2019-10-23 第200回国会 衆議院 外務委員会 第2号
回答の中で言及しておられます十月十一日のイラン石油タンカー爆発事案でありますが、この事件は、サウジアラビア西岸の港湾都市ジッダ沖の紅海、すなわち、先ほど私がお配りをした資料の、このサウジアラビアの西側、十月十一日のイラン石油タンカー爆発事案、ペケをつけているところで実は発生をしている、攻撃を受けたというものなんですけれども、こういった部分も、要するにエリアに入るのかなと思うような言及が長官からされておられます
回答の中で言及しておられます十月十一日のイラン石油タンカー爆発事案でありますが、この事件は、サウジアラビア西岸の港湾都市ジッダ沖の紅海、すなわち、先ほど私がお配りをした資料の、このサウジアラビアの西側、十月十一日のイラン石油タンカー爆発事案、ペケをつけているところで実は発生をしている、攻撃を受けたというものなんですけれども、こういった部分も、要するにエリアに入るのかなと思うような言及が長官からされておられます
そのときも、アメリカ人を救助してくれ、サウジアラビアのジッダに集結させるから、そこに行って救ってくれと言われて、私は行ったことがあるんです。そのアメリカ人たちは前のタンカーに救助されたんですけれども。 アメリカ政府及び軍は、紛争になったら、周りの客船やタンカーにアメリカ人を乗せてくれ乗せてくれとがんがん言ってくるんですよ。これは、船関係者ならみんな知っています。
その結果、平成二十五年四月にジッダにおいて、我が方在サウジアラビア大使と先方総合投資院総裁との間でこの協定の署名を行った次第であります。 この協定は、主に、投資の許可後の投資家及び投資財産の保護を定めております。 この協定の締結は、我が国とサウジアラビアとの間の投資の増大及び経済関係の更なる緊密化に大いに資するものと期待されます。
まず、日・サウジアラビア投資協定は、平成二十五年四月三十日にジッダにおいて署名されたもので、我が国とサウジアラビアとの間で、投資の拡大により経済関係を一層強化するため、投資財産の設立後における投資家及び投資財産の保護等について定めるものであります。
その結果、平成二十五年四月にジッダにおいて、我が方在サウジアラビア大使と先方総合投資院総裁との間で、この協定の署名を行った次第であります。 この協定は、主に、投資の許可後の投資家及び投資財産の保護を定めております。 この協定の締結は、我が国とサウジアラビアとの間の投資の増大及び経済関係のさらなる緊密化に大いに資するものと期待されます。
鋭意交渉を行った結果、平成二十年八月十八日にサウジアラビアのジッダにおいて、中村駐サウジアラビア大使とラヒミ民間航空機構総裁との間でこの協定の署名が行われた次第であります。
次に、日本・サウジアラビア航空協定は、我が国の指定航空企業はジッダ、リヤド及びダンマンとの間に、サウジアラビアの指定航空企業は大阪及び名古屋との間に、定期的に旅客及び貨物を運送できることを定めております。 二〇〇七年に、日本からサウジアラビアを訪問した人数は一万二千四百三十八人、サウジアラビアから日本を訪問した人数は二千百二十一人であります。 以上、御報告申し上げます。
鋭意交渉を行いました結果、平成二十年八月十八日にサウジアラビアのジッダにおいて、中村駐サウジアラビア大使とラヒミ民間航空機構総裁との間で、この協定の署名が行われた次第であります。
その中ではサウジアラビアを訪問したときに、ジッダでOICの事務局を訪問して、それが機会になりまして、ちょうど昨年の十月にマレーシアでOICの首脳会議が行われたときにそこにゲストとして参加するという、本当に貴重な機会を得ることができたんですね。そこで改めて感じましたのは、イスラムというのは平等、平和、寛容、それを表しているということを感じてまいりました。
たまたま湾岸戦争が始まったばかりでありまして、八月十三日にはサウジアラビアのジッダに到着をして、そこで関係の責任者とお会いしました。特に戦争関係の大臣ともお会いしました。
現実にそういう国際的に緊張が高まっている地域はおいて、言ってみれば情報を逐一報告してこなければならない立場にある人が、周辺でそういういろいろな事件が起こっている、ジッダで会談が行われていればジッダの会談の状況がどうなっているか、それは地元のいろいろな情報ルートを通じて把握しなければならないでしょう。
その前日の八月一日にはジッダで行われました会談が成果なく終了した。そして、例えば日本の新聞でも、この一日の時点でイラクの攻撃が予想される、イラクがクウェートに対して限定的な攻撃をしかける可能性を全面的には否定できないという報道などがなされているわけですね。その時点でも、例えばクウェートの大使はいなかったわけでしょう。
特に湾岸地域は、大臣御存じ、私もあそこのジッダという町に一遍行かせていただいたことがございますが、湾岸、特にクウェートの近くの石油の出るところは、人口五万なり二、三万の都市がずっと並んでおるわけでございます。
○渡部(行)委員 それから明年、サウジアラビア外務省がジッダから首都リヤドに移転されるに伴って日本大使館も移転すると言われておりますが、これは新館を日本の国有財産としてつくっていくのか、それども賃貸借で借りていくのか、その辺はどういうことになるのですか。
しかしながら、先生御指摘のとおり、リヤドにはだんだん在留邦人の数がふえてきておりまして、いまやジッダを超す在留邦人数となってきております。したかいまして、私どもといたしましては五十七年度でこれを優先的に考慮したいと、いまのところは考えております。
二年すると大使館がジッダからリヤドに移るようですが、日本人学校がないので大変こぼしておられる。向こうに行った人には皆陳情しているようですが、なかなか実現しないようでありますが、どうなっておりましょうか。外務省の計画、これ文部省でしょうけれども、外務省の方でいまどういうふうに取り組んでおられるか聞いておきたいんです。
最初に、きょう、それぞれお三方から出なかった問題なんですが、さしあたって原油がなくなるというふうな心配はないということについての話を、実はきのうジッダから帰ったばかりのカヤブキさんからいろいろお話を伺ったのです。
それで、たまたま現地におりますわが国の大使が帰朝しておりましたので、特派大使として一番近いところからわが国の大使を送ろうと考えまして、昨晩そのように訓令をいたしましたが、その後に飛行機便等々の関係でそれでも間に合わないということがわかってまいりましたので、ジッダにおります臨時代理大使を参列をさせたいというふうに考えておりまして、恐らくジッダからリヤドへはサウジアラビア政府が外交団のために何かの便をつくってくれるであろうと
そうしてずっとメッカに行くメッカ・ロードというのがありますが、そっちのほうへ行ってようやくジッダの郊外へ行くと、貧乏人のおかみさんみたいな女の姿がかろうじて見えて、あとはどこへひそんでおるか一向見えない。
現地のジッダという町がありますが、これが現在の外交その他の中心をなしておるところの都市、ほんとうの首府はリヤドという、王様のおる市であります。ここは商業的な首府、外交の首府、そこのジッダに三月二十三日に参りまして、先方と話をする機会を持ったのであります。