1996-05-14 第136回国会 衆議院 外務委員会 第7号
県が今度は自治省と話をしまして、では地方のお金を出しておきなさい、その後交付税交付金をちゃんと乗せてやるような形で何とかしてあげましょうみたいな形になって、とうとう最後はくず鉄屋さんが来まして、それをばらして二束三文のお金で持っていったという。つまり結論としては、よその国のしたことを我が国の国民の税金できれいにしてしまったということなんですね。
県が今度は自治省と話をしまして、では地方のお金を出しておきなさい、その後交付税交付金をちゃんと乗せてやるような形で何とかしてあげましょうみたいな形になって、とうとう最後はくず鉄屋さんが来まして、それをばらして二束三文のお金で持っていったという。つまり結論としては、よその国のしたことを我が国の国民の税金できれいにしてしまったということなんですね。
○伊藤郁男君 それはちょっと、判断が全く逆でありましてね、結局、いま使えるもの、残存価値があるもの、部分品を整備して修理すれば十分使えるもの、こういう六千万円もかけて買ったものが、最終的には四十万円くらいでくず鉄屋に無造作に行ってしまう。これは何が原因かというと、やはり補助金の問題なんですね。
○伊藤郁男君 そこでお伺いをするんですが、結局五千万円から六千万円かけたものが、十三、四年間使って、先ほども東京消防庁の例のお話がありましたが、さらに予備車として使えば十七、八年もつというもの、こういうものが結局はくず鉄屋に五、六万円から三十万円で引き取られてしまう。
そうしたら、アメリカ大使館では、これが八インチ砲の破片だということは認めながらも、いやあそこには言ってみればくず鉄屋さんなどがいて、砲弾の破片なんかも幾らでも持ち出すというようなことも言っていました。いまあなた方の補足説明の中にあるこの説明ですね、これによりますと、くず鉄屋さんが破片を持ち出して、そうしておっことしていったというふうに理解できますか、どうですか。
東通時代どころかその前の朝日物産の時代、つまり昭和三十三年五月から三十六年六月までの期間、このシグ・片山氏はくず鉄屋さんとして出入りをされている。あなたが知らないはずはないということを、名前を出してもよろしゅうございますけれども、ふさわしくありませんから言いませんが、証言しておる人がずいぶん多いのです。それからまた、東京通商時代においてはさらにそのことを裏づけるいろいろな問題がある。
それから、終戦後においていろいろこの毒ガス弾が、たとえば漁民の人が魚をとるときに網に引っかかってけがをした、あるいはなくなったとか、あるいはそのスクラップがくず鉄屋に売られて、それを解体しているときになくなったとか、そういう人身の被害、死亡が何件、けがが何件、大体、それをちょっと御報告願いたい。
金泰成はくず鉄屋です。そして古い兵器を集めてはこれを方々に送っておった。日本へ輸出を計画しておったのです。ところがこの計画がだめになった。だめになったために兵器工場の建設を思い立ちまして、東洋精機の問題と発展したわけです。そういう経過をたどっておる。
しかも、くず鉄屋はニューギニアやフィリピンまで出かけていって引き揚げをしておる。自分の家の目の前に沈んだものをほったらかしておいて南方まで出ていこう、そういう空気にある。おそらく私は、この訴訟事件とかその他の問題がひっかかっておって、あなた方がこれをまだ入札させないんじゃないか、そうじゃないですか。
○吉田(賢)委員 そこであなたに聞くんですが、だからですよ、使い道が非常に制約されておる、しかもガソリンがよけい要るし、航続時間も短かいし等々非常に制約されているというので、そこで一方横浜ではおととし米軍が一基三万四千余りでくず鉄屋に売って、現に富士重工にあるのですが、りっぱなものですよ。今防衛庁が買い込んだのと同じものがあります。
そんなことをおっしゃるより、初めから三晃商事なら三晃商事というくず鉄屋からあなたがわいろをもらって書いたとか、ただ名前を貸してやったんだとか、国をだますため安く払い下げをしたと、なぜおっしゃらないのか。これで済みますか。私はあなたに対して国民として訴訟でも何でもしますよ。委任状というものを法的に考えてごらんなさい。