○
福井参考人 福井でございます。
本日は、お招きいただきましてありがとうございます。
私は、
国民投票と直接民主制を研究している者でございます。私は、現在、西欧、ヨーロッパ、アメリカの主要十カ国の
国民投票の運用実態を
調査いたしまして、ちょうどその
調査結果をまとめ上げまして出版の準備をしているところでございます。その過程で、幾つか本日のテーマの御
参考になりそうなことを申し上げたいと存じます。できる限り実例をもって説明申し上げたい、そう考えております。
具体的には、諸
外国の運用を
参考にして、
国民投票における情報の流通と、それが
国民投票における
国民の
投票行動及びその
投票結果にどういう影響を与えるかという視点でお話し申し上げたいと思います。多少法的な話とはずれるんですが、余り一般に
投票行動というのは紹介されていないと思いますので、お話し申し上げたいと思います。それが
選挙運動の
規制と
罰則の問題につながることになれば幸いでございます。
それでは、お手元のレジュメを御参照いただきながらお話ししたいと思います。
まず、アメリカを初めとして、欧米の政治学の分野では今直接民主制が随分研究されているようになっているんですが、そこで
国民投票、
住民投票における
投票行動の研究が多くなされていますので、それを幾つか御紹介したいと思います。
まず一番目として、一般に
投票者は、情報を十分に獲得していない場合は、
国民投票ないしは
住民投票において
投票する
案件、私は
投票案件という言葉を使っているんですが、このまま使わせていただきたいと思います、
投票案件に
反対票を、つまりノーの票を入れると言われています。つまり、
投票者は一般に情報不足のときは現状維持の方向に
投票すると言われております。そうすると、このような事実を重視するのであれば、政府、
国会で合意ができて、成立を目指すということであれば、むしろ情報の流通を拡大し、
国民の間に
議論が拡散する方向で行くべきではないか、原則的にそう思うわけです。
二番目に、今のように、情報不十分であればノーと言うということに加えて、一般に
投票者は
投票案件に不安を感じると
反対票を投じる傾向にあるとも言われております。このため、
投票案件への
反対キャンペーン、これはネガティブ
キャンペーンなどと申しておりますが、それが非常に効果的であると言われております。
まずアメリカでは、一般に政治資金の多さが、例えば
賛成、
反対で分かれますと、むしろ多くは
反対側ですね、企業がバックについていたりして
反対側に多くの資金があって、政治資金が多い方が
住民投票の結果を左右しているのではないかと言われています。
もともと
住民投票は、アメリカの場合、いわゆる環境保護
運動であるとか、一般の住民の武器と言われているんですが、
現実には政治資金の多い方が勝ってしまう。そうすると、それが
住民投票の趣旨に反するのではないか。
それは、いわゆるポピュリストパラドックスという言葉をよく使っているんですね、要するに
住民投票が住民のためじゃなくて金のある方のものになっちゃっているということを言われているんですが、実は、それをアメリカの政治学者が丁寧に
調査したところ、一応こういう現在の結論になっております。最近の研究では、政治資金の多さを利用することによって
投票案件を成立させることはできない、ただし、大量の
テレビコマーシャル等を利用することによって成立を妨害することができると言われております。
実は、
国民投票にもいろいろな形態があるわけでございますが、いろいろな国の
国民投票の実態を
調査してみますと、必ずしも
賛成側、
反対側でお金のある方が
投票案件の成立、承認をかち取るという形にはなっていないのが実態でございます。むしろヨーロッパの運用などを見ますと、政府提案に対して、政治資金の少ない
反対側が
反対の勝利をする、そういうような事例も多々見られる状態でございます。
このような不安をあおるという
選挙戦術は、必ずしも政治資金をたくさん使うという今申し上げました場合だけではなくて、例えば影響力のある団体の
活動あるいは人物の
発言が
投票案件に
反対する作用を持つということがよく見られます。
例えば、具体例を挙げさせていただきますと、アイルランドの例を挙げさせていただきたいと思います。
アイルランドは、議会が
憲法改正を
国民に提案する国でございます。比較的簡単にといいますか、発議要件が緩くて、下院の過半数で実質的には提案することができるわけなんですが、この国で一九八六年に離婚
禁止の
規定を削除する
国民投票が提案されました。もちろん御承知のようにカトリック国なわけですが、八〇年代の半ばを過ぎますと、もう離婚
禁止は、そろそろ、余り適切じゃないんじゃないか、そういうような
意見が
国民の間に多かったわけですが、ここでカトリック教会が巻き返しの強い
反対キャンペーンを実施しまして、実際は大差で否決してしまっております。
同じように一九九五年に、十年後にもう一度離婚を認める
憲法改正についての
国民投票を実施しているわけなんですが、この場合も当初七〇%近い世論
調査が離婚承認は
賛成なんだと言っているわけなんですが、同じように教会等の強い
反対キャンペーンによって、最終的には五〇・三%対四九・七という非常な僅差で承認されたという事実がございます。このように
反対キャンペーンというのはかなり効果的なんだということを申し上げたいと思います。
そうすると、こういう
投票行動、
選挙結果において
反対キャンペーンというのは非常に効果的なんだという事実をもとにした場合、この事実をどう評価するかという話になると思うんですが、一つは、レジュメがありますので、否定的に評価する場合、例えば、せっかく与野党で合意ができてこれから提案しようというのに、過度のあるいは要らざる
反対キャンペーンを容認すると、進歩的なもしくは必要な改革ができなくなってしまうんだということになります。だから、
テレビやラジオ等で大量にコマーシャルを流す、
反対キャンペーンを流す等の
選挙運動は
規制すべきではないか、そういう
意見もあるかと思います。
一方では、このような事実に対して肯定的な評価もあり得るわけです。その場合は、
国民が情報不足であったり、あるいは不安を感じてノーというような否決の票を入れることは必ずしも悪いことではない。これも
国民の
判断の一つであるし、
国民自身がいろいろな
意味で危険を感じて
賛成票を入れないということは、考えようによっては
国民みずからが
最後のとりでになっているんだ、そういう考え方もできるわけです。慎重な
投票者であるということを、必ずしもそう否定的に評価すべきではないのではないかと思われます。
それで、次の三番目に参りたいんですが、諸
外国の運用を見ておりますと、後戻りができない決定を
国民投票で問われる場合があるということがあります。例えば、王制を廃止しますとか、通貨統合したりするような場合なんですね。一度してしまうと逆向きになかなか返らないという決定がございます。時代や趨勢に逆行しにくいものもあるわけです。
例えば、
日本の場合、九条を
改正して自衛権を明記し、あるいは海外派兵まで認めるというような、仮にそういう
憲法改正案になりますと、ここでは恐らく後戻りできないんじゃないかというような心理も働くんじゃないかという形が推定されます。こうした場合はまさに不安が醸し出されるわけで、先ほど来申し上げておりますネガティブ
キャンペーンが効果的になる
可能性が出てくると思います。
続きまして、四番目として、
投票者の情報獲得と理解力という点に行きたいと思います。
一般に、政治学の分野では、
投票者には情報獲得に限界があると言われているわけなんですね。そうすると、先ほどから申し上げていますように、ノーと
投票するという傾向にあるわけなんですが、逆に、別の形で情報の獲得のための行動に出るということも言われております。
まず、
選挙ではどういう形で
投票者が情報を獲得するかということなんですが、一般に
投票者は何から情報を得られるかといいますと、パンフレット、政府発行のパンフレットがどの国でも比較的よく読まれていると言われております。それから次に来るのが新聞、あるいは先ほどから申し上げましたコマーシャルということでございます。
アメリカの場合はコマーシャルやダイレクトメールがパンフレットの次の情報源になっておりまして、次に、スイスの場合は一般にはプロパガンダと言われています広告、ポスター、スローガン、写真というようなものがかなり影響力のあるものと言われております。これはある程度実はその弊害も言われておりまして、まさにプロパガンダなわけで、その真偽のほどがわからない。そうすると、一律に
禁止するのもしにくいし、かといって野放しにすると影響力も強いということで、その弊害と影響力についていろいろと言われております。
アメリカの場合は、情報獲得がなかなか難しい場合は、
投票者は、一般に友人に聞いたり、あるいは支持
政党の
意見を聞いたり、あるいは人気のある政治家の
発言を
参考にして
投票する、
投票のかぎを求めて情報不足を補っているというふうに言われております。
そして、五番目に行きまして、例えば、
日本の場合もそうだと思うんですが、ヨーロッパでは、与野党を含めて、
政党間あるいは政治的なエリートの間で合意が成立して
国民に信を問う、
国民投票を実施するという形態がよく見られるわけなんですが、ところが、その場合、実際ふたをあけると、一般
国民との間には意識の差がかなりあるということがよく見られます。
仮に
日本で
国民投票が発議された場合、衆参両院の三分の二以上の
賛成を獲得しているわけですから、そうすると過半数は楽に
賛成票がとれそうだという合理的な予想も成り立つわけですが、西欧諸国の運用を見ると、必ずしもそうなってはいないということが見られます。
それは何に原因があるかといいますと、まず第一番目に情報の流通が不十分である。それから、
投票する
改正案、
投票案件について、
国民の間に理解が十分に行き渡っていない。もっと言うと、
国民の説得に失敗しているわけです、簡単に申し上げますと。そういう
意味では、繰り返しになりますが、むしろ情報の流通を拡大する方向に行くべきではないかというふうに考えます。
最後に、幾つか細かい点で指摘していきたいと思います。
六番目として、実は、
投票する
改正案、
案件が確定して
運動に入るわけなんですが、一般に、時間がたつと
反対票がふえていくということが言われています。そうすると、長ければ長いほど不安がかき立てられ、否決方向に行く傾向にあるということ。それから、
投票をする
案件に長期政権の
批判票が集まりやすい。人物が、プレビシット的にある人が好きだから
投票するのと逆で、ある人が嫌いだから、総理
大臣が嫌いだから
改正案も
反対だということになりやすい。それから、逆に、首相、大統領が就任直後で人気がある場合は提案が承認されやすい、そういう傾向が強く出ていると指摘されております。
最後になりますが、これは私の
意見なんでございますが、もし与野党の合意ができた、そして
憲法を
改正したいということでございますと、
反対票が出にくい
運動形態にするよりも、例えば過度のネガティブ
キャンペーンは
禁止するんだという方向よりも、むしろ情報が多く行き渡り、
議論が拡大する方向の
選挙運動づくりをすべきではないかと思われるわけです。
前回申し上げましたが、硬性
憲法というのは、衆参三分の二で承認して、さらに
国民投票でも過半数ということでございますから、つまり漸進主義的にゆっくり
改正しようというのが趣旨でございますから、そういうことでしますと、諸
外国の運用を
参考にしながら、
国民投票の初心者であることを
認識して、慎重に
国民投票法あるいはその運用の仕方を考えていくべきではないかということを繰り返し御指摘させていただきたいと思います。
これで終わりにさせていただきます。(拍手)