1951-02-14 第10回国会 参議院 決算委員会 第5号
○説明員(中村嘉孝君) お答え申上げます。終戦後二十年の暮から二十一年の三月にかけて通産省が所管しております機械の九五%について賠償指定が行われました。従いましてそれ以後のものはやはり通産省は管理の最終責任を持つておりますが、連合軍の管理下に置かれまして、一台々々機械に番号が附され、その移動には厳重な許可を一々受けなければ移動も修理もできない。工場内でも動かすことができないというあれを受けておりましたので
○説明員(中村嘉孝君) お答え申上げます。終戦後二十年の暮から二十一年の三月にかけて通産省が所管しております機械の九五%について賠償指定が行われました。従いましてそれ以後のものはやはり通産省は管理の最終責任を持つておりますが、連合軍の管理下に置かれまして、一台々々機械に番号が附され、その移動には厳重な許可を一々受けなければ移動も修理もできない。工場内でも動かすことができないというあれを受けておりましたので
○説明員(中村嘉孝君) その件につきましては、会計検査院のほうとよく話合いました結果、何しろ各工場大疎開をやつている最中に終戰になり、且つ連合軍が直ちに来まして、それを集めろというような指令が出たために、非常に混乱しておる。且つそのときにおりました人が殆んどやめていないというような事情から、止むを得ざるものということにして、その台数がはつきりしたものを、逐次台帳から落して行くということに会計検査院のほうと
○説明員(中村嘉孝君) 簡単に御説明申上げます。具体的な例をとつて申上げたほうが却つておわかりやすいかと思います。検査院が御指摘になりました六工場の現状につきまして具体的な数字を申上げますと、先ず第一番に出ております明和興業株式会社の引継台数というものは二千二百七十四台、軍需省が引継いだという形になつております。ところがこれについても先ほどの説明のように基本の台帳がありませんので、それを引継台数を基礎