2001-10-18 第153回国会 衆議院 本会議 第7号
今こそ、幕末の志士が胸に刻んだ「知行合一」の思想に学びたいと考えております。旧来の手法に堕するなら、行動を伴わなければ、日本は甦ることなく、二十一世紀の日本は停滞と後退を繰り返すばかりであります。 本日の名誉を糧として、改めて初心に立ち返り、国政の改革に渾身の力を奮うことをお誓い申し上げ、感謝とお礼の言葉とさせていただきます。
今こそ、幕末の志士が胸に刻んだ「知行合一」の思想に学びたいと考えております。旧来の手法に堕するなら、行動を伴わなければ、日本は甦ることなく、二十一世紀の日本は停滞と後退を繰り返すばかりであります。 本日の名誉を糧として、改めて初心に立ち返り、国政の改革に渾身の力を奮うことをお誓い申し上げ、感謝とお礼の言葉とさせていただきます。
しかし、あなたは、自民党の総裁として高祖氏を公認し、高祖氏と宣伝カーに同乗し、支持を訴え、テレビの政見放送でも、コウソパワーで新世紀維新に挑戦する若き志士ですと、国民に支持を訴えられたのです。総理自身の責任を問うものであります。 今国会は、世界と日本の平和、国民の暮らしと健康、安全などをめぐって重大な岐路ともなる国会であります。
○国務大臣(中谷元君) 靖国神社につきましては、明治維新の幕末の志士から日清、日露戦争、そして太平洋戦争等、国のために犠牲になった人すべてが祭られておりまして、私も参拝する基本心理としては大変かわいそうな人たちだ、このようなことが二度とあってはいけないので、我々自身がしっかりしなければならないという気持ちを持って参拝しているわけでございますが、私自身が戦後の昭和三十年代の高度成長期に生まれておりますので
特に、今こういう大きな変動期には、松陰先生がおっしゃるように、やはり在位在禄の、在官の武士の力じゃなくて野にいる志士、一般の人たちのそういう変革への志をエネルギーとしてやらなければ時代は変わらぬのだと。それを引き継いだのが高杉晋作の奇兵隊という発想であったわけですが。
在官、在禄の武士に頼らずに、在野の志士の力をかりて、我が身とこの草莽だけで時代を変えていこうという戦い方、それが最後に高杉晋作の奇兵隊というもので実現されているわけですよ。 今度の総裁選での勝因、これをどのように総理は振り返っておられるか、お答えをいただきたいと思います。
まさに革命の志士のような、目は血走り、そして決意に燃えている、総裁選の前の姿でございました。 おれのことを寄ってたかって総裁候補からおろそうとしているんだ、おれが総裁に出て、勝っても自民党は困る、今日の姿でございます。
中央省庁等改革推進本部によりまして、維新の志士坂本龍馬の写真まで載せまして、「省庁改革の四本柱」と大変勇ましいパンフレットもつくってあります。ぜひ国民の多くとともに期待をしてまいりたいと思っております。 また、続総務庁長官におかれましては、私は同県、熊本県の出身でございまして、地方紙にも早速その任命の記事が載ったところでございます。別の角度のまた御期待を申し上げたいと思います。
平成の竜馬と志士たちは、今また二十一世紀に未知なる船出をせんといたしております。こうした熱き思いから、我々は、一致協力して小渕内閣を支えていくことをかたくお誓い申し上げて、私の質問を終わります。(拍手) 〔内閣総理大臣小渕恵三君登壇〕
それは何かというと、やはり混乱期でありました幕末の時代でございますが、長州の志士でありました吉田松陰先生の言葉であります。二十のころに、世間を知らずして世の中を語ることはできないと言って九州の方へ旅立たれるわけでありますが、その旅立ちのときにこんなことを書き残しておられるのですね。 心はもともと生き物、生き物には必ず機がある。機というのは機会の機、チャンスの機ですね。
現在まで、この五カ月間で百十七回の会合をおやりになったということでございますから、恐らくこの二年間では相当な回数をおやりになり、また地方での公聴会もおやりになっているわけでございますから、それなりに、それこそ幕末の志士ではありませんけれども、相当全国を駆けずり回ってのいろいろな広報活動にお努めいただいているわけだと思うのでございます。
彼が指導したために、橘孝三郎を初めたくさんの志士が全国に生まれた。その志士に、大臣、ひとつ我が日本国のためになっていただきたいと思います。よろしくどうぞ。 そこで、さっき何度も申し上げたのですが、やはり国とは何だということをきちっとしていくこと。アメリカは御承知のとおり道州が主権者ですね。アメリカそのものは合衆国だ。
ただ、書記長のお話の中に、さすがに独立闘争の志士でありますから、フランスの植民地が百年間続いて、第二次大戦で日本も入ってきて、あるいはその後フランスとの第二回の戦争、アメリカと二十年戦ってきた傷跡は今なお深いものがある。日本が入ってきて二百万人のべトナム人が餓死をした、こういう問題がいろいろ言われているわけであります。
この記念館前には明治維新の志士たち五百四十九柱の霊が眠り、そしてその人たちの活躍が顕彰をされている場所でございます。坂本竜馬、桂小五郎そして無名の多くの志士たち、一つ一つの墓銘碑を追いかけていると、江戸末期、明治初期の激動のときを生きた青年たちの魂の叫びが耳の奥深いところで聞こえてくるような気持ちがいたしました。
そのために政治改革をやって、そして人々の意識を革命しながら、私たち自身も国家国民に対して責任をとる体制をどうつくるか、もう結論は出たわけでございますから、やっぱり私どももその志士の気持ちになったり、あるいは昭和二十年代の大人の世代の気持ちになってやればこんな話は必ずできる、こう信じて頑張ってやっていくことを四人の公述人の先生にお誓い申し上げて、質問を終わらせていただきます。
よく言えばこれはバランスだと思いますので、一度決めたら不磨の大典だとか、あるいは明治維新の志士のように余りかたくならずに、リラックスした形で取り組んでいただきたい。しかし、いずれにしても、あれこれ難点を理由、言いわけに挙げまして、何も改革しないで終わるということだけは避けてほしいと心からお願いをして、陳述を終わります。(拍手)
明治の先覚者、志士たちの献身はもとよりですが、ほとんど海外のことを知らず、まさに何百年に一回の維新をやり遂げた当時の人々り意識改革は定めし容易でなく苦難に満ちたものであったと思われますが、改めて敬服にたえません。
○星野委員 いろいろとお伺いをいたしてまいりましたが、今回の政治改革は、まさに明治維新をなし遂げたあの志士たちのような勇猛心を奮ってやり遂げなければならない課題だと思いますが、この点につきまして総理の御決意のほどを最後に承り、同時に、ただ地方におきましては、過疎が進んでいる中で議員の数が減るということはさらに過疎に拍車をかけるんじゃないかという心配があるわけであります。
(拍手) このたびの改革は、明治の志士たちが近代国家日本をつくるため、みずからの血を流し実現した版籍奉還の挙にも等しいと考えるのであります。同僚議員の皆さん、つらくとも苦しくとも、意欲を持って改革をなし遂げようではありませんか。
ジョン万次郎が漂流して百五十年、そしてこの万次郎の影響で坂本竜馬が生まれたりあるいは中江兆民、植木枝盛というような維新の志士が出てくるわけであり、今日の近代国家の礎もこのあたりから生まれてくるわけでありますが、なぜ高知県がこうした明治維新の人材を輩出したのかということを分析した方が何人かおられます。作家城山三郎はこういうことを言っております。