2005-07-26 第162回国会 参議院 郵政民営化に関する特別委員会 第9号
最近社会的な問題になっているおれおれ詐欺の問題なんかも、例えば田舎に行けば、じいちゃん、ばあちゃんから子供、孫のところまで名前を知っていたり、朝晩のあいさつの中で、あら、ちょっと違うところにこれお金送っているが、どうしているのと、これ違うんじゃないのという、やはり局の方がおばあちゃんに教えたり、おじいちゃんに教えたりしてやってくれているわけですよ。
最近社会的な問題になっているおれおれ詐欺の問題なんかも、例えば田舎に行けば、じいちゃん、ばあちゃんから子供、孫のところまで名前を知っていたり、朝晩のあいさつの中で、あら、ちょっと違うところにこれお金送っているが、どうしているのと、これ違うんじゃないのという、やはり局の方がおばあちゃんに教えたり、おじいちゃんに教えたりしてやってくれているわけですよ。
子供、孫への影響について、かねて、昭和五十年の国会、衆議院社労委員会においての森井忠良委員の質問に対して、放射能と遺伝との関係については、佐分利政府委員は「あると思います。」このような答弁をされております。また、「遺伝的な影響というのはいろんな形であらわれますよね。」これに対して、佐分利政府委員は「そのことは認めます。」こういうことがございました。
しかし、谷川先生、マスコミの諸君ももう自分たちの子供、孫の時代ですから、そういう世代に対して、こういうことだということを、時間がかかるかもしれませんが、どうかひとつ粘り強く説得、理解できるようにお話ししていただきたい、同じ政治家として、むしろお願いしたい気持ちでございます。これからもよろしくお願い申し上げます。
さらに、その孫の世代は更にその三分の二ということでございますので、子供、孫という状態で申し上げますと半分以下という、絶対数はそういう形にだんだん偏向してくるということでございます。 そういう意味で、基本的には急速な少子高齢化といいますか、その傾向を盛り込んだ中位的な推計だろうというふうに考えております。
いずれにしても、年金というのは、お互い支え合っていくわけですから、給付される側も、我々の子供、孫の世代が保険料を負担してくれるから自分の給付は受けられるんだ、若い人たちも、いずれ年をとる、今は年金要らないよと思っていても、その世代になってみれば年金は欲しいという気持ちになってくるものだと思います。
この問題、子供、孫、そういう方を持っていらっしゃるお立場もあり、非常に身近な問題としてお考えだと思います。私も子供が四人、孫が八人おりますが、子供たちのやっぱり命というものは、自分の子であれお隣の子であれ、皆同じでございまして、一つ一つの命を大切にしていくということは政治家としての基本だと思っているところでございます。
○脇雅史君 一番最終的な目標といいましょうか、それは、税金を使って我々の子供、孫までも使うインフラ施設をきっちりと造っていこうと。本当にいいものを造ってほしい。見掛け上きれいにできても、本来五十年もつべきものが十年で壊れたら何にもならない。いいものを造る。 今、良いものを安くということをよく言うんですが、良いものを安くというのは、確かにそれはあれば一番いいんです、こんないいことはありません。
そこが低額入札すれば、子供、孫請、すべてが切られると。 ですから、これ数字を言っても意味ありませんけれども、今まで直轄の工事を請け負って、低額入札をして、工事途中で破産して工事が続行できないというものもあります。
自分の年金をもらうのに子供、孫が負担しないわけにはもらえない。若い人だっていずれは年を取るんです。今おれはそんな長生きしないよなんか言っている人だって、長生きすればするほど長生きしたくなるというのが世の中の常だと言いますから、そういうことも考えてもらわなきゃならない。
やはり、建てかえることによって、従来以上に何か魅力が出てくる、後世の人たちにも、自分の子供、孫にもちゃんと喜んでもらえるというものがあれば、多少負担がかかったとしても決断できるということもあるわけでございますので、ぜひ扇大臣、そのあたり、いろいろな面でいろいろなお考えをお持ちだと思いますけれども、大臣として、都会、都心部の集合住宅であるマンションというものを、本当にふるさとと思えるような、そういう住宅
私も子供、孫はまだおりませんが、子供に対して、少なくとも親の目の黒いうちは絶対に戦争には巻き込まれないということはいつも言っておるところであります。宋さんもこの点は御信用いただいていいと私は思います。
そして、十年間のスパンであなたたちの集落の夢を語りなさい、それもじいさん、ばあさん、子供、孫、みんな寄って考えなさい。そして、そういう十年の大きな体系の夢ができ上がったら町に持ってきなさい。
それでもなお、インドネシア政府は、パンチャラ哲学を持つ国民として、決して成果をもたらさない感情的な行動や政策に陥ることがないように自制し、かつ、このような女性たちが最愛の家族、子供、孫たちを前にして自らの尊厳を失うことがないように最善の努力をすると。こういう何か胸にしみ入るような従軍慰安婦問題に対するインドネシア政府の苦悩、そしてそれに対する対応というものをしてきたわけなんです。
であるからこそ、まさに将来の国家国民、そして我々の子供、孫のためにも、今が最大の最後のチャンスである、こういうふうにも私は思っておるわけでございます。
地球温暖化、酸性雨からどうこの地球を守っていくかということは、子供、孫に対する責任でもある、三塚大臣が常々おっしゃっておられることでもありますけれども、そういった対応策にはすべからく金であります。
あの国鉄改革が仕上がる前の数年間、三塚大臣が若手、中堅を糾合されて、本当にすばらしい国会議員としての高い志、また使命感を持たれながら、国権の最高機関としての立法府の議員が国鉄はどうしたって改革をしなければならない、毎年二兆円近い赤字を生んで経営は破綻だ、これをしっかり民営化させて明確な経営責任のもとで再生させることが、即、将来の日本のためなんだ、子供、孫のためなんだ。
それを参考にしながら私が考えたことは、入り江という自然の良港がある、そこにおのずから先祖伝来の漁民が住んでいる、そして、そういう中で家族が、祖父、父、子供、孫と漁業を営んでいく、こういう中に家族的ななりわい、さらに地域的な漁業に対する宿命的な意識、共同体の意識、そういうものがあるからこそ後継者ができるわけであります。
今、児玉議員が指摘されました家族の親愛の情、自分の親に対して子供がそろって介護の手を差し伸べる、あるいは親、子供、孫という形でそれぞれの温かい家族の触れ合いがなされるというのは大変すばらしいことでありますが、最近は、親がその米寿なり喜寿なりを祝う、子供が訪れる、手紙をくれる、感激します、一緒に食事をする、誕生日をする、ありがとう、ありがとう、うれしい、これは大変いいのです。
それと同じように、国会議員としては、子供、孫の代に借金を残すことは絶対避けなければいかぬということも感じております。 ただ、今日、通産大臣という立場をお与えいただきました。そういう面では、ある意味では一つには社会を自分の力で活性化することができるという立場を与えられたと思います。何とか活性化ある社会をこれからつくり上げることによって、当然税収も含めてふえるような形のものをつくっていきたい。
そうした中で、この教育問題というのは、もちろん我々の子供、孫へつなげる大切な問題であり、それが一つの曲がり角へ来ているのではないか、こういう認識があるわけでございますけれども、文部省で、中央教育審議会を開かれて、本日第一回の会合があるというふうに伺っておりますが、この中教審を開かれることにしたお考え、基本的な方針というものにつきましてまず大臣の御所見をお伺いしたいと思います。
そういう意味で、都市工学やあるいは土木工学の話もございましたけれども、できる限りあとう限り環境基本計画の精神、つまり我々の幸せのために、我々の幸せだけじゃなくて、もっと広い、世界人類の生活のために、またその広がりだけじゃなくて、我々の子供、孫、その後代の世代のためにもきちっとした環境を保持して、そしてこれを伝えていくという視点に立って、いろいろな今御指摘のような問題についても取り組み、関心を示していくべきである