1964-06-03 第46回国会 衆議院 内閣委員会 第40号
ツアーの農奴制をなくして、ロシアをよくしたのは、レーニンの行き方ではなかったか。私はレーニン主義者じゃないが、レーニンの本を読んでおります。レーニン全集をみんな持っております。レーニンは言っておるのですよ。われこそは祖国を愛する者だ、ツアーヤ貴族は祖国を愛さないと言っておる。
ツアーの農奴制をなくして、ロシアをよくしたのは、レーニンの行き方ではなかったか。私はレーニン主義者じゃないが、レーニンの本を読んでおります。レーニン全集をみんな持っております。レーニンは言っておるのですよ。われこそは祖国を愛する者だ、ツアーヤ貴族は祖国を愛さないと言っておる。
全くツアーの独裁国家で自由がない。しかも民衆が困っておった。そこに共産党が暴力革命、政権をとる素地があったのです、いいとか悪いとかは別問題として。日本にはその素地はない。中国はどうか。中国は軍閥政治で、民衆は塗炭の苦しみにおちいっておった。そこに、日本の軍閥がばかなことをやって、さんざんむちゃくちゃをやった。そういうことで中国に共産党の暴力革命が起きた。これは善悪の問題ではないのです。
また日露戦争の当時は、ツアーリズムの帝国がロシアにあった。それがやはり一つの膨脹政策をとって、朝鮮半島を南下してきたわけです。これははっきりした歴史的な事実であります。今日一体、どういう勢力が中国やソ連にあって、そして朝鮮に対する侵略政策あるいは南下政策をとろうとしておるのか、あなたの非常に危惧されるそういう勢力というものは、一体、どういうものであるか、御説明願いたいと思います。
海の飛行機につきましてはツウ・サーヴィス・ツアーといいまして、可動二十四ヵ月飛びましてオーバーホールを一回やりましてまた二十四ヵ月飛ぶ、これは相当長いのですが、その標準で部品の供与を受けることになっております。それ以後の部品は、国内生産するなりあるいは向うから市場から買うなり、向うの軍の持っておりますものを有償援助で買うなり、そういうことをするという建前になっております。
(拍手)ではありましたが、セミヨノフ軍が弱いというよりも、ロシヤ人の、あのねばり強い国民が、ツアーの専制政治、圧制政治から解放されたという喜びを一人一人が経験しておりまして、すばらしく勇敢で、彼らは強かったのであります。軍隊に入っていない者も、いわゆるパルチザンとなって、ハンマーを持ち、かまを持って、反革命のセミヨノフ軍、それの応援軍たる日本軍を、寒い荒野で悩ませ続けたのであります。
従って公海自由の原則を振り回してみたりあるいはまた乱獲になっていないということを、一方的に自信を持って主張する基礎のないのに、これを主張しても、これはわが方にとっては有利であるように見えますが、私はソビエトの特に戦前のツアー時代の外交は知りませんが、最近の外交を見てみますと、これは松本全権もわれわれと同感でございますが、相手方は非常に合理的であります。
○野溝参考人 大橋さんの御質問でございますけれども、帝政時代のロシヤの状態をるる御説明になってのお話でございますが、ツアーの時代、ロマノフの王朝、これは私もその当時のひどかったこともよく歴史書物を熟読して了承しております。しかし本の上だけ、文献の上だけで熟読したのであります。しかし今は、御承知の通り変っております。
ツアーの制度の下においては到底人民の自由を獲得することができなかつたのである。従つて一九一七年の革命は十分正当性と必要性を持つておつたものであると、こう私が若しも大衆に向つて、乃至は特定の人々に向つて話したとするならば、私はいわゆる政治上の云々の項によりまして、扇動をなす者乃至は教唆をなす者として、やはり同じようにこの法律の規制を受けることになるでありましよう。
ちようど革命前に、ツアー万歳と言つて、皇帝は自分たちの味方であるといつて押しかけたあの貧困に陷つたロシヤの人民大衆が皇帝の軍隊から発砲されて、初めて権力というものが、自分たちにどんな状態で圧迫を加えているかということを知つたと同じように、日本の人民大衆が、人民広場というものは人民のものだ、講和発効によつて独立したというならば、当然裁判所までわれわれの見解に立つて処理しておる今日、人民広場を組織的に堂々
いわんや革命をともにやり、ツアーの圧制に対して血を流して革命をやつた人間が、たまたま意見が違うか、あるいはどういうことをやつたかわからないが、その途中の段階において血の粛清をするということが認められていいのか。これをひとつお伺いする。
それから次には、造船、機械工業関係の外国資本との間の提携でありますが、これはスイスの会社でありますヅルツアーと、日本の重工業をやつています三菱重工業でありますとか、播磨造船その他の造船会社、そういつた会社との間の特許契約でありまして、ディーゼル・エンジンの特許、あるいは高圧のコンプレッサー、そういつたものの実施契約をいたしております例が、相当数ございます。
その二つのうちの一つはツアー制であつて、他の一つはブルジヨアジーだ。日本でそれに相当するものは天皇制であり、また民族資本家以下中小商工業者だ。今車は一つしかない。まずこの一つを倒しておいて、大急ぎで引返して来てあとの一つを倒す、そしてわれわれの共産党、いわゆるボルシエヴイーキの独裁をするのだ。こういうぐあいに指導しておりました。
それからパンフレットとしては、レーニンの農民に訴う」とか「今何をなすべきか」「一歩前進二歩後退」あるいは「ツアー制における農村について」とか、あるいは新しいのでは「戰後王箇年計画」とか、あるいはコスモポリタニスムについて」あるいは「右翼社会民主主義者の本質について」あるいは「弁証法的史的唯物論」そういうようなのがパンフレットに出ております。
○吉田証人 いわゆるソビエトというものはスターリン五箇年計画のために一九一七年の革命当時のソビエト、ツアー制に比較して、現実にわれわれはトラクターや農業、すべての点においてこのように上昇を示している、社会主義は非常に上昇を示し、現実においてソビ工トというものはものすごい上昇過程にある、日用品も最近はつくり出しているし、非常にいいのではないか。
まだまだ言いたいこともありまするが、なんぼ言つたところが、あなたはこの條文をどこまでも突き通そうとなさるし、われわれはこれはまずいと言うたところで、いわゆる意見の相違になつて終りますけれども、最後に一言申し上げておきまするが、それは外國の立法例を見ますと、ときに政府がやつておる國もありますけれども、この間も申し上げたように、天皇、王、ツアー、ドイツのカイゼルにしても、天皇のあるところに不敬罪のないところは