1983-03-24 第98回国会 衆議院 社会労働委員会 第6号
ごく最近も、三月二十六日から二月十日までオーストラリア政府の招待で衆議院からの議員の派遣がありまして、私もそれに参加してオーストラリアへ行ったんですが、首都のキャンベラから約二百キロくらい離れたところの地方の都市に、戦争時代にニューギニア方面で捕虜になった日本軍の人がそこへ集められて、私どもも当時そういう教育を受けたのですけれども、捕虜になって生きておってはいけない、虜囚の恥ということで集団脱走をしまして
ごく最近も、三月二十六日から二月十日までオーストラリア政府の招待で衆議院からの議員の派遣がありまして、私もそれに参加してオーストラリアへ行ったんですが、首都のキャンベラから約二百キロくらい離れたところの地方の都市に、戦争時代にニューギニア方面で捕虜になった日本軍の人がそこへ集められて、私どもも当時そういう教育を受けたのですけれども、捕虜になって生きておってはいけない、虜囚の恥ということで集団脱走をしまして
そういう形において、アジアにおいて原始的状態で取り残されてきたミクロネシアやニューギニア方面における諸民族というものを、いままでのような日本がやってもだめだ、アメリカがやってもだめだという中途半端なやり方じゃなくって、心を込めて近代化のために努める、いまのようなそういう技術指導機関なりあるいは文化センターなり、あるいはハンドワークの一つの訓練所なり、そういうものを外務省か——何といっても外務省は予算
○今村説明員 ただいまのお話にございましたシベリヤの銅鉱床の問題でありますとか、あるいはその他のニューギニア方面の銅資源の問題につきましても、情報としては話を聞いておりますが、何分にも、地理的に非常にいわば奥地でございまして、これを開発いたしますについても相当の調査なりあるいは準備を要するような状況でございまして、まだ具体的な段階まで至っておらないわけでございます。
○説明員(福田芳助君) 先ほど申し上げましたうち、残っている一番大きな地域はインドネシア地域でありますが、これは前に東部ニューギニア方面を遺骨収集しましたときに、実は実施する計画の範囲内であったわけであります。ところが、当時同国との関係上、途中で計画変更して、同地域だけ、つまりインドネシア地域だけを除いたという経緯があります。
ただいまの問題につきまして、このニューギニアにおける状況の記事に関連して、従来ニューギニア方面にとってきた厚生省としての手、あるいは現況の把握を、今どう見ておられるかという点について、詳しくお伺いする時間の余裕もございませんが、簡単に、ただいまのたよりの問題と関連して、御存じのところをお伺いしておきたいと思います。
少しこれは余談になるかもしれませんが、何分、このニューギニア方面ですと、日本とは近距離でございますが、中南米になりますと、距離の関係がありまして、輸送力の問題が一番大きな問題でありまして、今のように商業ペースで船を動かしていきますというと、年々一万トン級を二隻ずつこしらえて、五年目にようやく三万程度を送り得るというので、年間十万人以上になるというと、商業ベースを離れまして、政府が直接移住船を建造するようなことを
今度西ニューギニア方面に参りたいと思っております。これが終りますと、南方関係は、フィリピンを除きますれば、全部完了するわけでございます。あとはシナ大陸だけが残るわけでございます。
結局ニューギニア方面に発展する以外に道はない。今ニューギニアはオランダとインドネシアとの両方で帰属を争っている状態です。もしオランダ側がある程度の好意を示してくれるならば、日本人がニューギニア方面に相当発展できるのじゃないか、従来オランダは、日本がそういう方面に発展することにつきまして反対しておる。
最初のビキニの地域、それから第五福竜丸が包含されるようなアメリカ側の立入禁止の地域に、そして日本政附が指定地域をその上に又広く指定していそ、その以外のニューギニア方面、そういうような所から持つて来た物でも放射能がある、これは検査の結果事実ある。
ニューギニア方面につきましては、すでにオランダに対して話をいたしまして、ただいま話合い中であります。ビルマ方面は、ラングーンの総領事に調査を命じておりまして、一部調査をして、報告もありますが、奥地は今そう自由に行かれない事情にあります。近所の方面は割合によく手入れがしてあつて、思つたよりもちやんとしておるという報告でありますが、奥地の方の点はまだわかりません。