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145件の議事録が該当しました。

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1981-11-05 第95回国会 衆議院 科学技術委員会 1号

○野村参考人 私ども、お役所を通じまして先生の御要求を承ったわけでございますので、いま申し上げましたように相手方のあることでございますから、私どもだけの判断でお出しするわけにはいかないということで、相手方の了承を得られるように、得られた上でお出しをするということが私どもの考え方でございます。

野村一彦

1981-10-27 第95回国会 衆議院 行財政改革に関する特別委員会 9号

○野村参考人 お答えいたします。  先生のお説のように、調査の中には気象、海象の調査それから地盤、地質の調査、その他いろいろと自然条件につきまして、広範にわたって行わなければならないものがございます。その中で、お説のように一年間を通じて調査をしなければならない項目がございまして、そのためにはボーリング調査等もいたす計画でございますが、いままでの私どものデータから見まして、港湾というものをあそこにつくるということについては

野村一彦

1981-10-27 第95回国会 衆議院 行財政改革に関する特別委員会 9号

○野村参考人 お答えいたします。  共同声明に基づきまして、地元の市並びに関係漁業協同組合の方々とお約束をいたしまして、そして、本年の九月から陸域、海域、空域にわたりまして調査を目下いたしておるところでございます。この調査の結果、大体調査開始後半年ぐらいたちますと、港湾として適地であるという技術的なめどが得られると私どもは考えておりますが、なお調査が完了するまでには全体で一年半ぐらいかかるかと思いますが

野村一彦

1981-10-03 第95回国会 衆議院 予算委員会 1号

○野村参考人 関根浜に新定係港をつくるという五者共同声明の趣旨に基づきまして、現在立地環境調査に鋭意着手いたしておるところでございます。海域の調査、空域の調査、陸域の調査、そうやりまして、できるだけ早く建設しなければなりませんが、現在まだその具体的な調査の進行過程にありまして、どのような規模の、どのような設計港湾をつくるかということが確定いたしておりませんので、相当のお金がかかるということは考えられますけれども

野村一彦

1981-10-03 第95回国会 衆議院 予算委員会 1号

○野村参考人 お答えいたします。  当専業団は昭和三十八年に設立されまして、原子力船の第一船実験船「むつ」の建造に着手いたしました。そして昭和四十七年に船としてでき上がりまして、それに原子炉設備いたしまして、原子燃料を装荷いたしたわけでございます。そして諸準備を経まして、昭和四十九年の八月に出力上昇試験のために大湊港を出港いたしたわけでございますが、その四十九年の九月に大湊港の沖で放射線漏れを生じまして

野村一彦

1981-05-29 第94回国会 衆議院 科学技術委員会 12号

○野村参考人 自然条件の利点ということは非常にむずかしいと思いますが、先生おっしゃったように気象、海象、それから地盤、地質というようなものが主な自然条件であろうかと思います。ただ、その非常に厳しい中でも、現在の港湾技術の水準で工夫をして、その設計とか防波堤とかしゅんせつとか、そういう工夫をすれば克服できるという条件、これは私どものいままでの机上の調査でそういう技術的な一つの判断を得ている、こういうわけでございます

野村一彦

1981-04-21 第94回国会 衆議院 科学技術委員会 9号

○野村参考人 先般、私どもの担当理事の話ということが一部の新聞に出ておりまして、私もその内容は承知いたしております。それは先生御案内のように、一般的に、津軽海峡に面しましたあの辺の海岸というのは、自然現象気象、海象の条件が非常に厳しいということで、操船の専門家の立場から見ていろいろと困難な面があるということを言ったことは私もよく承知しております。ただ、先生も御承知のように、あの辺には、場所は少し離

野村一彦

1981-04-21 第94回国会 衆議院 科学技術委員会 9号

○野村参考人 事業団といたしましては、五十二年に母港の選定条件を決めていただきまして、その方針に沿って全国の考えられる適地の港湾を調査いたしまして、それからだんだんと科学技術庁と私ども関係者の間でしぼっていろいろ検討いたしたわけでございます。  そこで、いろいろな条件を勘案しまして、自然条件それから社会条件両方あわせて総合的に見て大湊港が一番よろしいという判断を事業団としてもしまして、そのことを科学技術庁

野村一彦

1981-04-17 第94回国会 参議院 科学技術特別委員会 4号

参考人(野村一彦君) 工事の進捗状況を申し上げます。  工事におきましては、先生御指摘のように、種々の理由によりまして着工が予定よりも一年以上おくれたということは、私ども非常に残念なことでございますが、しかしながら安全の手順を踏んで、しかも慎重にかつできるだけ早く約束の期限工事をやるといういろいろ工夫をいたしまして、工期を分けまして昨年の八月から本格工事に入ったわけでございまして、第一期の工事

野村一彦

1981-04-17 第94回国会 参議院 科学技術特別委員会 4号

参考人(野村一彦君) 佐世保におきまする工事の現状でございますけれども、さきの国会でお答えいたしましたように、修理に工夫をするということで分割契約をし、あるいは先行発注をするということでやっておりまして、第一期の工程が終わりまして、現在第二期の工程にかかっておるわけでございますが、工事そのものは大体順調に進んでおるわけでございます。  ただ、何と申しましても、さまざまな事情のために、工事の着工がかなりおくれましたということと

野村一彦

1980-11-21 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 10号

参考人(野村一彦君) 事業団といたしましては先般の契約でもって五十三年度、四年度分を月額四千万円ということで契約をし、それを支払ったわけでございます。五十五年度分につきましては先方といろいろと折衝いたしましたが、先方のいろいろ都合もございまして交渉もおくれまして、その後いろいろと折衝をした過程におきまして、私どもとしてはあの契約の条項にございますように物価の上昇等を考慮した程度の増額といいますか、

野村一彦

1980-11-21 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 10号

参考人(野村一彦君) 月額四千万円という計算の基礎につきましては、佐世保重工との交渉の結果、こういうことで妥結をしたわけでございますが、その基本的な考え方といたしましては、原子力船だから特に高いという、私どもはそういう考えでございませんので、ただ、三カ年間という期間に「むつ」の修理に使いますところの建屋とか、建屋の改修とか、あるいは高岸壁のためのフェンスとか、それから特別のオイルフェンスを「むつ」

野村一彦

1980-11-19 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 9号

参考人(野村一彦君) 佐世保におきまする遮蔽改修並びに安全性総点検の問題でございますが、遮蔽改修工事につきましては本年の四月に関係者による基本合意が行われまして、直ちに極低レベルタンクの据えつけ、船上仮建屋の組み立て、据えつけなどの準備工事を実施いたしました。それに引き続きまして、七月の中旬に三菱重工、三菱原子力工業、これが原子炉部を担当しておるわけでございますが、石川島播磨重工、これが船体部を担当

野村一彦

1980-11-12 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 7号

参考人(野村一彦君) 設計に、ミスがあるということは事業団としても責任がありますということは私がお答えしたわけでございますので、そのことを申し上げたかったわけでございます。  それからもう一つは基本設計、つまり事業団にだけ責任があると、相手方にはないということではございませんで、事業団にも責任が当事者としてありますし、それから製作をした三菱原子力にも責任がある。その責任の分担はどうなるかということはいろいろ

野村一彦

1980-11-12 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 7号

参考人(野村一彦君) 契約の相手方と相談をしましてその部分についての資料をお出しするようにしたいと思います。しばらく御猶予いただきたいと思います。  それから先ほど来のことでございますが、先生の御質問の中に大臣設計にミスありというふうにお答えになったということでございますが、あるいは大臣もそのようにお答えになったか……

野村一彦

1980-11-07 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 6号

参考人(野村一彦君) 契約書の性質につきましては、先ほど大臣がお答えになったとおりでございます。それで、それに関連してただいま先生がおっしゃいました事実関係と申しますか、私ども当事者として、御疑問を先生が提示されましたのでそれにお答えいたしたいと思いますが、契約書の性質は、ただいま大臣がお答えになったとおりでございます。  そこで、問題は先生の御質問にありますように、一般に新造船――新しく船をつくります

野村一彦

1980-11-05 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 5号

参考人(野村一彦君) 初めからと申しますか、三十二体装荷いたしまして、二体を予備燃料として保管をしておったということは当初の計画どおりでございまして、二体は何か装荷した燃料にふぐあいな点があった場合に取りかえるための予備ということで、当初から保管をしておったわけでございます。  それから、当初からそのことは年報にずっと記載をしておりましたので、関係者の方は全部その年報をごらんになって御存じのことでございますし

野村一彦

1980-11-05 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 5号

参考人(野村一彦君) 原子力船燃料につきましては、昭和四十七年に本船「むつ」に燃料を装荷いたしますときに、三十四体の燃料を準備をいたしました。そして、そのうちの三十二体を「むつ」に装荷いたしました。残りの二体を予備燃料として定められた事業団のむつ事業所の所要の場所に保管をして今日に至っておるわけでございますが、このことにつきましては、私ども事業団が毎年発行しております業務の概要を記しました事業団年報

野村一彦

1980-11-05 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 5号

参考人(野村一彦君) お答えいたします。  佐世保におきまする修理は種々の事情によりまして開港後一年以上おくれたわけでございますが、本年の四月の上旬に、佐世保重工を含めます関係メーカーとの基本的な合意を得まして、それから準備に取りかかりました。そして準備が大体終わりまして、本格工事に入りましたのが今年の八月の上旬でございます。八月の上旬で、まず三菱が担当いたしております原子炉部分回りの現在遮蔽その

野村一彦

1980-10-28 第93回国会 衆議院 科学技術委員会 4号

○野村参考人 先般、大臣のところにお見えになりました後に、私のところにも、副知事とそれから市長と漁連の会長がお見えになりました。そのときに私が申し上げたのでございますが、ただいま石渡局長から説明いたしましたように、特別委員会におきまして私が申し上げましたのは、先般もこの委員会でお答え申し上げたわけでございますけれども、地元におきまして、工事が約束の期限内に終わるか、いろいろ心配をしておられる向きがある

野村一彦

1980-10-28 第93回国会 衆議院 科学技術委員会 4号

○野村参考人 事業団といたしましては、ただいま大臣が御答弁になりましたようなこと、これは常々大臣からそういう御方針ということを承っておりますし、私どももその御指導の方針に沿ってやっておるわけでございます。  ただいま先生の、今後の工事の見通しでございますが、現在の第一期工事は来年の二月末までで終了するという予定になっております。その後に引き続きまして第二期の工事が始まるわけでございますが、本件につきましては

野村一彦

1980-10-28 第93回国会 衆議院 科学技術委員会 4号

○野村参考人 本年の四月から準備工事にかかりまして、八月からいよいよ本格工事にかかりました。その工事はおおむね順調に進んでおりますので、ただいま先生御発言の中に二十数%という、恐らくこれは工事量の物量を考えての御発言かと思いますが、工事は順調に進んでおりますので、私どもは全力を挙げて期限を守れるように、いままでも努力しておりますし、今後も努力をして期限を守りたいと思っております。

野村一彦

1980-10-23 第93回国会 衆議院 科学技術委員会 3号

○野村参考人 お答えいたします。  入港に先立って、長崎県並びに佐世保市それから県の漁連等に御説明いたしましたのは、五者協定にも抽象的に書いてありますが、約三年間で修理を終えるということでございまして、その前に科学技術庁運輸省並びに私どもの担当者が県に出向いて説明をいたしました。そのときは、先生御案内の、今度の修理の二つの大きな柱の中のいわゆる遮蔽改修の部分については、もう概念設計もできておりますので

野村一彦

1980-10-23 第93回国会 衆議院 科学技術委員会 3号

○野村参考人 私が自民党のその特別委員会で申し上げましたのは、いま申し上げましたように、懸念ということは地元が非常に懸念をしておられるので、そういうことのないようにさらに努力をいたしますと申し上げたわけでございまして、あるいはそのことが正確に、私は記者会見等の席に同席いたしておりませんのでその間の事情を存じませんが、どういう受けとめられ方をされたのか、私の申し上げました実情はいま申し上げましたとおりでございます

野村一彦

1980-10-23 第93回国会 衆議院 科学技術委員会 3号

○野村参考人 お答えいたします。  十月六日、佐世保に総点検の補修工事の説明に私どもの担当が参りましたときには、もちろん期限内に修理を終えるべく最大限の努力をいたしておりますということ、つまり期限をお守りいたしますということを申し上げたわけです。その二日後の十月八日に自民党の特別委員会で私が申し上げましたのは、現在の事業団の一連の業務の状況を申し上げました。その中におきまして、工事は順調に進んでおります

野村一彦

1980-10-17 第93回国会 参議院 科学技術振興対策特別委員会 2号

参考人(野村一彦君) お答えいたします。  まず、御質問の第一点の世界における原子力船研究開発の動向でございますけれども、先生御案内のように、ソビエトアメリカ及び西独におきましては原子力商船の開発を現にやってまいったわけでございます。  御案内のとおり、アメリカにおきましてはサバンナ号を建造し、これを運航いたしまして、そして世界の数十カ所に寄港をして実験航海をやりました。大体現在はその使命を終

野村一彦

1980-05-08 第91回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 14号

○野村参考人 安藤委員会の御指摘に基づきます諸般の業務につきましては、私どもは、これを今後の業務推進の一つの大きな指針として、これに基づいてやっていっておるところでございます。その間、諸般の体制につきまして、先生御案内のように二つの大きな柱がございまして、一つは、遮蔽改修の工事、一つは、それと並行して行われる安全性の総点検でございます。  遮蔽改修の工事につきましては、いままでこの場で議論をされたわけでございますが

野村一彦

1980-05-07 第91回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 13号

○野村参考人 「むつ」が佐世保港に回航されましてから、いわゆる係船等の契約を極力急ぐべくいろいろとやったわけでございますが、基本的には、私どもの考え方と申しますか、事業団といたしましては、造船所の岸壁に、相当長期間でございますけれども、船を係留して、そこで警備体制を整えて、また、そのための施設も要る、それから「むつ」の改修のための建屋等も要る、そういうことをもとにいたしまして、私どもとしての立場から

野村一彦

1980-05-07 第91回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 13号

○野村参考人 基本的な考えといたしましては、先生の御指摘のとおりでございます。こういう非常に高度の専門的な技術者は、そこへじっくりと腰を落ちつけて生涯の仕事としてやるということが、私は、団のためにも、また当人のためにもなると思います。しかし現実には、なかなかそうはまいりませんものですから、今後少しでもそういう傾向を強めていくようにしたいと思いますし、それから、これはまた一面お願いでございますけれども

野村一彦

1980-05-07 第91回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 13号

○野村参考人 事業団の技術陣につきまして、その後先生等からいろいろと御指摘をいただきまして、私どもも、できるだけその方向でやってまいったつもりでございますが、現在も時限立法であるという大きな制約もございまして、出向職員がかなり多いということは御指摘のとおりでございます。四十九年と現在と比較をしてみますと、人数においてはほとんど変わっておりませんで、放射線の漏洩当時は出向者全部で九十五人でございましたが

野村一彦

1980-04-24 第91回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 12号

○野村参考人 将来、原子力船佐世保重工が取り組む意思が現在あるかという御質問でございますが、これは一般的に申し上げれば、非常に大きな課題でございますので、造船事業界全体で考えられて、佐世保重工もいわゆる準大手という立場にありますので、いろいろと考えられてはおると思いますけれども、一般的に、いままでのその面におきまする先達がやはり石川島播磨であり、三菱でございますので、そういう点から、佐世保重工が特

野村一彦

1980-04-24 第91回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 12号

○野村参考人 お答えいたします。  先ほど大臣が申されましたように、四月二日に基本的な合意がトップレベルで行われまして、そのときに主契約者にはならないけれども、佐世保重工において「むつ」の修理を石川島播磨等に協力をしてやるということでございまして、その後、事務も順調に現場あるいは本社本部間において進められておりますので、十分意欲的に取り組む考えであると私どもは考えております。

野村一彦

1980-04-23 第91回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 11号

○野村参考人 五十三年の十月に佐世保港に入港いたしましたときに、現地で五者協定というものを結びまして入港いたしたわけでございますが、そのときに約三年間の修理を終わって、それから母港に行く、しかし、母港はなるべく早く選定に当たるようにという協定の文言がございますので、私どもは、その趣旨に沿いまして、いろいろ事情調査をいたしまして、これは事業団だけでできることでございませんので、事業団としての考え方をまとめてほぼ

野村一彦

1980-04-23 第91回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 11号

○野村参考人 ただいま大臣局長から御答弁のございましたことと同じでございます。つまり五十一年度の時点で期限が切れたということによって、当然、事業団の存続の基礎が消滅したというふうには理解いたしておりません。それは廃止するための新たな法律というものが別に出されなければ法律的には有効である、従前の事業団としては有効に存続する。ただ、その業務の執行の範囲は、先ほど大臣局長が答弁されましたように、要するに

野村一彦

1980-04-23 第91回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 11号

○野村参考人 お答えいたします。  去る四十九年に放射線漏れを起こしましてから今日まで何をやってきたかという御質問でございますが、遮蔽改修の実施が非常におくれたということにつきましては、事業団といたしましても、まことに申しわけないことだと思っております。  ただ、その間、事業団といたしましても、技術陣を強化いたしまして、大山委員会とかあるいは安藤委員会等の御指摘、この「むつ」というものは相当の水準に

野村一彦

1980-03-04 第91回国会 衆議院 決算委員会 7号

○野村参考人 最初、回航いたしますときには文書による合意はございませんでしたけれども、実質的には佐世保重工が船体部については主たる契約者となり、原子炉は三菱ということで契約をすべくいろいろ下交渉は進めておりました。したがいまして、回航いたしましたときにも、回航の直後に当時の科学技術庁長官佐世保に参られまして、私もお供いたしたわけでございますけれども、県知事、市長、それから佐世保重工の社長にもお会いをして

野村一彦

1980-03-04 第91回国会 衆議院 決算委員会 7号

○野村参考人 私ども事業団といたしましては、回航に先立ちまして佐世保に連絡事務所をつくりまして、そこに職員を若干派遣をいたしました。佐世保重工の方でも「むつ」改修室という組織をつくられまして、そこと実質的に打ち合わせをしましていろいろ準備は進めたわけでございますけれども、これこれの条件佐世保重工で工事をするという文書上の契約はございませんでした。

野村一彦

1980-03-04 第91回国会 衆議院 決算委員会 7号

○野村参考人 お答えいたします。  五十三年の十月に佐世保に入りましたときには、地元の県、市、それから国すなわち科学技術庁、私ども事業団、長崎県の漁連、この五者でいわゆる五者協定というものを締結いたしまして、そして佐世保港で修理をするという約束をいたしました。それから佐世保重工との間におきましては、その当時から、入港いたします前から佐世保重工といろいろ折衝をし、佐世保重工もこれの修理をするということでやっておったわけでございますけれども

野村一彦

1979-12-14 第90回国会 参議院 決算委員会 閉2号

参考人(野村一彦君) 私並びに私のところの役員職員等は技術的な準備の問題とともにこの問題に全力を挙げてまいったわけでございますが、私自身といたしましては、現在の佐世保重工の社長と約十回近く会いまして交渉を進めたわけでございます。それは係船料の問題、それから入渠の契約の問題、それからこれはまだその当時には具体的な段階になっておりませんでしたけれども、本格工事の問題等について折衝を進めました。  まあ

野村一彦

1979-12-14 第90回国会 参議院 決算委員会 閉2号

参考人(野村一彦君) 先生御指摘のように、現在まで残念ながら契約締結されておらないわけでございますが、ただ、その間の経緯の要点を申し上げますと、まず、修理を佐世保においてするという政府の方針が決定されましたので、私どもはそれを受けまして五十二年の十一月に、これは前任の方でありますが、当時の佐世保重工の社長といろいろ話をしまして、その社長は当時の運輸大臣に対して「むつ」の修理を引き受けますということを

野村一彦

1979-12-14 第90回国会 参議院 決算委員会 閉2号

参考人(野村一彦君) お答えいたします。  「むつ」は昨年の十月に佐世保港におきまする遮蔽改修及び安全性総点検のため青森県大湊港から回航いたしまして、現在佐世保重工の佐世保造船所の甲岸壁に係留されております。  回航後一年以上たつわけでございますが、現在私どもは工事の相手方であります佐世保重工その他と本工事についての折衝をして準備をしておりますが、「むつ」自体につきましては本年の七月に佐世保重工

野村一彦