1975-07-03 第75回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第7号
たとえば消防団員が地下たび一足買うと千八百円取る。作業衣でもいま五千円より安いのない。水害の時分にはどれだけ傷むかというようなことを皆さん方は全然知ってない。だから、消防団員も人間でありますから、いろいろ不平不満が出る、意見が出る。それを一つの組織を運営する、組織を守っていく責任者の立場というものを十分考えてもらわにゃいかぬ。建設省なり消防庁は、もう少し平素から勉強してもらいたい。
たとえば消防団員が地下たび一足買うと千八百円取る。作業衣でもいま五千円より安いのない。水害の時分にはどれだけ傷むかというようなことを皆さん方は全然知ってない。だから、消防団員も人間でありますから、いろいろ不平不満が出る、意見が出る。それを一つの組織を運営する、組織を守っていく責任者の立場というものを十分考えてもらわにゃいかぬ。建設省なり消防庁は、もう少し平素から勉強してもらいたい。
特に私ががまんのならないのは、第一審のとき、厚生大臣の代理として法廷に立たれました人の証言に、朝日さんの主張の中に、たび一足で足りないということがあるけれども、はだしで飛んで歩いても健康で育っている子供がたくさんおるじゃないか、ちり紙が一枚半で、たんを取るにも足りないという訴えに対して、ちり紙が足りないというけれども、わらその他で用を足している健康で生きている国民がたくさんあるのだ、だから、いまのこの
全日自労という組織は二十二万人、その人たちは初めは地下たび一足から要求した、そうして労働条件を少しずりよくして参った。長い間に賃金や手当を少しずつよくして参った。ところが、その賃金や手当の交渉がけしからぬといって、迷惑がっている役所があります。一体、おじいさん、おばあさんの一人々々が役所に行って交渉ができましょうか。交渉しなければ一体だれが賃金をよくするか、生活条件をよくするか。
それから市から地下たび一足と六百五十円か何か出したんですが、それもこれも臨時の収入だ、こういうことになって、四千五、六百円一月から引かれることになっちゃった。それでわれわれは、それはいかぬということで、結局国の六日分だけを引くという形になったのですが、こういう政策というものをもし自由民主党がおとりになるとするならば、これは私は労働者の怨嗟の的になると思う。
女のおとなのものならば、一足買おうと思えば、これもやはり三箇月以上たたなければ、たび一足買えない。なお兒童になつて見ますというと、やはり一足買うにも二月近くかかる。しかもこれは普通の二人の男の子がいれば、両方でやはり四月来なければ一足ずつ買つてやれない。こういう状態では、これは一応の最低の生活にしても、健康的な生活をやつて行く上には、私は足りないのじやないかというように考えるわけなんです。
今日も実は埼玉縣の未亡人のたちもが十数名議会に押しかけられまして、そうして実際自分たちのいなか町の工賃ではとうてい足りなくて、たび一足買うことができない、配給物もとれないと言うのであります。その八%の交通費どころか、生活のための資材、食う物が買うことのできない現状だということでございます。
たとえば地下たび一足までも安本の方で関與して、切符を切るというようなことをされておりますために、配給計画に非常な日時を要しておる。
御承知のように地下たび一足買つても三百圓もするというようなものを買つて、米や野菜をつくつておつたのでは、農民がマル公で物を出して、引合うはずはないのであります。しかしながら今度は、そういうものを買つてつくつておる農民の品物も、まわりまわつてやみで流れる。そいつを消費する、いわゆるやみ生活をしておる勤勞階級というものもまた、やりきれない。
やつと來たが、米十俵出して地下たび一足であつた。こういうような縣もありまして、縣と縣との間わずか村を一つ隔てて、隣りの縣は莫大な繊維製品があり、隣の縣は何もない。何もない縣は必ず不平が起りまして、実情を調べたら、その縣はさいわいにも終戰以來繊維製品の手持があつたが、これを食糧のために放出した。片方には何もなかつた。