1973-04-17 第71回国会 参議院 社会労働委員会 第5号
この人は寝たきり同然の状態に置かれていますが、生活の楽しみといえば、まくらもとに置いたラジオを聞くことしかありません。クイズ番組をよく聞いているということでした。クイズを聞けば回答のはがきを出したくなります。ところがこの人はせっかくの年金も手にできませんので、はがき一枚買えずにいるのでございます。
この人は寝たきり同然の状態に置かれていますが、生活の楽しみといえば、まくらもとに置いたラジオを聞くことしかありません。クイズ番組をよく聞いているということでした。クイズを聞けば回答のはがきを出したくなります。ところがこの人はせっかくの年金も手にできませんので、はがき一枚買えずにいるのでございます。
○山本(政)委員 千五百五十円とは別の、関西でまくらもと輸血の際に血液検査代として八百円から千円取ろうとしたわけでしょう。その八百円から千円というのが、局長のおっしゃることは、それは不適当だと思う、こうおっしゃっておったけれども、検査代として、技術料として、要するに点数になっているのかなっていないのか。
おそらく親戚の者が病気になれば、まくらもとにつききりで看護に医者が当たる場合もある。貧乏人はにそういうチャンスがないじゃないか、こう言われますと、それは言われる方が少し無理じゃないか。だから、国でやりますものが、貧乏なるがゆえに医療の機会を失うとか、あるいは最もポピュラーに考えられる薬も入手ができない、こういうようなことはほうっておいてはいけない。
ますで廊下を歩けば穴があっておっこちるような所、看護婦さんの宿舎に、雪が降れば雪が舞い込んでくる、患者のまくらもとに雪が舞い込んでくる、こういう状態のもとで国立病院といえるでしょうか。しかもそこに働いておる人たちがそれこそ定員のワクに縛られて、看護婦さんたちの、しかも定員すら満足にないところへもってきて、完全看護、完全給食、完全寝具ですか、できもせぬことだけを美文を並べてあるのです。
対しまして、本人は憂うつ症があった、すぐ目から涙を落すので多くを語れなかったのであるが、あの状態で期間的に長く拘置しておくとどうかなと不安の念を十分持っていた、また、心臓が悪い点は確実であるけれども、入院加療を必要とするかどうかは、専門医でないし、一回の診療だけでは判定できない、しかし、このまますぐ起して取り調べることは絶対だめだろうと申しておいた、緊急に尋ねることがあれば、横臥さしたまま、そのまくらもとに
そのときにその看護婦はまくらもとに行って、そうして介抱して、そうして本人の遺言を聞いてくれました。そして私のところへ来まして、けさ零時になくなりました、しかし帰ったならば、妻がこういうところにおるから、それにぜひ私の死んだということを伝えてくれという遺言を聞いてきました。それで私は大いに感謝をしたのであります。そして、あの人は宗旨は何でしょうか。もちろん仏教だと思う。
そういたしますと、社長は、絶対安静でなければならないと医者に言われたので、たとえばまくらもとに来ていただいても、きようのあつせんには応じられないというふうな形で、六日のあつせん委員会は、事実上成立しないままに終つております。ところが、こちらに参つて聞いてみますと、きのう社長は国会に出ておつたということでございます。
病人のまくらもとで病理学の論爭をするというような愚はやめまして應急の手当を講ずる、かような観点から、今回の予算大綱を取扱つてまいりたいと思うのであります。但し、今示されているものは一般会計の概算だけに止まりまして、その細目はもとより、特別会計及び地方財政の全貌も示されておらず、私の所論も、そのため少からざる制約を受けまするのは、すこぶる遺憾であります。
御承知の通り、まくらもとでいわゆる遺言という、何ら法理上效果のない遺言というものはなされておりますけれども、民法が要求しておるところの正式の遺言をつくることは——私は日本の缺點じやないかと思いますけれども、外國のように正式の遺言をつくるということが非常にまれなのであります。しかしながら、今後いろいろと民法の大改正によりまして、遺言というものが非常に大きな役割を演ずるのであります。