2007-05-29 第166回国会 参議院 文教科学委員会 第15号
昨年の教育基本法の審議においても、伊吹大臣は、武士道、商人道などを例に、日本の規範として大事なものは道であると答弁しておられます。武道はもちろんその一つであり、それを学校教育に活用することは、体力の向上、伝統、文化の理解、規範意識の育成のために有効な手だての一つであると思います。その辺の伊吹大臣のお考えをお伺いいたします。
昨年の教育基本法の審議においても、伊吹大臣は、武士道、商人道などを例に、日本の規範として大事なものは道であると答弁しておられます。武道はもちろんその一つであり、それを学校教育に活用することは、体力の向上、伝統、文化の理解、規範意識の育成のために有効な手だての一つであると思います。その辺の伊吹大臣のお考えをお伺いいたします。
新渡戸稲造さんは、宗教感覚はこんなに薄いのに、なぜ日本人というのはこんなに社会が整然と秩序正しく保たれているんだろうかという疑問を持った自分の米国人の妻に、武士道というものが宗教に代わるものとして日本にはあるんだということを教えたのが「武士道」という本ですよね。
陸上自衛隊は、平成十六年一月にイラクで活動を開始しましたが、第一次群の番匠群長は、義理、人情、浪花節をモットーに、武士道の国の自衛官らしく規律正しく堂々と取り組むとの決意を持って部下を指揮し、以後、十次群にわたり、延べ約五千五百人の隊員が、イラク・サマワの地で復興支援のために汗を流したのであります。
ですから、武士道とか商人道とか、宗教がないのになぜ日本人はあんなに規律正しいんだろうかとかよく言われる。これは国によって少しずつ違います。 だから、一般論として言えば、人間として生きていく上での最低限のマナーを身につけるというふうに理解したらいいんじゃないかと私は考えております。
そういうものを大事にする中でいえば、一つの例ではありますけれども、この百年以上前に書かれた「武士道」の中に盛り込まれた、子供に対する、そういった、誇りを持たせるという形で自分たちの行動の規律を守らせる、そういったことをもっと重視すればいいと私は思うんですね。
そこで、新渡戸稲造氏が書かれた「武士道」の中には、例えば、仁。相手の——よく私の言うことも聞いてくださいよ、私も菅さんのことは聞いていますから。その中で、相手のことを重んじる、仁を大切にする、あるいはみずからの欲に打ちかつ克己という気持ちも大切にする、こういうことが書いてありますね。いわば教育にとっては大切なことがさまざま書かれている、このように思うわけでございます。
日本人というのは、商売というよりも、武士道よりも、職人が一つの日本という国を支えてきたんじゃないかという中で、今回、アドバイザー、ビジネスサポーターを行う、育成支援や確保をどのように地域が行っていくのか、その辺お聞かせいただけたらありがたいと思います。
ただ、日ごろごあいさつさせていただくんですけれども、本当に温和な大臣、敬意を表しておるんですけれども、しかし、ここへ来て、やはり今のNHKでの議論の中は、命令放送とかいろいろなことの中で、少し、私は全体の、きょうの前段のこの委員会運営も含めて、安倍総理の言われる美しい国というのは、やはり武士道、覚悟を決めて、日本の道の精神文化というもの、寛容さ、優しさ、思いやりとか、そうしたことを大事にされていくことが
というのはどういうものであるかということを改めてここで歴史の中から、あるいは日本人が日本人としてここへ、ここまで民族として残ってきた中のずっと教えなんかを見てみますと、例えば論語あり、大学があり、孟子がありなんというふうな、そういうふうな影響を相当受けているというふうなことの中に、日本人というのは、寺子屋で学んだそういうふうなことというのが日本人の、中国からいただいた教えを日本人流にやっぱり消化をして、現在の日本人、例えば武士道
武士道の原点もそういったところからいっておるわけですが、この意味は言わずもがなであります。まず、身を修め、家を整えて、国を治めて、天下を平和にするという儒教道徳の物事の順序だと思います。何かいかにも古臭いことで恐縮なんですが、しかし、考えてみれば当たり前なんですよね、これ。
その奥様に日本人が生きている規範を教えようとして英語で書かれたものが「武士道」なんですね。 ですから、私のうちは商人ですから、武士道ばかり言われるのは嫌だから、私は商人道、こう言っているわけですけれども、やはり日本人の生きてきた規範は必ずしも宗教だけでは私はないと思いますから、ここの記述は、そのようなことで、今先生がおっしゃった情操という言葉は入れていないということです。
やはり伝統文化と先ほど私もよく申し上げましたが、例えばひきょうを教える、武士道を教える、やっぱりそういうふうにすることによって、あるいは惻隠の情というようなものも教える、そういうようなことでかなりこのいじめは解消できるのではないかと思うんですが、今ただアンケートをしたり、そういうマスコミ対応のような対策が主になって非常に残念に思うんですが、やはりこの伝統文化の日本人としての心を教えるということがやっぱりいじめには
武士道の国、日本の侍として、隊員たちの努力は、イラクの人のみならず、国際社会からも大きな評価をいただいております。 また、私がゴラン高原、インド洋、クウェート、インドネシアのバンダアチェなどの視察で出会った若い隊員たちは、使命の重さを認識し、自信と誇りに満ちたものでした。 こうした長年の活動により、今や自衛隊は大多数の国民から高い評価と信頼を得るに至っております。
あのとき、先生のお話を伺って思い出したのは、私の思いとしては、やはり武士道、商人道、こういうものが日本人に今少しでもあれば、ライブドアや大銀行の優越的地位の濫用のような恥ずかしいことはするまいという思いが若干あったんでああいう発言になりました。 それで、御承知のように、教育基本法はもう根本的な理念を定めた理念法であり、教育の基本法でございます。
また、乏しい装備でも非常に士気も高く、規律も高く、戦時国際法の遵守とか、あるいはまた捕虜の扱い等模範的なことを示しまして、非常に、さすが武士道の国と言われた時代もあった。 ところが、第一次大戦ごろを境に、急速にそれがおかしくなっていくということですね。いわば、前半が坂の上の雲を目指した時代から、坂の下の沼に突っ込んでいく時代ということで、非常に屈折がある。
商人道であり、武士道なんですね。だから、新渡戸稲造さんが、自分の奥さんが、こんなに宗教心の薄い日本人がなぜこんなに秩序正しく仲良く暮らしているんだろうということに対して、愛する妻に英語で、アメリカ人ですから、英語で書いて日本人の規範意識を教えたのが「武士道」という本なんですね。 ですから、そういうことを大切に、小泉改革、経済的な小泉改革を補完していきたいと、これが安倍改革の基本なんですね。
私も、新渡戸稲造先生の「武士道」にありますように、外国から見ると、日本は宗教教育をやらないで何で道徳教育をやっているんだ、日本は武士道でやっているんだ、こういう話になっておりますが、この際、宗教の一般的教養をこれから培うということになりますと、これはやはり、人間の力を超えるものに対する畏敬の念を持つ、こういうことも教育の中においては非常に必要になってくると思いますので、こういうことも考えながら教育内容
特に、日本軍の場合も、日清戦争、日露戦争ぐらいまでは、むしろ、戦時国際法の遵守あるいは捕虜の待遇等で極めて模範的なコンプライアンスといいますか活動をし、また、非常に貧弱な装備にもかかわらず、大変高い士気、規律を持って、国際的にも、さすが武士道の国と言われた時期だったのが、第一次大戦ごろを境に、急にこれが、軍部の独走、それから非人道的なこともする、特に大陸において近隣国に迷惑をかけた、それは今に至るまで
例えば、「日本の保守主義の特徴は、儒教的道徳、宗教に共通する自然にたいする人間の謙虚さ、武士道や商人道に代表される「公」への義務感、恥を知る気持ちであろうか。」というようなことを書かれている。