1969-04-07 第61回国会 衆議院 外務委員会 第11号
○福田国務大臣 これが出たから経済社会、国際金融社会が混乱をする、これはもう私はゆめゆめ考え得られないことであるというふうに思います。プラスの面がある。
○福田国務大臣 これが出たから経済社会、国際金融社会が混乱をする、これはもう私はゆめゆめ考え得られないことであるというふうに思います。プラスの面がある。
いま二重価格制というのをとって、この不安に対する対処策としておるわけですが、そこへわが国が金の買い出動に移るというようなことをいたしますと、国際金融社会全体にはからざる影響があるだろう、こういうふうに思うわけであります。国際経済に対する協力の態度、また国際社会における友好国に対する仁義、そういうものから考えまして、いま買い出動、これは厳に慎まなければならぬ。
しかし、現在の国際金融社会において行ない得ることは、金の妥当な貨幣的役割りを認めながら、二つの極端な考え方の間で、国際協力によって、また各国の国際収支節度によって、できるだけ最善を強調していくということ以外にないと私は思うのであります。
これが、いろいろ国際金融社会において論議された。 ただ、その間において、特にフランスがこの考え方に対しまして大きな疑問を投げかけておったわけであります。つまりフランスは、金というものが依然として金融の世界決済手段の基本でなければならない、こういうような考え方、これが、またおそらくフランスの国益——当時フランスは金を多額に保有しておった。
おそらく国際経済社会、国際金融社会というものは、いま不安状態を残しておる今日この時点において、金の価値の改定を試みるということをいたすようなことは断じてあるまいと考えるのであります。変則な形でありますが、二重価格制というものが採用されておる。この形で当面の一期間は切り抜けていくのではあるまいか。
ことに御案内のとおり、国際経済、国際金融社会が動揺いたしてまいりますと、その意味で動揺に備えるためにもバッファーは厚くしなければいかぬということから、それが必要だというふうに私考えておりまして、多ければ多いにこしたことがないのでありますけれども、最低二十五億ドルくらいは必要だというふうに考えております。
国際金融社会において中央銀行が相当発言力を持ち、また行動の自由を持って外国と提携しながら、大きく経済の安定に働きかけるといったような機能を持つ必要があると思いまするが、それがはたして現在の日本銀行法の認めておる範囲でよろしいかどうか、私はもう少しこれは考え直す余地が多いのではないかと実は考えております。