2021-02-19 第204回国会 衆議院 予算委員会 第14号
○道下委員 それでは、秋本局長はなぜ、小林議員が一敗地にまみれないとというふうに思ったのか。 私は、小林議員が総務政務官時代に行ったことについて、小林氏が総務政務官として行った行政活動について、秋本局長がいろいろ何か思われたのかな、それでいろいろと思いがあってそのような発言をされたと思うんですが、それでよろしいですか。
○道下委員 それでは、秋本局長はなぜ、小林議員が一敗地にまみれないとというふうに思ったのか。 私は、小林議員が総務政務官時代に行ったことについて、小林氏が総務政務官として行った行政活動について、秋本局長がいろいろ何か思われたのかな、それでいろいろと思いがあってそのような発言をされたと思うんですが、それでよろしいですか。
我々議員に対して一敗地にまみれるということはどういうことでしょうか。想像しただけで、本当に、そうなりたくないと思いますが。それだけ、この秋本局長は、小林史明議員が総務政務官のときに行った衛星放送の新規事業の積極性に対して非常に御不満があったのではないか、だからこのような発言があったと私は受け止めております。
残念ながら、この選挙は一敗地にまみれる結果となりました。その後、平成十二年六月の総選挙で、自由民主党の国会議員として返り咲かれたのであります。 当選後、先生は、仲間を募り、超党派の自然との共生を考える国会議員の会を立ち上げられ、メンバーの皆さんとの間でいつも熱心に議論を交わしておられたようであります。
しかし、一昨年の参議院選挙で、弱小農家を救えという民主党のマニフェスト、これに一敗地にまみれて、そして結局先祖返りしてしまったんですね。
先生は、戦後の日本がこれだけ復興し安定をしたのは自由民主党の政策である、このかたい信念のもとに、選挙区で獅子奮迅の選挙運動を展開されましたけれども、残念ながら一敗地にまみれたわけであります。 不屈の精神をお持ちの先生は、捲土重来を期して、その後も旧神奈川五区で選挙運動を展開されました。先生は、政治におのれの欲を持ち込まない、この信念を終生貫かれました。
ところが、事のてんまつは、歴代文科大臣が死守する、必ず守り抜くとした最低ラインでもある国庫負担割合二分の一、つまりは文科省の存在意義そのものであった二分の一死守の決意のほどがついぞ見られないまま一敗地にまみれる事態に至りました。それも、一片の教育論もなく、地方分権の本筋から懸け離れた圧力に屈服する形においてであります。
ただ、私は、それに加えて、先ほど来申し上げていることなんですが、今度こそはやはり中期的税制としてやってもらいたいという切なる願望を持っておりましたけれども、微力だということ、武運つたなくと申しますか、とにかく一敗地にまみれたというか、こういうことで合意をせざるを得なかった、こういうことでございます。
君は、その間一度参議院選挙に苦杯をなめ、私もまた、衆議院選挙に一敗地にまみれました。そして、平成二年二月、第三十九回衆議院議員総選挙において、前社会党委員長石橋政嗣先生の後継者として指名されるや、日本社会党公認候補として勇躍立候補し、選挙民の力強い支持を集めて、見事トップ当選の栄冠を獲得されたのであります。(拍手)同じとき、私もまた君の後塵を拝したものの、当選を果たすことができました。
君は、第十一回参議院議員通常選挙では一敗地にまみれ、無念の涙をのんだのでありますが、郷里の大先輩である成田知巳元社会党委員長の急逝により、昭和五十四年十月の第三十五回衆議院議員総選挙に立候補し、心機一転、父正一先生の地盤を継いだ成田元委員長の遺影を胸に選挙戦に臨み、見事最高点当選の栄冠に輝かれました。
○柴田(弘)委員 ぜひひとつそういった方向でやっていただいて、私どもも一生懸命バックアップいたしまして、三千三百有余の地方自治体も後押ししていますから、ひとつ去年のようなことのないように、大蔵省に一敗地にまみれぬように今度は——この間一遍一敗地にまみれたわけですから、一生懸命ひとつやってください。お願いします。 それから、退職者医療制度の問題で、これは厚生省にお聞きしますが、六月に調査をされた。
残念ながら一敗地にまみれた青年もいました。そこにインタビュアーが、あなたはこれで浪人ですかと言ったら、いや僕は慶応大学に決まっています、慶応へ行くんですかと聞いたら、慶応に入るんだけれども来年もう一遍東大にチャレンジします、それまで慶応に籍を置いておいて、来年東大に入ったら慶応をやめて東大に行きます、こういうやりとりを学生とアナウンサーでやっておるのを見ておって、何か悲しかったですね。
あのときに一般消費税の問題は実行すべきであるという答申が出たために、それを選挙の公約に掲げて一敗地にまみれて、そうしてそれを引っ込めたじゃないですか。グリーンカードもそうじゃありませんか。グリーンカードをやれという税調の答申じゃありませんか。それを三年延期ということで事実上棚上げして、これを抹消しようとしておる。これは全部税調の答申を踏みにじっておる。
さきに一九八八年のオリンピック開催都市に立候補した名古屋がソウルに一敗地にまみれたことは大変残念ではありますが、総理はこの結果をどう受けとめておられるかお伺いいたしたいと存じます。そして、結果が決まった以上は総理の、オリンピックの成功につきまして協力をいただくように強く要請する次第でございます。
憲法改正を政策として掲げた政党が一敗地にまみれるかもしれないし、あるいは圧倒的勝利を得るかもしれない。それは、国民が決めることだと思うんですね。」この発言をされて、八三年の選挙に、もし憲法改正をやろうという結論が出ておれば、掲げてやったらいい、国民がいろいろ審判するだろう、こういうことですね。 そのときに、参議院選挙、衆議院選挙同時選挙ということがあるかもしれません。
この御発言の中に、次の八三年の国政レベルの選挙で参議院選挙があるわけだから、結論が出ればそこで国民の批判を求めたらいい、憲法改正を政策として掲げた政党が一敗地にまみれるかもしれないし、あるいは圧倒的勝利を得るかもしれないと御発言になっておられるわけであります。また、いまの御発言のとおり、憲法をいいように解釈しながら運用してきましたが、これに限界がある。
この選挙で久保先生はみごと当選の栄冠を得られましたが、私は不覚にも一敗地にまみれ、国会での先生の御活躍を野にあって、はるかに注目してまいったのであります。 やがて、昭和四十二年一月の総選挙で私も本院の議席を得ることができ、それからは、公私にわたり、先生の温かい御指導と御交誼をいただいてまいりました。
世界の動向も察知できず、むざんにも一敗地にまみれ、国連外交にその恥をさらしたのであります。しかも、総理は一片の政治責任も感ぜず、「多数決に従うまでだ」などと責任を転嫁して恥といたしませんでした。政治節操いずこにありやといわざるを得ません。 日中国交回復の実現は、いまや産業界、商社、海運、経済界はもちろん、あげて国民各界の願いであります。
そして一九四七年と一九六五年のインド、パキスタン戦争の際にかなり善戦したパキスタン軍が今度は一敗地にまみれたのであります。これは軍事力よりも民衆の動向が重要な決定要素であるということの証明を新たにつけ加えたものであって、軍事力強化の必要を説く材料にはなり得ないと考えます。
さっき申されたようないろいろなことを、あの当時の日本人は、やったのですけれども、不幸にして戦争があのような結果に相なり、それで日本は一敗地にまみれました。しかし、戦争が済んでまた再び、この科学技術振興をもって日本の国策となすという一大方針を立てたはずなんです。けれども——またけれどもなんです。けれども、その盛り上がりがまだ十分でない。あのときは日本はほんとうに困った。
信託銀行は一敗地にまみれることは間違いありません。これは店舗の数からいっても、現在の力関係からいっても問題にならぬ。そうなると、私はよくこういうことを言うのですが、信託という名の銀行から信託銀行に脱皮をしていただくことが今後どうしても必要になるのではないかというのが私が特に信託銀行にお願いしたいことなんです。