2009-06-23 第171回国会 参議院 内閣委員会 第9号
勝者は自分の刀を元に収める刀のさやを海中の中に捨てたりはしない、武蔵が大きな声で言いました。この一言で小次郎は一瞬しまったと思ったんだろうと思います。平常心を失ったということです。その一瞬のすきを目掛けて、長い木刀を右と左の両手でしっかりと握り締めて、小次郎の頭目指して、脳天目指して打ち下ろした。鉢巻きが割れました。この一瞬で勝負は決まったということです。
勝者は自分の刀を元に収める刀のさやを海中の中に捨てたりはしない、武蔵が大きな声で言いました。この一言で小次郎は一瞬しまったと思ったんだろうと思います。平常心を失ったということです。その一瞬のすきを目掛けて、長い木刀を右と左の両手でしっかりと握り締めて、小次郎の頭目指して、脳天目指して打ち下ろした。鉢巻きが割れました。この一瞬で勝負は決まったということです。
労働分野における規制緩和を始め、あらゆる分野において弱肉強食による競争万能の市場原理優先に終始した結果、一握りの勝者と多くの経済的弱者が生まれ、所得再分配の逆機能が指摘されるほど、とてつもない日本どころか、とてつもないゆがみを日本社会にもたらしました。(発言する者あり)
を踏まえて、資源価格の高騰等の構造変化を踏まえて新たな成長への道筋を示し、それを実現するために強化、加速すべき施策を取りまとめたということで、さまざまな施策を並べていらっしゃるわけですけれども、「ピンチをチャンスに変え、“資源生産性競争に勝つ”、“世界市場に打って出る”」というスローガンのもとで、二つの基本戦略というのが、一つ目は、「「資源生産性」の抜本的向上に集中投資し、資源高時代・低炭素社会の勝者
第一に、投資資源当たりの生産性の向上に集中投資をし、資源高時代、低炭素社会の勝者となります。第二に、製品、サービスの高付加価値化に向け、技術革新とグローバル化を徹底し、世界市場獲得を目指します。 特に、中小零細企業に対しましては、まずは資金繰り支援などに万全を期し、安心を実現したいと考えております。
有名な本では「勝者の代償」という、クリントンの政権のときの労働長官が書いた本で、あの人、労働長官辞めちゃうわけですね。自分の自由が、家族と一緒にいる時間がないじゃないかといって辞めていくわけですが、それは勝ち組というか、日本でいう勝ち組になると、その勝ち組になったために失わなければならない幸福が余りにも大き過ぎるというようなことが言われています。
この時点では、各国は主に自分の国の言葉で放送を出すということで、この第一の波における発信競争の勝者は、アメリカのCNNと、そして続いて力を持ったイギリスのBBCであったと言うことができます。 テレビの国際放送では、英語で発信しないと世界的な広がりが得られないと言われるようになりました。その後、九〇年代、米英の言わば独壇場のままでは好ましくないという考えが各国で広がりました。
勝者も敗者もいない現実の中で、戦いに終止符を打つことになりました。 だれもがこの戦争の終結でアフガニスタンには平和が訪れると確信しておりましたけれども、残念ながら、大量の武器が人々に静かな生活をする猶予を与えませんでした。個人的な利益や部族間の憎しみのためにあおり立てられるように内戦が始まり、その間、一般市民の犠牲者が五十万人と言われ、多くの町、村が破壊されました。
それは、人生に勝ち負けがあるんだとしたら、その勝者とは、人生の中でいっぱいいい思い出をつくること、だから、子供たちにいっぱいいい思い出をつくってほしいし、自分でそのいい思い出をつくれる子供たちをつくっていきたい、たしか文部大臣のときのお言葉であったかと思います。
つまり、同一の日の二以上のレースの勝者を全部当てるという投票方式を新設するとのことですが、これは、導入したいところはできるという理解でよろしいのでしょうか。これは一体どのような趣旨で新設されたのでしょうか。
したがって、日本、ユーラトムというのは欧州原子力共同体のことですけれども、日本とこの共同体、双方がともに、何というか、負けた勝ったではなくて、勝者となるような関係が構築できたと考えております。
そのため、日本とEUは、交渉の行き詰まりを何とか打開しようということで、双方が勝者、ウイン・ウインになるような関係を構築すべく、イーターが建設される国、これはホスト国と呼びますけれども、それとそうでない国、非ホスト国との役割分担について、双方ともが利益を得られるような形ということで協議を続けてきましたけれども、最終的に共通の理解に達したということでございます。
思えば、第二次世界大戦後、事後法による勝者の裁きのそしりを免れることができないニュルンベルクと東京裁判の反省を踏まえて、国連のILC、国際法委員会で議論が重ねられ、さらに、旧ユーゴ国際刑事裁判所やルワンダ国際刑事裁判所の経験を経て、人類が初めて手にした常設の国際刑事裁判所がICCであります。昨年来日されたドイツのカウルICC判事は、日本の加盟はICC設立以来最大の出来事であるとまで評しました。
戦犯裁判の従来の国際法の諸原則に反して、しかも、フランス革命以来人権保障の根本的要件であり、現在文明諸国の基本的刑法原理である罪刑法定主義を無視して、犯罪を事後において規定し、その上、勝者が敗者に対して一方的にこれを裁判したということは、たとえそれが公正なる裁判だったとしても、それは文明の逆転であり、法律の権威の失墜である、ぬぐうべからざる文明の汚辱である。こういうふうな文章が書いてあります。
先ほど加藤委員もおっしゃっておられましたが、やはりそこの中で日本が乗り遅れないでおくことが私は非常に重要だと思っておりまして、前のこの委員会でも申し上げましたが、生態系を守る、人類の生存を守る、地球の生存を守るということのもちろん温暖化対策は重要でございますけれども、グローバリゼーションの中でだれが勝者になるかというと、グローバルルールをつくった者です。
つまり、アメリカがまずスタートだと思いますけれども、アメリカあるいはヨーロッパ、日本、それぞれの国々が直面していること、ロバート・ライシュというハーバードの先生が「勝者の代償」という本を書いたのはもう十年以上前のことだと記憶していますけれども、結局、繁栄の中でそれに乗り切れない人たちがいる。
したがって、勝者も敗者もない解決を目指すべきではないか。一方だけが勝ったということは戦争でもなければあり得ないということだろうと思います。 これまでの経緯で言いますと、一九五六年の日ソ共同宣言の中で歯舞、色丹という二島については明記されております。二島返還の意思はあるのではないかと思います。しかし、四島返還には応じないということも向こうの関係要人は明言をしております。
最後になりましたが、商品先物のように、プロとアマを同じ土俵で競争させ、少数の勝者のために多数の敗者をつくり出しているのは、自分は非情だと称する小泉政治らしいかもしれません。しかし私は、そうではなく、投資者被害のように、これまでの政治が目をそらし耳をふさいできた深刻で切実な一人一人の被害の声に今こそ政治の光を当てるべきだと考えます。
要するに、勝者が自分に都合のいい手続をつくるのではないかと本当に心配をいたしましたが、その後、忍耐強い公平な御議論の中で、私に言わせれば、あるべき国民投票法の姿はもうだれの目にも見えてしまっている。逆に言えば、それは否定しがたいものになってきておりますから、そういう意味ではいつでも、あとは多数決の問題であろう。
東京裁判は勝者による復讐劇だと言ったのは、まさに正しかった。連合国側の犯罪行為について一切取り上げられなかった。こういうふうな記述も、これはオランダのレーリング判事がしているわけであります。これは、アメリカにおいてもそういったことは、良識ある人たちはみんな証言をしている。
こういう行政改革をやった上に、格差を是正するために弱者をどうするんだ、勝者と敗者の問題をどうするんだ、こういう議論を政策論争としてやるべきではないか、こういうふうに思います。 どうぞこの行政改革、政府案、私は、そこに一点に絞っている。もう一度申し上げますと、キーワードはわずか二つしかない、簡素で効率的。