に均霑滲透せしめるという上におきまして、テレビジヨンの持つ使命は誠に大きなものがあると思いますから、ひたすらこれが実現の一日も早からんことを熱望する次第であります。監理委員長が私のこれに対しましての一つの見解、御明示を頂くことを深く要望して置く次第であります。