1957-04-09 第26回国会 衆議院 商工委員会 第24号
○中島参考人 あれだけ激しい長期間のストの結末でございますから、両当事者の立場から心境としてはいろいろなことがあったろうと想像いたされます。でありますがともかくも幾多の紆余曲折を経まして、全繊同盟も加えて団体交渉に入る、立ち上り資金等についてはこれこれの手当をする、あるいはユニオン・ショップの条項についてはこういうふうにするという根幹的なあっせん案の条項が究極においては労使双方のいれるところとなりまして
○中島参考人 あれだけ激しい長期間のストの結末でございますから、両当事者の立場から心境としてはいろいろなことがあったろうと想像いたされます。でありますがともかくも幾多の紆余曲折を経まして、全繊同盟も加えて団体交渉に入る、立ち上り資金等についてはこれこれの手当をする、あるいはユニオン・ショップの条項についてはこういうふうにするという根幹的なあっせん案の条項が究極においては労使双方のいれるところとなりまして
○中島参考人 私たちとしてはあっせん委員の立場といたしまして、できるだけ全繊同盟と会社側との間の平和的関係の確立ということに努力したわけでございます。夏川さん御自身の御心境に至っては私の関知するところではございません。
○中島参考人 私、中労委の公益委員をやっております中島でございます。本日は、昭和二十九年夏の近江絹糸の争議について、何か御質問があるかもしれないというお申しつけでございましたので、それについての御質問でもあればお答えしたいと思って参ったわけでございます。 御承知のように二十九年の近江絹糸の争議に中労委が正式に関与、たしましたのは、たしか同年七月十五日の全繊同盟による不当労働行為の申請がありました以後