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山口参考人 私は、順天堂大学循環器内科の
山口洋でございます。
まず初めに、私を臓器の移植に関する法律案についての参考人として御指名くださいましたことを、衆議院厚生
委員長初め御関係の方々に深く感謝いたします。私は、言い尽くせないといけませんので、ちょっと文章を読ませていただきたいと思います。
私の意見を述べさせていただきます。
脳死を容認して、臓器の摘出を法律的に認めたとしても、我が国ではそのままでは心臓移植の容認につながらないことをまず指摘しなければなりません。それは、臨床の医学界あるいは医療の現場における脳死以外の未解決の問題が余りに大きいからです。
もし国会で臓器移植法案が可決され、施行されることになりますと、腎臓、肝臓はともかく、私は、心臓はこれらの二つの臓器と切り離して論ずるべきだと考えますが、肝臓、腎臓の移植に比べますと、それに要する医療の規模と質が大きく異なる心臓移植の場合、絶対必要な条件がまだ整っていないままで無理押しの手術が行われることが懸念されるのであります。
不完全な条件のもとで心臓移植のスタートを許してしまうと、我が国のように医の倫理のコントロールがきかない国では、今後半世紀以上にわたって後悔し続ける内容のものになりかねません。結論から申しますと、時期尚早と言わざるを得ないのであります。
それでは、必要な条件とは何かを説明いたします。
まず第一に、心臓移植施設を一つに絞ることです。第二は、移植医療によってじゅうりんされがちな医の倫理を守るべく歯どめをかける、全日本的で公正な心臓移植管理・維持機構を設立することです。これには、実際に手術をする立場の移植医は加えるべきではありません。第三は、現今の医療保険制度では到底カバーできない心臓移植にかかる高額医療費を援助し、財政基盤をしっかりさせる心臓移植財団を設立する必要があることです。第四は、インフォームド・コンセント、説明と同意の問題です。
それでは、まず第一の、施設を一つに絞ることから説明いたします。
先ほどの森亘先生の御説明にもありましたとおり、脳死臨調の答申以後、移植関係学会合同
委員会が設けられ、心臓移植施設の選定に議論を重ねてこられました。残念なことに、当合同
委員会は移植外科医の発言力が強い性格の
委員会であるため、実際に患者を管理し治療している主治医たる心臓内科医からの、心臓移植施設を一、二に絞ってほしいという提案は押し切られ、八施設もの多くが容認されました。
表向きの理由は、日本の交通事情から、心臓提供者、すなわちドナー発生現場と、移植を待っている患者のいる病院の距離が近いことが必要であるとのことですが、欧米の例でもわかりますとおり、二、三時間はかかっても臓器運搬のシステムが整っていれば問題はなく、日本のごとき小さい国では、飛行機とヘリコプターを利用すればこの問題は解決できます。
それ以前の問題として、心臓手術の実績も条件も悪い施設で、かつドナーが初めからそんなにいないことがわかっていながら、地域性とか運搬距離を言い出すことは間違いであります。心移植を本当に必要とする患者は、移植外科医が主張するほど多くはいないこと、最近のすぐれた薬物による内科治療で心不全を乗り越えて社会復帰できる患者がかなり多く、日本と欧米とでは対象が異なることを認識しなくてはなりません。ここが腎移植と基本的に異なるところです。
さらに、心臓移植を行うための高度のチーム医療、医療
体制、財政基盤、手術技能、人材、清潔度等々を総合してみたとき、これら八施設は、欧米の一流心臓移植病院と比べて問題にならないほど劣っていると言わざるを得ません。国会同
委員会では、八施設のうち、
国立循環器病センター、大阪大学、東京女子医科大学の三施設を最初に移植を実施すべく推薦されましたが、その三施設といえども、今のままでは上記条件が十分満たされているとは言えないのです。不備な条件下で心臓移植を始めたら、その成績は言わずもがなであります。生命を救わなければならないはずの患者が、手術したために死んでしまうということにもなりかねません。
先日の医療事件、すなわち本邦にせっかく新設された移植腎ネットワークシステムから逸脱して、別途に米国から輸入した不健康腎を移植学会
理事長みずからもそれを用いて手術し、その釈明に、移植医療には試験的、研究的要素も医学の進歩のためにはやむを得ないと
理事長みずから発言されているのには驚きを隠せません。動物実験と変わらない発想なのです。患者を助ける人間の医療にあるまじき、人命尊重、医の倫理を無視した一部の移植医の考えがうかがい知れるのであります。
このような問題を解決するにはどうしたらよいでありましょうか。私は、次のように提案したいのです。
条件の整った立派な心臓移植センターを一つ新設するか、あるいは既存の施設から一つを選出し、財政的にも制度的にも、もちろん
看護婦、医師、パラメディカルスタッフの人材も、世界の一流施設にまさるとも劣らない立派なセンターとなるべく援助し、
充実を図ってあげることです。そして米国から経験豊富な大家を招いて、心臓移植手術を一例一例教えていただきながら、地道にスタートしていくことです。そうすれば、最初から欧米の一流施設に劣らない好成績の心移植が日本でスタートできることになります。おれがおれがという功名心は、もうどうでもよいのです。本当に患者を助ける内容のよい心臓移植医療を着実に開始し、進めていくことが大事なのです。
繰り返すようですが、現在の日本の病院は、心臓移植という大がかりな手術を受け入れる経済的余裕も、病院運営
体制も十分ではありません。したがって、心臓移植手術一例を行うために手術室や重点病棟もそれに集約される
体制となり、他の手術は大幅に削減あるいは中止せざるを得なくなるのです。その結果、心臓手術以外の医療に大きな影響が及び、病院の経済的負担と機能の障害は大変なものになると予想されます。初めの数例は無理して行えても、堅実な心臓移植治療として定着するのは不可能となることは目に見えております。
以上の条件を
実現するためには、半官半民の心臓等臓器移植財団の設立が必要であると考えます。これは、一例の心臓移植が推定五千万円以上もかかる高額医療費を現行医療保険制度下では到底カバーできないことも含めて、財源供給の有用な財団となり得るものだと信じます。
さらに、施設を一つに絞ることの意義はほかにもあります。
心臓移植のような各専門家の能力を結集した総合医療を基盤とするチーム医療の手術を日本で始めるには、一施設に絞って年間五十例以上を行わないと、術者の技術のみならず、チーム医療全体の機能が向上しません。手術成績そのものばかりでなく、術後の長期成績もよくならないのです。経験数増加と成績向上曲線に示されるとおりであります。
米国では現在百五十その病院で心臓移植を行っていると言われておりますが、その中で、年間十例以下の施設では、新しいすぐれた免疫抑制剤が開発された現今でもその成績は目立って悪く、問題になっております。我が国でも、このまま脳死と臓器移植が法制化され、心臓移植を始めても、臓器提供者、ドナーの問題も絡んで年間十例以上となるところはせいぜい一、二施設にすぎないと予想されますから、米国の例に見るとおりその成績は恐らく悪く、医師への不信感は募るばかりとなることを憂えるのであります。
そればかりか、狭心症のバイバス手術の歴史が示すとおり、移植外科医と心臓内科医あるいは
看護婦等医療界内部での合意と信頼関係はまだできていませんから、さらにそれをあおることになります。
最後に、インフォームド・コンセントの問題が、重大な要因として心臓移植医療にブレーキをかけております。
インフォームド・コンセントとは、患者あるいは患者の家族に十分な説明をした上で同意を得ることであります。ここでは、臓器提供者も臓器をいただいて移植を受ける側も、両方が入ります。あいまいな説明や、都合の悪いことをはっきり言わないような説明は許されないのです。まだ今の日本では心臓移植手術で死なないという保証もないのに、移植すれば助かるのにとか、移植させないで見殺しにしているといった表現は、移植医ばかりでなく、マスコミなど第三者の言葉として安易に飛び出るのはおかしいのです。
たとえ手術が成功しても、何年間、どんな生活内容で、これをクオリティー・オブ・ライフと言いますが、どんな内容で生きていられるのか、あるいは生きなければならないのか、正しく詳細に知らせる必要があるのです。さらに、臓器提供者側の家族にも脳死であることを十分に説明し、臓器を摘出した後の体がどんな状態になるかも本当のことを知らせねばならないのです。しかし実際は、肉親が臨終と言われた悲しい、ろうばいした精神状態では、とても医者やコーディネーターの言葉を冷静に理解し、判断し、それに回答することは困難と言っても過言ではないでしょう。
今、心臓移植がルチーン化している欧米先進国でも毎年臓器提供者が減少し、深刻化しております。欧米先進国といえども、脳死体からの臓器摘出は安易な医療行為とはなっていないのです。むしろ、現今では反省期に入っていると言えるほどです。このことは、昨年十二月に放映されましたNHKスペシャル五十分番組、「臓器移植法案」をごらんになればおわかりいただけると存じます。
以上の理由から、心臓移植を日本で定着させるには、まず何としても施設を一つに絞るべきであります。その施設の財政基盤を
充実するために、官民一体で心臓移植財団を設立し、その財団の中に、移植医主導ではなく、むしろ内科医、
看護婦初め多くの専門領域の代表者が協調的に役割を分担し、心臓移植医療の質と倫理を管理維持する機構を設け、心臓提供者側からも信頼される形で臓器、心臓が安心して着実に提供されるようなよい
体制をつくることが大切だと思います。
「急がば回れ」ということわざのとおり、必要で十分な条件づくりをまず完了することこそ、我が国の心臓移植を正しく発展させる道なのであります。
以上です。
今お手元にお渡しいたしました。順天堂大学という茶色い封筒の中に入っております三点の文献でございますが、一つは、昨年、平成六年十月十七日に朝日新聞の「論壇」に出させていただいた私の主張を要約したものであります。
二番目は、「内科」という雑誌の、座談会「内科医からみた臓器移植 内科フォーラム側」という題でございまして、これは特に内科の代表的な、心臓移植に関係している学会の代表者の司会あるいは演者でございます。もう一人は肝臓移植の方の第一人者の内科医でございます。
先ほど川島先生から、日本循環器学会でのアンケート、八〇%賛成ということだと申されましたけれども、この中には私も入っております。しかし、賛成には条件つきというものが今申しましたように入っております。それをすべてひっくるめて賛成はというふうになりますので、アンケートというのは極めて気をつけて解釈しなければいけないものだと思っております。特に、このアンケートを行った方は、このフォーラムにおられる戸嶋
教授でございまして、現在も施設を一、二に絞ってほしいと主張されている方のお一人でございます。
それから三番目は、現今のアメリカで最も新しいカレント・オピニオン・イン・カルジオロジー、現在の意見、見解ということで、最も新しい移植に関する文献でございまして、世界で一位と言われる臨床病院、ミネソタ州にあるメイヨー・クリニックのエヴァンス博士によって書かれたもので、この方は、アメリカ政府から臓器移植の社会的、経済的問題点を調査するようにと依頼をされて、行っている専門家でございます。
ドナーカードにつきましてちょっと私見なんですが、私ごとなんですが、私の一人娘で医者になったばかりの者が、アメリカに留学いたしまして、デューク大学で現在勉強中ですが、自動車のドライバーズライセンスを取りましたときに、自分はお父さんと違ってドナーカードに判こを押すんだ、いや、お父さんでも反対したわけではないんだ、しかし、ドナーカードに判こを押すのだけはやめてくれ、僕が行く前に君から臓器がとられちゃうじゃないかという議論を先生の、アメリカのボスの前でしておりましたら、そのボスのアメリカ人が、いや、お父さん心配しなくていいよ、本人がドナーカードに判こを押しても、あなたのような親の承諾を得ないで勝手に臓器をとるということはアメリカではないのだということを聞かされて安心いたした次第でございます。
御清聴ありがとうございました。(拍手)