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19件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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2004-05-11 第159回国会 参議院 法務委員会 第15号

例えば八五年の七月に徳島地裁で、初めて死後、被告人が死後に再審をされ、無罪になったという徳島ラジオ商殺し事件という有名な事件がありますが、これは、有罪になった決め手は店員の証言であったわけですけれども、その後、判決後に検事の誘導、強制によってうそ証言をしてしまったと、こういう告白をいたしまして、そしてその後、再審開始をされ、無罪が宣言されました。

井上哲士

1996-02-27 第136回国会 参議院 法務委員会 第2号

あるいは徳島ラジオ商殺し事件これも同居していた少年の供述をもとにして冨士茂子さんという人を死刑判決にした。しかし、結局この方も獄中で亡くなりました。死後、再審無罪になった。  八海事件というのもありました。阿藤という人、この人のことは今井正監督の「真昼の暗黒」という映画になって有名になりました。私も現場まで行きました。これも無罪ですよ。  

田英夫

1995-02-07 第132回国会 衆議院 法務委員会 第1号

則定政府委員 大筋大体そういうことかと思いますけれども、簡潔に申しますと、昭和二十八年十一月五日に、徳島市におきましてラジオ商を営んでおりました男性が殺害された事件、これがいわゆるラジオ商殺し事件でございますが、その事件につきまして、昭和二十九年の八月に被害者の内縁の妻が逮捕され、殺人罪により起訴され、昭和三十一年四月、徳島地裁におきまして殺人罪により懲役十三年の判決言い渡しを受け、この判決昭和三十三年

則定衛

1983-03-24 第98回国会 参議院 法務委員会 第3号

そこで、先ほどの法秩序の維持、国民の権利保全という点から見てみますと、これは徳島ラジオ商殺し事件で、死後再審決定があった富士茂子さんですが、生前こう語っています。法律は人権を守ってくれると思っていたのに、つつましい庶民の幸福を根こそぎ奪ってしまう悪魔の力だということですね。この八年来主な事件を拾ってみましても、死刑確定者を含む八件に再審開始決定が下って、三名無実が確定しておるのです。  

近藤忠孝

1980-12-18 第93回国会 参議院 法務委員会 閉会後第1号

ことに最近起きました免田事件徳島ラジオ商殺し事件相次いで再審開始決定が出されました。これはロッキード事件その他、大変検察が最近日本の政治の浄化などについて御功績を上げていらっしゃるところでありますけれども、こういう普通事件の問題については必ずしもそうは言えないように思うんですが、ことに再審事件では、率直に申しますと検察の敗北という結果になったわけであります。

寺田熊雄

1979-06-05 第87回国会 衆議院 法務委員会 第18号

昭和二十八年十一月五日に起こった徳島ラジオ商殺し事件にも、日弁連人権委員会昭和三十四年から再審請求に関与し、私もその後今日まで弁護人として至っております。  事件内容を紹介する時間的余裕はありませんが、この事件には多くの人たちが重大な関心を払い、犯人として有罪判決を受けた富士茂子の雪冤に協力されました。

和島岩吉

1978-03-03 第84回国会 衆議院 法務委員会 第7号

それにはさっき申し上げたように、藤野報告の中にも、年少者あるいは精神的に弱い者、そういう者の自白に間違いが起こりやすい、こういうことを言っているのだけれども、その適例は例の徳島ラジオ商殺し事件だと思うのですね。この間、半月ぐらい前でしょうか、何回目かの再審でしょうけれども請求をしたという新聞報道を見まして、私は思わず激励の電報を打った。

西宮弘

1975-02-25 第75回国会 衆議院 法務委員会 第6号

徳島ラジオ商殺し事件これは奥さんがだんなさんを殺したというような事件、そういう疑いでやられたのですが、いつまでたっても本人は無実を主張して譲らない、改悛の情がない、こういう者は恩赦はできないというようなことで、再審を申し立てたりして無実を訴える者には恩赦はもうなじまないのかというような憤りのこもった議論があるわけでありますが、これを実際上はどういうふうに扱っているのか、お尋ねをいたしたいと思います

青柳盛雄

1967-08-01 第56回国会 衆議院 法務委員会 第1号

それでは法務省の方に伺いますが、いまでなくて、あとで資料を出していただきたいのですけれども、私がいま思い出すのは、例のラジオ商殺し事件あれの再審をすべきだというような、やはり検察審査会の申告が出ているのですけれども、そういうようなケースがたくさんあると思うのです。一体何件ぐらいそういうものが出て、そのうち採用されたケースがあるかないか。

神近市子

1966-03-04 第51回国会 衆議院 法務委員会 第11号

いまの確定裁判で偽証であるということがきまらなければ再審を許さないという問題ですけれど、この間、ラジオ商殺し事件のあの子供たちを起訴してくれといって願い出ても起訴なされなかった。それは再審をいやがるからでしょう。あの和歌山の刑務所に入っておる女の人の無罪を立証するために、その証言をした少年たち裁判してくれといって願い出てもお取り上げにならなかった。私、そういうところがとても変だと思うのです。

神近市子

1965-06-01 第48回国会 衆議院 法務委員会 第32号

それで、もう一度私がお尋ねしたいことは、こういうことは人権擁護局というもののあり方に——たとえばラジオ商殺し事件という有名な事件があります。あれをそっくり取材した「証人の椅子」という映画ができております。私は裁判現実を、弁護士さん方やその他の方々のように現実に知らないものですから、あれだけで一あれと、もう一つほかの映画があります。たしか「日本列島」だったと思うのです。

神近市子

1965-06-01 第48回国会 衆議院 法務委員会 第32号

これはラジオ商殺し事件の場合もそうであるし、もっとほかの場合にもそうである。ちょっと批評的な、あるいはこれはこうしなくちゃいかぬというふうなことを進言すると、すぐによそに転任させられる。そういうふうなことが堂々と行なわれてだれも問題にしないわけなんです。それはそこらに幾らでも例が出ていると思うのです。  

神近市子

1959-05-09 第31回国会 衆議院 法務委員会 第22号

ただ、申し上げておきたいことは、ラジオ商殺し事件捜査に当りました当時の検事長検事正——もちろん主任検事も、また問題になりました次席検事もすでにいずれも四国管内にはおりませんのみならず、こういったような疑惑を受けた事件であるということから、その点は全く独自の立場で再検討するという考え方でこの事件捜査に当つたと伺つておりますので、その処分の結果につきましては、理由は今詳しくは存じませんけれども、結論

竹内壽平

1958-10-29 第30回国会 衆議院 法務委員会 第9号

でも、予算委員会の関係で御出席がなかったので、一部分は竹内刑事局長お尋ねをいしておきましたけれども、問題は、二十八年の十一月に徳島で起りましたラジオ商殺し事件と俗に言われている事件でございました。この問題は、妻が加害者として、もうすでに和歌山に十三年の判決を受けて服役中でございます。

神近市子

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