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1950-03-24 第7回国会 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第18号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十五年三月二十四日(金曜日)    午前十一時七分開会   —————————————   本日の会議に付した事件ソ連地区残留同胞実態調査に関す  る件  (右の件に関し証人証言あり)   —————————————
  2. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 只今から委員会を開会いたします。  日本は去る十六日の徳田日本共産党書記長証言の際に、我々委員会が明らかにしたいと思つておりました昨年の五月五日に日本共産党より帰還促進要請がなされました経路が明らかにされておりませんので、そのために日本共産党事務局山田敦君に出頭を願いまして、証言を聴くことにいたした次第であります。  尚アカハタ新聞三月十二日の徳田要請根拠なしという記事に対しまして、当委員会に対して小島清君よりその趣旨の違うことをば申入れて参りましたことは、先日の十八日の委員会において御報告いたしておきましたが、尚証言を求める必要がありましたので、日本出頭願つた次第であります。尚証人におかれましては、いろいろ御多用のところをば御出席を求めまして、御迷惑の点もあつたかと存じますが、当委員会がかねがねソ連地区残留者、その他中共地区残留者の引揚をば最も速かに解決つけたいと念願して努力いたしておる次第をば御了承願いまして、日本は我々委員会の意のあるところに対しまして御証言をお願いしたいと思つておるのであります。  尚、又誓に入ります前に、証人に御注意を申上げておきます。これから宣誓を行なつて証言をして頂くのでありますが、若し虚偽の証言を陳述しましたときは、議院に於ける証人宣誓及び証言等に関する法律第六條によりまして、三月以上十年以下の懲役に処する罰則があり、又正当の理由なく宣誓若しくは証言を拒んだときは、同法第二百八十條(第二号の場合を除く。)及び第二百八十一條(第一項第一号及び第三号の場合を除く。)の規定に該当する場合に限り、宣誓又は証言若しくは書類の提出を拒むことができます。これも併せて御注意申上げておきます。念のために先ず民事訴訟法第二百八十條の該当部分を朗読いたします。  第二百八十條 証言カ証人ハ左ニ掲クル者ノ刑事上ノ訴追又ハ処罰招ク虞アル事項ニ関スルトキハ証人ハ証言拒ムコトヲ得証言カ此等ノ者ノ恥辱ニ帰スヘキ事項ニ関スルトキ亦同シ  一 証人配偶者、四親等内ノ血族若ハ三親等内ノ姻族又ハ証人ト此等親族関係アリタル者  二 証人ノ後見人又ハ証人ノ後見ヲ受クル者  次に、民事訴訟法二百八十一條該当部分を朗読いたします。  第二百八十一條 左ノ場合ニ於テハ証人ハ証言拒ムコトヲ得  二 医師歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士弁理士弁護人公証人、宗教又ハ祷祀ノ職ニル者ハ此等職ニリタル者カ職務知リタル事実ニシテ默秘スヘキモノニ付訊問受クルトキ前項規定ハ証人カ默秘ノ義務ヲ免セラレタル場合ニハ之ヲ適用セス 以上であります。  先ず宣誓を求めます。 一同御起立を願います。    〔総員起立
  3. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 証人小島清君から宣誓を求めます。    〔証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣誓書   良心従つて真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。           証人 小島 清    宣誓書   良心従つて真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。           証人 山田 敦
  4. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 御着席願います。  尚、本日の運営に関しましては、委員長から簡単に先ず小島証人質問をいたしまして、その後、各委員からの御質問を願うことにいたしまして、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  5. 岡元義人

    委員長岡元義人君) そのように取計らいます。  小島証人委員長からお尋ねいたしますが、先ず小島証人経歴をば極く簡単に述べて頂きます。
  6. 小島清

    証人小島清君) 軍隊に入る当時からでございますか。
  7. 岡元義人

    委員長岡元義人君) よろしうございます。
  8. 小島清

    証人小島清君) 昭和十八年十二月一日に学徒出陣で樺太に入りました。十八年の十二月一日に学徒兵として人隊しまして、十九年の十一月見習士官になりまして、それから二十年の一月満洲の第二航空軍の第一教育隊の教官となつております。武装解除は奉天で二十年の九月初旬であります。入ソ後二十年の十月ウズベックの第一收容所タシケントにあります。そこにおりました。これで終ります。
  9. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 小島証人に、今の経歴の中で入ソ後の状況をもう少し詳細に述べて頂きたいと思います。
  10. 小島清

    証人小島清君) 入ソ後二十年の十月、これはウズベックタシケント第一收容所であります。それから二十一年の四月タシケントの第十收容所、コルホーズの方であります。それから二十一年の九月に第一收容所に帰りました。それから二十二年の八月タシケントの第五收容所に転属しました。それから二十二年の九月ベクアードの第一收容所、二十三年の九月ベクアードの第五收容所、二十三年の十二月タシケントの第五收容所に戻りました。それから二十四年春カラカンダの第九收容所、そこはカラカンダの……これは十一月だつたと思います。それから僅かの期間でナホトカに参りました。舞鶴には一月二十一日上陸しております。
  11. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 小島証人お尋ねしますが、帰られたときの船と上陸された日を述べて頂きます。
  12. 小島清

    証人小島清君) 確か今年の第一回ですから、一月二十二日と記憶しております。引揚証明書に書いてあります。
  13. 小島清

    証人小島清君) 二十二日の上陸になつております。
  14. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 尚もう一、二点お尋ねしますが、三月十二日附のアカハタ新聞を見ましたか。アカハタ新聞御覧になりましたか。
  15. 小島清

    証人小島清君) 見ました。
  16. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 尚その際あなたは当委員会署名した書面を寄越されたのでありますが、その経緯につきまして、できるだけ詳細に述べて頂きます。
  17. 小島清

    証人小島清君) その手紙をそちらに出す経緯ですか。
  18. 岡元義人

    委員長岡元義人君) この手紙内容は、当委員会の各委員の方は先日御報告してありますので皆知つておられます。そのアカハタ新聞に載る経緯について、あなたがいつ……
  19. 小島清

    証人小島清君) それは詳しいことは自分はこちらに来ておりますので、ただ言うた当時、結局それが原稿になつて出たのだろうというだけであります。結局……
  20. 岡元義人

    委員長岡元義人君) それでは小島証人に、私の方から簡単に一つずつ尋ねて参ります。この手紙に書いてあります事実を歪曲した日共員記事であるということが書いてございますが、これはどういう経緯でありますか。
  21. 小島清

    証人小島清君) それは記事を取りに来たかどうかということは分らないのですが……
  22. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 尚日にちを明確に御証言願います。
  23. 小島清

    証人小島清君) 日にちは七日の日だつたと思います。朝十時頃であります。そのときにその本人は、自分が今度東京の方に行くということを誰から聞いて来たかということを全然言わないで、自分がこつちへ出るということを、カラカンダ地区から帰つて来た者に友達がおつて、結局その者がやはり呼出しを食つておるからして、あなたも呼出しがあつたのだろう。だからその本人は十三日までに上京するのだから、それで小島君も一緒に行くのだつたらば私も一緒に行きたいという話で、自分の家に来たのであります。
  24. 岡元義人

    委員長岡元義人君) その会見の内容等についてできるだけ詳しく述べて頂きます。
  25. 小島清

    証人小島清君) それがその日訪れて来た者と翌日訪れて来た者と、予期しておりませんでしたのでごつちやになつていかんのですが、前の者は要するにチタ附近に同じ抑留生活をやつてつたということを言います。それからいろいろ向う煉瓦工場で仕事をやつてつたそのときのつらい話などをしました。そのときに非常に自分が前に反動といわれて残されておつた、こういうことを……先に自分お袋がうちの息子は日の丸帰つて来たということを言うたためだろうと思うのですが、非常に妥協的に出ておりますので、自分としても若干中傷するような話をしても一緒に話に乗つて来るというわけで、いろいろな話をしたわけであります。それで今度は徳田球一証人問題で行くのじやないかという話をしましたが、自分は四十四名の証人になつておるかどうかということは分らないのです、それは自分は或る署名をして来た。それは四十四名の証人であるかどうかということは分らないけれども、若し自分が呼ばれてこの証人に立つようなことがあつたならば、とにかく自分收容所で起つたことであるし、その当時の雰囲気というものは誠に悲惨なものであつたのだから、それは眞実を伝える意味において行くからということを言いました。それで翌日来た者というのは、これは新聞社か何かということで、あのときの記憶では青年新報とか北方新報とか言つておりまして、新聞社記者である。とにかく昨日来た者は党員であるということは分つてつた、というのは菅原という名前を言いまして、本人工機部に勤めておつたと言いますから、工機部というと自分の妹の夫でありますが、その人が勤めておる所なので聞いたところが、それが日共員で非常に運動をやる人であるということを聞きました。それで昨日のようなことであるから、おかしなことを言うなと思つて…お前の将来のために工合が悪いことが起つたら困るから、とにかく喋るなとお袋が言いますから、昨日はそういうことがあつたから……君は誰から聞いたかということを言うたところが、昨日こちらへ訪れた人から聞きましたと言いますから、昨日訪れた人は日共員であるということは分つておるけれども、君も恐らくその系統の者だろうから、とにかく喋らないと言つたのですが、絶対中立的な新聞であるから一応話して呉れというので、タシケントの街は美しいだろうとか、この街よりどうですかとか、そのときには端的な問題でした。併し話の量を今考えますと、前日に来た者より沢山話しております。内容はあの記事に載つたというのを一つ一つ取上げて行きますと非常に面白い。四十四名の中の一人であるというのは、自分は第二回目の日の丸組だから、あれは第三回目の署名した者であるから自分は四十四名の一名には入らんということ、それからそういう工合記事を取る場合に実際日本帰つてからもいろいろと感じておるのですが、新聞がでたらめである。而も記事を取るのに非常に粗雑な態度をとつてつているということからして、自分が現実に引つ掛つたところから、非常に面白くない。とにかく自分考えていることを述べたいという意味からも、そういつたものを出したわけです。それから日の丸梯団というのも、事実自分が籍を置きました関係上、あれが実際ただ残つているということは、我々の胸の中は本当にはり裂けるように思うのです。それだけに却つて我々があのときの船の中で、或いは事中でいろいろ闘争して来た。闘争というと語弊があるのですが、要するにそのときの気持は非常に妨害されたというような考えから出しました。
  26. 岡元義人

    委員町(岡元義人君) 小島証人にもう一点聞いておきますが、この三月十二日に出ている記事は、あなたがこういう工合お話を事実なさつたのか、それとも全然違うという点だけ一つ証言願いたいと思います。
  27. 小島清

    証人小島清君) そういつた話……まあ本人の意思をどれだけ酌んでおるかどうか分りませんが、話したことは事実です。併し内容は違つておるというところに私が反駮するところがあるのであります。
  28. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 各委員からの御質問がございますか。
  29. 小杉イ子

    小杉イ子君 私は委員長に伺いたいと思います。今までの証人学歴を申されましたが、小島証人学歴もお伺いできないものでしようか。
  30. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 小島証人学歴を述べて頂きます。
  31. 小島清

    証人小島清君) 人隊前は、早稲田専門部一年終了で行きました。
  32. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 証人に伺います。カラカンダ地区收容所においでになつた時期は、何月から何月頃ですか、それを一つ
  33. 小島清

    証人小島清君) カラカンダ收容所タシケントから九月十三日に出発して行きました。
  34. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 それは二十三年ですか。
  35. 小島清

    証人小島清君) 二十四年です。
  36. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 九月十三日ですね。
  37. 小島清

    証人小島清君) はい。
  38. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 それからいつまでですか。
  39. 小島清

    証人小島清君) それからいつまでカラカンダにおつたというのですか。
  40. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 はあ。
  41. 小島清

    証人小島清君) それからナホトカに出発するまで、十一月までおりました。
  42. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 二、三の点を引続いて伺いたいと思います。只今委員長から証言を求めましたのに対しまして、証人の答えがはつきりしない点がありますので伺いたいと思いますが、そうすると三月七日或いは八日に青年新報とか北方新報とかいうような名前で基の人が訪問した。それはアカハタ記者でも何でもなかつたわけでございますか。
  43. 小島清

    証人小島清君) そのときはアカハタ記者でも何でもありません。
  44. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 そうすると、事実その人は今からお考えになつてアカハタ記者でなく、第三者お話になつたことが、アカハタ第三者から伝わつて掲載されたということになりますか。
  45. 小島清

    証人小島清君) 自分考えでは、結局アカハタの、向うアカハタ新聞記者だと、結局よい記事ができたためにアカハタに送つたのではないかと思います。地方の機関紙として……
  46. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 そうするとアカハタ記者名前を偽つて、あなたの家を訪問してその記事をとつたということでございますね。
  47. 小島清

    証人小島清君) それは自分としては分りません。
  48. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 それからその中で、お話になつておる話と内容が違うというお話ですが、内容が違うという点を具体的に伺いたいと存じますが、私もアカハタ記事で見ましたが、四十四人の署名者の中の一人となつたつたということが書いてあつた。四十四人の署名者の一人となつて、そうしてそのときには署名をしたが、併し事実徳田事件は全く事実無根の作り事で、正式にはどこにも根拠がないというお話をなさつたかどうか。
  49. 小島清

    証人小島清君) それはありません。話しておりません。
  50. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 話が全然ないのですか。
  51. 小島清

    証人小島清君) はあ。
  52. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 もう一つ伺いますが、そういう事実はなかつたが、日本共産党中央委員会伊藤律氏が、引揚者が民主主義者にならない限り日本に帰さないで欲しいというようなことを言つてつたという噂を聞いたということをお話になつておると新聞では伝えておりますが、この点はどうですか。
  53. 小島清

    証人小島清君) それも自分は否定します。
  54. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 全然ない……
  55. 小島清

    証人小島清君) はあ。そのときに伊藤律という名前が出ておるので、或いは自分伊藤律氏の話では、タシケントの第九に行つたときに、伊藤律氏がタシケントの第九の民主運動が非常に盛んだつた当時において、確かそのときに話したのはこれだろうと思うのです。要するに日共はもう合法活動に入つたから、例えばそつちで共産主義者になつて帰つて来ても直ぐ監獄に入れられることはないというようなことを言うて……ですからして要するに言うておるようなことが民主運動を非常に高揚させると共に、役立つておるという話を聞いた。だから例えばこういう話があるのですから、我々は向うにおつて日共が全然干渉しないというふうなことを断言できないだけに、そういうことがあつたのだから実際徳田氏が自分で筆をとつて帰さないで呉れということを、向うへ頼んだかどうかということは問題でないということを話したのです。そのときに伊藤律氏の名前も出しておりますから……内容はそういう内容ではなくて、今自分が言つたような内容であつたかと思つております。
  56. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 そうしますと、証人日の丸梯団と同じ行動をおとりになつてずつと帰つて来られた。そうしてその後現在はどういうお立場をおとりになつておるか、この点を一つ……
  57. 小島清

    証人小島清君) 自分は飽くまで残つておる者を早く帰したいという気持にかられております。それで現在もこちらへ出て来たついでに、自分の昔の部下とか、そういつた者を努めて訪ねております。
  58. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 そうしますと、日の丸梯団と同じ行動で今後もおやりになるか。
  59. 小島清

    証人小島清君) 趣旨は非常に大乗的なものであると思う。それで行動日の丸梯団と同じような気持で行きます。
  60. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 先に委員長お尋ねで、アカハタを見たというお話でありましたが、アカハタ御覧になつたのはいつでございますか、はつきりじやなくても結構でございます。
  61. 小島清

    証人小島清君) 十五日か六日だつたと思います。
  62. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 そうしますと、アカハタ記事が全然お話内容と、今の証言伺つたのと違つておりますが、このアカハタに対する抗議なり取消なりということをお考えになつたか、或いはそういうことをお取りになつたかということですが……
  63. 小島清

    証人小島清君) 自分住所が分りませんので、地図を見て党本部新聞係として抗議文を書いて出しました。
  64. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 いつですか。
  65. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 小島証人、いつそれは……
  66. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 その後アカハタからは何か返事があつたか、或いはアカハタ記事取消が出ましたか、そのことはお気付きないか……
  67. 小島清

    証人小島清君) 自分はその後アカハタ紙は見ておりませんので分りません。取消といつても、自分は山梨の方に行つたりしておりますので、住所が決まつておりませんから、それに裏に住所も書かないで出しましたから、自分の方に何も言つて来ておりません
  68. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 その取消を要求されました抗議の、御記憶になつておる程度の内容が伺えたら結構だと思います。
  69. 小島清

    証人小島清君) 内容自分がここに原稿も持つております。若干長いですが、読んで差支ないですか。
  70. 岡元義人

    委員員岡元義人君) 小島証人に申上げます。その内容を読んで頂きます。
  71. 小島清

    証人小島清君) 大分原稿であつてきつちりとこのままに行つていないかも知れませんが、読みます。   私は去日アカハタ紙を読んで、最近の一連新聞と同様、アカハタ紙自身自党保全と宣伝にこれ努めているように考えられ、その犠牲者の一人として迷惑至極、苦笑を禁じ得ない者です。そうしてその真相を確かめ、そうして真相を表看板にするアカハタ紙並びにその党員が余りに浅薄な態度をとつたことに呆れざるを得ない。例えば私が署名者四十四名中の一人とあるのは全くの間違いで、私は第二回目の日の丸組であり、一月二十二日に上陸しておるのだから、この署名をした四十四名は第三回目の組の者であり、従つて第二回目の者は一人も名を連ねていないのである。私が署名したのは、我我が作製した日の丸梯団報告書に対する署名であつて、この点私を訪れた者にも再三私の署名は四十四名中の者かどうか疑わしいことを申上げていた筈である。而もこの記事を作製するのに二人の党員がそれぞれ自己の何たるかを秘匿して訪れ、而も私の過去と至極妥協した態度に出て私の真意を探つたわけである。従つてこの記事は二人の日共員が頭を捩つて合同作製しただけで、私がこの件について去る七日、八日と二日に亘つて訪れてくれた両記者にどんなことを語つたかを参考までに申上げて見ようと思う。   先ず第一に、集会には私自身出席していないこと、併し直接聴いた者でも証言に絶対役立たないということは言い得ないであろう。   第二に、元来ソ側政治将校は直接我々捕虜に反動は帰さんということを言わず、日本人グループ員を通じて言つていたことが多く、従つてこの問題の起きたカラカンダでは特に前職者反動といわれて残された連中のみの收容所において、明瞭に政治将校の口から日共から戰犯並びに反動は、帰国に関して十一月完了の適用を受けぬと言われたことだけに問題が特別大きく取上げられたこと。だから收容されていた者は赤白を問わず興奮状態に入つて日共に対して恐ろしいまでの反感を持ち永住を決意し、或る者は死を語り合つたこと。   第四に徳田氏が僅が四十四名の証人ぐらいでというが、事実聞いた者は少くとも三百名を超えているのだから、この点も明瞭にしなければならんだろうと、そしてこの証明は全国に帰郷したカラカンダ地区の者、しかも第九分所に集結された約千二百名の者に聞けば最も確実であろう。   第五に伊藤律氏の話の件だが、これは徳田書記長自身が直接要請したかどうかは問題外であつて、とかくタシケントの第五分所が民主運動の最も高揚した当時、日共伊藤律氏が書面共産主義者となつてつたからといつて日本帰つて直ちに監獄に入れられるというような心配は要らない。今や日共は公然と合法闘争活動に入つているということ、或いは伊藤氏がハバロフスクの日本新聞社に来たというようなことを当時の民主グループが都合よく利用して運動高揚にこれ努めた例を見ても、とかく日共ソ連に対して何かしら連絡運動しているに相違ない。これは我々ばかりでなく帰国した復員者は当然誰しもがそう考えたことである。良心的に篤と在ソ当時のことを思出して貰えば必ず頷けることなのだ。私は前者の方、伊藤律氏が日共合法活動に入つたという方、前者の方の例をとつて話をした筈である。私はとかく、かように努めて一方的な解釈を慎しんだ返答をしたにも拘らず、アカハタ紙は正に適当に至極要領よく補足発表したわけである。併しかかる虚僞な発表が公然と行われたことは私自身如何に未完成なものとはいえ、種々と奸策を弄したこれら一連の行為、並びに記事に対して、速やかに撤回と謝罪を要求するものである。  以上の通りであります。
  72. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 外に御質問ございませんか。
  73. 門屋盛一

    門屋盛一君 このアカハタ紙の拔萃によると、証人北海道札幌北三條東三丁目となつておりますが、現在の住所はどちらです。
  74. 小島清

    証人小島清君) 現在もその所であります。
  75. 門屋盛一

    門屋盛一君 その記事を取られたという場所はどこなんですか。
  76. 小島清

    証人小島清君) そこなんです。
  77. 門屋盛一

    門屋盛一君 北海道ですか。
  78. 小島清

    証人小島清君) はあ。
  79. 門屋盛一

    門屋盛一君 もう一点ですね、大分いろいろはつきりした来たのですが、最後に念を押して置きたいことは、先日当委員会に寄せられましたあなたの気持を書いた手紙、このままを今日証言としてなされても、僞証になるような所はありませんか、意味が分りましたか。
  80. 小島清

    証人小島清君) それはこつちのやつと、それと合つておるということが証明されることによつて僞証でないということが分ります。
  81. 門屋盛一

    門屋盛一君 今日のあなたの証言は非常に重大なのでありまして、先日の手紙と今の原稿と比べまして大体一致しておると思うのですが、若しこの中で間違いでもあれば今訂正して貰つて置いた方がいいと思います。間違いがなければ、もう時間を節約する意味において、この手紙をそのまま証言として見ても差支ないと、こういうふうに解釈してよろしうございますか。
  82. 小島清

    証人小島清君) はあ、よろしうございます。
  83. 小杉イ子

    小杉イ子君 小島証人に伺いますが、その初め二人突然訪れた。その二人の人は自分アカハタ記者であるとか、又はこういう職名の者であるとかいうことを言わないで、突然話し掛けたのですか。又それをあなたはお聞きになりませんでしたか。その場合…
  84. 小島清

    証人小島清君) その場合、前の者が来た時には聞きました。そうしてその者は菅原名前を言いました。後の者は記者だと言うだけです。
  85. 小杉イ子

    小杉イ子君 記者だというのは、どこの新聞記者だとか申しましたのですか。
  86. 小島清

    証人小島清君) 言うたのですが、先程も言いましたように、何か青年新報とか北方新報とか、そういうことでした。
  87. 小杉イ子

    小杉イ子君 そこでさつきのその人は、それをお尋ねになつても申さなんだのですか。
  88. 小島清

    証人小島清君) 最初の者は工機部におつた、そうして菅原という名前であるということは言いましたが、それで自分の身分を明かしたことにしているのではないかと思つております。
  89. 門屋盛一

    門屋盛一君 もう大体分つたのですが、アカハタはこれを記事として掲げておるのですけれども、証人証言を聞きますと、大分記事内容と違つておるし、アカハタ紙記者として正式に証人を訪問されたことはないわけなんですね。この外にも……
  90. 小島清

    証人小島清君) そうです。自分アカハタ記者ですと言うたはつきりした訪れはないのです。
  91. 門屋盛一

    門屋盛一君 そうすると、十三日にはその秘匿で来た人に会つて、十四日に又会つているわけですね。
  92. 小島清

    証人小島清君) 七日の日と八日の日ですね。
  93. 門屋盛一

    門屋盛一君 アカハタにそのことが記載されたのは十三日ですか。
  94. 岡元義人

    委員長岡元義人君) アカハタにその記載があつたのは十二日です。
  95. 小杉イ子

    小杉イ子君 小島証人に伺いますが、小島証人アカハタ新聞にそういうことが出たということから、あの記者アカハタ記者であつたとかということをお考えになつたのでございますか。今も考えていらつしやるのでございますか。
  96. 小島清

    証人小島清君) 全くその通りであります。
  97. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 大体……小島証人に対する質問は他にございませんか。なければ一応小島証人への質問はこの程度で留保して、次の山田証人証言を求めたいと思います。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  98. 岡元義人

    委員長岡元義人君) ではそのようにいたします。  先ず山田証人委員長から御質問申上げますが、簡単に経歴と現在の職業等について述べて頂きます。
  99. 山田敦

    証人山田敦君) 私は昭和十年に東京外国語学校英語科文科に入学いたしました。在学中昭和十四年一月に治安維持法違反の被疑者として逮捕せられ、その翌年執行猶予三年の判決で保釈になりました。執行猶予になりました。十九年に再び治安維持法違反の被疑者として検挙せられ、終戦後釈放になりました。終戦の年の十一月頃から本部の、共産党の本部において現在まで働いております。仕事の内容は、新聞などでは通訳と書いてありますけれども、通訳と決まつた係はないのでありまして、主としてそういう通訳とか、公式な文書の飜訳というようなことが多いのですけれども、一般に党の事務上の仕事をしているわけです。
  100. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 尚続けて山田証人お尋ねします。十六日の日本共産党徳田書記長より五月五日に引揚促進の要請を航空郵便で出した。これについては山田という飜訳係が党にいる。それが送つたということを事務局から通知を受けているから山田飜訳係に聞けば分るということを証言されたわけですが、この点について詳細に述べて頂きたいと思います。
  101. 山田敦

    証人山田敦君) 私が最初書記局から依頼を受けて飜訳したのは、飜訳して……
  102. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 山田証人に申上げます。少し大きな声で……聞えないですから。
  103. 山田敦

    証人山田敦君) 書記局の依頼を受けて飜訳して発表したものは、最初は新聞記者会見のためのものでありまして、それを直ちに電報に適するように、書き換えまして、書き換えるというのは、非常に簡略にいたしまして、そしてそれを電報で送るつもりでありましたけれども、いろいろ問合せて見たところ、電報で送ることが現在のところできないということが分りました。そこでその電文をそのまま航空便で議会の郵便局から送つたのであります。それで先程委員長からのお話で、五月五日と申されましたけれども、この期日については、私ははつきり覚えておりませんが、記者会見が行われた以後でありまして、英文で発表されたのは、その一部がその翌日の日本タイムスに出ておりますから、調べればはつきりしたことが分ると思います。それで実際航空便で送つた日は、その後いろいろ電報のことに関して問合せをして一日、二日延びていると思います。それで新聞発表の日よりは少くとも二、三日のズレがあるのじやないかと記憶しております。
  104. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 山田証人お尋ねしますが、先ず今の御証言では私がお尋ねしたことはちつとも明らかになつていない。もう少し具体的にお聞きしますが、電報を打たれなかつた、打たれないことが分つたという今御発言があつたのですが、どうして電報が打たれなかつたか、どこからお聞きになつたか、どういう理由で打たれなかつたのか、もつと私の方で申上げてもよろしうございますが、昭和二十四年三月十六日より今日までの、電報を打てる方法はありますが、どういう意味で電報を打たれなかつたのか、その点を明らかにして頂きます。
  105. 山田敦

    証人山田敦君) 私は中央郵便局に問合せて見ましたら、ソ連向けの電報は、要するにドルでなければ打てない、そういう話であつたのです。それで結局ドルがないから打てないということになつた。そういう話を中央郵便局の電報の係の人から聞きましたものですから、それでこちらはどうしても打つ手立がないというふうに決まつたわけです。
  106. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 尚その航空便の出されるとき、それは書留で出されたのか、普通で出されたのか、どこの局に持つて行かれたのか、その点等を明らかにして頂きます。
  107. 山田敦

    証人山田敦君) 電文をただ航空便で送りました。そうしてそれは書留にしてありません。出した郵便局は只今申しました通り議会の一階にある郵便局に出しました。
  108. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 只今山田証人に対しまして、各委員から御質問があつたら御発言を願います。
  109. 千田正

    ○千田正君 山田証人にお飼いしますが、先程あなたの御証言の中に新聞記者団と会見の際に発表すべきものを更に電文に直す関係上、簡略にしたが、更にそれは電報として打てなかつた。それで航空郵便にして出した。そのときのあなたが飜訳の立場に立たれたと思いますので、その簡略にされたときの電文の内容を、若し御記憶があるとするならばそれを述べて頂きたいと思います。
  110. 山田敦

    証人山田敦君) その電文の内容というのは英文で記者会見のために、書かれたものと殆んど変りありません。内容は全然変りありません。ただ御承知の通り、これは英文をそのまま電報に打つわけに行きませんから、それを形式上皆決まつた方式で書くわけです。ですからその原文があるならば殆んどそれに近いものが再現できるわけだと思います。只今最初に飜訳した、新聞記者のために飜訳したものは探したところが保存しておりませんから、若しそれが必要とあれば外国の新聞社の中に、或いはハイルの中に残つておるかも知れません。
  111. 千田正

    ○千田正君 この問題がここまで発展して来て、山田証人まで呼ばなければならないというような結果になつたのには、取りも直さず、徳田要請と世間で言われるところの問題であつて徳田要請内容反動は帰すなというようなことを徳田書記長ソ連側に申し入れたじやないか、そこにかかつて重点があるのであります。その要請をやつたじやないかというので、この間徳田書記長の喚問によつて自分はそういうことをやつた覚えはない、但し反動を帰すなというのじやなくて、別な意味のことをソ連側にいわゆる一日も早く同胞を帰せ、帰して貰いたいということの要請はした。その内容は簡単な電文の内容であるということをこの間書記長が述べられておられますので、その内容を知つておられれば証言された方がむしろこの際はつきりしていいと思いますので、敢て私は山田証人の御記憶を促して証言をして頂きたいと思います。
  112. 山田敦

    証人山田敦君) 先程の質問の要旨がはつきり分りませんで、さように答えたわけですけれども、飜訳の内容は正式にアカハタに発表されたものと全然同じであります。勿論理想といたしましては、飜訳でありますから、一語も加えず、一語もとらないのが理想であります。その理想に成るべく近いように努力したわけでありますから、内容に関しては正式に発表されたものと実際上には変りは殆んどないと思います。
  113. 門屋盛一

    門屋盛一君 山田証人に飼うのですが、大体共産党の事務関係をおやりになつておるそうですが、問題のこの航空便以外に凡そあなたの手で飜訳して扱われた書状が外にどれくらいありますか。
  114. 山田敦

    証人山田敦君) 質問意味はつきり分りませんけれども、書状と申しましても沢山あるので、どういう種類の書状か、それを聞きたいと思います。
  115. 門屋盛一

    門屋盛一君 私の方はこの徳田要請というものが五月五日の要請以外にありはしないかという疑いがあるのでありますから、それだからどれくらいの文書が動いておつたか、どういう経路で動いておつたか、それを言つて貰いたいのであります。
  116. 山田敦

    証人山田敦君) 私の取扱つた私の知る範囲において、又私の取扱つたものとしては只今問題になつておる書簡以外にはあれません。
  117. 門屋盛一

    門屋盛一君 そうすると、あなたは事務の方をずつとおやりになつておるのでありますが、その外に何と言いますか、外国郵便などをお取扱いになつておる方は外にもあるのでありますか。
  118. 山田敦

    証人山田敦君) それは外国郵便と申しましても飜訳の関係は私一人です。それをポストに出したり、或いは郵便局に持つて行くとか、そういう関係については僕はただ飜訳の関係ですから、只今問題になつておる書簡に関してだけは私はポストに出したわけでありまして、飜訳の関係は英語に関する限りは私です。
  119. 門屋盛一

    門屋盛一君 その飜訳したものは問題になつておる書状以外にないと、こう言われるのでありますね、分りませんか。
  120. 山田敦

    証人山田敦君) ソ連の中央委員会に関する書簡はそれだけです。只今問題になつておる書簡以外には取扱つたことはございません。
  121. 門屋盛一

    門屋盛一君 それからこれは今日間に合わんと思いますが、時日を今思い出せないとおつしやつたのですが、何かお帰りになつて参考に調べられるものがあると思うのです。タイムスならタイムスを御覧になつて、いつが記者会見であつて、いつ飜訳した、いつ出したというのを後で書類でいいから事務局の方に届けて貰いたい。これはできるでしようね。
  122. 山田敦

    証人山田敦君) 相当の時日があればできると思います。
  123. 門屋盛一

    門屋盛一君 相当の時日というのは何日くらいですか。
  124. 山田敦

    証人山田敦君) 数日です。
  125. 門屋盛一

    門屋盛一君 二日とか三日とかはつきり言えませんか。そうむずかしい問題じやないですがね。
  126. 山田敦

    証人山田敦君) それは新聞を調べて見て探すだけですから、余裕を見て二、三日と言つたわけです。それでそのくらいの余裕を得ればできると思います。
  127. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 今の門屋委員お尋ねに対して、証人は相当の書簡を取扱つているから分らないという御返事で、更にお話があつてソ連の中央委員会宛のが一本である。こういうお話でありますが、そうしまするとソ連の中央委員会でなく外のソ連向きの書類は、書簡或いは葉書というものはどういう…
  128. 山田敦

    証人山田敦君) 私の記憶する限りでは、ソ連向きの書簡は今問題になつている書簡以外には出したことはありません。
  129. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 その時そうすると共産党は、如何なる意味においても引揚促進に対しては、未だ曾てこれ以外には何ら方法を講じなんだ、こういうことでございますか、一遍も出したことはない、電報も書簡も、或いは公式にせよ、中央委員会に対しても、或いはその他のものに対してもソ連向けには外にはない、こういうわけでございますか。
  130. 山田敦

    証人山田敦君) そういうわけではありません。私は共産党本部にいる一事務員でありますから、私が書類に関して全部を知つているというわけには行きません。私の取扱つたものとしてはそれ以外にはないというわけであります。
  131. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 ロシア語で飜訳される方が外におられますか、山田証人以外に共産党本部におられますか。
  132. 山田敦

    証人山田敦君) ロシア語のできる方は沢山おられます。それで英語のできる方も外におられると思います。ただ仕事の関係で私が英語の関係を受持つているだけであります。ただできるという意味では沢山いると思います。
  133. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 そうしますと、ロシア語で飜訳して向うの方へ郵送するというようなことも別になくて、書簡書状というものは全部山田証人がお取扱いになつておるということになりますか。この点は外にロシア語でやるときにはその人達が取扱うというようなこともありますか。
  134. 山田敦

    証人山田敦君) その点は私は分りません。それは書記局の方がよく知つておると思います。私は書記局から命ぜられた仕事をしておるわけですが、外にはどういう方がいて、どういう仕事をやつておるかということは分りません。
  135. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 そうすると、その都度書記長から命ぜられておやりになりますか、書記長が命じてやるのですか、実際はそういうことじやないか知らん、この点をちよつとお聞きしたい。むしろ書記長というものは大きな政策を取扱つて、そういう小さな一本の手紙を扱うということはしないのじやないかと思いますが。
  136. 山田敦

    証人山田敦君) 私は書記長と言つたのじやなくて書記局と言つたのであります。書記局は沢山のメンバーから構成されておりますから、書記長が直接に実際命ずるというわけのものではないのであります。
  137. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 それではソ連向けの手紙はその一本であつたというお話でありますが、この問題でいわゆる引揚関係に関するソ連以外に対する何か書状をお出しになつたことがありますか、この点を……
  138. 山田敦

    証人山田敦君) 私の取扱つたものとしてはそれ以外ありません。
  139. 小杉イ子

    小杉イ子君 山田証人に伺いますが、この書簡の中の反動分子は帰すなという字句は、よく覚えていらつしやるそうでありますが、この差出人の名前徳田球一でございましたでしようか、それとも共産党本部とか、秘書とかいうことでしたか。
  140. 岡元義人

    委員長岡元義人君) ちよつと小杉委員に、今の御質問内容は今促進の……お手許に配つてありますような資料は、反動は帰すなというあれとは違うのであります。ちよつと小杉委員何か思い違いじやないのでありますか。
  141. 小杉イ子

    小杉イ子君 失礼いたしました。
  142. 門屋盛一

    門屋盛一君 山田証人に答えて貰いたいのでありますが、これは成るだけこの委員会はつきりしたいと考えるから言つておるのでありますが、非常にこの何といいますか、宣誓をなさつておる関係があるから、無理もないのだと思うのでありますけれども、自分の知つておる範囲はこれだけだと、その点は私は追及しません。併しお答えできることとして一体こういうことはどなたから命ぜられましたか。
  143. 山田敦

    証人山田敦君) 私は上から命ぜられた命令系統だけははつきりしているので、そのときに誰が誰からこれをやつて呉れというようなことを、誰が実際に言つて来られたかというようなことについては記憶もしておりませんし、そういう点は余り注意もしておりませんから、書記局の命令という点だけは記憶しておるし、それは当然なことなんで記憶しておりますが、誰からこういうことをして呉れというようなことは、全然覚えておりません。人の名前は……
  144. 門屋盛一

    門屋盛一君 ちよつとおかしいのですがね、それはまあ何事も黙秘なされるわけではないのでしようが、隱されておるわけじやないかと思うのですが、あなたが書記局の事務をずつとおとりになつてつて、そう何万人もおるわけではなかろうと思うのですが、どなたから言われたか、その記憶がないというのは、今記憶がないとすれば、これも数日中にその記憶を喚び出すことができますか。
  145. 山田敦

    証人山田敦君) 私は只今答えた通りであります。記憶しておりません。若し間違つた記憶は、(「それはよく分るのだ」と呼ぶ者あり)言うわけにも行きませんし、私が自信を持つて言うだけのはつきりした記憶を持つておりません。そして個人的に誰から言われたかというようなことは余り私も注意しておりませんから、それで記憶はないというわけなのです。
  146. 門屋盛一

    門屋盛一君 はつきりしないことを証言としてできないということはよく分つているのです。けれども今までの間にですね、いつもこう出入りの多い仕事でなくて、たつた一つしか取扱つていない飜訳を、大体書記局の誰からそれを飜訳して呉れと言われたか、それは分るだろうと思うのですがね。
  147. 山田敦

    証人山田敦君) 私は記憶しておりません。どうも自信を持つて言えません。書記局は一人や二人ではなくて沢山の人がおりますし、而もその人はいつも交替しております。だからそう無闇と手放しで名前を挙げるわけに行きません。
  148. 門屋盛一

    門屋盛一君 これもさつき私の注文付けているように、少しの時間を置いたら記憶が喚び起せますか。そう数あつたことじやないのですからね。
  149. 山田敦

    証人山田敦君) 私は保証できません。
  150. 門屋盛一

    門屋盛一君 保証せいとか、保証するなとかということを言つているのじやない。喚び起すだけの努力をなさいますか、なさいませんか、それを聞きましよう。
  151. 山田敦

    証人山田敦君) 努力いたしましよう。併しあとからの文書で以てそれを名前を指すというようなことは、記憶を必ずしも喚び戻させようがない。併し努力はしております。
  152. 門屋盛一

    門屋盛一君 それからもう一つ尋ねますが、大体その書記局のこういう渉外関係を扱つている人は何人くらいおるのですか。
  153. 山田敦

    証人山田敦君) 書記局というと、書記局は渉外係なんてそういうものはありません。だから一人もおりません。但し命令はいろいろなところに、その書記局より下に命令を出すときには、係がなくてもいろいろな種類の、性質の命令を出します。
  154. 門屋盛一

    門屋盛一君 これは極めて簡単なことですから、私は記憶を喚び出せるだろうと思うのですが、思い出せないとすれば、やはり勢いその書記局の機構なりいろいろなことからずつと煎じ詰めて行かなければならないことになるのですがね。で証言で……先程証言なさつたように書記局の方から頼まれて飜訳した、こういうことになつているのです。それは間違いないのでしよう。書記局から頼まれたということは間違いないのでしよう。
  155. 山田敦

    証人山田敦君) その点はいつも繰返しており通り間違いありません。
  156. 門屋盛一

    門屋盛一君 ないのですね、そうすれば大体書記局とあなたの間に関係のあることは分つているのですから、大体この同じ党員であつて、同じ所で事務をとつておれば、書記局のこういう渉外関係というものは私の方で付けた名前ですが、外国郵便とか外国電報とかいろいろなことを飜訳したり、出したりする方の係の人は何人くらいおるとか、誰が係であるくらいのことは、お分りにならなければならんわけなのですが、あなたの方の党の組織はどうなつておるか、こちらは詳しく知らんのですけれども、それ程曖昧な組織のようにも思えないのですがね、お分りになりませんか。
  157. 山田敦

    証人山田敦君) 書記局の中で特に渉外関係の係の人とか、それからそういう人はありません。それは再三私は繰返して言つた通りです。ただ私と私の命令系統の中に、私にところへ命令を持つて来る人は、直接に結び附いている人はおります。併し必ずしもその人から命令を受けるというものではありません。それはその人がいないこともありますし、出張の場合もありましよう。だからそれは全体として私は書記局と結び付いているのでありまして、個人的に誰々の命令系統を受けているというものではありませんから、そういう意味で私は誰から命令を受けたかということは、はつきり記憶にないと再三言つたのも、そういう理由によるわけです。書記局全体として、私は書記局の命令を受けているのです。書記局の誰々から命令を受けたというのじやないわけです。それでその仕事の特にこういう外国の通信関係というものは非常の稀れなものでありますから、特にどの人が係だということは勿論ないわけです。従つて誰から命令を受けてやつたかということも記憶しないわけなのです。ただ書記局から受けたということは事実なのです。それは繰返して言つた通りであります。
  158. 門屋盛一

    門屋盛一君 話がおかしいですね、曖昧で合らないと言うかと思えば、非常に詳しくおつしやる点もあるのですが、最初からのお話のように、これは新聞記者会見をやつたそのものを飜訳して電報を打とうと思うたが、電報がいけないから書状で出したというように、その取扱つたときの状態がはつきり記憶にあるのですから、凡そ書記局の誰からそれを飜訳を頼まれたかくらいなことはお分りにならなければならんことが一つと、これはまあ繰返して今責めても仕様がないので、あとで考え出して貰えばいいことなので、考え出して貰うことにします。  それからもう一つつて置きたいのは、大体共産党の書記局の組織はどこへ聞合わしたら分るのですか。(笑声)あなたも党員でしようから。
  159. 山田敦

    証人山田敦君) それは書記長に聞いたら一番よく分ると思うのです。
  160. 門屋盛一

    門屋盛一君 書記長にもう一遍来て貰えないだろうか……(笑声)書記長にもう一遍来て貰うのも大変ですが、あなたこう……何か向うのあなたの方の組織のはつきり分るようなものを書いて出して貰えませんか。全部の組織じやないですよ。この取扱系統が分らないから言つているのですから……
  161. 山田敦

    証人山田敦君) 私はそういうものを出す立場にはないと思います。(笑声)若し必要とあつたら正式に共産党にそれを要請したらいいのじやないかと思います。
  162. 門屋盛一

    門屋盛一君 それじやいいです。じや先程から私の言つているその事実、何日頃それをどうやつたということと、誰から飜訳を頼まれたか、誰から電報を打てと言われたということを成るだけ近い日にちの間に思い出すことに努力して下さい。そうでないとこれは解決しません。
  163. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 外に御質問ございませんか。
  164. 木下源吾

    ○木下源吾君 今の門屋君の質問は、現在証人として証言を求めておる範囲外だと考えられるが、その点どうですか。あとから何か思い出して、いろいろなものを調べて持つて来いというようなことは……
  165. 門屋盛一

    門屋盛一君 これは木下委員に伺いますが、私がですね、この徳田要請問題に対して、書記長である徳田君の十六日の証言中に、詳しいことは飜訳の山田に聞けということを言われているのです。それで今山田証人に出て貰つて、その文書の飜訳の状況を、出したことを僕は聞いているわけなんです。そうすると日にちはつきりしないし、誰から命ぜられてやつたはつきりしない。これは私は委員会として何ら逸脱していないと思う。本当はここで記憶があれば直ちに証言して貰うのが建前ですけれども、記憶のないものを証人としても間違つた証言をするというこては、これは甚だ困るのでありますから、だからそれは証人に再び出て貰うということも気の毒だから、思い出されたならば、その日にちとか、誰からどういうふうに言い付かつたかということを後で書類で出して貰うということは、委員会では、衆議院においても取扱つた事例はあるんです。
  166. 木下源吾

    ○木下源吾君 そのことなんですがね、いつ日にちを調べて持つて来い、さつき質疑応答の中にあるように、その期日すらも明確にいつこれを明らかにするということがなつておらないのですね、一週間後とか二日後とか、そういうようなことをここで今持つて来いということを決めることがどうか。こういうことなんです。目的は、そういうことを知ろうとする目的のことはあなたのおつしやる通りです。証人を呼んで今ここでそういう、証人に責任を負わせることが可能かどうかということです。若しそれが可能であるとするならば、もつと明確にせられなければいけないのじやないかということです。
  167. 門屋盛一

    門屋盛一君 明確になつておると思う。
  168. 木下源吾

    ○木下源吾君 ではいつまでに持つて来いというのです。
  169. 門屋盛一

    門屋盛一君 二、三日ということを証人言つているなですから、それは記憶を喚び起すことですから多少の証人に余裕を与えなければならないと思う。
  170. 木下源吾

    ○木下源吾君 私はそうじやないと思う。証人の答えに明らかなごとく、何かジャパン・タイムスかなんかに、そういう新聞に発表した、時間的に多少ズレがあるかも知れないけれども、その前後であるということを言つておるんだから、それは委員会においてそれを先ず調べる必要がある、こういうことを私は申上げる。若し調べる必要があるならばですね、証人に再び又出た貰つて証言を取るならば差支ない。私はそれは差支ないと思つているんだが、いつ何日に証言の結果そういうものを提出しろということを命ずるならば、これは多少私は疑義があろうが、いいと思います。けれども二、三日中に持つて来い。そういうようなことは本委員会がとるべき態度ではない。かように考えております。
  171. 門屋盛一

    門屋盛一君 疑義があればあとは委員会の運営の問題ですから、証人に迷惑がないように、後で決めるべきでしよう。
  172. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 只今の木下委員の発言につきましては、只今証人にまだ質問も続けておりますから、後程疑義があれば更に審議いたしたいと思います。
  173. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 私ちよつと聞き漏らしたので……門屋委員の御質問証人が、党の手紙の問題、或いは通信の問題についてのことは、書記長に聞いて呉れという言葉のようでございましたが、併し我々が証人を喚問しておるのに、そういうことを聞くために書記長はむしろそのことは山田君が一番よく知つておるから、それで山田君を呼んで調べて呉れ。こういうお話で、更にそれを逆に書記長に聞いて呉れということは、どうも証言はつきりしていないような点がありはしないか。それで外の党の書記局の機構を我々はここで云々しようとするのではなしに、ただ先般の徳田証人に尋ねましたときに、それは山田証人に聞いて呉れるとはつきりする。こういうお話であるから、それならば誰からどういう系統で来たかというときに、それは徳田証人に聞いて呉れということになると、これは又同じ順繰返しになつてしまつて、むしろこの証人証言を求めるのは、その点をはつきりするために証人をここに呼んで、証言を求めるために本日の会議になつたわけです。この点は一つはつきりお答え願つても無理ではないんだし、又それが一つの目的であつたと思う。私も改めてこの点一つ証人証言を求めたいと思います。
  174. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 山田証人委員長から申上げますが、当委員会委員である中野委員その他十六日の証言等によつて、五月五日にこの書簡を出したということは明らかにされておる、それに対して門屋委員只今草葉委員からの御質問もございましたが、その間の経緯について、あなたがまだはつきりされてない。それは思い出せないというような御証言があつたのですが、もつとその点はつきり御証言できませんか。
  175. 木下源吾

    ○木下源吾君 先程来から聞いておればこれは明確になつておると思う、この山田証人は書記局の命令によつてつておるのだ。一つの組織の命令でやつておるのだ、こういうことが明確になつておるので、むしろそれよりもお尋ねになるならば、そういうものの何か原文のコツピーがあるか、そういうことをお尋ねになる方が妥当ではないか。組織から命令を受けておるというのですから、誰がそのとき持つて来たか。或いは給仕が持つて来たか、小使が持つて来たか、或いは書記長自身が持つて来たかは別である、書記局というものの命を受けてやつておる、それは私は明確だと思う。ですからそれよりももつと、お尋ねになるならばそういうものの原文の控えがあるかないかということが重要ではないか。そういうふうに考える。
  176. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 木下委員に申上げますが、おのおのの委員委員で、今の木下委員の御判断ではなく、又別な感じがあつてお尋ねになつておるかも分りませんし、その点は各委員質問にこれはお任せするのが妥当じやないかと思います。
  177. 木下源吾

    ○木下源吾君 それは私もそう考えておる。が、余り同じことを空転して、しまいには考えて来い、何しろということでなく、もう少し委員会はもつてはつきりすることをせにやいかんと思う。さつきから聞いておると同じことを何遍もこうして空転しておるのですから、それではどうも余り感心しない、こう考える。
  178. 門屋盛一

    門屋盛一君 木下委員の御発言は、今証人に対する補充質問をやつておる時間なんです。それで、この委員会の運営で愛々委員の発言が適当か不適当かということは、証人に対する補充質問が終つたあとでお話になる。終ることが持てなければ議事進行で御発言になつて、休憩なら休憩にして証人に迷惑を掛けないようにやることの方がいいなじやないか。我々は我々の感覚で聞いておるのです。
  179. 木下源吾

    ○木下源吾君 本員は非常に迷惑を感じている。さつきからいろいろの質疑応答を聞いておつて、明確なことを何遍も同じことを聞いておつて、我々は委員として迷惑をしている。休憩にしても何でもよろしい。議事進行にしても何でもよろしい。
  180. 門屋盛一

    門屋盛一君 議事進行なり何かでやらなければ、私の質問の邪魔することは困る。
  181. 木下源吾

    ○木下源吾君 私は何も君に言つておるのじやない、詰まらんことを言うな。委員長言つておるんじやないか、何を妨害しておるか。君が詰まらんことを何遍でも繰返すから僕は委員長言つておる。何が妨害しておる。
  182. 門屋盛一

    門屋盛一君 だから僕は議事進行で発言しておる……
  183. 木下源吾

    ○木下源吾君 君に注意を受けなくとも分つておるのだ、詰まらんことを言つておる。
  184. 岡元義人

    委員長岡元義人君) これは一つ、どうですか……
  185. 木下源吾

    ○木下源吾君 委員長が先刻からお聞きになつており通り、分るでしよう。私はさつきから黙つて聞いておるので、何遍も同じことを聞いておる。最後にそんな詰まらんことを聞いて、証人はここにおつて責任を負つておるのですよ。帰つてからいろいろなものを持つて来いなんて、そんな責任を今負えということを僕は黙つて聞いておるのだ……
  186. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 速記を止めて。    〔速記中止〕
  187. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 速記をつけて下さい。草葉委員
  188. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 私が先に申したのは、門屋委員質問に対して書記局の機構……機構から聽いた。今山田証人は書記局と言われ、或いは徳田証人は事務局と言われましたが、どちらでも結構であります。どちらでも結構でありますが、結局我々はそういう機構で山田証人自身も事務局、書記局の一人であろうと私は思つておりますが、従つてその機構の中の一人であろう。このいわゆる要請の問題は、一個人でなくて結構ですが、かようなソヴイエトその他に対する書類の取扱についてはどういう機構でこれが動いておるかということを、証言を求めることは私共の望んでおるところであります。この点の御証言を伺いたい。こういうことは私先に申上げておるし、又更にその点を山田証人にその機構、書類の取扱に対する機構はどういう機構であるか。この点は徳田証人山田に聽くとよく分つておる、こういうこの前の話でありましたから、ここで私は伺うのであります。
  189. 山田敦

    証人山田敦君) 質問の要旨が余り明確でないので分りませんけれども、私は書記長が山田に聽けば分るといつた点は、事務をどこの郵便局でやつたか、どういう封筒で出したか、どういう宛名であつたかと、そういう点については山田に聽けという意味つたと思います。そして私が今書記長或いは正式に党に対して聽いたらいいだろうというような発言は機構上の問題なんです。それですから今の質問に対しては、私は可なり十分にもうすでに答えたような気がします。それでもつとはつきり私から答えを取出したいのならば、もう一遍質問はつきり出して頂きたいと思います。
  190. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 私の申上げたのが不十分であつたから明瞭を欠くと……それで結局この書状というものが、又これに類するものが取扱われる場合の共産党事務局、或いは書記局の機構はどういうふうな系統で、あなたのところに命令系統が来るか、こういうことを伺いたい。
  191. 山田敦

    証人山田敦君) 再三私が申上げる通り、私が命令を受けたのは書記局から受けたのです。書記局には書記局の又事務局があります。ですからもつと手繰つて言えば、書記局を通じて、事務局を通じて私のところに来たのです。私は事務局の一員でもありませんし、勿論書記局の一員でもありません。又その書記局の実際上の細々した事務を遂行する事務局の一員でもありません。ですから私はその下でその組織を通じて私の許に来たのであります。
  192. 岡元義人

    委員長岡元義人君) それでは大体山田証人に対する質問は外にございませんでしたら、委員長からもう一、二点伺つておきたいことがございます。電報が打てないということは、これはどこで聞かれたのか。その局、郵便局なら郵便局、或いは外の人に聞かれたのか、その点をちよつと明らかにして頂きたい。
  193. 山田敦

    証人山田敦君) 私の記憶に間違いがなければ、確かに翌日に私は中央郵便局へ行つて、その電報について尋ねました。そしたら先程申した通りの答でありましたから、私はそれ以上その点については追及して調べませんでした。それでそれは今でも私は知りません。けれども、電報が打てないのだということを決めてかかつたわけです。そうして直ぐ報告に出したわけです。
  194. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 前に電報の規定が変つた、それから航空郵便の取扱が途中から変つている。変つているというようなことは、全然御存じないと、こういうわけですか。
  195. 山田敦

    証人山田敦君) 私は今までまだ打てないと思つておりました。電報は打てないと思つておりました。その後も私は、これは個人的な関係なんですけれども、電報を打とうと思つて、郵便局へ尋ねたところ、やはりドルがなければ駄目だという返答を受けましたから、その点については一、二国、例えばフランスとかアメリカを除いては、日本の金では電報は打てないと思つておりましたし、又実際この席で答えるまではそう思つておりました。
  196. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 委員長がお聞きしたいのは、三月十五日までは十分打てた。そういうような観念で、電報を打とうとなさつたのではありませんか。
  197. 山田敦

    証人山田敦君) 私の記憶によりますと、何かそういうできるというような考えがどこかにあつたと思います。それで郵便局に一応問い合せて見たわけです。そうしたらできないという返事であつたものですから、そういうことになつた
  198. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 以前に電報を打たれたことはないというわけですね。
  199. 山田敦

    証人山田敦君) ないです。
  200. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 分りました。それでは両証人に、各委員からもう御質問ございませんですか。……では証人の方の質問はこれにて打切りたいと思います。
  201. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 証人質問はもう終りましたが、私の先の小島証人に対する……
  202. 千田正

    ○千田正君 議事進行について、証人質問が終つたとすれば証人の御引取りを願つてから、更に当委員会を続けたい。
  203. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 両証人の退席を願います。どうも両証人におきましては、忙しいところを誠に御苦労様でございました。尚今日の証言につきまして、その御証言内容をば十分に委員会は慎重審議いたしまして、又貴重な資料として行きたいと思いますので、御了承を願います。
  204. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 私に対する先の小島証人証言によりまして、アカハタ記事というのは全然違つている、根抵が違つていると、そうすると、これは大変に今度の引揚問題に一つ重大な問題を生じた、この点に対して委員会として、又委員長として、十分にこの点を明白にされて、最も妥当な処置をとつて頂きたい、かように考えます。
  205. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 只今草葉委員からの御発言、何か委員の方から御意見がございますか。
  206. 千田正

    ○千田正君 今草葉委員の御発言の内容は、大変アカハタ記事が間違つているが、委員会としてアカハタに対して何か処置を講じようというのでありますか。それとも実際そういうことについて迷惑を被むつておる。さつきの小島証人のような人達も、却つていわゆる被害といいますか、そういうふうなものを受けた方が要求すべきが妥当であるかどうかという点を十合に考える必要があると思います。それは何故かというと多くの場合新聞社の謝罪とか、或いは陳謝などというものは、とかく世人の目には写らない程度で、ものによつては抹殺される傾向は曾ての新聞紙上では多かつた委員会の権威を以て取消を命ずるとか、謝罪を要求するならば、それは委員会において余堂愼重に考えなければならない問題である。でないとするならば意のあるところを十分に話して頂きたいと思います。
  207. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 これは皆さんのいろいろの御意見によつて決まることと思いますが、私の質問に対しては証人は全然それは違つておる。そうすると実はいわゆる徳田要請の問題についてのアカハタ記事というものは、言葉を換えて申しますと、事実と全然違つた記事を出しておる。むしろそのことによつて相当国内に一種の波乱を来たしておる。こういう状態を招来したアカハタ記事を、或いはそれぞれの法律的な問題につきましては、今千田委員の言わせるように或いは本人がそれぞれの方法を講じられるなり、何なりということはこれはありましようが、委員会としては恐らくそこまでの問題は考えるべきものではないと、こう私は思う。併しこれは皆さんの御意見によつていろいろの御意見があろうと思います。私は引揚問題について一方では当委員会徳田要請はつきりしておる際に、全然本人の言わない記事アカハタが出して、そうしてそれによつて一種の世論を指導せんとしたことについての重大な問題が起つて来ます。
  208. 門屋盛一

    門屋盛一君 この問題は我々も一つの意見を持つておるのでありますけれども、一応今日の速記録を極めて短時間に、できますれば明日でも見られるようにして頂いて、そうしてこの問題の処置は改めて委員会を開いてやる方が至当ではないか。ただこれが単なる小島アカハタの問題であつたならば、この委員会がここに証人を呼ぶ必要もないのであつて、我々が徳田要請問題を取上げたことに対してアカハタ徳田要請問題はでつち上げた問題で事実でない。こういうことをはつきりするためにもう一つ記事をでつち上げたというところに重要性があるのです。この問題の取扱は当委員会として徳田要請問題にタツチしておる以上、はつきりした取扱をしなければならんと思います。私は私としての意見はありますが、尚愼重を期します意味で速記を短時間に飜訳して頂きたいと思います。
  209. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 只今門屋委員の御意見には、私も賛成します。従つてこれぎ取扱については、理事会等で十分御研究を願つて、お進め願いたい。
  210. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 只今草葉委員、門屋委員から御発言がございましたが……
  211. 木下源吾

    ○木下源吾君 今のは何の問題ですか。アカハタに対する当委員会態度とでも申しますか……
  212. 門屋盛一

    門屋盛一君 そうじやない。
  213. 木下源吾

    ○木下源吾君 真相を明確にして頂きたい。
  214. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 木下委員委員長から申上げます。只今門屋委員、草葉委員の御発言の内容は、当委員会徳田要請と言われている問題を取上げました、今その真相を愼重に調査しておる際に、たまたま本日小島証人から証言がありました通りに、特に事実でないことを事実のごとく新聞に報道されまして、この徳田要請が根本的に根拠がないものだということをば裏付けされようといたわけでありますが、これは単なる小島アカハタ新聞だけの問題ではなくて、我々が調査しておる内容に非常に重大なる関連がありましたので、一応委員会としてはこれを十分に検討する必要がある、このような発言であつたと思うのであります。この点は委員長といたしましても、その発表されておりますところの内容、四十四名という数字は、敢て日本側の発表ではなくて、去る対日理事会において明らかにされましたところの声明に対する四十四人の問題があるのにも拘わらず、その四十四人ということすらないのだということが、本日の証言によつて明らかにされておるわけであります。こういう点から考えましても、又特に真実をば曲げておるという点が明らかにされておりますので、速記をできるだけ急がせまして、速記のでき上り次第十分に更に委員会として検討いたしたいと考えております。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  215. 門屋盛一

    門屋盛一君 今の何は木下委員から異議が出ているから決まりをつける必要がある。
  216. 草葉隆圓

    草葉隆圓君 それは後の懇談のときでいいじやないか。
  217. 岡元義人

    委員長岡元義人君) 尚本日は公報には、約二百件に余る陳情請願が載つておりますので、実は本日審議いたしたいと考えたのでありますが、次の委員会にこの陳情請願を譲ることにいたして御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  218. 岡元義人

    委員長岡元義人君) それではできるだけ早く審議いたしたいと思います。  尚本日の委員会はこれにて閉じますが、閉じました後、一応懇談いたしたいのでそのまま残つて頂きたいと思います。本日の委員会はこれにて散会いたします。    午後零時四十六分散会  出席者は左の通り。    委員長     岡元 義人君    理事            天田 勝正君            門屋 盛一君            千田  正君    委員            木下 源吾君           池田宇右衞門君            草葉 隆圓君            水久保甚作君            伊東 隆治君            木内キヤウ君            阿竹齋次郎君            宇都宮 登君            小杉 イ子君            北條 秀一君            穗積眞六郎君   証人            小島  清君            山田  敦君