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38件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1995-03-17 第132回国会 参議院 外務委員会 第6号

今日の国際社会においては、冷戦終結後の平和と繁栄を確保することを目指したゆみない努力が続けられておりますが、政治経済両面での課題は山積しており、依然として不透明で不確実な状況が続いております用地域紛争については、旧ユーゴースラビア等の紛争はいまだなお解決の兆しが見えません。また、核兵器の拡散の危険は依然大きいものがあります。

河野洋平

1987-01-26 第108回国会 衆議院 本会議 第2号

今般、中曽根総理が、我が国総理として初めてフィンランドドイツ民主共和国ユーゴースラビア並びにポーランドを公式訪問し、各国最高首脳との間で忌憚のない意見交換を行ったことは、これら諸国我が国との関係発展に新たな弾みを与えるとともに、東西間の政治対話相互理解増進にも寄与するものとして極めて有意義でありました。  

倉成正

1987-01-26 第108回国会 参議院 本会議 第2号

今般、中曽根総理が、我が国総理として初めて、フィンランドドイツ民主共和国ユーゴースラビア並びにポーランドを公式訪問し、各国最高首脳との間で忌憚のない意見交換を行ったことは、これら諸国我が国との関係発展に新たな弾みを与えるとともに、東西間の政治対話相互理解増進にも寄与するものとして極めて有意義でありました。  

倉成正

1975-06-26 第75回国会 参議院 外務委員会 第16号

一方先進国でもあり、社会保障もすぐれていると言われるアメリカオーストラリアニュージーランド、また社会主義国ユーゴースラビアを除いて批准国となっておりません。政府はこのような現象をどう見ているのか、また、この条約の特徴というものをどうごらんになっておられるのか、お答えをいただきたいと思います。

中沢伊登子

1974-04-03 第72回国会 衆議院 交通安全対策特別委員会 第11号

それから東欧圏ではハンガリーポーランドユーゴースラビアそれだけでございます。大洋州ではオーストラリアニュージーランドアジアでは日本のほか、パキスタン、フィリピン、シンガポール、タイ、韓国。中近東及びアフリカでは、キプロス、イスラエル、ヨルダン、サウジアラビア、リビア。サハラ及びサハラ以南アフリカ諸国ではかなり多くの国が入っております。  

伊達宗起

1973-06-05 第71回国会 参議院 外務委員会 第10号

田英夫君 この附属書Aのところをずっと見てくると、国の名前が上がってくる中で当然気づくことは、これは衆議院でも取り上げられておりましたけども、社会主義諸国ユーゴースラビアを除いて全く入っていない、このことですね。しかも、それでは社会主義諸国アフリカに対して無関心なのかといえば、全く逆であって、先ほど申しましたように、中ソがある意味では競うようにアフリカに対してさまざまな接触をしている。

田英夫

1970-05-09 第63回国会 参議院 外務委員会 第11号

御承知のとおり、わが国は戦後、ソ連及び東欧諸国との間におきましては、ソ連ポーランド、チェッコスロバキア及びユーゴースラビアとの間に通商条約または通商航海条約締結いたしておりますが、ルーマニア及びブルガリアにつきましては、一九六五年以来先方から申し入れがございまして、昨年、通商航海条約締結のための交渉が行なわれまして、ルーマニアにつきましては昨年九月一日に、また、ブルガリアにつきましては本年二月二十八日

山崎敏夫

1969-03-31 第61回国会 参議院 予算委員会第二分科会 第2号

ドイツフランスイタリア、ギリシャ、チュニジア、ベルギー、デンマーク、オランダ、スウェーデン、ノールウエー、ルクセンブルク、スイス、ドミニカ、トルコ、オーストリアフィンランドパキスタンアルゼンチン、コロンビア、連合王国、カナダ、スペイン、アイルランド、アイスランド、ユーゴースラビア及びサンマリノ、二十六カ国でございます。

中川進

1965-12-10 第50回国会 参議院 本会議 第13号

鳩山一郎総理大臣、当時の農林大臣河野一郎、それから外務省顧問であったと思いますが、松本俊一、それから全権委員顧問として、当時の官房副長官松本瀧藏、随員には今日の法制局長官である高辻正巳君、それからいまオーストリア大使である、当時の外務省アジア局参事官法眼晋作、それからいま外務省ユーゴースラビア大使である、当時の条約局次長高橋通敏外一行二十名、こういう顔ぶれで昭和三十一年の十月七日に羽田を出発

森中守義

1965-05-18 第48回国会 参議院 外務委員会 第17号

このほかに仮加入国といたしまして、チュニジアア連合ユーゴースラビア、アルゼンチン等もいたしておりまして、計、議定書受諾国は二十二ヵ国になっております。それで、各国ともまだこれはその署名成立当時のことでありまして、署名当時の加入国としては、これは非常に成績がいいほうではないかと存じております。  

内田宏

1960-05-13 第34回国会 衆議院 日米安全保障条約等特別委員会公聴会 第1号

オーストリア中立ユーゴースラビア中立、さらに南に下ってイラン、イラク、アラブ連合、それから偉大なるインド、それからわれわれに親しいインドネシア、それから王様の国であってもカンボジア、ほとんど全部の国が中立をとっておる。こういうことは、与党の方、保守党の方ももう少し謙虚に聞いていただきたいと思いますが、中立ということは空理空論でないと思うのです。

帆足計

1959-11-17 第33回国会 衆議院 外務委員会 第9号

このように分断されておったばかりでなく、一九五〇年、ですから五一年のサンフランシスコ条約より大体一年もっと前です、一九五〇年の一月から二月の末にかけて、中共、ソビエト朝鮮民主主義共和国チェコポーランドハンガリールーマニア、アルバニア、ユーゴースラビア諸国が調印前にベトナム民主共和国、つまり北ベトナム承認しておるのであります。

堤ツルヨ

1957-11-11 第27回国会 参議院 本会議 第4号

マラヤ連邦大使館を設置し、スエーデン、オーストリア及びユーゴースラビアにある公使館をそれぞれ大使館に昇格せしめるものであります。右のうち、在マラヤ大使館は、八月三十一日に独立したマラヤ連邦との親善友好関係樹立のため、九月六日付政令をもって、すでに設置済みのものであります。  第二は、在外公館に勤務する外務公務員在勤俸の改正及び設定に関するものであります。

寺本廣作

1957-11-07 第27回国会 参議院 外務委員会 第2号

次に、在スウェーデン、在オーストリア及び在ユーゴースラビアの各日本国公使館大使館昇格に伴い、大使及び公使在勤俸の額を新たに設定する必要があるのでありますが、これにつきましては、従来の公使在勤俸の額をそのまま大使在勤俸の額とし、公使在勤俸の額は、大使のそれと一号俸との中間に定めました。一号俸以下は従来どおりで変更はありません。  

松本瀧藏

1956-05-15 第24回国会 参議院 外務委員会 第11号

それは、この五月十一日に終ったユーゴースラビア大統領とフランスの首相とのパリにおける会談のあとで発表されたコミュニケによりまするというと、「フランスユーゴー両国は、未開発地域に対する国際的援助は、世界各国国連のワク内で努力して果すべき基本的責任であると考える。ユーゴー政府は、国連世界経済開発機関を創設しようとするフランスの計画に共感をもって注目した。」

佐藤尚武

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