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7件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1961-11-10 第39回国会 衆議院 外務委員会 第12号

佐藤説明員 前国会におきまして、フィリピン共和国との間の友好通商航海条約の御審議を願いました際に、十月二十五日の本委員会の席上で戸叶委員から御質問のありましたフィリピンにおける開港場の問題につきまして、調査の上御答弁申し上げる旨申し上げた次第でありますが、さっそく調査いたしました。その結果判明いたしたのでございますが、今日まで正式御答弁の機会を逸しておりましたことは、まことに申しわけありません。本日

佐藤日史

1961-10-30 第39回国会 参議院 外務委員会 第8号

説明員佐藤日史君) 大統領の従来の再三にわたる御言明から判断いたしますと、これは、先ほど申し上げましたとおり、フィリピンにとりまして、独立後最初友好通商航海条約であるということでありますので、ぜひとも公正かつ慎重な審議を十分徹底的にやって、国民はもちろんのこと、各方面納得づくの上で、このりっぱな条約効力を発生させたい。もちろん、大統領自身が、昨年六月わがほうが案文を提出いたしまして、いよいよ

佐藤日史

1961-10-30 第39回国会 参議院 外務委員会 第8号

説明員佐藤日史君) 日本国フィリピン共和国との間の友好通商航海条約につきまして補足御説明申し上げます。  サンフランシスコ平和条約が昭和三十一年七月に日本国フィリピン国との間に効力を発生いたしました。両国関係は、一応平和関係に入った次第でございますが、遺憾ながら、フィリピン側におきまして、わが国に対し著しい差別待遇が存在いたしました。この差別待遇と申しますのは、両国間関係基本的事項、すなわちわが

佐藤日史

1961-10-25 第39回国会 衆議院 外務委員会 第8号

佐藤説明員 ただいまも申し上げましたが、具体的なその点が唯一の点だったとわれわれは理解しております。要するにフィリピンといたしましては、まず旧敵国である、しかも現在はアジアの盟邦であるべき日本を相手取って最初通商航海条約交渉いたしました。そのためにそこに国力の差というものがあるのはいたし方がないわけでございますが、その点の危惧ということは若干あったかもしれませんですけれども、しかし先方の口からそれを

佐藤日史

1961-10-25 第39回国会 衆議院 外務委員会 第8号

佐藤説明員 交渉の過程で、先方が今御質問の点に触れました唯一のものとわれわれが理解しております点は、フィリピン国内におきまして小売業に従事する場合にはこれは外国人はいけない、フィリピンだけがこれに従事することができるということでございまして、これは申すまでもございませんですが、フィリピン国内法がございまして、外国人既得権を除きましてもう許さない。その法律が成立しました当時に行なっておりました

佐藤日史

1961-10-19 第39回国会 参議院 外務委員会 第5号

説明員佐藤日史君) お許しを得まして、前回佐多委員から御質問のございました、そのうち一部は書面でお答え申し上げましたですが、残るインドネシアに対する借款供与、この資金ソースについての点、ただいま口頭でお答え申し上げます。  前回も御説明いたしましたとおり、大きく分けまして、三種類の経済協力の方式がございまして、まず第一に、賠償引当借款、この関係資金ソースということでお答え申し上げます。何分

佐藤日史

1961-10-19 第39回国会 参議院 外務委員会 第5号

説明員佐藤日史君) ペルーのほうについて先に申し上げますと、すでに先方議会から七月五日に承認を得て、ペルー側批准手続を終わっております。  インドネシアにおきましては、すでに、あそこは一院制でございますが、一院制議会におきまして下審査を、特に本件は、インドネシアにとって最初通商条約であるということで、大統領自身が非常に率先してこの締結を推進された次第であります。そういうこともございまして

佐藤日史

1961-10-10 第39回国会 参議院 外務委員会 第3号

説明員佐藤日史君) 平和条約では最恵国待遇しか規定しておりませんのに、わがほうでは、今回の条約交渉の場合には、内国民待遇をさらに要求した次第でございます。したがいまして、内国民待遇につきましては、とうてい合意に達しないために落ちた。しかしながら、最恵国待遇のほうは、少なくとも平和条約のほうで確保されております。したがいまして、第三国に比して日本船が差別されることはない。しかも、インドネシアが、自分

佐藤日史

1961-10-10 第39回国会 参議院 外務委員会 第3号

説明員佐藤日史君) ペルーとの通商協定の場合、インドネシアとの友好通商条約の場合、いずれも航海条項は入っておりません。ペルーの戦前の条約には航海条項が入っておりましたので、通商航海条約となっております。航海条項ペルーインドネシアの場合に入りませんでしたのは、まことにわれわれとしても残念に存じておりますが、先方としましては、国内商船隊を建造して、国際海運界に飛躍したいという政策を立てまして、国内自国船

佐藤日史

1961-10-10 第39回国会 参議院 外務委員会 第3号

説明員佐藤日史君) 最初に、ペルーとの通商協定の御説明をいたします。  御承知のとおり、わが国ペルーとの関係は、非常に昔から深いものがございまして、わが第一回の南米移民は、明治三十二年に、佐倉丸でカヤオに上陸いたしました。これがペルーに対します最初移民であるとともに、南米に対するわが移民の第一陣となっておるものでございます。これは、明治四十一年に笠戸丸ブラジルに行きましたわが移民、これに先

佐藤日史

1953-07-08 第16回国会 衆議院 内閣委員会 第11号

佐藤説明員 ただいまの御質問にお答えいたします。できるだけ多くの移民を送出したいということは、もちろんのことでございますが、ただいまのところ、戦後移民が再開されたばかりでもありますし、そのことをさておきましても、りつぱな、優秀な移民を送り出すことがまず第一だということをわれわれは常に考えております。その具体的な内容といたしましては、現地に長く定住して、一時の出かせぎ根性で行く移民ではなしに——ブラジル

佐藤日史

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