1949-03-29 第5回国会 参議院 大蔵委員会 第5号
この上と下とを合せて言えば、四十六億、それからですね。今年の二月二十八日現在で、保有額二つを合せますと、大体二十七億ですね。それから処分は十九億あるわけですね。ところがこの上の表には、そういう処分した金額が全然上つていないわけですね。ここが私よく分らない。
この上と下とを合せて言えば、四十六億、それからですね。今年の二月二十八日現在で、保有額二つを合せますと、大体二十七億ですね。それから処分は十九億あるわけですね。ところがこの上の表には、そういう処分した金額が全然上つていないわけですね。ここが私よく分らない。
ただ下期は非常に水の都合がよろしかつたので、下期においては黒字が出ておるのでありますが、常に電氣事業では上と下との間に赤黒の違ひがありますので、それを平均いたしますると、どうしても前の補給金は一應償つてやらなければならないのではなかつたか、と考えておる次第であります。
上と下の基準になるところは、少しも差をつけておらないけれども、刻みが今まで等差級数で参りましたのが、等比級数的になつておりますので、そういつた要素を織込まれたために、形の上ではいかにも虐待したようにごらんになるかもしれませんが、趣旨は少しもそういうところにございません。
○田村文吉君 私のお尋ねしたいことはですね、今一対十五というような割合でアメリカでは戰爭前には、やつておつたというのでありまするが、日本の現在はこのような上と下との比率は税を引いてどのくらいのことをお考えになつているのか、正味でどのぐらいの差が然るべしとお考えになつているのか、これをお伺いするのであります。
それに行かれて、上と下に席ができておつて、下の席からあなたが上にあがつて、何とぞよろしくお願い申し上げますという挨拶をされた事実がありますが、これはいかがですか。
この輸出品に対する数段の為替比率をもつておるということは、いずれの日か一本のレートに上と下からさか寄せてこなければならぬと思うのでありまして、漸次それに寄つてくるように努めるつもりであります。
それは戦争前、戦時中の日本の官吏の大體のクラス別の差、それと終戦後、特に千六百圓べースが生まれました當時の、いわゆる職階的な、何といいますか、少なくとも上と下との給料の差、それから新らしく政府で作られた、これは今は出ておりますから分りますが、その比較を一つ若し資料がありましたら出して頂きたい。これはお願いいたします。
建物としては、兵舎が五百坪、二階造りで上と下で千坪。兵舎が三個並んでおります。兵舎も進駐軍が入つておりますので立派になつております。学校の教場もあるし、いろいろの設備が揃つておつて、少年刑務所を移すには最も適当な場所であるから、これに少年刑務所を移そう、そうしてその上、岩國の刑務所には成年刑務所として成年受刑者を入れて、過剩拘禁を緩和する。こういう理由で、強硬にそれを要求したわけであります。
上と下との違いがあるということはそういう意味であります。
そうしてその上と下では一メートルくらいの水位の差があったとのことであります。第三に、利根川は昔、東村の上流八キロのところから古利根を、流れて東京湾に注いでおつたのでありますが、今より三百年前、永禄三年に、江戸を救うために河川を改修しまして、霞ヶ浦に放水したもので、旧河川は今尚古利根として現存しております。又荒川も熊谷下流五キロの所より荒川を新設したので、今尚元荒川として現存しております。
これはやはり上と下とを轉倒させる方向に將來向けるという了解のもとで、この問題を處置したいと思います。