○八木(一)
委員 そこでぜひ聞いていただきたいのは、いま言われたいろいろな意見が一つ一つちょっともっともに聞こえるのです。ところがちょっともっともに聞こえるけれ
ども、そのもっともに聞こえるような意見を出したのはなぜか。その人に、たとえば政府がいま労働者保険の本人以外の者にも全部十割にすると言ったら反対するかどうか。反対はしないと思う。そこの中で特にひねくれた、ひん曲がった人間は一人、二人反対するかもしれないけれ
ども、それ以外の連中は反対をしないだろうと思う。そこで、それはなぜそういうことが出ているか。政府が金を出し惜しみをするであろう、だから十割給付になるのがなかなかむずかしかろう、したがって
家族のほうの給付をこれは少な過ぎるから少し上げようじゃないか、したがって
老人の問題について上げようじゃないか、政府の
医療保障に対するいままでの理論的な態度をもとにしてそういう意見を吐いているわけです。政府がほんとうに思い切って
医療保障を完全にするという決心をするならば、
老人の問題も、子供の問題も、
家族の問題も、全部十割にすることについて反対をするはずはない。しかし、一部、反対する連中はいまいます。これは非常にインチキな連中です。そのインチキな連中のことはあとで言いますけれ
ども、それ以外は全部十割給付に賛成するはずです。ところが政府が出し惜しみして渋るであろうからということで、ここを下げてもここを上げてもらいたい、あるいは
老人だけ上げてもらいたいという意見が出る。ほんとうの
国民の心を
厚生大臣は察して、ほんとうにあなた方が遠慮なしに言ってもらいたい、抜本
対策に必要なことは遠慮なしに言ってもらったら、政府の財政なんて考えてもらう必要はない、財政はつくればつくれる、やってみせるんだ、遠慮なしに主張してみなさいということがあらゆる段階で言えますか。あらゆる段階で言ったらそういう声になってこない。全部十割給付にしてくださいという主張になろうと思う。
一部のインチキな連中の話をします。一部のインチキな連中は
厚生省にも少し巣くっているのです。十割給付にしたならば乱診乱療が起こるだろう、それで金を使い過ぎて困るというようなもっともらしい理屈を言う連中です。これが
日本の
医療保障をひん曲げようとしておる。どこのだれが、忙しい仕事があり、
家庭を守って子供がいるのに、自分の趣味みたいにお医者さんの門をたたきますか。一万人に一人くらい医者気違いがいたとしても、
国民の総体ではないのです。一体どこのだれが注射を無理にしにいきますか。どこのだれが苦い薬をわざわざ飲みにいきますか。一万人に一人くらいは薬気違い、医者気違いはあるかもしれません。九千九百九十九人はそうではない。それに便乗してまたお医者さんの中の一万人に一人くらい、もうけるのがいる。そういう者がいるから、一部の負担を取っておかないと
医療に対する支出が起きて、いわゆる
医療保険の赤字が出る。だから十割給付でなしに一部負担を何とか取っておこう。薬の一部負担を考えてみたり、前にはなかった初診料を、五十円を百円に上げてみたり、それから今度は十割給付をそういうような理屈をつけて下げようとする。そういうインチキな連中が
国民の健康を誤まる者なんです。そういう連中に、一体貧乏したことがあるかと聞いてください。貧乏な人の立場では、一割や二割の負担が診療を受ける機会を逸し、健康を回復し命を保全する機会を逸することになるのです。たいていそういう意見を言っている連中は、何らかの地位を持ち、相当の
生活をしている人です。そんな人の意見ではなしに、ほんとうの
国民の心に返ってそういうことを考えていただきたい。一部の負担があれば保険財政がふくれ上がるのをとめられる。それはとめられるでしょう。一万分の一のインチキをする連中、医者気違い、薬気違いの連中、それを規制することができるかもしれません。しかし九千九百九十九人の善良な
国民、善良な
医療担当者はそれで非常に迷惑をする。そのことのために早期の診断が受けられないということが起こる。一部負担がこらえられないから、
医療知識が十分ないままに、半分通って、あと半分は病院へ行かないで、宙ぶらりんの
状態で、あとで非常な重病になるということも起こる。お医者さんはずっと来たらなおせるのに、来ないからそのままになってしまった。
医療担当者の側としても非常な良心の痛みを感ずる。手術の場合もそうです。いまのガンの手術などは一回分三十万から五十万ぐらいかかるのがずいぶんある。そこで一割の自己負担とか、三割の自己負担が、非常に貧しい場合にはとても大きな負担になるので、そういう機を逸することになる。また命を救うために一生懸命やっても、そこのうちの家計を完全に破産させることになる。一部負担などという考え方を少しでも持つような者は、
厚生省の公務員としては不適当だと私は思う。ところが
厚生省の中にはそういう考え方が消え去っていない。あるいは積極的にあるように思う。われわれの言うとおり解決しようとしたら大蔵省が聞かないだろう、
国民の税金の負担だから。あれだけ金持ちには大きな減税をしておいて、そういうことを言っておる。金よりも人間の命や健康のほうが大事です。
医療保障の問題に関する限りは金で考えないで、
医療保障としたら一番いいんだ、それに必要な金は国が全部出すという考え方でものごとを進めていかなければならない。その
意味でいまの抜本策が考えられているかどうか、はなはだ疑問だと思う。巷間伝えられるところによると、十割給付をほかと足して二で割って、公平とか格差をなくすという美名のもとに
医療保障の完全な道をそこで閉ざそうとする、そうして
医療保障に出さなければならない政府の金をそこで少なくしておきたい、そういう考え方がその底流にあると思う。大蔵省の人たちでもそういう考え方は許せない。
厚生省の人たちの中にそういうことがあるように思う。なかったら私はここで百ぺんでもおじぎしてあやまります。十割給付を完全にやるためにどんなことがあってもやるということを
厚生省の人が全部言ってくだされば、私は百回でもおじぎします。そういうような間違った考え方があると思う。そういうことを
鈴木厚生大臣が、そういう考え方ではならない、ほんとうに
医療保障を完全にするためにやるのだ、ただし社会党の言うように来年すぐできないかもしれない、来年すぐできなくても、これは二年か三年でやる、そのような勢いで原案をつくるように牛丸
委員会に命令をしていただきたい。そうでなければ、
厚生省に長年巣くっている、一部負担によって
医療保障の支出を食いとめようとする一部の悪いやつのために、大勢の
国民に迷惑をかけよう。そういう考え方の根底がある。それではとんでもないことになると思う。そういうことについて、
厚生大臣は
医療保障を完全にする方針で抜本策を考える、そうじゃない方法だったらそれを急速に練り直しをする、そういうような指令をひとつしていただきたいと思う。