1997-12-03 第141回国会 衆議院 文教委員会高等教育に関する小委員会 第1号
このような子供たちを前にして多くの新米教師が立ち往生じたり、最近、子供がわからなくなった、見えなくなった、理解できなくなったと嘆く中堅教師がふえていると聞きます。子供たちの変化に対応できずにろうばいする教師たちです。良心的な教師ほど戸惑い、悩んでいるようです。 このような状況の中で、卒業直後でも何とかして子供の前に立てる教員養成が求められております。
このような子供たちを前にして多くの新米教師が立ち往生じたり、最近、子供がわからなくなった、見えなくなった、理解できなくなったと嘆く中堅教師がふえていると聞きます。子供たちの変化に対応できずにろうばいする教師たちです。良心的な教師ほど戸惑い、悩んでいるようです。 このような状況の中で、卒業直後でも何とかして子供の前に立てる教員養成が求められております。
そういうことで、十年二十年経験をして、教頭とか中堅教師以上の者を向こうへ出すということは私は反対なんです。教壇に立つまでに世界を知って子供に教える位置につくべきであって、一体、おとなになるまでに、日本に生まれ、日本に育って、日本がまだ経験しなければわからぬということはないのであって、二千年の歴史の文化の中で育っているのですから、教員養成過程の中で世界を見聞せしめるということが一番意義があるのだ。
しかし今度五百名ともなりますれば、特に中堅教師の方々も入りますので、まだ詳細に年齢別に中堅教員とは何歳から何歳までといったような基準をつくるつもりはございませんが、中堅と申しますれば、年齢で申しましても三十歳代から四十歳代の半ばくらいが中堅に、大体年齢的には当たるであろうかと思いますし、また数がふえましても、来年やめる校長に論功行賞、そういったことを特に基準の中に一項目考えるというようなことは考えておりません