1964-04-01 第46回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会原子力政策に関する小委員会 第4号
本問題調査のため、本日は参考人として日本原子力船開発事業団理事長石川一郎君、日本原子力船開発事業団専務理事甘利昂一君、日本原子力船開発事業団理事井上啓次郎君、日本海事協会会長山縣昌夫君、三井物産株式会社常務取締役太田音吉君、三菱商事株式会社常務取締役足立一郎君、三井造船株式会社常務取締役山下勇君、三菱造船株式会社常務取締役谷口健八君、以上八名の方に御出席を願っております。
本問題調査のため、本日は参考人として日本原子力船開発事業団理事長石川一郎君、日本原子力船開発事業団専務理事甘利昂一君、日本原子力船開発事業団理事井上啓次郎君、日本海事協会会長山縣昌夫君、三井物産株式会社常務取締役太田音吉君、三菱商事株式会社常務取締役足立一郎君、三井造船株式会社常務取締役山下勇君、三菱造船株式会社常務取締役谷口健八君、以上八名の方に御出席を願っております。
会社常務取締 役) 太田 音吉君 参 考 人 (三菱商事株式 会社常務取締 役) 足立 一郎君 参 考 人 (三井造船株式 会社常務取締 役) 山下 勇君 参 考 人 (三菱造船株式
これに対して、あなたの方では、一部に誤った計算等があった点は認めていますが、入札にあたって、第一回、二回は落札者がなく、第三回に日立造船株式会社が辞退したので、残った三菱造船株式会社に種々折衝の上、かろうじて契約を締結したので、この価格以下の契約は事実上困難であった、このような事情であったので、この程度の予定価格は不当なものであったとは考えない、こうあなたの方では述べていますね。
○参考人(丹羽周夫君) 終戦までは御承知のように私どものほうの会社で、はつきり申上げますと、三菱造船株式会社でありますが、上海に当時の中華民国としては唯一の造船所であつたところの江南・ドツクというものを我々のほうの会社でオペレイトいたしておりまして、それは今何かやられておるやに聞いておりますが、大した生産はやつていないじやないかと想像いたします。
御参考までに申上げますと、公社側代表として、三菱造船株式会社の広島造船所の副所長の平岡正哉君であります。中立といたしましては、三菱造船株式会社の広島造船所の副会長の三宅清君であります。組合側の代表として衆議院議員中原健次君が選ばれた次第であります。