2006-04-27 第164回国会 参議院 環境委員会 第9号
一つの例として、四月十六日、朝六時から九時四十分、旧軽井沢郵政省宿舎前から始まって、銀座のロータリー、八百屋に十頭、旧軽井沢倶楽部へ、南の人家侵入六頭以上、ふん尿、ミカン、こんなようなことを毎日毎日書いておりまして、ロータリー南からさらにはパウロ教会、一本松に行ったとか、旧軽井沢公民館から万平通りに渡っていった。毎日毎日こうやって、一日、毎日こういう日計を取って彼らは監視をしている。
一つの例として、四月十六日、朝六時から九時四十分、旧軽井沢郵政省宿舎前から始まって、銀座のロータリー、八百屋に十頭、旧軽井沢倶楽部へ、南の人家侵入六頭以上、ふん尿、ミカン、こんなようなことを毎日毎日書いておりまして、ロータリー南からさらにはパウロ教会、一本松に行ったとか、旧軽井沢公民館から万平通りに渡っていった。毎日毎日こうやって、一日、毎日こういう日計を取って彼らは監視をしている。
この資料は、住環境を守る・京のまちづくり連絡会として運動を続けている木村万平さんらが、田の字型地域の共同住宅の建築状況を調査し、作成したものです。 一枚目は、北部地域の北西部と北東部に分け、バブル以前の一九八四年からことし一月現在の二十年間にどう変化したかを示したものです。北西部では、バブル以前は全部で十五棟しかなかったのに、現在は百五十八棟と、十倍以上にふえています。
軽井沢の万平ホテルで田中・キッシンジャー会談がこの八月十九日行われる。その二日前にあたる十七日、緊急輸入対策の品目、これを各省間で事務レベルの会合を開いて折衝しております。軽井沢にいる田中を外務省の審議官が十八日の午後訪問いたしました。
そしてハワイ会談の前の八月十八日にはキッシンジャー氏が羽田に着いて、翌日軍用ヘリコプターで軽井沢の万平ホテルを訪れた。もちろん田中総理と会うためである。同席はインガソル大使ただ一人であった。そこでハワイ会談の始まる日、このホノルル会談の直前に会場のクイリマホテルではキッシンジャー氏やインガソル氏が記者団に対して田中総理の買い物リストというのを雑談を交わしている。
昭和四十三年六月三日(月曜日) 午前十時二十五分開会 ————————————— 委員の異動 五月二十四日 辞任 補欠選任 内藤誉三郎君 前田佳都男君 五月二十七日 辞任 補欠選任 館 哲二君 久保 勘一君 鈴木 万平君 北畠 教真君 前田佳都男君 内藤誉三郎君
去る五月二十七日、館哲二君、鈴木万平君が委員を辞任され、その補欠として久保勘一君、北畠教員君が選任されました。 —————————————
昭和四十三年五月二十三日(木曜日) 午前十時二十分開会 ————————————— 委員の異動 五月二十二日 辞任 補欠選任 鈴木 万平君 北畠 教真君 山田 徹一君 小平 芳平君 ————————————— 委員長の異動 五月二十二日北條雋八君委員長辞任につき、そ の補欠として小平芳平君を議院において
昨五月二十二日、鈴木万平君が委員を辞任され、その補欠として北畠教真君が委員に選任されました。 —————————————
午前十時五十八分開会 ————————————— 委員の異動 五月二十一日 辞任 補欠選任 加瀬 完君 佐野 芳雄君 岡 三郎君 田中 一君 五月二十二日 辞任 補欠選任 岡村文四郎君 久保 勘一君 松平 勇雄君 近藤 鶴代君 北畠 教真君 鈴木 万平君
また昨二十二日、松平勇雄君、岡村文四郎君、北畠教真君、田中一君及び佐野芳雄君が委員を辞任され、その補欠として近藤鶴代君、久保勘一君、鈴木万平君、藤田進君及び山本伊三郎君が選任されました。本日、久保勘一君が委員を辞任され、その補欠として館哲二君が選任されました。 —————————————
昭和四十三年五月二十一日(火曜日) 午前十時二十三分開会 ————————————— 委員の異動 五月十六日 辞任 補欠選任 北畠 教真君 丸茂 重貞君 秋山 長造君 佐野 芳雄君 五月十七日 辞任 補欠選任 林田 正治君 鈴木 万平君 丸茂 重貞君 中山
去る五月十六日、秋山長造君及び北畠教真君が委員を辞任され、その補欠として佐野芳雄君及び丸茂重貞君が、五月十七日、丸茂重貞君及び林田正治君が委員を辞任され、その補欠として中山福藏君及び鈴木万平君が、五月十八日、佐野芳雄君が委員を辞任され、その補欠として秋山長造君が、また昨二十日、辻武寿君及び赤間文三君が委員を辞任され、その補欠として山田徹一君及び奥村悦造君が、それぞれ委員に選任されました。
昭和四十三年五月二十一日(火曜日) 午前十時五十四分開会 ————————————— 委員の異動 五月十六日 辞任 補欠選任 土屋 義彦君 岸田 幸雄君 小柳 牧衞君 黒木 利克君 林田 正治君 鈴木 万平君 渋谷 邦彦君 原田 立君 辻 武寿君 山田 徹一君
昭和四十三年五月十六日(木曜日) 午前十時三十分開会 ————————————— 委員の異動 五月十五日 辞任 補欠選任 近藤英一郎君 赤間 文三君 菅野 儀作君 鈴木 万平君 内田 芳郎君 中山 福藏君 青田源太郎君 重宗 雄三君 岡本 悟君 斎藤 昇君
昨五月十五日、近藤英一郎君、内田芳郎君、菅野儀作君、大和与一君、松永忠二君、岡本悟君、木村美智男君が委員を辞任され、その補欠として赤間文三君、中山福藏君、鈴木万平君、大森創造君、西村関一君、斎藤昇君、野々山一三君がそれぞれ委員に選任されました。 —————————————
本日、山田徹一君及び鈴木万平君が委員を辞任され、その補欠として辻武寿君及び林田正治君が委員に選任されました。 —————————————
昭和四十三年五月十六日(木曜日) 午前十一時八分開会 ————————————— 委員の異動 五月十四日 辞任 補欠選任 菅野 儀作君 鈴木 万平君 五月十五日 辞任 補欠選任 鈴木 万平君 菅野 儀作君 小柳 牧衞君 前田佳都男君 五月十六日 辞任
昭和四十三年五月十四日(火曜日) 午前十時三十四分開会 ————————————— 委員の異動 五月十三日 辞任 補欠選任 迫水 久常君 赤間 文三君 鹿島 俊雄君 鈴木 万平君 斎藤 昇君 岡本 悟君 大橋 和孝君 野々山一三君 五月十四日 辞任 補欠選任
昨五月十三日、斎藤昇君、迫水久常君、鹿島俊雄君及び大橋和孝君が委員を辞任され、その補欠として岡本悟君、赤間文三君、鈴木万平君及び野々山一三君が、また本日、赤間文三君が委員を辞任され、その補欠として近藤英一郎君が、それぞれ委員に選任されました。 —————————————
委員の異動 五月九日 辞任 補欠選任 玉置 和郎君 植竹 春彦君 五月十日 辞任 補欠選任 植竹 春彦君 玉置 和郎君 大橋 和孝君 野々山一三君 小平 芳平君 鈴木 一弘君 五月十一日 辞任 補欠選任 鹿島 俊雄君 鈴木 万平君
(土曜日) 午前十時二十四分開会 ————————————— 委員の異動 五月十日 辞任 補欠選任 矢山 有作君 亀田 得治君 野々山一三君 大橋 和孝君 山田 徹一君 浅井 亨君 春日 正一君 野坂 参三君 五月十一日 辞任 補欠選任 鈴木 万平君
本日、後藤義隆君及び鈴木万平君が委員を辞任され、その補欠として迫水久常君及び鹿島俊雄君が委員に選任されました。 —————————————
昭和四十三年四月十六日(火曜日) 午前十一時三分開会 ————————————— 委員の異動 四月十日 辞任 補欠選任 大谷 贇雄君 鈴木 万平君 小山邦太郎君 中山 福藏君 出席者は左のとおり。
佐藤 隆君 近藤英一郎君 田村 賢作君 小林 章君 黒木 利克君 楠 正俊君 内田 芳郎君 玉置 和郎君 栗原 祐幸君 丸茂 重貞君 野知 浩之君 長谷川 仁君 林 塩君 北畠 教真君 鹿島 俊雄君 柴田 栄君 後藤 義隆君 鈴木 万平君
昭和四十三年四月十二日(金曜日) 午前十一時三十九分開会 ————————————— 委員の異動 四月九日 辞任 補欠選任 植木 光教君 鬼丸 勝之君 大谷 贇雄君 鈴木 万平君 竹中 恒夫君 大谷藤之助君 四月十日 辞任 補欠選任 鬼丸 勝之君 植木 光教君
昭和四十三年四月九日(火曜日) 午前十時三十分開会 ————————————— 委員の移動 四月八日 辞任 補欠選任 小平 芳平君 山田 徹一君 四月九日 辞任 補欠選任 鈴木 万平君 大谷 贇雄君 中山 福藏君 小山邦太郎君 ————————————— 出席者は
昭和四十三年三月十二日(火曜日) 午後二時十分開会 ————————————— 委員の異動 三月五日 辞任 補欠選任 玉置 和郎君 鈴木 万平君 三月六日 辞任 補欠選任 鈴木 万平君 玉置 和郎君 三月七日 辞任 補欠選任 玉置 和郎君 木島 義夫君
昭和四十三年三月七日(木曜日) 午前十時二十九分開会 ————————————— 委員の異動 三月六日 辞任 補欠選任 山本茂一郎君 佐田 一郎君 林田 正治君 後藤 義隆君 玉置 和郎君 鈴木 万平君 三月七日 辞任 補欠選任 谷村 貞治君 田村 賢作君