1954-02-26 第19回国会 衆議院 文部委員会 第9号
こんなりつぱな芸術家などというものは、ひつくり返つても今の時代には生れて来ない。そういうことを忘れている。そこでみの観世、宝生、金剛、喜多、金春、こういう流派がだんだん滅亡に瀕しております。あれを踊るのもたいへんです。一つの舞いをするのに六箇月ぐらいかかる。それをほとんど入場券だけでやつているというような次第でございます。
こんなりつぱな芸術家などというものは、ひつくり返つても今の時代には生れて来ない。そういうことを忘れている。そこでみの観世、宝生、金剛、喜多、金春、こういう流派がだんだん滅亡に瀕しております。あれを踊るのもたいへんです。一つの舞いをするのに六箇月ぐらいかかる。それをほとんど入場券だけでやつているというような次第でございます。
ただいまの前進座のごときは、これは民主的な団体で、有意義なものである、りつぱな芸術であるというふうに考えているにもかかわらず、市町村においては、それが共産党などがやつているものだから、あんなものをやられては困るというので、会場を貸すのは困るということで圧迫している。
りつぱな芸術家を、こういうきゆうくつなところへおいでを願つたことを、われわれとしては非常に恐縮しております。ただ、この最初にできる民間放送の重要な法案の審議に際しまして、ぜひあなたのような方から、われわれが法案を審議するために、重要な非常によい御意見を伺つておいた方が、われわれとして非常に助かることと思いますので、恐縮でありますが、一ことだけお伺いいたします。
そうするとりつぱな芸術を全国津々浦々に聞かせたいという私たち芸能人の良心が、満たされなくなりはしないでしようか。