2012-02-15 第180回国会 参議院 国際・地球環境・食糧問題に関する調査会 第1号
ほっとくと大抵、低平地というのは、何というか、日本人というのは余り目が行きたがらない。ところが、東京でいえば江戸川区、葛飾区、足立区というようなところのゼロメートル地帯、江東区を含めて、これをどうするかと。 これを考えることは、実は、すぐ次に多分JICAの竹谷さんからタイのバンコクの話をしてもらうと思いますけれども、タイのバンコクは何を悩んでいるかといったら、低平地の問題で悩んでいるわけです。
ほっとくと大抵、低平地というのは、何というか、日本人というのは余り目が行きたがらない。ところが、東京でいえば江戸川区、葛飾区、足立区というようなところのゼロメートル地帯、江東区を含めて、これをどうするかと。 これを考えることは、実は、すぐ次に多分JICAの竹谷さんからタイのバンコクの話をしてもらうと思いますけれども、タイのバンコクは何を悩んでいるかといったら、低平地の問題で悩んでいるわけです。
ああ、もうこの説明書を見ても余り目が見えないなと、音を聞いても聞こえないなというふうなことで、あるいは家庭の状況の中で、僕が働いたらいいのか、私が働き続けることが家族とそのためにいいのかなというような、そういう様々なことを判断をして、まずは自分が定年を決めようと、そういうふうな意気込みを掛けておるわけでございまして、ですから、七十六歳の方がおられますけれども、この方が八十になって、九十になっても、心身共
ほかに実績として余り目ぼしいものがなかったからこればっかり言わざるを得なかったのかもしれませんけれども、それが急に脱原発というふうに言われても違和感がありますし、要は、信念じゃなくて思い付きなんじゃないかというような、そうした疑念が拭えませんけれども。 じゃ、伺いますけれども、今の時点から振り返りますと、こうした原発売り込みに邁進していたのは、これは間違いだったというふうに何か考えていますか。
それの何か引揚げを一部やったというふうに記事を見ましたが、これが大変なんですよね、余り目に見えませんから。陸上のは目に見えるから、これはえらいこっちゃだなと。だけれども、海の方は、持っていかれた量がどれぐらいあって、どれぐらいたまっているのか、その辺のところは分かりません。
何が同感かといいますと、一つは、本部をつくってありますけれども、またそれなりに、実務的プラスアルファぐらいのところではいろいろな活動をしているんですけれども、いかんせん、本部会議というものが余り目に見えた形で動いていない。副本部長としましても、言われれば、本当に内心じくじたるものがないわけではありません。
私の提言というのは、国連の足跡をもっと軽いものにしなければいけない、コミュニティーベースのものにしなければいけない、そして余り目に見えないような形でコミュニティーグループに対して支援するという形でなければいけないと思います。直接、国連に勤務している人たちというのは、ソマリアの中で殺害されたりしています。
もともと携帯電話会社というのは、そんなに歴史のあるわけでもない、割と最近成長してきた企業ということで、銀行などに比べて、犯罪対策とかそういうところにまで余り目が回っていなかったという実態があるわけでございますが、それについて、携帯電話事業者の方も大変いろいろ御協力をいただいて、今御指摘になったようなブラックリストの共用化とか回線数の制限といったようなことに取り組んでこられた。
実を言いますと、ストック指標については今まで余り目が向けられなかった部分であります。したがって、実態的な今の状況自身を十分に把握していただいた上で適切な水準を設定していく作業が必要ではないか、そのようなこともあったので、技術的な基準だということで基本的な考え方を法律に書かれて、政令に具体数値は定めるということにされたのではないか、このように考えております。
この教員免許であるとか医師の免許であるとか、いろいろな免許がありますけれども、そういう免許職種の中でこういう有効期限を定めているというのは余り目にかからないんですけれどもね。 私は、教員という免許は、単にその免許の試験を受けて免許を取得したということからスタートして、その能力資質に、やはり教員の経験を積むことによってその厚みは増してくるものだ、このように思いますね。
なっているんですけれども、なかなかそういう意味で、広告の色とか余り目に付きやすいやつは自動車運転者がそれに見とれていて自動車事故を起こしては困るとかいろんな問題がありまして、解決すべき問題はあるけれども、大きい方向としてこれは是非進めていかなければならない課題であるというふうに思っておりますので。
それは、論者がちゃんとそれに対して論評を加えたり、諸外国との比較をしたり、いろいろな形でやっておりますけれども、雑誌の中でもそういう月刊誌、オピニオン誌以外がこの問題を取り上げるという機会は今のところ余り目にしたことがないし、これからもどうでしょうか、私も先生と同じように、ちょっと今のところ簡単にこの場でお答えできるようなものは持っておりません。
それから、そういった意味では、インドというのは市場としてはこれから、日本人がこのところまで余り目にかけてきていなかったところだと思いますけれども、昨年の八月に日印の閣僚級会議をさせていただいたのを最初にして、今いろいろな形で、日印共同研究会というのができて、これにつきましても、EPAについても積極的にやろうじゃないかということでスタートをさせていただいております。
アフリカへの援助の仕方、これはアフリカのみならず、それぞれの国がそれぞれの考え方で支援というものをしておりますから、確かに日本は、余り目立たしい支援を全くやっていないわけではございません。しかし、どちらかというと、教育とか保健衛生であるとか、あるいは人を通ずる協力であるとか、結構そうした地味な分野の協力もやっております。
しかし、裏を返せば三分の一はまだ下水道の恩恵にも浴していないと、こういう人たちがいるということと、高度処理に至っては、そういう危険な余り目に見えないものに至っては一二・二%というこの落差、これはどこに原因があって、今度の法改正でこれが実行できるのか、どのくらいのペースで改善をされていくのかというその見通しについてお答えいただきたい。
今御指摘の千葉県の風の村は、そういう中で先駆的に全室個室のユニットケアに取り組まれておられた施設と、そういうことで、これから制度化され、全国に普及していくに当たって、全室個室のユニットケアというものは実際どういうものかということをまだ余り目にしたことのない全国の都道府県の課長の方々にも理解していただくために講師でお呼びしたものと、こういうふうに記憶をいたしております。
しかし、ASEAN諸国はどれだけ我々に対して、これだけ日本が援助したASEAN諸国は、もちろん反対はしていないけれども、積極的なサポーター、積極的な支援者としての活動が余り目に見えてこない。
○笠分科員 それでは、北朝鮮側がいずれ回答してくるわけでしょうけれども、日朝の政府間レベルでの正式な協議という場で、これはやはり、例えば次回もまた余り目に見える一定の成果が見られなかった。つまり、五人の拉致被害者の方々の家族、これを一刻も早く日本に戻すというところがまずあるわけでございますけれども、具体的な成果というものをいつまで待ち続けるのか。
国道だけは良くしておいて、道道には、又は市町村道には余り目もくれない国土交通省の日ごろの行政がこういう結果になったと、そう言って地元の人たちは恨みみたいな話をしているのを私聞いてきましたので、もっと心の温まる答弁をいただきたいと思います。
続きまして、これも建設業情報管理センターさんがやっておられたお仕事の項目なわけでございますが、どうも、私自身の勉強不足もあってか、今まで余り目にしたことがなかったものですから、この点をお聞きしたいかと思います。 建設業情報管理センターさんの中のいわゆる業務の項目の中に、調査研究、それから技術の開発という欄があったわけでございますが、具体的に、これはどんな実績が今まであったのか。
私は、やはり今の日本が陥っているこの危機というのは、危機というものが、ある人に言わせれば、いや別に危機じゃない、将来的には危機があるかもしれないというような人もいらっしゃるように、実は余り目に見えないところで進んでいる危機だからこそより問題が深刻なんじゃないのかな。私は、竹中大臣、塩川大臣も多分そういう御認識を持っていらっしゃるんじゃないかなというふうに思いますけれども。