1985-10-22 第103回国会 参議院 決算委員会 第1号
当時の新聞報道は、行政協定についての岡崎・ラスク会談で原則的にアメリカの指揮権を認める、認めるけれどもそれを公表してしまったら内閣がつぶれてしまうというので、公表しないでくれと言うので、アメリカものんで行政協定二十四条、協議制度という形でけりがついたということは大きく報道されたんですね。それはそれでいいんですけれども、その後が問題だ、後が。
当時の新聞報道は、行政協定についての岡崎・ラスク会談で原則的にアメリカの指揮権を認める、認めるけれどもそれを公表してしまったら内閣がつぶれてしまうというので、公表しないでくれと言うので、アメリカものんで行政協定二十四条、協議制度という形でけりがついたということは大きく報道されたんですね。それはそれでいいんですけれども、その後が問題だ、後が。
○野田国務大臣 林さんのいまの中村運輸大臣の話、佐藤・ラスク会談のときどうかという、その出たことをあなたにいいかげんな返事をしたくないんで、内容をつぶさに知らなければ正直に知らないと言ったほうがいい。
最近岸・ラスク会談から急に脚光を浴びたような感があります。そんなものじゃない、これは継続事業として真剣に考えなければならない問題であるけれども、少なくとも、長期固定化というような古くさい考えははっきりと否定されたらいいのではないか。アメリカからかぜを引いたのじゃなく、日本の独自の考えとしてそういうことをお考えになったらどうか。この点でも、まず総理から伺います。
○森国務大臣 佐藤・ラスク会談におきまして、佐藤総理から特にこの点を強く要請したことを私は聞いておりますし、それから、さらにラスクから検討しようという話を聞いたことも私は知っております。私自身も八月一日に沖繩担当の立場に立ちまして、ワトソン高等弁務官をはじめ、あらゆる機会にこの問題はすみやかに善処してもらいたい、こういう申し入れをしてございます。
○小平(忠)委員 佐藤・ラスク会談の内容について、あえてここでさらにお伺いをしようとは私は思いませんけれども、これは外交上の秘密として総理も厳に口をかたくされて、それは発表をしないでございましょう。
○小平(忠)委員 私は、先般の佐藤・ラスク会談において、ベトナム問題をいかように話し合われたか、それは外交上の機密としてこの席で総理は述べられない問題はあろうと思う。しかし、極秘事項に関する問題は別として、その基本的な姿勢くらいは、総理いかがでしょうか、お話しいただけるのじゃないでしょうか。
そこで、ただいまの総理・ラスク会談の内容の点は別といたしましても、日米貿易経済合同委員会の共同コミュニケの中にもある程度明らかにされておるわけでありますが、中国についての認識について、日米間の認識の相違があったようでございます。この相違点はどういう点が一番ポイントであるか、また、今後この意見の調整は可能であるかどうかということについて、これは総理よりお伺いしたいと思います。
○倉成委員 以上の点に関連して、総理・ラスク会談が行なわれたわけでありますが、この会談においていかなる点が取り上げられたか、総理からお伺いしたいと思います。
そういうような立場から、この問題がいわゆる佐藤・ラスク会談で政治的に取り上げられて、検討を約したことは事実でありましょう。しかし、それが今後において解決の方向というものをどういうような手段としてあなた方が用いていくかということが、いわゆる沖繩十余万の県民に対する答えであり、また一億の国民に対する答えでなければならないと思う。
○山野政府委員 ただいま総務長官のほうから、本件につきまして、佐藤・ラスク会談で善処方を求めて、ラスク国務長官もこれについて検討をしておるという回答があったように申されましたが、したがいまして、米国側のほうで現地でいかなる解決策を出されるか、その具体的な措置を見た上で、今後日本政府としては処すべき方途を研究していきたい。
○山野政府委員 この裁判移送問題につきましては、ただいま総務長官からもお答えがありましたように、現地で円満に解決することを強く期待しておるわけでございますから、そういう趣旨で、総理・ラスク会談、あるいは外相とラスク会談等で善処方の要請をされた直後でございます。
○椎名国務大臣 穂積さんはどうもかってにいろいろなことをきめて、だんだんいろいろなことを論じておられますが、(穗積委員「それならここでラスク会談の内容を報告しなさい」と呼ぶ)——外交の話はあからさまに全部さらけ出すというわけにもいかぬようでございますから。(穗積委員「さらけ出さぬでももうわかっていますよ」と呼ぶ)それならばお答えする必要はない。
それに外務省では、去る三日の椎名・ラスク会談の中国問題についてアメリカ政府の意向を打診するために、外務省では次のような案を用意したということが伝えられている。その内容というのはこうです。国連で中共支持が多い結果が出た場合、一つの中国の立場をとっている国府が国連から飛び出すおそれがある。そのときアメリカはどうしますかと日本側が聞く。
○中井委員 私がこのことをお尋ねをいたしまするのは、実は、池田・ラスク会談においてこれこれのことが話題になった、中国問題、それから日韓会談の問題、早く妥結をするようにというふうな強い要請があったとか、あるいはまた防衛力の問題について相当ラスク長官から強い日本側に対する希望があったというふうなことを聞くわけであります。
○中井委員 私は、与えられました時間の中で、大体池田・ラスク会談に関連して外交問題をお尋ねし、次いで、本日議題になっておりまする補正予算そのものにつきまして、簡単に、これは疑問の点もないわけではありませんので、質問の形式でお尋ねをいたしたいし、時間がありましたら、厚生大臣に公害の問題についてお尋ねをいたし、さらに、最後に自治大臣に、交付税の問題やら、広域行政の問題やら、あるいは最近話題になっておりまする
○安藤委員 過日の大平・ラスク会談当時においては、ドゴールが一石を投じたというだけの段階であって、まだその後におけるフランス側並びに中共側及び世界各国の反響もあからさまにはあまり出ておらなかったのでありますが、その後世界各国からのそれぞれの反響もだんだんと新聞報道せられる等の事実もあり、ことには、今朝の新聞によりますれば、周総理がアフリカ大陸の親善訪問を行なって引き揚げるにあたって新聞記者会見を行なって
情報によると、池田さんは、ラスク会談のあと、ともかく調印だけは早くして、成文化は少しくらい遅れてもいいのだからというようなことで会談を急がせておるように承っておりますが、そういうようなことはほんとうでございましょうか。
○国務大臣(大平正芳君) 一昨年秋の小坂・ラスク会談で、先方からお話があったということは承りました。しかし、小坂前大臣といたしましては、この話はなかったことにしてもらいたいというようなことで、断わったとか云々というようなことにしないで、話はなかったことにしようではないかというようなことであったと承っております。
○大平国務大臣 一昨年の小坂・ラスク会談のとき話題になったということは承っております。その当時はまだ時期が熟しないんじゃないかというような話であったと承っておりますが、今回の申し入れば、一月九日、外務省でライシャワー大使から私に口頭で御相談があったということでございます。
「池田首相訪米の際の日米会談では原子力潜水艦の日本寄港問題は討議されなかったということに一応なっているが、その後の関係者筋の情報によって、六月二十一日の小坂・ラスク会談でラスク米国務長官が、原子弾頭つきミサイルをもたないノーチラスなどの原子力潜水艦の日本寄港を許してほしい旨申し入れたことが明らかになった。」というワシントン河村特派員発のニュースを載せている。
私がさっき言ったラスク会談というものが日韓会談の非常な圧力になってきておる、これにしても客観的事実をもって証明されると思うのです。あなたのきょうの態度は、とにかく合理性も何もあったものじゃない、やらなければならぬという何かに押えられているということです。私どもはそういう印象です。
それで、事実の経過を見れば、われわれの見るところでは、そのラスク会談のためにあなたは一ぺんに変わった。大平というものが、今まで、日韓会談に対しては、国民の世論も見ながら、無理にやろうということでなくて、慎重に合理的にやろうというお考えを持っておられたことを、私どもはそれまでは多少期待しておった。そう推測しておった。ところが、あなたはそれによって一ぺんに変わった。
○大平国務大臣 ラスク会談前後を通じまして、私の心境にちっとも変化はないわけでございまして、終始、慎重に合理的にやりまして、みなの御納得を得るようにやりたいということで一貫いたしております。
あなたも今度ラスク会談をやってきたのですが、今度金部長が行っている。これも常識的に考えて、みんな何かやっているということがわかるのですが、それを一言も言わぬで、何もないとか言って、ちっとも外務委員会でも言わないんですが、いつそれを、ほんとうのことを言うわけなんですがね。
新安保条約締結より、池田・ケネディ会談、箱根会談、池田・ラスク会談、東南アジアへの首相の外遊、池田・朴会談、日韓会談を通じて、日本の外交は、一路日本がアメリカにかわってSEATO、NATOへの結びつきを強化するための経済、軍事上の援助の大役をひっかついでおるのであります。この日本外交の行く道は、アジアの緊張激化による戦争への道であります。
しかるに、総理は、六月のケネディ会談を契機にいたしまして、外交のこともこの池田におまかせ下さいと言わんばかりの自信をお持ちのようで、この半年ほどの間に池田・ケネディ会談、池田・ラスク会談、池田・朴会談、東南アジア旅行、そして国連での中国代表権問題と、きわめて活発な外交活動を展開されてきました。その結果はどうでしょうか。