2019-05-17 第198回国会 衆議院 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 第3号
私であれば、もしもめぐみさんが帰国をされたら、幼稚園のころ毎日歌った朝のお歌やお帰りの歌、お弁当を食べる前の感謝の言葉とか、毎日練習したはとぽっぽ体操や旗体操を思い出してほしい、幸せだった子供時代を思い出して、この四十年間のことは一日も早く忘れてほしいというふうに強く願います。
私であれば、もしもめぐみさんが帰国をされたら、幼稚園のころ毎日歌った朝のお歌やお帰りの歌、お弁当を食べる前の感謝の言葉とか、毎日練習したはとぽっぽ体操や旗体操を思い出してほしい、幸せだった子供時代を思い出して、この四十年間のことは一日も早く忘れてほしいというふうに強く願います。
その上で、きょうは、橘慶一郎先生初め、最初、橘慶一郎先生がまた大変上品なお歌を御披露いただきまして、私もちゃんと見習って品よく、これからまた、余り受けないですね、特別国会はこれで終わりですが、通常国会がまた始まりますので、できるだけ品よく質問をさせていただきたいと思います。
閣僚の中で御出席をされた方がいらっしゃるかどうか分かりませんが、陛下のお歌は、今年のお歌もこのパラオの海のことを歌っておられました。 西太平洋戦没者の碑、陛下と皇后陛下が慰霊をされたところでありますが、ペリリュー島というところにございます。コロール島から私は一時間ぐらい小舟に揺られて、陛下の場合はヘリコプターで行かれましたけれども、小舟でこのペリリュー島に行ったわけであります。
今のお話を聞きまして、小遣いに消費税をかける妻、こういうお歌を披露いただきました。私とすれば、小遣いから消費税を引かれる夫、こんなことを今思った次第でございます。
先年沖縄に参りましたときには、喜納先生のお歌も聞きに行っておりますので、御質問は重く受け止めました。 第二番目の北朝鮮の問題からお答えします。
声を掛けたら、とっても楽しかった、毎年クリスマスにはここに来るの、そして今度はみんなと一緒にお歌も歌う、踊りも踊るよ、ありがとうと言って、本当にきれいな笑顔で、こんなバレエの手をして、にこにこしながら帰っていかれました。 そして、十二月一杯と言われた命ですけれども、早く元気になる、元気になる、元気になってバレエやる、お歌も歌う、ベッドの上に自分の力で座れるまでに回復したそうです。
うちの劇団員が、一人の人を大切にしなければいけないってずっと思いながら、自分には中国語は話せないけれども、中国語のお歌を学んだからお歌を歌ってあげることができると思って、休み時間にその子の前に立って、今からお歌を歌いますと日本語で言って、中国語の歌を歌ったそうなんです。
これは仁徳天皇のお歌なんですけれども、即位をされて即高殿へ上りまして、そして国民の生活を見たわけですよ。かまどから煙が上がっていないので、ああ、これは貧しいんだな、不況なんだなということで、三年間租税を免じる措置をとった。三年後、再びその同じ高殿に上がりまして、そして生活を見ましたら、国民の間では炊飯の煙が立ち上って、民衆の暮らしがよくなったといって喜んで歌われた歌でございます。
それは、先ほど申し上げたように、官房長官の答弁で、御自分で感心、感動したのはいいけれども、自分の解釈を昭和天皇のお歌に覆いかぶせてしまったことになるのではないかという一つの問題。 そしてまた、そういったものを政治の場で、衆議院の本会議場という中で、施政方針演説という、国民に訴える、それこそ政治の場面そのものの中で引用した、国民に対して呼びかける。
○都築委員 どうも本当にそんなので済むのかなという思いが、憲法四条の、天皇の国政に関する権能の否定、そしてまた憲法で定めた国事行為のみを行う、こういう観点からいったら、昭和天皇自身のお歌は昭和二十一年の御製でありますからもう遠い昔の話かもしれない。
御指摘の、先ほどから議論になっております施政方針演説の中での昭和天皇のお歌の引用と申しますのは、先ほど申しましたような政治的利用といったような問題とは次元を異にするという問題であろうと思うわけでございます。これは、憲法の規定とは直接関係があるというようなことではございません。
困難に直面しても、難局に際しても雄々しく立ち向かっていこうという、そういう願いを込めたお歌だろうと思いまして、引用させていただきました。 私は、これは、心を深く打たれるか打たれないかはその人の感性の問題だと思います。政治利用には当たらない、天皇陛下の政治利用であるという御指摘は当たらないと考えております。
先生、福島でいらっしゃるので、例えば今お歌いになったお歌の中で中田喜直さんの作曲の曲が二曲ございました。私はよく申し上げるんですが、先生の学ばれた福島なんかはまだ例えばメダカはたくさんいるでしょう。ところが、私は横浜でございますけれども、横浜などはもうメダカは絶滅のおそれのある魚でございまして、私の娘なんかはメダカを水槽の中でしか見たことがありません。
ことしの新春宮中行事、歌会始での天皇陛下のお歌は、「うち続く田は豊かなる緑にて実る稲穂の姿うれしき」、これこそが豊葦原瑞穂の国の本来の姿なのであります。 農林業の多面的機能は、民族の生命線である食糧の生産はもとより、災害防止、水資源酒養を初めとする国土保全の基本をなすものであり、広い意味での地方の振興や都市と国民の生活を守ることにつながるものであります。
ただいま「ああ上野駅」というなつかしいお歌を、これは多分新川二郎さんだったと思うんですが、(「違う、井沢八郎」と呼ぶ者あり)井沢八郎、ああそうですか。前島先生大変ありがとうございました。新聞は山田太郎さんでございますね。ぜひまた御報告させていただきます。皆様方お喜びになると思います。こういうところでそういう話題が出るというようなことも僕自身は大変うれしく思います。
これは一休禅師様のお歌だったと思いますが、「生まれては死ぬるなりけりおしなべて釈迦も達磨も猫も杓子も」という、だれでも最後は死ぬんだ、散る桜、残る桜も散る桜なんて言いまして、人生必ず最期が来るわけでございます。
今、陛下のお歌の御紹介がございました。
それから遊戯やお歌の時間には戸を閉めていてもうちの中までよく聞こえてくる、そんなとき保育所に行きたがって悲しそうな顔をしていた。どうして保育所へ行けないの、どうして、どうしてと言われるので、お母さんやお父さんはみさちゃんの名札がなくなったので行けなくなったのよ、こう言っている。ところが、なぜみさちゃんの名札をなくしたのとお母さんに聞くというふうな状態です。
○宇佐美説明員 講書始あるいは歌会始、実はお歌の方も毎月歌の会をやっていらっしゃるわけで、お正月のものを公的にいろいろな方を招待をして儀式的に行うということであります。それから講書始の学問の講義というのも先ほど申したように平素は内廷費のようなものでお勉強になっているわけでありますが、お正月の最初のときだけを儀式的にやるという意味で、公的なものとして宮廷費の範囲で経理整理しておるわけでございます。
そうしてついには皇太子殿下並びに美智子妃殿下が暗殺をされまして、そうして辞世のお歌までそれに書き加えておるというような状態でございます。
宮中で私が拝見いたしました陛下のお歌の中で、陛下が地方巡幸になる目的がどこにあつたかということが知られるお歌を二、三拝見して、私は感を深くしたのでありますが、もう一つ私がこの際希望を述べたいのは、各地で県なりあるいは各県が連合して慰霊祭でも行う場合は、できれば陛下の行幸を仰ぎたい。これはおそらく遺家族ひとしく希望するところではないか。