1954-11-16 第19回国会 参議院 厚生委員会 閉会後第17号
而も厚生省から国会に報告せられたとこによりますると、新宿地区の保険診療の実績をこの新医療費体系で換算して見ましたところ、それらの医師の収支は大体大きな狂いがないことを実証せられているようなことを聞いているわけでございます。 この新体系の不満の第二点は、薬治料、注射料等についてのみ技術と原料とを分離いたしまして、処置、手術その他の医療行為全般に及ばなかつた点でございます。
而も厚生省から国会に報告せられたとこによりますると、新宿地区の保険診療の実績をこの新医療費体系で換算して見ましたところ、それらの医師の収支は大体大きな狂いがないことを実証せられているようなことを聞いているわけでございます。 この新体系の不満の第二点は、薬治料、注射料等についてのみ技術と原料とを分離いたしまして、処置、手術その他の医療行為全般に及ばなかつた点でございます。
皇居前の二重橋の前にいた日本共産党新宿地区委員会というのを、写真にもとつておる。朝日新聞も警視庁もとつております。この旗を立てて二重橋を乗つ取つた。そうして日本共産党万歳というむしろ旗を立てた。これがちようど二時半です。このときには約二千人から三千人、それにずつと加わつて来出して、祝田門でいよいよ突撃が始まる時分には、五千から八千と見る。
今回解散せられましたのは新宿地区委員会でありまして、下部の大多数の細胞はこれを除外しております。それから細胞の中でも大日本印刷だけは解散指定を受けたのであります。残されました解散されなかつた細胞が集まつて新宿地区委員会にかわるべき組織を結成されることは、嚴に禁止されておるのであります。御了承願いたいと思います。
○梨木委員 そこでお伺いいたしたいのでありますが、たとえば新宿地区委員会が解散された。この新宿地区委員会が包括しておつた地区において、追放になつた人以外の人々が、ここへ新しく地区委員会を組織することは、これは可能と認められますか。
○梨木委員 ちよつとわからないのでありますが、この新宿地区委員会という、この地区委員会を解散されて、下部の細胞は解散されておらないわけです。
その新宿の車庫の跡といいますのは、尾津個人でいたすのでなしに、私と同僚の都会議員野村專太郎という、あの土地の人でありまして、土地の繁栄のために、ああいう繁華なところへ、車庫を置くのはいかんから、新宿地区の繁栄のために、拂下げて、そうして商店街にして貰いたいという陳情書がありました。