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堀委員 もちろん、そこへ行って
投票をお願いしますと言えば、
選挙中なら、これはそこには
個人がいるわけですから、私は明らかに
選挙運動になると思う。しかし、私
どもはそんなこと、一々
組合の
組織へ行って
投票をお願いしますなんということは過去に一回も言ったことはない。言わなくても
推薦している者はあの
人たちはやってくれるという前提があるものだからそんなことを言ったこともないし、
推薦もらいました、ひとつ
組合の
皆さんがんばってくださいというぐらいの話が関の山ですから、私
ども自身も
選挙運動やっている気はない。
そこで、今度の問題の中で、
お布施のところは私は実は問題がないと思うのだけれ
ども、
文書なんか配ったという点は、これはややちょっと私は
選挙運動に類似するおそれがあるかどうか、これは今後の問題ですけれ
ども、ちょっとこれをここでひとつ
紹介をしておきますと、こういうふうになっているようですね。
拝啓
ようやく春めいてまいりました。
ご
住職におかれては、ますますご健勝のことと存じます。
さて、このたびは、貴
浄土真宗本願寺派より別紙のとおり、
福岡県知事に
奥田八二を推す旨の推せん書をいただき感謝いたしております。
福岡県政の浄化をスローガンに、
奥田知事の実現を目指して
選挙運動を展開しているわたくし共一同身のひきしまる思いでございます。
奥田八二は、貴
本願寺派、
兵庫教区赤穂北組滋眼寺の
門徒でもあります。
奥田八二が
浄土真宗に帰依する信徒にふさわしい清潔で心温かい人物であることは、わたくし
たちはじめ友人・知人のすべてが等しくみとめるところでございます。
どうかご
住職におかれては、貴寺の
門徒のかたがたはじめ各界各方面へよろしくご鳳声下さるなど、特段のご配慮をたまわり、
奥田八二を強くご支援下さいますようお願い申し上げます。
そうして、これが「清潔な
県民本位の
県政をつくる会」云々とこういうふうになっているわけですね。これをどう判断をするかということについては私は
意見を申し述べませんが、要するにこの問題のもう
一つの
問題点というのは、この
お布施というものの
関係が非常に
買収に
関係しておる、こう言われておるところなのであります。
そこで、私がここでいろいろ言っても必ずしも
説得力があるわけではありませんから、実は私は
東京大学名誉教授の
早島鏡正先生、この三月まで
東京大学で
仏教学を御専攻になっていた方に御
出席をいただいてこの
お布施の問題についての
専門家の御
意見を伺いたい、こう思ったのでありますけれ
ども、
経過があってなかなか思うに任せなかったので、そこでちょっと私が
早島先生に伺った
お布施というのは一体どういうものかという
先生のお話を御披露させていただきます。「
浄土真宗(
西本願寺派)における
布施の
意味」「
布施とは、
金銭、
物品、精神その他大事なものを施すという
意味であるが、見返りや報酬を伴わない。また、本尊におまいりして、
布施を出すのは、礼儀であり、その際
布施を出す人の
名前を書くのが
通例である。」こういうふうに実は
先生はおっしゃっておるわけなのですね。
そこで、この問題について
新聞で見ると、ちゃんと
お布施として
名前が書いてあったというふうに
新聞は伝えておる。私は捜査の中身を議論する気はないから
警察庁にそんなことを聞く気は毛頭ないのだけれ
ども、大体
買収をやろうというときにもしその片方に
買収の意思があったら、それは
犯罪になると困るというので
名前を書いたりするはずはないと思うのだけれ
ども、これは全部
名前が書いてあったと
新聞が報道しておる。そして
金額は五千円だというふうに
新聞も報道している。この五千円という
お布施の
金額は今日の
お布施の額としては
社会通念上どういう位置にありますかということを
西本願寺の
宗務所に聞いてみましたところが、今日
所得の格差がまだずいぶんございますから一律には申せませんが、田舎の方では千円とか二千円というものもございます、しかし全国的な標準とすれば、今日五千円という
お布施の
金額は決して多額の方ではありません、平均よりは下の方でございますというふうに実は
西本願寺の
宗務所の方は私に御
説明になりました。
そこで、私がさっきちょっと
国税庁から
答弁をしていただいたように、要するに
本堂に置いたものは
お布施ですから、これは
宗教法人にまず入る。
宗教法人に入るということは少なくともさっきの
公選法二百二十一条の
前段には当たらない。それじゃ
後段の方で、要するにその「
運動者」、これは、
お寺の
人たちは初めから「
運動者」でも何でもないのですね。要するに
お寺というのはこの場合には完全な第三者であって、そこへある
一つの
団体が、この
人たちはもちろん
選挙運動のつもりであろう、こういうふうに書いてありますから
選挙運動のつもりであると思うけれ
ども、それは要するに
西本願寺から
推薦を受けましたということを言って、そうして
お寺へ参ったら、
門徒が
お寺へ行って用事だけ済まして帰ることはあり得ないのでありまして、私
どもでも
お寺へ行けば
本堂へ行ってお参りをするというのは、私は
日本人の
通例だと思うのであります。私も母方が
門徒でありますから、そういう
意味ではそういうふうにちゃんとやる。そのときにただ手ぶらで行くというのは、これまたいまの
日本人の
一般的常識ではまだ
お布施を置いて帰るというのは
社会通念で
常識の
範囲だ。そこにちゃんと
お布施として
氏名を書いたものを置いてきた、それが即
買収だという問題はどうも私にすると非常に理解しにくい問題なのですね。
ここで私は「
運動者」ということで
宗教法人のことを聞きましたけれ
ども、
法人かどうかの問題をちょっと尋ねたのですが、この場合寺は
運動者でも何でもないんですよ。要するにある
意味では
被害者なんだな、これは。たまたまその
人たちがやってきてその
文書を置いて、いまの
推薦をいただいたというコピーを置いて、よろしくと言って
本堂へ
お布施を置いていった。そうしたら今度はそれが
買収事犯だということになって、
警察に呼ばれていろいろ取り調べを受けた。
お寺の
皆さんにしたら、これは大変なことが起こったというふうに考えられると私は思うのですね。そしていろいろと聞かれると、いろいろなことが実は
答弁の中で起こるのですね。
私
自身も
昭和三十五年の
選挙のときに、私の親しい
人たちが
沖縄県
人会の所属で、私
どもの党の
市会議員をしておられて、そこで
選挙の三カ月ぐらい前にそこの
沖縄県
人会の
皆さんがお集まりになるいつもの
場所で安保の問題の話をした。それから帰った。その後で、その
人たちはたまに集まったのでおすしを出してしょうちゅうで一杯飲んだ。
選挙中に同じ
場所で私は
個人演説会をやった。そのときは
個人演説会だから何もしないで帰ったのだけれ
ども、実はその
沖縄の
人たちがいろいろ
警察に呼ばれて、何か食っただろう、飲んだだろう。私が同じ
場所で同じようにやっているものだから、前の
記憶とこの
記憶が一緒になって、結果的にはこの
市会議員の方は一審で有罪で二審で
執行猶予がついて問題がなくなったわけでありますけれ
ども、私はその
経過を詳しく知っておりますので、最近のいろいろな
刑事事件の
裁判でも問題が起きていますけれ
ども、どうもその点で
お寺の
住職の
皆さんに大変これは御迷惑をかけたことになったな、私はこういう気がして仕方がないわけです。何もその気もないのに、突然そういうものを置いて帰られてそれが
買収だ。これは大変大きな問題であります。
そこで、ちょっとここで法務省の方にお伺いをしたいのですけれ
ども、この
買収犯というのは、片方が
買収の
行為をした。受け取る者がいますね、被
買収者。これが同時にその
買収者の意を体して物を処理するときに
買収犯が成り立つということではないんですか。
買収犯だけがあって、被
買収というのはないということもあるんですか。ちょっと法務省にそこの見解を聞きたいのです。