1973-07-04 第71回国会 衆議院 逓信委員会 第27号
私はいなか回りの代議士でありますから、山の中に入って、ばあさん、じいさんと話す機会も多いのであります。あるいは青年諸君と議論する機会も多いのであります。そのつど話題に出てくるところのものは、おれのところのテレビによればとか、ゆうべ聞いたラジオによればとか、だれだれの解説によれば、というようなことが口をついて出るのであります。知識といいますか、なかなか潤沢で豊富であります。
私はいなか回りの代議士でありますから、山の中に入って、ばあさん、じいさんと話す機会も多いのであります。あるいは青年諸君と議論する機会も多いのであります。そのつど話題に出てくるところのものは、おれのところのテレビによればとか、ゆうべ聞いたラジオによればとか、だれだれの解説によれば、というようなことが口をついて出るのであります。知識といいますか、なかなか潤沢で豊富であります。
河崎君はいなか回りばかりなんだよね。中近東とかアフリカとか、それから、ソビエトは共産圏の親玉だが、その一子分のポーランドぐらいしか行かない。そういうむしゃくしゃも一つ。性格も一つ。それからもう一つは、外交官の中に、河崎君——ということではないが——も含めて、きざなのがいるんですよ。日本人に会いたがらない大公使や役人がいるんです。これはいるんですよ。あのやろうとめし食うとまずくなると。
その中で、よくいなか回りをすると輸入米の話が出てくるわけですが、大体いろいろなことで情報はわかりますけれども、この委員会を通じて昭和四十三年度の米の中で、外米の輸入をする件について、いわゆる計画いろいろあると思いますが、どこの国からどれだけ輸入するのか、そうしてそれは、米が足らぬから輸入するわけじゃないことはもう明らかですから、何か経済、貿易、もっとぼくは端的に言ったら防衛上、国防上の問題すらあるのじゃないかと
みんないなか回りだと言っていますよ。いなかへ行ってちょろまかしております。テキサスあたりへ行ったりどこへ行ったり。そういうことを日本の美術館の館長さんが自分の目だけ頼りにしてやらなければならないような、株と同じようなことをさせるということは、ぼくはやはりやらせるほうが酷だと思うのです。
なお今、田中委員の丹下博士の説などを聞きますと、三十六時間といいますが、いなか回りの曲芸師の仮設道場とは違うのです。御承知のように、プールは下がコンクリートでありますから、その上に畳を並べただけでは試合はできるものではありません。御承知の通りに、畳の下はスプリングがなければいけません。各大学の道場を見ましても、あるいは講道館をごらんになってもわかります。
○坂本昭君 それはあなた方、東京にすわって、厚生省の腰かけにすわって考えておられる限りはいいかもしれませんけれども、私などしょっちゅういなか回りをして、いわばセールスマンをやっているんです。一番あっちこっちで、苦情を言われるのは診療所の問題、医師のいない問題などですね、つい三日ほど前も、山の中で診療所を閉鎖する。
あと一年くらいして私はまたいなか回りして、バットがなかったり刻みがなかったりしたときは、専売公社がサボっておるか、国民の嗜好についてきわめて無関心で、よらしむべし知らしむべからず式のことを相変わらず続けておるか、どっちかなんで、そこら辺について格段の御努力をいただきたいと思います。
もと、これは戦争前ですけれども、外務省にシナ派というのがあって、つまりシナとかそういうどさ回り、いなか回りをしている外交官ですが、この人たちは外務省の主流である欧米派とかいうものに対して非常な不満を持っていたわけであります。
私が、なぜこういうことを聞かなければならぬかと申しますと、私は、いなか回りをやっております。そうすると、学校の先生が、私にこういうことを言いました。子供が病気になった。どうせこれは命がないということがわかった。その折りに親が、なんぞ食べたいものはないかと聞いた。そうしたら、せめてバナナが食べたい、こう言うた。ところがそのバナナは入手することが非常に困難で、名古屋まで出るのに十里もあるところです。