2010-01-22 第174回国会 衆議院 予算委員会 第3号
その後、六〇年安保、七〇年安保、ヘルメットにゲバ棒姿というのが当時のある意味で世相でございました。この中にも、安保反対ということを叫んでおられた方もおられると思います。 日経新聞に、今ちょうど五十年という節目ということで、その特集記事がずっと連載をされております。
その後、六〇年安保、七〇年安保、ヘルメットにゲバ棒姿というのが当時のある意味で世相でございました。この中にも、安保反対ということを叫んでおられた方もおられると思います。 日経新聞に、今ちょうど五十年という節目ということで、その特集記事がずっと連載をされております。
たとえば学生運動にしましても、私が警視総監のときだけれども、学生運動のときだって、あれは暴力もゲバ棒とか、いろいろあったけれども、しかし悪い面ばかりかといったら、そうでもないですよ。やっぱり大学にも古い体質があって、それでもってちょっと学生が直せと催促したような面もあるわけですよ。
みんな勤め人であり、覆面かぶってゲバ棒でも持っておれば何をするかわからぬけれども、普通の生活をしている人が傍聴する。こういうことに対して率直な私は反省が必要だと思うし、今回、谷合裁判官問題などの基礎にこういう問題があると思うんですけれども、その点も含めての反省がほしいと思うんです。
ただ、いまお話がございましたように、現実の教育の場でそれと教育活動とがどう調和するかということが問題であろうと思うわけでありまして、いまの麹町中学校の内申書問題は、この生徒が在学中にベトナム反戦デモとかあるいは安保反対のデモに参加する、あるいは学校の文化祭反対ということで、ほかの中学校の生徒を連れてきて、覆面スタイルで学校内でゲバ棒をふるう、あるいは学校の禁止にもかかわらず再三反戦のビラを配る、こういうようなことは
これはゲバ棒とかこうしたものが──総理、これは東大の三鷹寮ですが、ちょっとごらんいただきたい。こうした状態が全く放置されている。こうしたことについて、文部大臣どうお考えでしょうか。
またナンバー四の「アルプス、一九六九年」、この中には「頭には所属を示すヘルメット・手にはピッケルに替るゲバ棒、ウインドヤッケには「安保反対」「大学立法粉砕」と前後に大書、黄色のヤッケときている」、それからそれに対して「恰好の工作対象の出現に一足お先に制圧出動した」ということがあるわけです。
このゲバ棒が大学の中にかねてから置かれていたのかどうか、こういうことに大学は関心を持たなくてもいいというのですか。調べなかったと言うならわかります。調べる必要を認めなかったと言うなら私は絶対に承服できません。どちらですか。
私の調査によれば、鉄パイプ、長いもの短いものさまざまで合計二十本、ヘルメット一個、血痕つきガーゼマスク六枚、軍手三組、覆面用ストッキング十一枚、ゲバ棒を巻いた金大自治会旗一枚、そのほかとなっていますが、こういうのが事件当日押収されていますか。
それは困るのだ、そんなのをやるとゲバ棒をふるうような暴れん坊に油を注ぐようなことになって、修習生の中から暴力学生の親分みたいな者が出てきたら大変なことになる、そういう心配はしなくていいと私は思うのです。
こういったようなことを後の感想文で読みますと、ストのいい悪いは別といたしまして、それ自体が教育を受ける子供たちに与える影響というのは大変大きいんじゃないか、こういう気持ちが、だんだん大きくなるに従って不当な反抗心とかあるいはゲバ棒騒ぎという暴力関係などにも通ずるような問題に発展するんじゃないかという気さえ起こるわけでございます。
武器も最初はゲバ棒、棒でございました。これがいま鉄パイプ、そしてバール、くぎ抜き、俗にかじゃといいまして、先のとんがっているやつで後頭部を意識的につまり破壊するというふうにエスカレートしているわけですね。 彼らの機関紙をちょっと、私は話術がうまいですから、ついでにお聞かせしますから、眠けざましに大臣ひとつ聞いていてください。すさまじいですよ。こういうことを書いているんです。
いわゆるゲバ棒をふるって内ゲバを続けている暴力学生や暴力的な一部労働者のことについては、世間では非常に批判を厳重にしておるようでありますけれども、しかし、ひるがえってみれば、解同の一部分子の人たち及びこのような会社の組織ぐるみ暴力行為とかいったものに対しても、厳重な警戒をしなければならないというふうに考えるわけであります。
一九六八年、六九年の大学闘争のときに、ヘルメットをかぶってゲバ棒を持って、大学をぶちこわして貴重な資料を焼いて、そして内ゲバとしてたくさんの人を殺したんです。私たちが調べただけでも、現在学生の登校が自由にできないのが、法政大学、明治大学、同志社大学、京大など。それから学内において現在実際暴力とテロの、リンチの危険があるところは、北大、早大、横浜国立大、広島大など三十。
どうしてできたかというとゲバ棒が出てきたからです。日本じゅうがくずれるような学生騒動が起きて、そこで初めて国会も政府も目がさめて、それは何とかしなきゃならぬなというようなことになったわけです。これは見方によれば暴力をふるわなきゃ損だと、こういう印象を国民に与える、結果としては、私よかったと思いますが、こういうような経過でできるという、これ非常にたいへんなことだと思います。
民主主義というのは、ゲバ棒をふるうのが能じゃないんだから、話し合いをしなければいかぬのだから、はっきりしていればいい。そこまでのあなた方は努力をなさった、こういうことですね。そうですか。
ヘルメット集団やゲバ棒支援勢力はもちろん排除し、当事者間で広く意見を述べ、整然と議論を尽くさねばならない。公聴会の本質は決して弁論大会ではないし、ましてや人民裁判でもない。固定観念をいたずらに繰り返して平行線をたどり、はては声の大きさや票の多さで相手をねじ伏せようとするあやまちに陥ってはならぬ。米原子力委の公聴会はすでに代理人である弁護士同士の法技術論争になっているともいう。
こういう反対闘争の中で、いわゆるゲバ棒、ヘルメット組などがこのごろしきりに出没するようになってきているわけです。そうして機動隊が導入される。いままで平和な漁村で暮らしている漁民の中にそういう事態までが起きてきたんじゃたいへんなんです。その辺で公聴会の改善、いま私が一応提案のような形で申し上げましたが、その点どのように受けとめられ、改善されるかどうか。長官、その点お答え願いたいと思います。
また、さきごろ広島県西条町に総合移転をきめた広島大学、在日米軍が返還した春日原地区への移転を希望している九州大学、さらに、現在金沢城の中に建てられている金沢大学、赤旗やゲバ棒に貴重な文化財が侵されている現状を考慮して総合移転を要望しているのでありますが、いずれも用地、膨大な予算に行き詰まっているわけであります。
一番人にわかりやすいのは、大学の構内で学生同士がゲバ棒を振り合っている。あるいはまた、先生を部屋に閉じ込めて、自分たちの示したものに署名捺印するまでは先生を解放しない。ちょっと私考えられぬような姿だと思うのでございます。大学に参りましても、たくさんな立て看板が林立している。これは一体学問をする環境だろうか、こう思うようなところもいろいろございます。
ヘルメットやゲバ棒を持っておるようなことでは困る。そこで大学の新しい管理運営の措置法を出した。 〔澁谷委員長退席、西岡委員長代理着席〕 それによって三派系の学生は追い出した。これはあなたのお話ですね。ところが、じっくりと腰を落ちつけて、そこで金を持って二十年、三十年かかっても大学を自分たちのものにしようという民青という団体があるのだ。
ところが、本法案は、世論の期待にこたえるものではなくて、その中身は、労働争議、学園紛争、民主的な大衆運動への介入を、世論が望んでいるような方向とは逆に実質的にはほとんど規制できないだけではなく、ガードマンに警棒やゲバ棒を持つことを法制的に認めて、そして、これに権利的な意識を与えることになるような法体制をつくり、市民への思想調査も事情聴取というような形で自由にできるというような、これは民主主義的な基準