2021-05-26 第204回国会 衆議院 文部科学委員会 第16号
加えて、最近の文化庁は、三の丸尚蔵館の名品を地方に貸し出す取組を宮内庁と連携して始めておりますけれども、これも、文化庁の担当課が京都に行ってしまったら、宮内庁との調整に懸念が生じます。現在、文化庁の行政は、文化観光や食文化など、他省庁との連携もどんどん増しており、これからも増えていくと予想されます。
加えて、最近の文化庁は、三の丸尚蔵館の名品を地方に貸し出す取組を宮内庁と連携して始めておりますけれども、これも、文化庁の担当課が京都に行ってしまったら、宮内庁との調整に懸念が生じます。現在、文化庁の行政は、文化観光や食文化など、他省庁との連携もどんどん増しており、これからも増えていくと予想されます。
皇室ゆかりの三の丸尚蔵館は、我が国が誇るべき二千を超える国宝、重要文化財級の美術品を所蔵しています。それらを地方に積極的に貸し出し、文化観光の核とします。国立公園などにおける自然の中での宿泊体験や、城や寺社、古民家での滞在など、地域に眠る観光資源を磨き上げ、滞在型観光やワーケーションを推進してまいります。 日本酒、焼酎などの文化資源について、ユネスコ無形文化遺産への登録を目指します。
皇室ゆかりの三の丸尚蔵館は、我が国が誇るべき二千を超える国宝・重要文化財級の美術品を所蔵しています。それらを、地方に積極的に貸し出し、文化観光の核とします。国立公園などにおける自然の中での宿泊体験や、城や寺社、古民家での滞在など、地域に眠る観光資源を磨き上げ、滞在型観光やワーケーションを推進してまいります。 日本酒、焼酎などの文化資源について、ユネスコ無形文化遺産への登録を目指します。
三の丸尚蔵館におきましては、皇室に伝えられてきた貴重な品々を将来に向けて長く良好な環境で保護し、調査研究や必要な補修を行いながら公開を進めてまいったところでございます。
○和田政宗君 これ、九千六百点中二千五百点が極めて文化的、歴史的価値が、美術的価値が高いというのはこれすごいことだというふうに思うんですけれども、現在の公開スペースでの公開点数は何点で、三の丸尚蔵館建て替えの後は公開スペースでの公開が何点になるのか、答弁願います。
次に、三の丸尚蔵館の建て替えについてお聞きをしたいというふうに思います。 皇居東御苑に三の丸尚蔵館がございまして、私も散歩がてらといいますか訪問をさせていただくこともありますが、外国人の観光客の方も多く御覧になるわけでございます。この三の丸尚蔵館の収蔵点数何点あって、国宝級や重要文化財級など歴史的価値の高い美術品は何点あるのか、答弁願います。
また、大臣御指摘のように、皇室ゆかりの様々な美術品等々は、正倉院ですとか三の丸尚蔵館ですか、に展示をされて保存されているというわけですが。
また、そういう点でも、貴重な皇室用財産の美術品を展示される三の丸尚蔵館の拡充や積極的な広報、あるいは、私どもの地元の関西にたくさんございますが、離宮や御所の復元など、あるいはまた、皇室用財産のすばらしいのはわかるんですが、どうしても、三の丸尚蔵館を初め、東京での展覧会が多いものですから、積極的に地方に貸与して、巡回して展覧会をしていくですとか、そういうさらなる利活用について積極的に進めていただきたいというふうに
また、三の丸尚蔵館についてお尋ねをいただきました。
三の丸尚蔵館、約九千八百点の美術品、有名なところでは、伊藤若冲の動植綵絵なんというのは御存じの方も多いと思いますが、委員の先生方でも、三の丸尚蔵館、行かれたことがない方の方が多いんじゃないかなというふうに、まあ、行かれた方もおられると思いますが、まだまだ広報が、すばらしいものをしているにもかかわらず、なかなか広報がうまくいっていない。
私ども宮内庁におきましても、御即位二十年の記念といたしまして、例えばでございますけれども、皇居の東御苑地区において、御即位にゆかりのある品々を中心に展示する特別展や、皇居内にあります三の丸尚蔵館において特別展覧会を開催することなどを検討しているところであります。
東区には、若葉、千早、松崎、緑が丘、松香台、丸尾、御島崎、香椎台、香椎宮前、香椎団地、三の丸、名島台、香椎が丘、青葉、青葉台、蒲田、高松、米田、八田、津屋、土井、浜松、貝塚、奈多、香椎浜と、二十幾つかあるんですね。 つまり、それぞれの地域で非常に大きなコミュニティーをつくっています。しかし、非常に近接したところに住んでいますので、快適に過ごせばいいんですけれども、時にトラブルがいろいろある。
ところが、その説明には全く書いてなくて、その免許の更新制の導入のことだけるる書かれていて、最後のところの三の丸の二つ目のところに講習を修了できなかった者の免許状はその効力を失うと、そういうふうに書かれている。その説明を読んで、これのとおりに説明されれば、今大臣がおっしゃったようなことには僕はならないと思うんですよ。
○世耕弘成君 さて、今回、総理はこの郵政民営化を改革の本丸と位置付けられているわけなんですが、となると、改革の大手門とか改革の三の丸、二の丸というのもこれあるはずじゃないかというふうに思っています。
私は、郵政改革は改革の本丸である、しかし、二の丸、三の丸がある、二の丸は政策金融の改革であり、三の丸が国債の管理の強化であるということをかねてから申し上げております。
まず、四月六日に水戸三の丸ホテルにおいて開催しました水戸地方公聴会への派遣委員は、団長として私、大野由利子と、小野晋也理事、辻一彦理事、吉田治理事、菅原喜重郎理事、岡部英男委員、奥山茂彦委員、近江巳記夫委員、吉井英勝委員、辻元清美委員の十名であります。
午後七時三十七分散会 ————◇————— 〔本号(その一)参照〕 ————————————— 派遣委員の茨城県における意見聴取に 関する記録 一、期日 平成十年四月六日(月) 二、場所 水戸三の丸ホテル 三、意見を聴取した問題 原子力基本法及び動力炉・核燃料開発事業 団法の一部を改正する法律案(内閣提出) について 四、出席者 (1
五十年の答申、五十一年から立法作業が始まって、外堀が埋められる、二の丸、三の丸が全部埋められて、ついに電源立地抜き。こういう時の情勢、政策に非常に大きな変化を伴うわけですね。ですから、両立すべきものなのか、対立すべきものなのか、その辺が一本きちっと出ておかないと大変なことになるということなんです。
それで、いま申されましたように、五十年の十一月の三十日の夜、水戸市の三の丸の料亭で宴会中気分が悪くなって倒れまして、その近くの山田病院というところに担ぎ込まれまして五十年の十二月一日に肝硬変という病名で病死しております。それで警察といたしましては、病死でございますので検視などの特別の措置はしておらないということでございます。
○春日正一君 それからもう一つ、国の史跡になっておる今帰仁の城あと、城址、これが、国の指定区域が小さいために、保護が十分でなくて、この今帰仁城の入り口左側、城壁の真下、これは一部指定部分に含まれているそうですけれども、ホテル用建設用地として整地されてしまっておるとか、三の丸や城の右側もホテルやモーテル予定地になり、建設が行なわれておるということで、城あとが非常に破壊されているというようなことが、先ほどの
一応完了ということばを申しましたのは、最初の計画ですと、そのほかに、三の丸の地区、現在恩給局の分室ですとか、内閣文庫ですとか、それから皇宮警察の済寧館だとか、あそこも庭園化する計画であったのでありますけれども、しかしながら、恩給局にしても、内閣文庫にしても、なかなかそう簡単に移転がはかどらないものですから、それが全部できるまで公開を待つというのもこれもどうかというので、おもな点、本丸と二の丸のあと、
そういうようなことで、皇居造営審議会の際にいろいろ検討されて、皇居のうちで約三分の一に当たる東側地区、ちょうどもとの旧江戸城の本丸、二の丸、三の丸のある大手門から入ったあの地、その地域については以前は皇族様で内親王様のお住みになっていた呉竹寮がございましたが、その後皆さん大きくなられて、皇族の方もお住みになっていないのだから、ここについて開放を考えないかというようなお話がありました。
そこで、実は昨年の十月から宮内庁の東側の東地区本丸、一の丸、二の丸、三の丸、この地点を開放するということを、当決算委員会におきまして、宮内庁の人が言明をいたしました。さらにいま、東京都の計画とされまして、中央公園が北の丸に建設されることになって、それが森林公園として着々進められておったのでありましたが、それがいつの間にか次々と、さらに公園をつくるのに障害が起こってくるような問題が起こってきている。
○山田(長)委員 いろいろ伺うのでありますが、まず最初に伺っておきたいことは、昭和三十四年十月に皇居造営審議会によりまして、本丸、二の丸、三の丸の整備、約三十四・五ヘクタール、皇居に付属する庭園の整備について、北の丸はなるべくすみやかに公園化するということで、これが実施をはかろうとしておったのでありますが、これが実現に至るまでに、その目的がかなえられないでおられるのじゃないか。
来法務事務官に昇進の途あり 一、勤務先 茨城県内一円 一、申込書類 希望者は履歴書(市販のものを 使用)に六カ月以内近影の写真 (58ミリメートル×83ミリリメー トル程度)を添えて提出のこと 一、受付期間 六月六日まで 一、選考試験日、場所 六月八日午後一時より 水戸地方法務局 一、申込及び問合せ先 水戸市北三の丸