○
山崎(岩)
委員 石井政府
委員から御懇篤なる御
説明をいただいたのでありますが、
小湊港の利用方につきましては、本
委員会におきまして、私ども
委員が
北海道、東北地区の国政調査に出向いた際の調査の報告等を申し上げまして、
小湊を利用することが
北海道滞貨の払拭の点において、重大なる役割を持つて来るものであり、かつまた津軽海峡における浮遊機雷の危険を防止する意味からしても、きわめて重大なる意義を持つているものであるという点につきましては、今までの間にるる御
説明申し上げまして、政府当局の御意見をも拝聴しておるような次第でございます。どうかこの点を十分にひとつ今後とも御研究くださいまして、この港を御利用していただけるように、お願い申し上げたいのであります。
それから次に
青森、蟹田間の
鉄道敷設の問題でございますが、これはおかげさまで、政府並びに
国鉄当局の皆様方の絶大なる御同情をいただきまして、
青森、蟹田間二十七キロにわたりましては、鉄道の敷設が着々進捗いたしまして、十二月五日には開業するという運びになつておるのでございます。地方民の喜びというものはまことに言語に絶するものがあるのでありまして、この路線は私どもの考えとしましては、必ず採算のとれる経済線である、かように信じております。どうかそれをさらに三厩まで二十七キロにばかりのばしていただくことによりまして、この路線の命脈というものが、はつきりとその目的を達することができると私は考えます。現にこの路線の沿線には、日本にたつた一箇所のひばの美林があるのでありまして、日本三大美林の一つとまでいわれておるのでございます。このひばをまくら木に利用するということになりますると、ぶなに防腐剤を注入するなどとはわけが違いまして、すぐにそのままこのひば材をまくら木に利用することができる。このまくら木の持つておるところの油が虫を防禦するのでございまして、まことに天然自然の防虫剤になつておるのでございます。従いまして戦前におきましては、白ありの最もひどい害を受けている台湾には、もう何百万石というものが輸出されておつたのでありますが、戦争前は台湾は日本の領土でありましたが、日本の向うの方にまで送り出されておつたのであります。ただいまのところ台湾の蒋介石政権からも、何とかしてこれを送つていただきたいということの注文を受けておるようなわけでありますことは、政府の皆様方は御承知の通りでございます。そこで三厩にこの路線を延ばすについて、どうしてもこれを黒字に持つて行かなければならぬ、採算のとれるものにして行かなければならぬと考えまして、私は数日前にこの地方の調査に参りまして、営林局の局長にお目にかかりまして、そうして柳下という営林局長さんにお願い申し上げて、来年度におきましては、どのくらいの程度これを輸送することができるかということについてのデータを頂戴に参つたのでございます。三厩まで開通することになりますると、三厩付近にありまするところの美材から、年産二十万石のまくら木を提供することができるわけでございますが、そうすると
国鉄におきましては、防腐剤を注入するというような、そういう手間もいりませんし、わりかた安いものを
国鉄のまくら木として使用することができるということになりますので、二十万石のまくら木を
国鉄に提供することになりますと、これは
国鉄の全体の面からも、採算の上からも、施設の面からも、私は重大なる好影響を持つて来るものと、かように確信しております。どうか新線建設
委員等に対しましても、原案を作成する際には、何とぞこの点をひとつ御力説くださいまして、この線を三厩まで、来年度において継続的に延長することができるように、おとりはからいのほどをお願い申し上げたいのでございます。
それから大畑鉄道促進の関係でございますが、私ども国会の議員が
北海道を調査に参りまして、そうしてこの大畑鉄道の関係と
大間港の状況を視察することのために、海上保安庁のパトロール船を利用いたしまして、そうしてあの津軽海峡を渡つてみました。おそらくこのことは国会開設以来初めての壮挙かと私は思うのであります。しかも浮遊機雷の非常な危険性のある場合に、私ども運輸
委員七名の者がパトロール船に乗つて、この海峡を横断したのでありまして、中には山口女史、柄沢女史というような、御婦人も入つておつたのでありますが、この津軽海峡を横断いたしまして、さかまく怒濤の中において、浮遊機雷に対て海上保安庁のパトロール船がどういう活動をしておるかということを、目のあたり見て参つたのであります。函館、本港間の距離というものは、時間にしましてわずかに一時間半よりかかつておりません。そこでこの
大間港がりつぱにでき上りますならば、
国鉄当局におきましては五百トン程度の旅客船を使用することにしていただいて、一日の間に五、六回も往復することができるのであります。一時間半でありまして、対岸の函館とこことは指呼の間にあるのであります。従いまして運輸交通の便利と言いましても、私は画時代的なものがある、かように思うのでございますので、これは港湾局当局にぜひお願い申し上げまして、何とかしてこの
大間港にもう少し金をつぎ込んでいただいて、この港をひとつつくり上げていただきたい。本年三百七十万円ばかりの金をいただきまして、岩盤の掘鑿をやり、浚渫をやつているのでございますが、それができ上りましたならば、来年度において約百メートル程度の岸壁をつくつて、防波堤をつくつていただきますならば、この港は約五百トンぐらいの旅客船が入港いたしまして繋船することができる。そうなつて参りますならば、
北海道との間の交通というものに、まことに重大なる利便を与えるものと考えるのでございます。この港ができ上りましたならば、この大畑鉄道というものが、これはまたフツトライトを浴びて参るに相違ないのでございまして、港の竣工とこの鉄道の完成とは、日本の交通運輸の便に重大なる影響を与えることを信じて疑いません。私ども運輸
委員の調査員が、この点につきましても詳細に報告を申し上げているようなわけでございますので、どうか本月の七日の本
委員会において、私から調査報告を申し上げましたその調査報告の速記録をごらんくださいまして、何とぞこの線につきましてもまたこの港につきましても、格段の御配慮のほどをお願い申し上げたいのでございます。
次に田名部から
尻屋間鉄道敷設の
請願の件並びに大湊から
大間間鉄道敷設の
請願、これはともに先ほどの石井政府
委員からの御
説明がございました通りに、まだ予定線に入つておりません。従いましてこれは
鉄道敷設法の
改正という問題に入つて来るのでありますが、戦後の日本の経済界の状況、また大動脈と申さなければならぬ鉄道の新設等の計画から申し上げまして、何としてもこれは
鉄道敷設法を
改正する必要があるのじやなかろうか、かように考えております。ぜひこの
鉄道敷設法を
改正いたしまして、戦時中重要なる線でありましても、今日では戦時の状況と異なりまして、さほど重要でないというものもありましようし、また経済再建の点からして、たとえば
北海道、東北地方の開拓という点からしまして、取上げなければならぬ重要な路線として、ただいまの大湊、
大間間のごとき、あるいは田名部、尻屋間のごとき問題が取上げられて来るものと考えますので、この際政府は思い切つて
鉄道敷設法を
改正するということにひとつ御意見をまとめていただきたい、かように私は
請願者の趣旨弁明者といたしましてお願い申し上げる次第でございます。
次は
北海道の江差から
瀬棚に至るところの鉄道でございまするが、これも同様にまだ予定線に入つておりません。この問題を解決するためにも、やはり
鉄道敷設法というものの
改正が、当然取上げられるべきものであると私考えるのでございまするが、政府
委員の御
説明の中にも、必ずしも予定線でなくても、経済再建の上からしまして、あるいはまた日本の開拓という重大問題の解決のためにも、これから取上げて行かなければならぬ問題は多々ある、この意味からしまして建設
委員会等においても、政府としての意見を十分に申し進めて、こういう問題の解決に当りたいという御
説明がありましたので、私どもも非常に意を強うする次第であります。どうかだんだんの事情をひとつ特別に御勘考くださいまして、
請願者の目的を達成するように御配慮のほどをお願い申し上げたいのでございます。以上であります。