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508件の議事録が該当しました。

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1982-12-23 第97回国会 参議院 外務委員会 1号

○戸叶武君 えらい鬼っ子が生まれたもので、そのことは答弁しなくてもよろしゅうございます。  私は、前の鈴木総理大臣にも、総理がアメリカのレーガン大統領に最初にお目にかかりに行くという直前に質問をいたしました。その私の質問の趣旨は、日本国憲法は国連憲章を母体として生まれたものであって、国連憲章の精神が揺るがない限り、簡単に憲法改正はできなくできているんだという私の見解を述べて、答弁は要らないがと言って

戸叶武

1982-12-23 第97回国会 参議院 外務委員会 1号

○戸叶武君 政務次官としては誠意のある御回答かと思いますが、私は国家多事の折、重要問題が幾つか横たわっているときに、総理大臣が私は改憲論者でありますという冒頭発言というものは非常に不謹慎であって、日本の今日のむずかしい国家の中枢にある総理大臣としてはえらい不適格者を選んだなという感じを受けるのでありますが、あなたはどう感じますか、常識的に。

戸叶武

1982-12-23 第97回国会 参議院 外務委員会 1号

○戸叶武君 いま松前君によっておおむね問題点は三条約とも質問されましたが、この中で私は、外務省なり農林省なりの当事者の人たちが非常な苦心を重ねてその積み重ねの上に新しい外交の方向を、国際的な潮流の変化にもよりますけれども、具体的に成果を挙げたということは私は大変なこれは記録だと思うのであります。少なくとも外交の問題、防衛、経済というようなものを含んでこういうふうにきわめて具体的に現実的に相互の理解を

戸叶武

1982-08-19 第96回国会 参議院 外務委員会 14号

○戸叶武君 文化というのは生きているのです、流れているのです。固定化してぎくしゃくしたのは、文化という名を使ってそれを食い物にしている官僚的な一つの表現であって、もっとスムーズに心が伝達されるような方式が今日における文化ではないかと思うのでありますが、日本ではやはりプロシア流の法律、明治憲法によって培われた根が日本官僚の土壌の中にしみ込んでおって、何か法治国家思想というものがもっともらしく見えるが、

戸叶武

1982-08-19 第96回国会 参議院 外務委員会 14号

○戸叶武君 今日の外交というものはきわめてスピーディーに物に対処しなければならないので、タイミングを逸しては外交においてはその機会を失い、成果というものがなくなってしまうおそれがあるのです。文教族と言われる人の論議を拝聴していると、どこに風が吹いているのかわからないような形でのんびりとメンツ論にとらわれているようでありますが、こういうぎくしゃくした官僚的なかみしもをつけなければ物が言えない、ついでにちょんまげもほしいということになるんでしょうが

戸叶武

1982-08-19 第96回国会 参議院 外務委員会 14号

○戸叶武君 このたびの教科書問題が政治問題化したことは、問題が中国側にあるのでなくて、日本側における少なくともいまの鈴木内閣における閣内不統一と言ってもよろしいような、文部省は文部省のメンツにとらわれ過ぎ、外務省の意見というものにほとんど取り入れられないで、文教族と言われる人たちのウルトラ右翼的な考え方が外国を刺激すること非常に大きなものがあったと思うのです。このたびアメリカの「タイム」でも、やはり

戸叶武

1982-07-01 第96回国会 参議院 外務委員会 12号

○戸叶武君 もう少し過ぎてからの方がヤルタ協定を問題とするのにはタイミングがいいと思いますが、それは、飢えたるポーランドを救えという声は必然的に、アメリカがどんなことを決めようがヨーロッパじゅうの世論となり、フィンランドからノルウェー、スカンジナビア半島からバルト三国にまで及び、私は東欧にも、ソ連に対してもっとココムの強化よりも緩め、もっと自由な立場をしなければ窒息してしまうという要求の中に、飢えたる

戸叶武

1982-07-01 第96回国会 参議院 外務委員会 12号

○戸叶武君 今度はもっと細かいところに入りますが、私は単なる演説をやっているんじゃない。ただ単に国会が、だんだん行政権の膨張によって、小国家と言いながら事実上は行政の拡大によっていつの間にか最高機関というものが内閣に従属するような形になって、官僚国家になりつつあります。日本の官僚は、フランスの官僚以上に危機を感じてよく勉強していてくれます。だから、もっているのだと思いますけれども、ただ危ないのは、官僚

戸叶武

1982-07-01 第96回国会 参議院 外務委員会 12号

○戸叶武君 なかなか外務大臣にもお目にかかれないので、総理大臣の鈴木さんや外務大臣の櫻内さんは、現場に触れて、体で物を確かめようという非常に精神の旺盛な方で、そういう意味においては、観念的な実証主義学者よりも体でぶつかって受けとめて、そして問題の中から直観と決断においてタイミングを逸しない一つの政治的な配慮をしようという新しいタイプの政治家として、人物私見においては非常に日本の政治史の中で興味ある人物

戸叶武

1982-06-03 第96回国会 参議院 外務委員会 11号

○戸叶武君 いまの答弁はきわめて明快で、やっぱり宮澤さんがシャープな頭と経験を通じていまの鈴木内閣に陰の方から非常に貢献しているということはよくわかることであり、前は、余り聡明過ぎるので宮澤さんはいつも逃げちゃうんじゃないかと言われたけれども、このごろはどうしてどうして、積極的にやはり日本の主体性確立のためには泥でも体でも張っていこうという意気込みが出ている点においては、いまの世界の危機の中における

戸叶武

1982-06-03 第96回国会 参議院 外務委員会 11号

○戸叶武君 この間アルゼンチンにおける島の中に、一番小さな島にイギリスの主権が残っているというのでイギリス大使とのお話し合いをしたところが、東洋における香港とその二つだけしかもう植民地がイギリスにはなくなったんだと。原則的には植民地を返すけれども、現在の状態で主権が脅かされるような場合においてはこれを武力をもっても排除していくという伝統的な考え方から、いまのどうこうというのでなく、イギリスの伝統的な

戸叶武

1982-06-03 第96回国会 参議院 外務委員会 11号

○戸叶武君 大体この条約に対する質問の問題点は松前君から詳細に質問がなされたので、私はダブることも必要といたさないと思いますので違う角度から若干の質問をいたします。  今度のサミットの会はいろんな意味において世界の注目を浴びておりますが、米ソの核兵器制限に対する具体的な成果をどのように上げるかということはまだ今後にかかわっていると思います。しかしそれと同時に、いまヨーロッパで問題になっているのはエネルギー

戸叶武

1982-05-11 第96回国会 参議院 外務委員会 10号

○戸叶武君 私が昭和二十八年参議院議員に当選したときに、オックスフォードグループの人たちからアメリカにおける講演を頼まれて、そしてシヨラムホテルの大会で、私はやはり真珠湾攻撃の真相も知っていますが、人に嫌がられることは余り言うのもどうかと思いましたけれども、少なくとも核兵器を広島、長崎に落とすというようなやり方によってソ連を軍事的に強力にせき立てるやり方、その後におけるソ連と結んだ軍事秘密ヤルタ協定

戸叶武

1982-05-11 第96回国会 参議院 外務委員会 10号

○戸叶武君 次に、南極の動植物の保存に関する法律案と、それから南極における案件が出ておりますが、私は南極の問題に急に触れ出したのも、何かあれを軍事的な形において利用しようという伏線が存在するんじゃないか、先手必勝ということで早く手をつけておいた方がいいんじゃないかというような試みが各国においてもなされているように思えるので、「行きはよいよい帰りはこわい」という童謡がありますが、何かだんだんにやわらかなところから

戸叶武

1982-05-11 第96回国会 参議院 外務委員会 10号

○戸叶武君 スリランカとの協定は、いままでスリランカの公使なり何なりは非常に熱心に日本に近づいてきたが、日本人はあそこにおける水力電気の問題でもあるいは水源開発の問題でも、余り耳を傾けるゆとりがなかったようです。  それは、一つはフランスに留学した優秀なインテリがトロツキストで、夫婦ともあそこの政権を握っていた時代がありましたのでその関係かとも思いますが、私は一九二九年、船でコロンボを訪ねたことがあります

戸叶武

1982-04-22 第96回国会 参議院 外務委員会 8号

○戸叶武君 きょうは伸びたり縮んだり、結局は五十分の質問ということになっております。きょうの午後には日ソ関係のミーティングに出て、外交、防衛の問題に対して一言だけソ連側にも言いたいと思いまして、改めてそれは文書にして政府にも質問したいと思います。  すでに松前さんが先ほど質問の中に率直に述べましたとおり、この日ソ並びに日米関係というのはきわめて微妙な三角関係みたいなものになって、まともな人には表づらから

戸叶武

1982-04-20 第96回国会 参議院 外務委員会 7号

○戸叶武君 日本とドイツ民主共和国との間の通商及び航海に関する条約の質問に入る前に、とにかくいままでソ連圏に属する国として東ドイツには警戒の目をもって日本政府は見ていたようですが、西ドイツと同様きわめて東ドイツの行動というものは通商その他に関しても全体的においても、ただ単に共産圏の国であるからということで特別扱いをすべき性質のものでないということを見定めて今回の通商及び航海に関する条約に入ったと思います

戸叶武

1982-04-20 第96回国会 参議院 外務委員会 7号

○戸叶武君 私はこの前、ミッテランさんが来る前に少なくともベルサイユ・サミットを前にして彼が何を考え、またベルサイユ・サミットの議長として何をあそこで行わんとするかということを酌み取りながら、本番のとき以外には最終的な腹は割らないであろうが、やはり一流の政治家として具体的な方向づけだけは示していくのに相違ないと思いまして、われわれは衆議院においてこの間その話を聞きましたが、さすがに私が点をつけても百二十点

戸叶武

1982-04-20 第96回国会 参議院 外務委員会 7号

○戸叶武君 いま秦野さんが言われた今後における海洋法の問題に関しては、日本がもっとやはり積極的に意欲を見せないと、太平洋時代が到来したのにもかかわらず、この太平洋を名実ともにパシフィックオーシャンとしての平和な海にするのには、アメリカからもソ連からもいろいろなところからとげとげしい一つの要請も起きているので無理からぬ面もありますけれども、公海の問題、海底資源の問題、いままであった海洋法の新しい方向づけの

戸叶武

1982-04-13 第96回国会 参議院 外務委員会 5号

○戸叶武君 いま外務大臣がお答えになった中でやはり国連中心主義であるということを堅持するところに日本の外交の基本路線というものは確立していると思います。しかしいま、憲法改正の問題には私はまだ触れる時期ではないと思いますが、戦争が終わったときに世界じゅうが、挙げて再び戦争をやるべきでないという国連憲章の宣言に基づいて国連は平和維持機構として誕生したのであります。厳然たる平和維持機構としての国連が存在するにもかかわらず

戸叶武

1982-04-13 第96回国会 参議院 外務委員会 5号

○戸叶武君 向うからもすでに予告が示されているようでして、日本としては知らなかった、存ぜぬではこれに対応ができないと思います。フランスのミッテランがこちらへ来るのには、やはりいまの状態は見ておられぬという危機感を感じて私は乗り込んでくるのだと思うのであります。このミッテランと少なくとも鈴木首相並びにあなたも立ち会うと思いますが、このやりとりというものが世界の模索時代の潮流に大きなチェンジを与えないとも

戸叶武

1982-04-13 第96回国会 参議院 外務委員会 5号

○戸叶武君 あしたはミッテランさんがおいでになるということで、いまミッテランさんの言動というものは端倪すべからざるものがあって、世界じゅうが特に核燃料の問題あるいは核兵器の廃絶の問題、もろもろの問題において西ドイツの動きよりもさらにフランスのミッテランの動きを、ミッテランどころか手のうちが見たいという一つの興味が持たれておると思います。ミッテランもあした乗り込んでくるのには、やはり日本人というのはなかなか

戸叶武

1982-04-08 第96回国会 参議院 外務委員会 4号

○戸叶武君 言いづらいことですが、アングロサクソンというのはわりあいにイエスかノーかはっきりしたことを言い切る、ときどき独善はありますが、おもしろい民族です。だからこそ、ジョンソン大統領のことなんかをキッシンジャーは褒めておりますが、ジョンソンさんは天皇にお目にかかるときも、自分はかつてアメリカの代表としての大統領もやったのだ、その経験の上に立って日本から学ぶべきものもあるけれども、日本のやっていることを

戸叶武

1982-04-08 第96回国会 参議院 外務委員会 4号

○戸叶武君 アメリカとソ連が戦争末期に、軍部の要請に応じて戦争を早く片づけよう、そうでないと敗戦の機運あるいは内部からの不平不満が勃発して容易ならぬ事態が両国に起きるという認定のもとに、戦時中の軍事秘密協定としてのヤルタ協定は一個の謀略協定としてつくられたものであって、次の平和を保障する前提条件としてり講和条約というものは、ベルサイユ講和条約前後から発達した国際法の理念をもってしても、他国の領土をその

戸叶武

1982-04-08 第96回国会 参議院 外務委員会 4号

○戸叶武君 きょうはアジア=太平洋郵便条約の締結について審議をする日でありますが、私は原始的な時代における民族と民族の結びつきのいろいろな変遷を経て、今日情報化時代に郵便条約が結ばれるということは非常に意味のあることであり、情報化時代における技術協力においては、日本は決してアメリカにひけをとらないだけの私は実績を上げつつあると思うのであります。  そこで、アメリカはアルゼンチンにおける、ひとつの軍部

戸叶武

1982-04-02 第96回国会 参議院 公害及び交通安全対策特別委員会 3号

○戸叶武君 私はいまの国連大学の学長の講演も聞いて、あの黒人の中からあれほど教養の高い均衡のとれた知性人というものが、国連大学の学長にふさわしいような人が出てきたのに非常に私は大きな期待を抱いております。またインドネシアから出てきた副学長もりっぱな人であります。そういう点において国連大学を日本につくったということはこれは非常に意義あることで、やはり外国の優秀な学者なりその家族なりあるいは学生なり、東京

戸叶武

1982-04-02 第96回国会 参議院 公害及び交通安全対策特別委員会 3号

○戸叶武君 原さんがそのようにグローバルな時代における新秩序確立への方向づけをわれわれは認めなければならない、それには国際協力も必要であるというふうに明解に御答弁してくださいましたが、私は今日の高度経済成長下における悪い意味の置きみやげとも言うべき公害問題、過去のいろいろな問題を処理すると同時に、将来地球上においてその汚点を残さないようにかち取るだけの国際協力が必要であるという、これは一つの見識だと

戸叶武

1982-04-02 第96回国会 参議院 公害及び交通安全対策特別委員会 3号

○戸叶武君 午前中からの質疑応答がなされているのを見て、私はいま環境庁が将来への展望の点において明確な指導方針というものがいまだ確立しないからアセスメント法案の法制化ができないのか。それとも、法制化という形式よりも、いままで強調しているところを見れば、大阪の空港の問題なり水俣病なりあるいは琵琶湖の問題なり、そういう具体的な問題を処理して、それとの関連において将来どういうふうに環境庁における公害対策というものが

戸叶武

1982-04-01 第96回国会 参議院 外務委員会 3号

○戸叶武君 問題は、一国の外交の中において一番重要なのは、やはり領土の問題です。民族の自主独立というものが民族運動の原点です。それにもかかわらず外務省は慎重ですが、おととしの十二月、自民党の機関誌の月刊誌に聡明な通産官僚に書かせている、北方領土の原点は下田条約にありというような間違った考え方は外務省も賛成しないと思うが、自民党においては一つの憲法改正のそれが領土返還のエネルギーの根源とでも思っているような

戸叶武

1982-04-01 第96回国会 参議院 外務委員会 3号

○戸叶武君 私は昭和二十年の二月から六月にかけて中国と日本の間を往復しましたが時期がおくれておりましたが、北京、上海、南京においてピストルも刀も持たずこっちが死ぬつもりでやりましたけれども、あのときに私が感じたのは、一国の総理大臣が特に軍備を強めるということよりも武器なき民衆の先頭に立って戦争をなくさせる外交を展開する見識と決断がなければ、今後の世界平和は維持できないという見解です。あのときにもルーズベルト

戸叶武

1982-04-01 第96回国会 参議院 外務委員会 3号

○戸叶武君 きょうはエープリルフールの日で、冗談に人をだましても四月ばかと言って問題が済む日ですが、私はその迷信を破って、きょうは本当のことを言いたいと思いますから、ばかなことを言うなとは言わないでください。  それは、私は六回ほど世界を駆けずり回って、五十何年かの間に、考古学や政治学を研究するだけでなく、自分の趣味として馬とシカの食べ物を研究してまいりました。それは道のあるところに文化の流れが流れていくのでありまして

戸叶武

1982-03-30 第96回国会 参議院 外務委員会 2号

○戸叶武君 なかなか味のある答えですが、それだからといって、明るさとオープンな態度で話し合ってお互いに理解し合わなけりゃならない外交において、日本人もわからない、外国人もさっぱりわからない、腹を探ってみてもしっぽをなでてみてもわからないという日本の外交の複雑奇怪な形相というものは日本流の外交かもしれませんが、やはり光を求め平和を求める世界の外交の中において、私は非常に時代おくれな面を今後露呈するときが

戸叶武

1982-03-30 第96回国会 参議院 外務委員会 2号

○戸叶武君 そのねらいはまことに結構だと思いますが、それが相手に通じたか通じないかが問題であります。  私はアメリカを六回ほど訪ねており、特に昭和二十八年以来続けざまにオックスフォード・ムーブメントをやって、軍縮会議に失望した後において、軍備の武装でなく人間の心の構えが大切だというオックスフォード・ムーブメントの生き残りの方々の要請を受けてシヨラム・ホテルで演説したこともありますが、櫻内さんはポトマック

戸叶武

1982-03-30 第96回国会 参議院 外務委員会 2号

○戸叶武君 きょうは、桜がいつもの年よりも早く咲いたので日米ともに大分あわてているようでありますが、結構なことと思います。  櫻内外務大臣は、姓が桜にゆかりのある櫻内で、アメリカの日米協会の席上においても、私の姓は櫻内で桜に囲まれているという意味を述べておられます。桜の花も花ですが、桜の心をどういうふうに櫻内さんは受けとめておるか、やはりその辺から私はお伺いしたいと思います。  私は、日本の桜の名歌

戸叶武

1981-12-22 第96回国会 参議院 外務委員会 1号

○戸叶武君 ポーランドに起きた不幸な出来事は、ポーランド自体を大きく揺すぶっているだけでなく、直ちにこのことがヨーロッパ各国にも影響をもたらす危険性がありというので、EC関係の国々も、東欧においてもバルト海をめぐる北欧諸国においても、非常に神経質に問題と取っ組んで、その言動がきわめて慎重でございますが、問題は、ソ連が直接この問題に軍事介入をするというようなことはアフガンの問題もあるし、軽率な行動はとらないと

戸叶武

1981-12-22 第96回国会 参議院 外務委員会 1号

○戸叶武君 今度のポーランドの軍の軍事的制圧に関しては、ポーランドだけではなく世界各国に大きな反響を呼んでいると思います。その中でもポーランド外交界のベテランと言われたポーランド駐米大使がアメリカに亡命したというようなことは、このポーランド問題が非常に長引くのではないか、絶望的な状態にまで導かれる危険性があるというような見通しの上に立ってなされたのかと思いますが、外務省の方ではこの反響をどのように受

戸叶武

1981-11-12 第95回国会 参議院 外務委員会 3号

○戸叶武君 それはわかりますが、とにかくファハド皇太子の八月の八項目提案の中には、やはりエジプト自身も考えさせられなけりゃならない、じっとここで考えざるを得ないというようなそぶりすらエジプトの中に起きているのが事実で、キャンプ・デービッドの約束は守るかと言っていながらも、軽率に動きができないような状態に、アラブから、全体から孤立してイスラエルとキャンプ・デービッドの約束を守るために一応サダト路線を行

戸叶武

1981-11-12 第95回国会 参議院 外務委員会 3号

○戸叶武君 私も、将来の和平交渉の基準になっていくのではないかというふうに受けとめておりますが、先ほど松前理事から質問がありましたように、アメリカの世界戦略というものは非常に一貫性があるようなないような、幾人かの大統領周囲のブレーンによって言うことが大分違うので、そこいらにアメリカに対する若干不信感というものがアラブだけでなく、ソ連からも、また世界の各地から私は起きていることにアメリカも気づかないはずはないと

戸叶武

1981-11-12 第95回国会 参議院 外務委員会 3号

○戸叶武君 私は、きょうは中東和平をめぐる問題を中心に、アメリカの出方、アラブの出方及びイスラエルやPLOの動き、サウジやエジプトの動き、そういうものが非常にデリケートな形において動いておりますが、それについて園田外相はどう受けとめているか。特に中東和平が世界的危機の頂点として注目を浴びている際に、サウジアラビアのファハド皇太子の去る八月に提案した中東和平に関する八項目案、これをどのように園田外相は

戸叶武

1981-10-15 第95回国会 参議院 外務委員会 2号

○戸叶武君 これは私は、与党の憲法改正のいろんないきさつがあったでしょうが、党綱領の中に入れられているというようなときに、そのことをも自民党としては無視できないかもしれないけれども、いまのような一党独占的なゆがんだ政治というものは、決してノーマルな議会政治を意味しないのであります。このときにこそ、一国の総理大臣のみずからの見識においてやはり体を張って、鈴木さんも相当おとなしい人にしては私は前向きに張

戸叶武

1981-10-15 第95回国会 参議院 外務委員会 2号

○戸叶武君 来年の国連の軍縮会議を目指して、軍縮の成果を上げるべく、特に核兵器根絶を主張して内外に向かっても鈴木首相は原爆投下の日に誓いを立てております。このことは、やはりわれわれが第二次世界戦争後の終末において、世界各国とも原爆投下等をめぐってあの残虐な戦争を再び起こすまいという誓いをつづって平和維持機関として国連宣言を出し、そうして国連をしてその機能を果たすべく国連を誕生させたのであります。  

戸叶武

1981-10-15 第95回国会 参議院 外務委員会 2号

○戸叶武君 いま松前さんが言われたように、中東問題に対して日本政府はきわめて慎重な配慮を持って臨んできた模様でありますが、エジプトのサダト大統領が殺された後における情勢というものは、アラブだけでなく、世界各国に非常に深刻なやはり危機感をたたきつけていると思うのであります。  この問題に対しては、私は去年の二月に、十分お話し合いを自由な形でできたところの、エジプトの国会の議長であり、前のカイロ大学の学長

戸叶武

1981-09-17 第94回国会 参議院 公害及び交通安全対策特別委員会 閉1号

○戸叶武君 ぐっと下の方へ下がって現実の当面の問題で御質問しますが、ずっと関西では瀬戸内なりあるいは三重県なり愛知県なりいろいろな公害の頻発する土地で、琵琶湖でもそうでありますが、問題に各公害の委員会の人たちは取り組んでずいぶん具体的に前進を見ておりますが、一番人口がふくらんでいる東京都を中心として埼玉、神奈川、それから千葉、茨城、私の方の観光地の栃木県でもそうでありますが、公害問題はわりあいにやっているのでしょうけれども

戸叶武

1981-09-17 第94回国会 参議院 公害及び交通安全対策特別委員会 閉1号

○戸叶武君 鯨岡さんがやはり体を張って、いまの内閣の中において公害問題の責任ある地位にあって、いま人類を破滅に導く危険な核兵器を最終的には使わない、戦争を食いとめること、もう一つは未来に対して公害による害毒を未然にいま防いでいくことが大切であるという点、この二点に要約しております。  私は、昨年の二月、ストラスブルクにおいて開かれたEC議会と日本の国会の代表との懇談会、ディスカッションの会に行きまして

戸叶武

1981-09-17 第94回国会 参議院 公害及び交通安全対策特別委員会 閉1号

○戸叶武君 鯨岡長官が環境庁長官に就任されてから後は、前に大石武一さんが環境庁長官として思い切った実践を行いましたが、それ以後において、言葉だけでなく体で受けとめてこの公害対策、環境整備の問題等に取り組んでいる態度というものは、アセスメント法案が三回も流されて財界に弱い日本の政府という一つの印象を与えている際に、環境整備の問題がグローバルな時代において明日への大きな政治課題であるということの認識の上

戸叶武

1981-09-08 第94回国会 参議院 外務委員会 閉1号

○戸叶武君 私は、サンフランシスコ講和条約、日米安保条約のときに、社会党の立場から、河上丈太郎先生及び大学時代からの親友の浅沼君らと深刻に苦悩しました。それ以上に私は、当事者である時の政権を担当した吉田さんも苦悩したものと思いますが、どうも吉田さんにはぴったり私たちの意見が合わないところがありますけれども、その後、いろいろな諸文献を見て研究すると、やはり日本のリーダーシップをとる者の決断においては、

戸叶武

1981-09-08 第94回国会 参議院 外務委員会 閉1号

○戸叶武君 いまの園田外相の答弁を通じて、この歴史的な転換期において日本の政府も、軍備の均衡ということも考慮に入れるにしても、事実上核兵器の競争になり、ストップがきかないような状態にまでエスカレートした今日において、少なくとも軍備を低い水準に抑えて、そうして国連の軍縮会議においてそれを現実のものとして実現したいために、政府も努力を払わなけりゃならないということを考えているということがほぼ推定できましたが

戸叶武

1981-09-08 第94回国会 参議院 外務委員会 閉1号

○戸叶武君 サンフランシスコ講和会議において対日、平和条約と日米安保条約が調印されてから、きょうはちょうど三十年目に当たります。あの当時、全面平和か部分平和かの問題について国論が分裂しておりました。私の家庭においても、私とワイフが意見の分裂を見たのはあのときだけでありますが、半年ぐらい本当に苦しみました。  しかし、いずれにもそれなりの、独立をまず急いで、その上で、占領されたままにおいて何もできないから

戸叶武