1962-03-19 第40回国会 衆議院 文教委員会 第15号
これは唐のものをそっくりまねたものでありまして、緑のかわらに朱塗りの柱、下にはかわらを敷き詰めましたような全くのシナ風の御殿があったのであります。即位式とか正月元日の儀式などはここで行ないました。それから大内裏という区画がありまして、これは天皇の平生の居所であると考えられますが、実はこれは平城宮ではこのようなことがそれほどはっきりわかっておりません。
これは唐のものをそっくりまねたものでありまして、緑のかわらに朱塗りの柱、下にはかわらを敷き詰めましたような全くのシナ風の御殿があったのであります。即位式とか正月元日の儀式などはここで行ないました。それから大内裏という区画がありまして、これは天皇の平生の居所であると考えられますが、実はこれは平城宮ではこのようなことがそれほどはっきりわかっておりません。
これも年々遅々たるものでありまして、これはどうも発掘調査の方から言えばやむを得ないのでありますが、ただ平城宮は、これから先南の方に進みますと今度シナ風の建築になって参ります。