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182件の議事録が該当しました。

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1985-05-28 第102回国会 参議院 運輸委員会 11号

○参考人(松本操君) ただいま御質問のございました点、二つに分けてお答えした方がよろしいかと存じますが、まず警備だけの問題について申し上げますと、警察の行う警備がございます。これは今先生おっしゃいましたように、空港の外側は成田市内がほとんどでございますので、成田の警察でございます。少し離れたところは成東の警察というふうに承知をしております。空港の中は、羽田等と全く同じでございまして、空港警察署が、すり

松本操

1985-05-28 第102回国会 参議院 運輸委員会 11号

○参考人(松本操君) まず、現在の救急体制で、三里塚の分署から例えばターミナルビルに参りますのに少し時間が長いではないかという御指摘でございます。実は先ほど、その後一部改正いたしましてと申し上げましたのは、三の二ゲートと呼んでおりますけれども、三里塚に近いゲートを救急体制のときには開くことにいたします。そのために、実はかつて十数分という時間を要しておりましたものを十分以内というあたりのところまで押し

松本操

1985-05-28 第102回国会 参議院 運輸委員会 11号

○参考人(松本操君) お答え申し上げます。  成田空港におきますいわゆる救急体制でございますけれども、御案内のように、救急業務そのものにつきましては、消防法等の決まりによりまして成田市が行うこととなっているわけでございます。  そこで、私どもといたしましては、去る昭和五十四年に成田市消防当局との間に覚書を結びまして、その後一度改定をいたしましたけれども、ともかくそういう手はずを決めておきました。救急業務

松本操

1984-10-05 第101回国会 衆議院 地方行政委員会 28号

○松本参考人 先ほどもお答え申し上げましたように、一坪運動そのものは用地買収が盛んに進められておりましたころに盛り上がった運動でございます。したがって、例えばおやじさんが一坪運動に名を連ねている、しかしせがれの方は余り興味を示さない、こういう形がかなり頻繁に出ているようでございます。先生の御質問でございますが、丹念に数字的に私どもが拾ってみましたところでは、三十名ちょっとの方が一坪地主に名をとどめながらそのまま

松本操

1984-10-05 第101回国会 衆議院 地方行政委員会 28号

○松本参考人 お答え申し上げます。  まず、一坪運動と呼ばれているものそのものの実態でございますが、これは当初、公団の行います。地の買収を困難にさせるということを目的といたしまして、極めて狭い土地を多数の共有者という形で台帳に登記をする、こういう形で出発したわけでございます。しかし、その後何年かかかっております間に、私どもといたしましても極力この買い戻し、買い受けということをやってまいりました。昭和五十八年

松本操

1984-10-05 第101回国会 衆議院 地方行政委員会 28号

○松本参考人 お答え申し上げます。  本年九月現在の数字でお答え申し上げますと、一坪運動共有地と称されております件数は三十二件でございます。また、この共有者として私どもが調査した限りにおいて承知しております人数は千三百四十五名、こういうことに相なっております。

松本操

1984-10-04 第101回国会 参議院 決算委員会 閉2号

○参考人(松本操君) お言葉を返すわけではございませんが、早急にという意味が非常に短い期間を先生お考えでしたら私言い過ぎであったかと存じますけれども、しかし今までのようなことではない、見通しのある意味においてお答えを申し上げたのだという意味において御理解いただけるのでございましたら、私どもといたしましてはともかく全力を挙げて御期待にこたえるようにやってまいりたい、このように考えておる次第でございます

松本操

1984-10-04 第101回国会 参議院 決算委員会 閉2号

○参考人(松本操君) お答え申し上げます。  今先生御指摘のように、民有地六百七十ヘクタールのうち現在約三十三ヘクタールが未買収になっておるわけでございますが、その三十三ヘクタールのうち敷地内に居住し、かつ敷地内に農耕地を所有している人たちが十二戸、敷地外に居住し敷地内に農耕地を持っておる――これは必ずしも御自分で耕しておるという意味ではございません。敷地内の居住者に小作に出しているという方もあるわけでございますが

松本操

1984-08-01 第101回国会 衆議院 運輸委員会 19号

○松本参考人 初めにおわびを申し上げますが、私は決意のほどを申し上げたつもりでございましたが、強がりととられたといたしますと不徳のいたすところでございまして、という覚悟で取り組む所存でございますということを申し上げたわけでございます。  そこで、二期工事の見通し等についての御質問でございますけれども、現在の土地の取得状況等は先ほど申し上げたとおりでございますが、先生の最初の御指摘の中にもございましたように

松本操

1984-08-01 第101回国会 衆議院 運輸委員会 19号

○松本参考人 お答え申し上げます。  今、先生、るる御指摘ございましたように、私どもの成田空港開港以来、六年間に五千万人の旅客、三百万トンを超える貨物というものを運んだわけでございますし、また、仰せの中にもございましたように、懸案でございましたパイプラインなども、昨年八月の一本開通に引き続き、ちょうど本日、二本目も開通をいたしました。いろいろと準備は整い、またその成果も着々と上げつつあるわけではございますが

松本操

1984-07-31 第101回国会 衆議院 交通安全対策特別委員会 7号

○松本参考人 お答え申し上げます。  先生御指摘のように、A滑走路の西側の方、特に西側の南の方は、三里塚のかなり人家の多いところに近いところに滑走路ができてまいるということもございまして、今お話がございましたように、私どもとしましてはいろいろと学問的な勉強もしてもらって、防音堤、防音林、こういうものをつくっていったわけでございまして、現在、堤、林合わせましてほぼ二キロ程度の長さに及んでおるわけでございます

松本操

1981-01-20 第94回国会 参議院 決算委員会 2号

○政府委員(松本操君) 埋め立て土砂の採取の原則というふうなものを私ども決めておるわけでございますが、かいつまんで申し上げますと、国立、国定公園等の特別地域に係るところ、あるいは農業振興地域といったようなやはり特段の措置のとられておる地域、そのほかにたとえば非常に珍しい動物でありますとか、植物でありますとか、こういった主要動植物の生息地域、こういうふうなところは初めから考慮の外に置いてしまう。さらに

松本操

1981-01-20 第94回国会 参議院 決算委員会 2号

○政府委員(松本操君) 先ほどお答え申し上げましたように、何カ所かについて現に土取りが行われておることは私ども承知をしておるわけでございますが、いま先生詳しく御指摘ございましたように、何々会社がどこに何立米の権利を持っておるというふうなところまで、実は私ども積極的に調査をしたことはないのでございます。それは怠慢ではないかというおしかりがあるかも存じませんけれども、そういった調査をするということではなくて

松本操

1981-01-20 第94回国会 参議院 決算委員会 2号

○政府委員(松本操君) いま先生御質問でございました、新聞の記事そのものにつきましては、私いま伺ったわけでございますので、的確なお答えをいたしかねるわけでございますけれども、淡路島における土取りの問題について、私どもの承知しております範囲についてお答え申し上げます。  昨年の二月の末ごろ、二月の二十六日でございます。淡路地域整備推進委員会、佐野さんという方が会長のようでございます。これは幾つかの淡路

松本操

1980-11-27 第93回国会 参議院 運輸委員会 10号

○政府委員(松本操君) 先ほど大臣の答弁の中にもあったわけでございますが一基本的な物の考え方としての関西空港についての進め方というものを私ども変えたわけではないのでございまして、ただ、具体的に現実に金を投下してこれをつくっていくという場合に、どういうふうなつくり方をしていくのが最も合理的かということについて、答申をベースに種々私どもなりに検討いたしました結果、いまおっしゃいましたように、六十四年度までに

松本操

1980-11-26 第93回国会 衆議院 交通安全対策特別委員会 6号

○松本(操)政府委員 航空路を飛行いたします場合にも、先ほどお答えいたしました有視界飛行方式によるか、計器飛行方式によるかによって異なってまいります。計器飛行方式によります場合には、管制官の指示によりまして、管制官の定めた高さを通り、管制官の定めたポイント、地点を通過して飛ぶ、こういうことになるわけでございますが、有視界飛行方式で航空路を飛びます場合には、計器飛行方式とは違う高度を使いまして、つまり

松本操

1980-11-26 第93回国会 衆議院 交通安全対策特別委員会 6号

○松本(操)政府委員 お答え申し上げます。  およそ飛行機が空を飛ぶ場合には、有視界飛行方式による飛行と計器飛行方式による飛行と両方ございます。  計器飛行方式による飛行の場合には、先生おっしゃいましたように、離陸から着陸に至るまで、そのほとんどの区間につきまして管制官の指示に従って飛ぶ、こういうことになります。有視界飛行方式によって飛びます場合には、航空機の離着陸、つまり管制圏というのが空港の周辺

松本操

1980-11-26 第93回国会 衆議院 交通安全対策特別委員会 6号

○松本(操)政府委員 ニアミスの問題につきまして、ついせんだっても新聞紙上で報道されましたので、この際、お許しを得まして、ニアミスに関連いたします概況、対策等について包括的な御報告をさせていただきたいと思います。  御案内のように、去る昭和四十六年の七月、雫石事故が発生をいたしましたことにかんがみまして、航空路とこの航空路の周辺、あるいはこれを横断して飛行いたします飛行との間に分離を図るということを

松本操

1980-11-25 第93回国会 参議院 運輸委員会 9号

○政府委員(松本操君) 細かな数字は別といたしまして、いまいみじくも先生仰せられましたように、航空の場合にはもっぱら受益者負担ということを原則にして、昭和四十二年以来の空港整備に携わってきているのは事実でございます。ただ、これの考え方でございますけれども、御案内のように、戦前の航空輸送というものはほとんど見るべきものがございません。敗戦と同時に七年間のブランクがございました。二十六年にどうやら民間輸送

松本操

1980-11-07 第93回国会 参議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 2号

○政府委員(松本操君) ただいま先生おっしゃいましたように、日本航空におきましては、航空機の輸入に当たりまして、初期のころは商社を輸入代理店として使っておったようでございますが、昭和三十年代ごろからいろいろと細かなノーハウとでも申しましょうか、そういうことがわかってきたことにつれまして、メーカーと直接契約をする、こういうことにしておるわけです。そのために、もちろん所要の組織なり人数なりを現地にも置いておる

松本操

1980-11-07 第93回国会 参議院 航空機輸入に関する調査特別委員会 2号

○政府委員(松本操君) 七十二万株という株式でございますので、日航自身はこの株の管理を別途委託しておるわけでございます。御案内のように、株式の裏書き等を克明に調べていけばあるいはわかるのかも存じませんけれども、一般に株の売買がなされますときに、必ずしも書きかえがなされないで動いていく場合もあるやに聞いておりますし、そこら辺のことにつきまして、私どもははっきり申し上げまして株式のそういった取り扱い等については

松本操

1980-10-30 第93回国会 参議院 運輸委員会 3号

○政府委員(松本操君) いまお話がございましたように、去る九月一日に航空審議会から答申をいただいたわけでございますが、これは第二次の答申とでも申すべきものでございまして、基本的なものは去る四十九年に一たんいただいておるわけでございます。その後、私どもといたしましては、この空港を現実につくっていくのにどのような手順を踏んでどのような金をつぎ込んでいったらよろしいのかというふうな具体的な面につきまして鋭意検討

松本操

1980-10-30 第93回国会 参議院 運輸委員会 3号

○政府委員(松本操君) 六月の中旬であったと記憶しておりますが、日本航空の方から、和解の話が中労委の方からあったこと、しかし、会社側としては都労委の判断についていろいろと申し上げたいこともあって中労委に再び御議論をお願いしていることでもあること、したがって、現在和解をするとすれば、都労委において行われた材料よりほかない、少なくとも中労委に話をお願いしているからにはもう少し中労委で話を聞いてもらいたいと

松本操

1980-10-30 第93回国会 参議院 運輸委員会 3号

○政府委員(松本操君) 具体的な点について私から最初にお答え申し上げるのがしかるべきかと存じますが、この問題がございましたのは、いま先生おっしゃいましたように二月の下旬でございました。この時点後、一体この問題をどう扱うのかという点について私どもとしても関心を持ったのは当然でございます。  したがいまして、私自身、日本航空に対しましては、何月何日ということをいま明確に記憶いたしておりませんけれども、日本航空

松本操

1980-10-24 第93回国会 参議院 決算委員会 2号

○政府委員(松本操君) いま先生御指摘のような答弁を確かに私しておるわけでございますが、御質問の中に、運輸省にお伺いしますが、四十六年、規模、位置について云々云々、こういうことの関係において、この森林公園の問題が出てきたのではないかと、こういうふうな御質問でございましたので、四十六年に諮問いたした時点におきましては、まだ候補地が決まっていたわけではなく、四十九年の八月の時点で、泉南が決まったということでございますので

松本操

1980-10-20 第93回国会 衆議院 決算委員会 2号

○松本(操)政府委員 お答え申し上げます。  関西空港の開港をどの時点に押さえるかということがまだ確定したわけではございませんので、私どもの一応考えております六十五年度ということを念頭に置いてお答え申し上げますと、私どもの試算によりますれば、関西地区におきます総需要が旅客において四千七百万人、内三千六百万人が国内線の旅客、貨物が百十五万トン、内五十四万トンが国内線における需要、こういうふうに想定をいたしております

松本操

1980-10-16 第93回国会 参議院 運輸委員会 2号

○政府委員(松本操君) 第三次の空港整備五カ年計画は、五十一年度の閣議決定で、いまおっしゃいましたように本年度が最終年度になっておるわけでございますが、それに対する全体の進捗度は、総額九千二百億に対しまして八千三百三十七億、これは本年度の予算成立分までを含めてでございます。ちなみに、九六%、丸めて九六%の達成率というのが全体の数字でございますが、しかし、とりわけ環境対策のようなものにつきましては一一二

松本操

1980-10-16 第93回国会 参議院 運輸委員会 2号

○政府委員(松本操君) 私といたしましては、一貫してこの問題が常識的なラインで、かつ早急に解決されるということを強く希望しておるわけでございます。    〔理事桑名義治君退席、委員長着席〕 そのことにつきましては、私自身も日本航空社長等に対しその趣旨は伝えてあるわけでございます。これが先生いま仰せられますように、一見進捗していないようでございますが、私が承知しております限りでは、審問の前段階の調査が

松本操

1980-10-14 第93回国会 衆議院 運輸委員会 1号

○松本(操)政府委員 この問題がございました時点の詳細な経緯までは、実は私十分には承知していないわけでございますけれども、移転ということについて確かになかなか問題が多いだろうということは私ども十分認識はしておるわけでございます。  ただ、現空港を拡張いたします場合に、先ほど私お答えいたしましたように、まあまあというところでとどめればそれはそれなりの拡充が可能でございますけれども、なかなかもってもう少

松本操

1980-10-14 第93回国会 衆議院 運輸委員会 1号

○松本(操)政府委員 おっしゃるようなことがあったわけでございますが、ただ、その時点における私どもの判断としまして、新空港への移転というふうなことはかなり金目のかかる問題ではないかというようなことが当時予測されたわけでございます。したがって、現在空港を、ほどほどにという言葉が適切かどうか存じませんけれども、地元の御意見の中には千五百メートルくらい延ばしたらどうだというような御意見もあるやに聞いておるわけでございますが

松本操

1980-10-14 第93回国会 衆議院 運輸委員会 1号

○松本(操)政府委員 現在の広島空港は千八百メートルの滑走路でございますが、いま御指摘ございましたように、太田川放水路に沿ったわりあい狭隘な地域でございます。     〔宮崎委員長代理退席、委員長着席〕 かつて千五百であったものを千八百までは延長したわけでございますが、地元におきましてはさらにこれを大幅に延長ができないのかという御意見と、あるいはもっと別の土地に新しく空港を移転させたらどうだという両方

松本操

1980-09-26 第92回国会 参議院 決算委員会 閉2号

○説明員(松本操君) ちままでの埋め立てに関する調査の中におきまして、埋め立てに要する土の量がおおむね五億数千万立米というふうに勘定されております。そこで、自然環境を破壊せず、環境問題に一切影響を及ぼさないという前提で、これらの土が周辺地域から得られるかどうかという点につきましての一般的な研究調査は私どももいたしました。その結果、関西周辺地区から、十数億立米の土は採取可能であろうというところまでは私

松本操

1980-09-26 第92回国会 参議院 決算委員会 閉2号

○説明員(松本操君) 四十六年に諮問をいたしました時点におきましては、泉南、神戸沖、播磨灘沖及び淡路島、この四カ所の候補地があったわけでございます。現在の泉南というのが浮かび上がりましたのは四十九年の八月の答申の時点でございますので、そういった時点で、すでにそういう問題が起こっていたとは私には全く思えませんし、さらにまた、最初の答申に当たって、和歌山県に対する配慮がほとんどなされていなかったという点

松本操

1980-09-04 第92回国会 衆議院 決算委員会 2号

○松本説明員 大臣がお答えいたします前に、技術的と申しますか事務的な点についてお答え申し上げますが、現大阪空港に対する騒音問題は、先生御案内のとおり長い歴史があるわけでございまして、その中で私どもとしてもできる限りの努力はしてまいったつもりでございます。たとえば民家の防音工事一つにつきましても、従来一室でありましたものを五十四年度からは全室防音に切りかえる、しかもそれは五十八年十二月に一つの転機がやってまいります

松本操

1980-09-04 第92回国会 衆議院 決算委員会 2号

○松本説明員 事務的な点で、大臣がお答えする前に御説明申し上げておきますが、近畿圏整備のための各府県、市町村の合同体がございますが、これがこの七月に関西空港の問題についての要望を私どもに出しております。その中におきまして、関西空港問題については合意ができたときの用意はちゃんとしておきなさいというふうなことをおっしゃっておるわけでございますので、私どもといたしまして、事務的なやりとりの間において、いま

松本操

1980-09-04 第92回国会 衆議院 決算委員会 2号

○松本説明員 お答え申し上げます。  いま大臣が概括的に申し上げましたように、四億につきましては従前から固定観測点において行っております調査に要する経費、あるいはこれらの調査を取りまとめて公表をいたしておりますが、これに要する経費、そういったたぐいのものでございます。  残りの三十七億円でございますが、この中身は、これも大臣がいま申し上げましたように、従前の調査はきわめて包括的、概括的、全般的な調査

松本操

1980-04-23 第91回国会 衆議院 運輸委員会 13号

○松本(操)政府委員 ただいま御質問のございました閣議決定でございますが、昭和五十年の八月に、新東京国際空港への航空燃料輸送は、暫定的に鉄道輸送による。鹿島港を経由するものについての期間は、当該輸送、つまり暫定輸送を始めてから三年以内ということを閣議決定いたしております。そこで、暫定輸送そのものが御案内のように五十三年三月に始まっておりますので、いま仰せられましたように、それから三年を足した五十六年三月

松本操

1980-04-16 第91回国会 衆議院 運輸委員会 11号

○松本(操)政府委員 工法がいずれになりますにせよ海中に築造物をつくるわけでございますので、漁業補償が非常に大きなテーマになってくるだろうということは予測されます。ただ、先生もいまおっしゃいましたように、漁業補償というのはなかなかむずかしい問題がございますので、あらかじめこの程度のというふうなことを数字をもって示すということもいかがなものか、こう考えられますので、工費全体の議論をいたします場合には当然

松本操

1980-04-16 第91回国会 衆議院 運輸委員会 11号

○松本(操)政府委員 先ほども申し上げましたように、工法小委員会の方にも当然この内容について提示をし、御審議を願わなければなりませんが、ただ目下、小委員会の議題が環境問題の方にやや傾いた形で議論が行われておりますので、これとの関連性――実は私どもの方の事務方もなかなか手の回らない点もあって、そういうふうな点で多少時間をいただければと思いますけれども、一月かそこらの間にはここら辺のところを委員会の方にお

松本操

1980-04-16 第91回国会 衆議院 運輸委員会 11号

○松本(操)政府委員 ただいま御質問にございましたように、参考人としておいでをいただきました建設期成労協の方で出されました数字の中に、埋め立てに対する試算があって、その中に二兆三千億という数字が出ておりました。私どもの方が第三港湾建設局に調査をさせました数字は、これも審議会に出ておるわけでございますが、一兆三千億足らずでございます。この食い違いについては、参考人の意見聴取をいたしましたときに小委員会

松本操

1980-04-10 第91回国会 参議院 運輸委員会 3号

○政府委員(松本操君) 仰せられるように、どちらかといいますといまボールを抱えているのは私どもという感じでございます。ただ、先ほども御答弁申し上げましたように、B滑走路につきましては騒音の問題に十分配慮をしながらも、何せ東京湾の中の空港でございますので、船舶航行の問題あるいはこれに関連いたします航空機の安全の確保の問題、さらには大田区、品川区の騒音問題というものに最大の配慮をしてきたつもりでございますけれども

松本操

1980-04-10 第91回国会 参議院 運輸委員会 3号

○政府委員(松本操君) 私どもが五十三年十二月に提示いたしました運輸省案というものは、現在B、Cの二本の滑走路がございますが、C滑走路を少し沖へ出し、さらに新たに千五、六百メートル離してもう一本の滑走路をつくる。これの滑走路の使い方を工夫いたしまして、東京湾の西側に回り込むようなフライトをやめてしまうという、それからさらにB滑走路につきましてはいろいろな事情から動かしがたいと私どもは判断したわけでございますが

松本操

1980-04-10 第91回国会 参議院 運輸委員会 3号

○政府委員(松本操君) 去る昭和五十二年、都の方から羽田空港を沖合いの現在都が廃棄物を処理しておりますようなところへ移転をさして、その後の跡地の問題等について何か工夫はないだろうか、こういうふうなお話がございました。  私どもといたしましても、羽田空港、現状では実はこれからふえてまいります国内航空輸送に対応し切れないという問題もございますし、また一方、現在の羽田空港が抱えております騒音問題の抜本的解決

松本操