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33件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1976-10-29 第78回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 第4号

そこで、その当時は原子力先進国と言われるところの、たとえば最初平和利用に初めてつくったイギリスコールダーホールヒントン卿が難行苦行してつくったコールダーホールその原子力発電所を、その二十九年以後からたびたび科学技術庁の人や産業会議の方や、与野党を問わず衆議院も参議院の方も見に行って、そのモデルを東海村へ持ってきたことは御存じのとおりであります。

福井勇

1967-06-15 第55回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第15号

これからひとつ原子力委員会が受け持つという大きい責任を持っておりますから、シーボーグを呼んだり、あるいはもうしばらくペランも来ていませんから、日本と競争しておるところのフランスペランあたりも呼んだり、ヒントン卿は年をとってだめだろうし、ボーアは死んでしまったから残念でありますが、そういうなにを、大臣は必ず予算はとってくれると思いますから、画期的な啓発の努力を続けていただきたいと思います。  

福井勇

1966-05-12 第51回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第21号

かつて、〇・六ペンス(二円五〇銭弱)で発電ができるというヒントン卿示唆にもとづいて東海村にコールダーホール改良型炉を建設した。これについては当委員会においても多くの批判が行なわれたのであるが、この動力炉工期が一年余も遅れ、建設費も一〇〇億円近く上回り、その発電コストも伝えられるところではキロワット時当り六円余になったという。

菅野和太郎

1966-05-11 第51回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会動力炉開発に関する小委員会 第2号

かつて、〇・六ペンス(二円五〇銭弱)で発電ができるというヒントン卿示唆にもとづいて東海村にコールダーホール改良型炉を建設した。これについては当委員会においても多くの批判が行なわれたのであるが、この動力炉工期が一年余も遅れ、建設費も一〇〇億円近く上回り、その発電コストも伝えられるところではキロワット時当り六円余になったという。

岡良一

1966-02-16 第51回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会動力炉開発に関する小委員会 第1号

それよりも、もっとひどいのは東海発電所、あのときにはたまたまヒントン卿がやってきて、原子力発電は一キロワット・パー・アワー〇・六ペンスでやれる、こういう御発言があった。当時の原子力委員長が、それでは原子力発電をまずやろうといわれて、湯川秀樹さんが憤激されて原子力委員をやめられたといういきさつがあったことは御存じのとおりです。

岡良一

1962-12-12 第42回国会 衆議院 本会議 第3号

(拍手)ヨーロッパ諸国の長期的な総エネルギー年率平均伸びは三%ないし四%と想定をされ、エネルギー流体化エネルギー源自由選択の傾向を是認した想定でも、OHEC加益国総体として、一九七五年度において六二%以上の国内エネルギー供給率を保つと見込まれ、イギリスにおいても、最近来日したイギリス中央電力庁総裁ヒントン卿の言によれば、石炭のみで総エネルギーの七〇%を、将来ともに優先確保する方針が明らかにされておるのであります

岡田利春

1962-06-01 第40回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第25号

資料といたしましては、少し古くなりますが、一九六〇年マドリッドの世界動力会議におけるヒントン卿及びボーガン氏の発表を参考にいたしました。  まず建設コストでありますが、一九六一年、すなわち昨年度運転に入った単基十五万キロワット級と一九六三年から一九六五年に運転に入る単基二十五万キロワット級二台一組の建設費の推移は、キロワット当たり百五十ポンドから百ポンドまで低下、約三割の低減となっております。

長山泰憲

1962-06-01 第40回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第25号

英国あたりも、最近の海外事情を拝見いたしますと、アメリカ英国共同研究の成果というのでしょうか、天然ウラン重水炉というようなところへ踏み切ろうというヒントン卿あたりの強い意向も聞いておるわけです。国産炉としても天然ウラン重水炉を作りつつある。何かそういう意味でダブっておるのじゃないかということですね。

岡良一

1960-09-01 第35回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第5号

岡委員 原子力発電がわが国でひとしお声高くなったのは五年前でございましたが、ヒントン卿が来られて、いわゆる〇・六ペンスということであったと思うわけですが、今石川委員原子力発電コストの点に触れられまして、〇・六ペンス説を唱えられた当のヒントン卿も、ことしの六月、マドリードで開かれた世界動力会議の演説の中で、はっきりと、火力、新火力と大体価格が引き合うのはここ十年はかかるだろう、同様なことが、英国動力相

岡良一

1959-12-22 第33回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第10号

それで、今の公述人お話の中には、自分東海村に住みたくないというお話がありましたが、また一面、ヒントン卿は、最近会った日本人に、自分は喜んでその近所に住むということも言っておる。これは「いはらぎ新聞」にもそういう記事が出ておったのを私は拝見しておりまして、やっぱり議論は分かれておる。

中曽根康弘

1959-12-22 第33回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第10号

もう一点は、日本の国務大臣として、日本学術会議学者意見を尊重せずして、たとえば、先ほどの委員長の言にいたしましても、藤本参考人日本学者としての意見に対して、イギリスヒントン卿の言をもって迎えられるというようなことに対しましては、はなはだ了解に苦しみます。あなたは、日本学者意見を尊重しないという立場に立たれるのかどうか、お伺いいたします。

田中武夫

1959-12-11 第33回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第8号

この新鋭火力発電原価におおむね匹敵するものであるといわれております根拠と申しますか、あるいはこの問題が出ました発端は、昭和三十一年五月にイギリス原子力公社のクリストフアー・ヒントン卿日本を訪問されまして、イギリスでは十万キロワットの天然ウラン炭酸ガス冷却型原子炉発電原価は一キロワット・アワー当たり〇・六ペンスが可能であるということを言明されまして、これを機会にして原子力委員会訪英調査団を送

小椋広勝

1959-12-03 第33回国会 参議院 商工委員会 第5号

これも今私は問題にするわけじゃございませんが、結局これは原子炉の今度の発電会社コールダーホール改良型にいたしましてもそうでありますし、それからまた今原子力研究所試験炉においてもそうだと思うのでありますが、根本的は、いろいろ私ども読んでみても、日本の土地というものが御承知の地震の問題が一番大きいわけで、最初にこのコールダーホールのことについて、あれは何というのですか、ヒントン卿ですかが来られて、この

大竹平八郎

1959-10-13 第32回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第6号

というのは、たとえばヒントン卿の問題とか、コールダーポールが絶対に安全だというような自信の強さ、それから、今までの知識努力の全力をあげてやってきたというふうなことをおっしゃるのですけれども、全体において世界的に開発途中にあるので、われわれが非常に技術的にまだ知識上非常におくれておるということがわれわれの今の焦りでありましょう。

神近市子

1959-10-13 第32回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第6号

ときによりますと、ヒントン卿原子力委員会を離れて発電公社の方に移られたとか、コッククロフトが大学の学長になられたというようなことをもって、何だかコールダーポール・タイプの失敗を証明するかのような意見がときどき散見されるのでありますが、ヒントン卿発電公社に移られたというのは、決してこの責任を負ってやむを得ず出られたんじゃなくて、この発電所増設原子力増設についてヒントン卿を必要とするんで転任を

安川第五郎

1959-08-11 第32回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第4号

いわゆる〇・六ペンスを日本で宣伝していかれたヒントン卿が今就任しておられる。〇・六ペンスで、経済性に合うコールダーホール改良型をぜひ採用してくれと日本で賞伝していったヒントン卿中央電気発電庁総裁でしょう。このヒントン卿のもとで、今日本が買おうとしておるコールダーホール改良型はことしで打ち切られ、来年から別なタイプうになる、こういうことなんです。

岡良一

1959-03-04 第31回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第6号

それから、現にヒントン卿にしても、〇・二四ペンスの原子力発電の旗を日本で振っていかれた方だが、これも中央電力庁総裁になられてから、原子力発電については相当慎重な検討を要するという態度をはっきり表明しておる。去年は電力庁は一つも注文を出しておりません。そういうような状態で、やはり経済性の問題、安全性の問題について、英国にも自己批判、反省があるのではないかと考えられるわけです。

岡良一

1958-03-06 第28回国会 参議院 予算委員会 第6号

ところがたまたま、イギリスからヒントン卿これはコルダーホールを作った人であります。それを呼んで事情を聞きますと、原子力発電イギリスでは経済ベースに合う。日本のことは知らぬが、とにかく合うということを彼が来て明言いたしました。そこで、そのときアメリカの方も確めました。アメリカでは、どうしても経済ペースに合う段階まで来ておらぬということを、アメリカでは言うております。

正力松太郎

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