○栗林卓司君 そういう御
答弁しかできなかろうと思うんですよ。思うんだけれども、リスクがよりある部分に
金融をしていくのが
政策金融の
一つの
目的ですよね。確かに輸
開銀の審査能力は非常に私は高いと思います。高いということは、リスキーなものに対してどうしても手控え目になる。これは、
一つの経営体ですから私は当然ありがちなことだと思うんです。ところが、かたくかたくやっていくと、
政策金融機関として果たすべき
使命が果たし切れないかもしれない。したがって、ある程度リスクは承知で市中
金融の金は流れていかないからこの際は
政策金融で流していこう、もともとはねらいはこういったことでしょう。したがって、市中
金融機関に比べるとちょっとやっぱり厚目のものにしておかないとこれは本来の
目的に合致できない、私はそう思うんです。
そこで、千分の七を千分の三に今度お変えになりましたから伺いますと、市中
金融機関の積立率、これはベースが違うものですから比べられませんけれども、拾い集めて比べてみると、例えば昭和二十年代後半は市中
金融機関は千分の七。現在は千分の三。大体この並びでいっておりますというお答えなんだけれども、今度、市中
金融機関として財務の健全性という面で
考えてみた場合、そのときに、二十年代後半は千分の七、三十年代は千分の四から五、これが五十六年千分の二、五十七年千分の三、五十八年千分の三、こうなっているから千分の三でいいのだというお答えなんだけれども、こうやって積立率、これが市中
金融機関で下がってきていることの方がむしろ問題ではないのだろうか、財務の健全性という面で。だから、市中
金融機関と比べて横並びだからいいよということも必ずしも言えないのではないか。
では一体、輸
開銀の場合に千分の幾つ積めばいいんだ。これもあくまでも腰だめで決めるしかないんです。
なぜ腰だめで決めるかというと、それが
政策金融機関をつくった
目的そのものなんですよ。そのときに、目下の財政事情につき——これはちょっと僕は違うと思うんです。財政事情が惨たんたることはみんな承知。輸
開銀が本来の
政策目的で力いっぱいやることも、これも必要。だから、財政が厳しいから千分の七を千分の三に落とす、いや、経営基盤しっかりやっています——それはやっていますよ。リスキーなところに
投資をして赤字を出したら一体どうなりますか。それはもう大蔵省からしかり飛ばされて、何やっているんだとなるに決まっているから、それは健全になるって。でも、そうやって追い詰めていって果たしていいのだろうか。これはお答えは恐らく返ってこないと思います。
ただ
大臣、伺いたいんですが、せっかく輸
開銀をつくったんです。しかも、業務範囲というのは拡大する一方。かつて輸出優先だった輸出入銀行に輸入が入って、しかも
開発輸入から製品輸入にどうやって繰り出していくか。これは新しい
分野ですよ。別なリスクを
考えてほしい。
開銀はどうかといいますと、従来設備
投資だった。今度は、そのほかのことも含めて貸してまいりますと。先のことは何にもわからないいわばある種の激変期ですよね。そのときに、悪いけれどもやってもらいたい、僕はそうすべきだと思うんですよ。そのときに千分の七から千分の三に落とす。千分の五はいいですよ、臨時措置だったんだから。今度は千分の三に落としますということは、
考えてみますと、大蔵当局あるいは政府としては、輸
開銀に対してその程度の期待しかしていないんだろうか、そういう目で見られても一言もないと思うんですが、御所見がありましたら伺います。