1956-02-14 第24回国会 衆議院 大蔵委員会 第6号
そうして財務局から借りておつて金を払わぬ。そうかといったつて、差し押えというところまでは実際問題としていきはしない。従って安い賃貸料でやつたら、それで済んでしまうのであります。あなたのような措置をしたところでだめなんです。従って買つた力が得だという新しい措置を何かお考えにならなければ、十年たった貸付機械が今後幾十年も続いていくということをあなたはお考えにならなければだめなんですよ。
そうして財務局から借りておつて金を払わぬ。そうかといったつて、差し押えというところまでは実際問題としていきはしない。従って安い賃貸料でやつたら、それで済んでしまうのであります。あなたのような措置をしたところでだめなんです。従って買つた力が得だという新しい措置を何かお考えにならなければ、十年たった貸付機械が今後幾十年も続いていくということをあなたはお考えにならなければだめなんですよ。
問題は基本の問題を聞いておるのであつて、金がどちらにどう動くからどうという財政上のやりくりだけを聞いておるのではない。財政上のやりくりならこれでいいと思う。政府が財源を与えたというから問題が出てくる。その点をもう少しはつきりしておいてもらいたい。たとい百歩を譲つて百六十億政府が財源を与えても、二十八億は財源処置ではない。その辺もう少しはつきりしておいてもらいたい。
たとえば農林省に配賦する、建設省に配賦するというような工合で、この建設省なり農林省から北海道庁もしくは開発局に向つて金を回して、あそこが執行の面に当る、こういうちょっと一種変つた組織です。ですから私の方は執行の責任を持っていないのです。そこがこの北海道開発局に向つて機構の改正が始終問題にされておる点であろうと思います。
○松井政府委員 私どもとしては、現在の賃金をもって満足しているわけではないので、公社側に対しても増額を要求して、そういう困難なところに向つて金を出したい。金を出してやつても絶対に解決できないという事態がはっきりといたしますれば、また別の方法を考えざるを得ない。しかし現在のところは、結局賃金が足りないから雇い入れられないだろう、雇いにくいのだろうと考えております。
それでたとえば事業税というようなものについても考えてあげて、自分が仕事してもうけた金が自分の手元に残る、それをだんだん積立てて行つて、金を借りぬでも商売ができるとか、あるいは中小企業のお方が物をつくれば、なるべく確実にマーケツトが確保される、できたものが売れなければいかに金を借りてもどうにもならない。
ですからほんとうにこういうような年々多量の馬を殺さなければならぬという状態にあるならこれに思い切つて金をかけて、徹底した実験を早くやつて、五年かかるものなら二年間であげてしまつたら、そこに一体何十億の利益があるかということであります。
○河野謙三君 そうすると、協同組合の場合に事務処理を便宜協同組合が一括してやるということであつて、金の流し方も協同組合を通してやるというようなことは考えていないのですか。金の流し方はどこまでもその場合には協同組合を通さん、個々だ、こういうことですか。なおその貸付の保証等は協同組合は関係しないわけですか。
だが国民は、この基幹産業に政府の力によつて金を出させられたが、何らの発言権もなければ、何らの立場にも立たされておらぬのである。
直営でやつて、はつきり木材にして、それから町村へ持つて行つて、金は適当にとつて、無利子で延納する、あるいは三年間待つてやるというようなことよりも、ほんとうに被害を受けた町村からいえば、労力なり何なりを動員してやれば、簡単な所ならある程度出ます。そういう所で百万石程度のものはどんどん出す。たとえば学校は百石じやないですか。百石や二百石の材が出ないということはない。これは簡単に出ます。
ところが現実に銀行が先般来論難されておりますのは、両建預金、歩積み預金、こういうようなことでやつておる――現実に銀行はそれほどでもありませんけれども、そういうような金融機関から金を借りる場合には、信用保証協会の保証によつて金を借りる場合でも、はなはだしいものになりますと、別途の定期を要請する。
そういう点から、輸入商が自分のしなければならないことをやりもせず、ほつたらかしておいて、手をこまねいておつて金がもうかつておつたという状態であり、なお私どもの料率をはねて来ておつた。
それに靴とか運動用具がよくなくなるということ、それからいろいろな金具を盗んで、そうしてそれを売つて金に換えるというようなこともちよいちよい聞いております。昼食を食べに帰宅すると言つて、そうして隅のほうにしよんぼり立つているとか、或いは帰宅しないで畑に行つて、里芋とか唐芋漁りをするというような、そういうこともちよいちよい聞いております。
なぜかと言いますと、とにかく定員法の反対を堂々とスローガンを掲げて反対運動をやつておつて、金をもらつておる。ただ請託があるかないかというところに対して証拠がとれないだけであります。
こういうことで、当然この実費徴収ということは、処方箋料は必要ない、診断に伴う一つの行為であるから、丁度金を払つて、金をとり立てて領収書を発行すると同じように、当然これは無料で発行すべきものだと、かように考えております。
それから二号のほうは吹田操車場、ここには別に会計官吏と言いますか、支払担当官がいなくて、すべて鉄道管理局のほうへ支払請求書を廻して来て、支払つているのでありますが、そのほうがいろいろ水増しをしました請求書を廻して来て、そしてそれによつて金を領得しておつたという事態でありまして、これなどそのために百五十万円の穴を生じた、こういう次第であります。
そういつたような都道府県の教育委員会に査定、工事の費用の算定、それから成功認定、それからこれは私推察するのですが、その支出負担行為も府県の委員会がやる、こういうようなことをするというところにここに挙げられておるような、いわゆる県の何と言いますか、悪く言えばこれは飽くまで過大に見積つて金を余計取ろう、それを構築、増築、或いは改築に使うという例がここに挙げられておるわけですが、これは他の建設省、それから
第五百二十九号の文部省の弁明でも私は弁明になつておらんと思うのですが、つまり流用したということを自分で承認しているようなことで、流用自体がよろしくないのだ、嘘を言つて金を取ることはよろしくないのだという頭がまるで一つも答えになつて私は出ていないと思う。非常にそれは不満なんですが、補助で金を取れば補助であつて、増築は増築で別に申請して金を取るべきである。
げましたように、この問題の難点は、国の緊縮方針と歩調を分わせてどうするか、どこまでやるかということの判断にかかるのでありまして、そうしてその判断が決定いたしました以上は、その金はどこからでも私は出して来れる性質の金であると思うのでありまして、特にそういう特殊の団体を作らなければいけないという形、そういうところに隘路があるのでなくて一般的のものの考え方としてひとつかかるところがあるのでありますからして、従つて金
今になつて金を政府に払わない。これは木下委員が言つた通りなんです。その理由は一体何なのか。一般の消費者家庭が小売業者から米を買つたときに金を払わないということになつたならば配給停止じやないですか。問屋だつてそうでしよう。小売業者が問屋に対して金を払わなかつたら配給停止じやないですか。なぜ政府だけがこういう会社にだけ手ぬるいことをやつているのかと言われるのは私は当り前だと思う。
ただ、只今申し上げましたのは一般の原則でございまして、実際にやつております多くの場合の例を申上げますと、補助金額に残額が出た、工事が安く仕上つたというような場合には、単にそれだけの工事、限られた工事なら別でございますけれども、道路の鋪装、道路の改修というようなものは、長い距離を区域を一限つて金の範囲で計画しておるのが多い、そういう例が多いのでございますが、そういう場合には、大臣の承認を得た上で設計変更
これにはどうしたつて金を出さなければならないと思う。そのほかに地方財政の赤字という問題、特に今度の災害地帯についてはどうしたつて出さなければならぬ金があると思う。ほかにもあげればたくさんあると思う。こういうふうな金は、政府の一兆円のデフレ政策の当然のしりぬぐいです。しりぬぐいもやらぬでほおかむりで通すのだというばかなことはないはずである。従つてどうしてもある程度金を出さなければならぬ。