1963-03-19 第43回国会 参議院 大蔵委員会 第19号
だから、そういう点からいくと、やはり交通、文化の恩恵というものをひとしく人民に与えなければならない。いま一つは、日本の国の資源開発といってみたところで、地下資源もたいしてない。山林というのでありましょうか、木材関係、こういうことになってきますると、えて、やはり赤字線ということになる。大体、国鉄だか運輸省だか知らぬが、赤字線、赤字線ということをあまり宣伝したものだから、これはよろしくないと思う。
だから、そういう点からいくと、やはり交通、文化の恩恵というものをひとしく人民に与えなければならない。いま一つは、日本の国の資源開発といってみたところで、地下資源もたいしてない。山林というのでありましょうか、木材関係、こういうことになってきますると、えて、やはり赤字線ということになる。大体、国鉄だか運輸省だか知らぬが、赤字線、赤字線ということをあまり宣伝したものだから、これはよろしくないと思う。
○田中伊三次君 日韓両国は申すまでもなく指呼の間に隣接いたしておりまして、両国の国民の交通、文化の交流、物資の交易は、古く有史以前にさかのぼり、わが国の鎖国時代においてさえなお親密な民族的関係が保たれたのであります。このような地理的、歴史的、経済的、文化的かつ民族的な関係は、悠久の未来にわたって断つことのできない宿命的関係であります。
そこで、この問題が中央道の重要性、あるいは特に最近東京都が非常に行き詰まりを生じて参りまして、交通、文化、一切の面に行き詰まりを生じて参りましたが、そういう中で、むしろ東京都は、もとの首都圏整備というような消極的な問題の解決よりも、広い地域、すなわち広域首都圏の建設をして、積極的に問題と取り組んでいくというような問題を考えますときには、特に中央道の意義は深いと私は考えておるのです。
交通、文化が高度に発達して参りました今日、はたしてこの区分が適当であるかどうか、これは相当に再検討を要する問題であろうと思います。
ですから特に国際的な水準では、ここにスイスの法律がありますし、御当局でも国連の道路交通に関する条約もすでに御研究になっておられますが、やはり先進国に追いついて、立ちおくれておる自動車交通文化を国民に均霑させていくためには、もう少しある面では寛大に、ある面では厳重に対処していただきたい。
そういうことになってきますれば、それがなくとも、産業の中心であり、政治の中心であり、交通文化の中心であるということからいたしまして、東京都のごときは、年々二十万、三十万ずつの人口増を来たしておる。そのために交通量はますますふえ事故の原因を来たしておる。
そうでなくとも交通、文化の面で後進地域でありまして、何とか向上対策を立てなければならないというところに、今度は管理所方式をやられますと、無人駅が出てくる、無貨物駅が出てくる。こうなりますれば、その地域における経済的な問題あるいは文化上の問題で、そう後進性が濃厚になります。
なお、今後の問題として、造成される一万七千町歩にわたる開拓地が最高度に生産をあげるためには、適正なる新農村建設計面を立てて実施に移さねばならないのでありますが、八郎潟の場合、その経済圏を周辺の農村と切り離しては考えられないので、今後資源開発、産業、経済、交通、文化等、総合的観点に立って実施計画を立てるべきであり、これが実施については、現地機構、人事、予算等の運営についても研究の余地があるように感じられました
名古屋港は京浜、阪神地区のほぼ中央に位し、中部日本における産業経済、交通、文化の枢軸をなす中京工業地帯の中心に位置しており、これを中心とした臨海工業地帯の造成が同地方の発展に寄与するところ絶大であることは申すまでもないところであります。
○国務大臣(佐藤榮作君) 民間団体の力によりまして、日中間の交通、文化交流、あるいは貿易が進められてきた。これは今日まで民間団体の熱意の結果だ、これはもう申すまでもないことでございます。同時にまた政府自身もこの民間団体のかような行動に対しましては、協力と支援を惜しまないという態度できている、これまた御了承を願いたいところだと思います。
しかし独立小、中学校を有しながら、吉良川町より約十キロ隔てているため、交通、文化の施設に恵まれず、日常生活の不自由、特に急病人等の場合は、非常に支障を来たしている。ついては電話架設の件につき数年前から提案されていましたが、資金面で実現をせずに、日々の不便をかこっておる次第であります。どうか、そういう意味合いにおきまして、当地に農村公衆電話の架設をお願いしたいというのが請願の趣旨であります。
しかし独立小、中学校を有しながら、吉良川町より約十キロ隔てているため、交通、文化の施設に乏しく、日常生活の不自由、特に急病人等の場合は、非常に支障を来たしております。ついては部落民永年の夢である農村公衆電話を西の川部落に架設されたいというのでありまして、御要望の西の川部落には昭和三十三年度中に施設するよう取り計らいたいと存じております。
でございますので、具体的には独立の選挙区になることと思うのでございますが、従来その地域の社会生活等あるいは経済、交通、文化、いろいろな面で、これは独立とすべきじゃないという府県の住民の判断がありますれば、これは、かりに独立の選挙区になりましても、付近の隣接した地域の人口が少いというようなことがございますれば、当然合区で参るだろうと思うのでございます。
輸送の歴史的に見ますと、従前の荷車あるいはリヤカーというものが、一般交通文化の発達に伴いまして、三輪トラックあるいはスクーターに置きかえられてきたという歴史的な事実もございますので、これをいたずらにあまりやかましく言いますことも、一般の商取引あるいは一般の国民の経済にとりましても、にわかに厳重になし得ないということもありまして、一応自家用車につきましてはそういう点、割合にゆるやかな取締りになっておるわけでございます
これは私自身の創意でもなんでもない、国鉄の調べた結果によれば、すなわち、三十年五月十日、東鉄の管理局長が調べたところによれば、上野――新橋間には、たとえば日本交通文化協会、運輸故資更生協会、鉄道機械熱処理工業会社、鉄道興業株式会社、それから鉄道弘済会、株式会社潤正会、鉄道電化協会等があって、それには旧幹部がおって、いずれも外郭団体であります。
この道路法によるところの道路という定義は、もう今日の交通文化の上からいいますると、時代錯誤の点を免れぬと思う。すなわち道路法による道路とは「一般交通の用に供する道で第四条各号に掲げるものをいい」と、いいゆる一級国道、二級国道の意味を持っておる。
旭川市は北海道の中央に位し、道の中央、道北における政治、経済、交通、文化などの一大中心地であり、本道の進展とともにいよいよ伸張発展の情勢にある。また近時当市の行政区域は拡張され、人口の増加も急激なものがある。しかし旭川郵便局現庁舎は大正十年五月に建築された木造二階建のもので、近年その損耗、腐朽はなはだしく、かつ狭隘のため窓口事務が各棟に分散され、市民の窓口利用がはなはだ不便である。
第二に都道府県の合併計画が地勢、産業、交通、文化等の地域生活圏に合致する市町村行政単位に関する合理的基準を欠いていたこと。第三に合併市町村の建設計画策定によって住民に夢を与え、建設意欲を刺激しながら、他方建設の実施を可能にする財政措置に冷淡で住民に大きな失望を与えたこと。
○吉田専門員 湯浅電報電話局舎新築等に関する請願、第二一六九号、請願者和歌山県有田郡湯浅町長酒井真之亟外一名、紹介議員世耕弘一君、本請願の要旨は、和歌山県有田郡湯浅町は、県の中部海岸に位置した陸海の要衝として、古くより政治、交通、文化ならびに商業の中心地であり、官庁、会社、学校などが多数設置されており、近く隣接町村の合併を実施する運びとなり、人口五万の市制実施を目前に控え、急速度の発展機運を示しているが
○国務大臣(太田正孝君) もちろん私未熟で、まだ研究が足りませんが、個人としての考え方から申しますと、昔の藩がだんだん県になってきた経過を——今日非常に経済、交通、文化が横に広がってきまして、何かこう汽車で通ると同じように、さらに飛行機で行く場合には一そうでございますが、境というものが、現在の府県というものの境が、私は非常に不自然なような感じさえ起っております。
○吉田専門員 中津川電報電話局舎新築等に関する請願、文書表番号第二一〇二号、請願者岐阜県中津川市長竹村寿吉外三百六十六名、紹介議員楯兼次郎君、本請願の要旨は、岐阜県中津川市は東濃地方における産業、経済、交通、文化並びに観光等の中心地として発展しており、従って電報電話の利用度もこれと並行して激増の一途をたどり、現在電話加入台数八百台をこえ、年とともに増加しているので、同市においては、すでに局舎建設用地