2020-04-01 第201回国会 参議院 決算委員会 第1号
その際、利根川の中流部では計画高水位まであと三十センチのところまで水位が上昇して、一時は越水のおそれがある旨を地元の利根川上流河川事務所が公表するなど、大変切迫した状況だというふうに伺いました。上流ダム群の効果は絶大だったというふうに言えます。
その際、利根川の中流部では計画高水位まであと三十センチのところまで水位が上昇して、一時は越水のおそれがある旨を地元の利根川上流河川事務所が公表するなど、大変切迫した状況だというふうに伺いました。上流ダム群の効果は絶大だったというふうに言えます。
これは二枚目の資料に、これは国交省の荒川上流河川事務所の速報ですけれども、上の写真にあるように、都幾川が右から左手の方に流れている、その左岸側で、右上に、越水箇所と赤い楕円が記してあるところというのがまさにこの三枚目の写真のところなんです。 国交省にお尋ねします。
関東地方整備局荒川上流河川事務所には、ポンプ車の手配を毎回迅速に対応していただき、感謝しております。 今回、台風十九号の被害を踏まえると、私の地元でも、ポンプ車の派遣要請が必要な樋管箇所がほかにも出てきましたので、国土交通大臣におかれましては、ポンプ車の数をふやしていただくようにお願いいたします。
また、荒川上流河川事務所の皆様には、台風十九号の対応に尽力していただいたことに感謝申し上げます。 まず、さいたま市から上尾市平方の開平橋付近までの築堤の終了が近いと承知しています。今後、整備が本格化する荒川第二、第三調節池の完成時期などについて説明ください。
門政務官にお伺いしたいと思うんですが、今回の水害を受けて、荒川上流河川事務所が中心となって、集団移転を検討しているというようなことがございましたけれども、今後、集団移転というものを水害対策などにどのように活用していくお考えか、お聞かせいただきたいと思います。
次に、私の地元、利根川水系、埼玉の東部にあるわけですけれども、この利根川水系では、台風十九号におきまして、この降水によりまして、栗橋、ちょうど久喜市というところですけれども、そこの栗橋水位観測所では、利根川上流河川事務所から伺ったところ、最高水位九・六一メートルを記録して、氾濫危険水位、これが八・九メートル、を十時間近く超過する大規模な洪水が生じました。
今回の台風十九号の出水の際には、国土交通省の利根川上流河川事務所長が、利根川沿川の首長さんの方に利根川が越水するおそれがあるというふうなホットラインの電話を掛けております。それを受けまして、加須市で八千五百人、境町で二千二百人、手配したバスでその町外、市外に避難をしたというふうに伺いました。大変切迫した状況であったんだというふうに思います。
この点について一点、局長、大臣に伺いたいんですけれども、鴻巣は、鴻巣市、コウノトリの町でございまして、このこうのとりを育む会は、自然再生事業、ビオトープをつくったり、冬水田んぼをつくったり、魚道を整備したり、あるいは自然生き物観察会ということで、自然観察を地元の子供たちを呼んで催していただいたり、そこには荒川上流河川事務所の職員の皆さんも、土曜、日曜にもかかわらず毎回来ていただいて、本当に地域になじんでいただいております
これらを受けまして、荒川上流河川事務所が事務局となりまして、埼玉県と地元市町の首長ですとかあるいは学識経験者の方々から構成される荒川流域エコネット地域づくり推進協議会を昨年十一月に設置をして、多様な生物生息環境の再生と創出等の観点から検討を進めることとしております。
○政府参考人(潮崎俊也君) 中部地方整備局の天竜川上流河川事務所によりますと、昭和三十六年の六月、当時の台風六号の接近と梅雨前線の停滞による豪雨のため、長野県の伊那谷地域の各地で土砂崩れなどの土砂災害が発生をいたしまして、その数は伊那谷全体で一万か所を超えたとされております。
荒川流域では、荒川上流河川事務所と、そして埼玉県と地元の市町から成ります連絡会を平成二十五年度に設置して、二十六年度には二回開催しまして、中流域エリアでの基本構想の策定に向けた検討を進めていると承知をしております。
そういうところに、荒川上流河川事務所の職員の方が土日にもかかわらず来てくれているんですよ。頼まないのに。所長とか、あるいは河川環境課長さんかな、御家族で来てくれている。私も感心していまして、普通、土日ですから、自分の家庭内のサービスの方を優先しがちなんですけれども、自主的に地域のそういう収穫祭あるいは野外観察会に職員の方が来てくれている。
これまで、荒川上流河川事務所、鴻巣市、北本市が事務局となりまして連絡会を設置しておりまして、荒川中流部の太郎右衛門地区という地区がございますが、ここで湿地再生や河畔林の保全、再生などの取り組み、また、それ以外の地区におきましても、コウノトリの餌場となる湿地を再生する方法の検討、こういったことを進めているところでございます。
それで大臣に、今後の地域の発展を考えれば、また、地元の強い要望もございますので、荒川流域でコウノトリに関する事業などの自然再生を強化することも必要だと思っていまして、先ほど局長が答弁したとおり、地域自然再生事業も荒川上流河川事務所の中では行われております。私も何回か視察をさせていただいております。ですから、その点についての大臣としての御見解を最後に伺わせていただいて、質問を終わりたいと思います。
荒川流域では、荒川上流河川事務所、鴻巣市、北本市が事務局となりまして、荒川流域コウノトリ地域づくり連絡会を設置いたしまして、他地域のコウノトリに関する取り組み事例について調査研究等を行うとともに、荒川上流河川事務所におきましては、荒川中流部の太郎右衛門地区等におきまして、湿地再生、河畔林の保全、再生などの自然再生の取り組みを推進しているところでございます。
ぜひ、ここは一体のものとして取り組んでいただくか、あるいはこのたび概算要求の概要というところで災害復旧制度の一般会計の充実というこの案の中に、上流河川の中で堤防が決壊をしたりして、上流部でそういう災害が後を絶たない、そして河口部の川幅がとても間に合わないというような状況があった場合にはこれを適用しながら、県の事業であっても多分やれるという方向だろうと思うんですけれども、こういう制度で実現ができるならばこの
私は、建設省の方で五十七年の三月に淀川上流河川公園の基本構想が発表されましたので、ちょうどこの河川公園のど真ん中にこれが関係してくるから、どういうふうに保護をやられるつもりだろうかなということで関心を持ちました。調べてみますと、淀川河川公園というのは全国の国営としてやっておられる中では日本で第一号として出発された。第二号は岐阜県の方です。それで、今度は上流部分に河川公園を発展させていく。
それは国の方の管理は非常に進んでいるのですけれども、県の管理の方が、特に中小河川の山岳部にあります上流河川が、なかなか直っていない。たとえば災害があった、その部分だけの補修はされるけれども、それ以上にはよくならないという現状なんですね。これについて、どんなものですか、中小河川の県の管理の部分についてのあり方は。
神山町川又地区では、住民代表多数の方々から、鮎喰川上流河川の改修と周囲に多発する地すべりについて、何とか早急に防止策を講じてほしいとの強い要望がありました。 川井峠から展望する木屋平村は、山奥の秘境を思わせるのどかな集落でありますが、今回の豪雨によって、村始まって以来の大きな被害をこうむったのであります。
しかしながら、その中でたとえば道路というものをとってみても、現在の高速道はほとんど産業投資としてみなしていいと思いますが、地方道の立ちおくれや、あるいはその中でも町村道的なもの、それから上流河川、いわゆる治山治水関係、さらに農林省でいきますと農業基盤、格別、圃場整備等の農業基盤、これらは相当にきめの細かい配慮が行われなければ、農林省内部においても、建設省内部においても、直轄の大きな仕事が必ず優先的に
したがって、諏訪湖の浄化というものが大きな問題になって、環境庁を中心、あるいは建設省その他も一生懸命に今日まで対策を立ててきたのだが、その上流河川の流域における新しい汚染源というものに対する対策が十分ではない。こういうものに対する指導が行き届かないと、これは問題になるだろうと思うのですね。また、せっかくいままで努力したものがもとのもくあみになる。これが一つですね。
この地域は、上流河川のはんらんにより一面の田畑が冠水したのであります。その上同地域は、馬込川と染地川の合流点にあるため堤防が排水をおくらせる結果となり、やむを得ず堤防を切断したとのことでありまして、地元住民からは馬込川の掘さくを一メートルほど行なってほしいとの要望がありました。
なお、上流河川流域の砂防事業につきましては、これは非常に風化しております花こう岩地帯が大半を占めておりますので、こういった山地からの土石の流出等を防止しますために、岡山県では特に吉井川につきまして重点を置いているような状況でございまして、特に本年の十号台風等でも新たな荒廃渓流等ができましたので、そういったものにつきましては緊急的に砂防を手配する等の処置を講じております。
そういう上流河川の温水による被害がたいへん多い。建設省としてこういう中小河川並びに大きな川の上流の災害についてその後どういう措置をとられておるか。これはもう五、六年も前から話は出ておるわけなのでして、大臣もすでにお考えだと思いますので、そういう対策をひとつお聞きしたいと思います。
〔高橋(清)委員長代理退席、委員長着席〕 ただ、一般的に干拓事業をいたします場合には、概して申しますならば、歴史的に見まして、やはり沿岸への上流河川からの土砂が逐次堆積をいたしまして、いわゆる州というようなものができてきて海面が浅くなる。