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6742件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1950-07-31 第8回国会 参議院 本会議 第12号

併しながらロシアのように無料にすることはできない。ロシアにおいては宣伝の目的のために無料にしているのでありましようが、日本国共産主義宣伝のために映画を無料にするということはできません。(拍手、「それが総理大臣か」「飛んでもないことにこじつけたものだな」「めい答弁、但し迷いだ」と呼ぶ者あり)    〔国務大臣大橋武夫君登壇〕

吉田茂

1950-07-29 第8回国会 参議院 外務委員会 第4号

で、衆議員彌次においては、それじや君らはどつちに行くのだ、すぐアメリカかに付くのか、ロシアに付くのか、こういうような彌次が飛びますが、我々の考え方は結局この対立と呼いうものは、まあなかなか永久に解けないもの、であるからむしろ我々は争いがなくなつて政治的な妥協ができて併存するという形が非常に日本にとつてもよい。であるから併存するということを乱さないような講和を我々は望んでおるわけであります。

金子洋文

1950-07-26 第8回国会 参議院 本会議 第9号

判決文によれば、時の外務大臣松岡氏は、中立條約に調印後、駐日ドイツ大使オツトー氏に対し、「ドイツロシアの衝突の場合に、日本総理大臣外務大臣は誰であつても、日本中立にして置くことはできないであろう。この場合日本は必然的にドイツ側に立つてロシアを攻撃しないわけには行かなくなるであろう」と述べております。

細川嘉六

1950-04-29 第7回国会 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

その第一回目の十月下旬に出ました十六名の者は、ノヴオシビルスクまでは行つた形跡はあるのでございますが、と申しますのは、私達三十六名がノヴオシビルスクに到着しまして、そこに勤務しておりますロシア人に、前に日本人が十六名ばかりおつたということを聞きまして判断したのであります。

田邊勇司

1950-04-28 第7回国会 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第21号

証人日下敬助君) 監獄に入つてからは、監獄中はロシア人の囚人と同じように收容されました。部屋の大きさは十メーターに四メーターくらいの広さのある部屋、そこに下に床が張つてあるのですが、大体六十名くらい收容されました。そのうちロシア人が三十名くらい、日本人が三十名くらい、それだけ收容されておりました。下の床板を自分達はナールと言つておりましたが、そこには毛布と藁布団と……。

日下敬助

1950-04-25 第7回国会 衆議院 農林委員会 第36号

しかるに論をなすもののいうところでは、その論旨は一貫いたしませんので、聞きようによつては、第一次、第二次農地改革当時の議論をむし返しまして、あるいははつきりは言わないけれども、農地の私有を否定するかのごとく、せざるかのごとく、自作農地よりも労農ロシア的な国有集団農地で、全面供出的な制度の方がいいようなふうにも思われ、あるいはまた思われないようなまことに収奪農業的な、趣旨の徹底しないことが数日も繰返されておるのでありまして

八木一郎

1950-04-13 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第25号

○内藤(隆)委員 なかなかこの証人雄弁でありますから、私の聞かんとするところを早く答え過ぎて実は困るのだが、スターリン大元帥肖像張つてあることはわかる、これはロシアだから。日本張つてはこつけいになるが、ロシアならよいでしよう。今証言になりましたが、徳田球一あるいは野下坂參三、毛沢東といつたような人々肖像も並んでおつたのですな。

内藤隆

1950-04-10 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第23号

自由意思をもつて働いたとおつしやるけれども、今までのあらゆる人があらゆる機会において、自分自由意思ではなかつた、ただ食糧を得んがために、あるいは早く帰らんがために、やむことなく客観的情勢に強圧されて、いわゆる客観的無言強制に強圧されて、やむことを得ず、自由意思を捨てて強制労働に服して来たと言うのでありますが、このことはきわめて重大でありまして、自由意思にあらざるところの強制労働というものが今日ロシア

木村公平

1950-04-08 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第22号

しかし一九四九年の九月だつたと思いすが、結局いろいろソビエト同盟取調べ当局の方で大分進行して来た事件関係がありまして、その事件というのは、淺原君は三四五部隊といいますが、これは特務機関ロシア語教育隊であります、この部隊に所属していた。これだけでは大して問題じやないのでありますが、終戰時にハルビンにソ連の人々を收容した保護院というものがありました。

矢浪久雄

1950-04-08 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第22号

そうしてまたもしもソビエトロシアアメリカ、もしくは日本において戦争でも勃発した場合には、銃口をアメリカ並び日本人に向けてもかまわぬ、親兄弟にも関係なく、とにもかくにもソビエトのために、その同志のために、日本共産党祖国であるソビエトのために働かなければならぬというような教育を受けているのではありませんか。

安部俊吾

1950-04-05 第7回国会 衆議院 法務委員会 第20号

元来、妻は夫の国籍に従うという夫婦国籍同一主義は、従来各国の国籍法の採用していた原則でありまして、家族制度に立脚する現行国籍法も、もとよりこの原則によつていたのでありますが、近来における夫婦平等の思想の発展の結果、国籍関係においても、妻に夫からの独立の地位を認めようとする傾向が次第に強くなりまして、ソビエトロシアは一九一八年、アメリカ合衆国は一九二二年、フランスは一九二七年、つとに国籍の得喪について

村上朝一

1950-04-04 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第18号

ではお前はなぜロシア語を習つたか。ロシア語を習うのはあなたたちは存じないかも知れないけれども、われわれが日本で中学校とか大学で英語とかドイツ語を習うのと同じように、満鉄でも支那語とかロシア語、そういう語学を教えている。それで自分ロシア語が一番興味が深かつたから、それを専攻した。しかしお前はそのロシア語という武器をもつて、対ソ的な侵略戰争の諜者として働こうとしておつたんじやないか。

橋本忠義

1950-04-03 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第17号

また反動分子日本共産党の敵でもあるが、国際的な意味から言つてロシアの敵である。ロシアはわれわれの祖国である。われわれの祖国に対して弓を引くようなものはシベリアの土にしてもさしつかえないものである。とにかくりつぱな民主主義者というものは共産主義者である、共産主義者にならないものはとにかく帰国の権利がないというのが根本だと思います。

上村宗平

1950-04-03 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第17号

上村証人 労働ロシア語でいうノルマ、つまり基準量があります。その基準量ベルトーチカ、つまり貨車積込み一つ例をとると、貨車積込みには大体四クボ四十の土を掘つて貨車に載せなければならない、これはまず日本労働者でもなかなかできないだろうと思います。そのようなのが基準量になつております。それをぜひともやらなければならないが、これはロシアの一人前の労働者でもなかなかできないと言われている。

上村宗平

1950-04-01 第7回国会 参議院 本会議 第36号

幸いにして我が国労働者諸君は、一九〇五年のロシアのそれとは違つた意識の水準を持つておるが故に、或いは同一の結果が起きないであろうけれども、併しながら相手が無智であり、暴虐であり、横暴であるならば、結果の如何は予測することはできませんのみならず、我々は飽くまでもドツジ・ラインの修正、資本家擁護のためのこの二十五年度予算に対して、これを突破するのはただ一つベース改訂あるのみという確信を持つてつており

木下源吾

1950-03-31 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第15号

そういう人が日本新聞に紙とか写真ばかりでなく――向うナストロイカ、建設というドイツ語、フランス語、英語ロシア語、四箇国語で新しい五箇年計画のプロパガンタ用の美しい写真グラフが出ております。そういう記事からやはり送られて、最近日本新聞にずいぶん出ております。いわゆる編集に対する直接責任というものは、日本新聞社のコバレンコフがやる。

吉田幸平

1950-03-31 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第15号

現実に私たちが作業場でロシア人に話すならば――私たち指揮官であつたときに、証明書をもらつてロシア人のところへ遊びに行きます。そうするとよく来たというので、ロシア料理を食わせて、明るい人扱いをする。そして喜んで全員に食わして、そのあげくはバラライカをひいて、娘とタンスを踊つたりして非常に愉快にやるが、一旦夜が明けてそのおやじがわれわれの作業現場に来たとき。

吉田幸平

1950-03-29 第7回国会 参議院 本会議 第34号

そこで、この言葉は、当時通訳したところのロシア語の堪能な証人によつてロシヤ語で国会に発表されたのであるが、この仮定が仮に事実であつたとしよう。どこが不思議か。平和と民主主義とのために闘つているソヴイエトの人民及び兵士が、(「共産党とは違う」と呼ぶ者あり)捕虜てなつた日本人に対して、諸君民主主義者となることを日本共産党は求めていると言つたとすれば、それは当然である。我々はそれをすべて求めている。

中野重治

1950-03-27 第7回国会 参議院 予算委員会 第22号

又、ソヴイエト・ロシア又は中国というものが、それぞれの政治のやり方で存在しておるという嚴たる事実に対しては、これを頭から抹殺するという態度でなくして、二つの世界思想も違い、観念体系も違つておりますが、尚且つ、人類がみずからを救うためには、平和と友愛と理性の道を進むように政治家としては努力せねばならぬ、その努力をどのように効果的に実現するかということに、現代の政治家なり、外交官としての資格があるかどうかが

帆足計