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矢野委員 昭和五十年度の経済白書を見ましても、わが国と西ドイツの人口一人当たりの
社会保障費の支出では、西ドイツがすでに一九六〇年でわが国の一九七〇年の水準を倍、上回っておるわけですね。七三年にはわが国の五倍ということになっておるわけですよ。ですから、
社会保障というものは
国民所得の再分配という
立場から
考えなくちゃいかぬわけでして、単に受益者負担だけで見る問題じゃないわけですよ。積極的に
国民所得の中から配分をしていかなくちゃいかぬ。ことしの
福祉費を見ましても、
調整財源の二千億円の中で何とか
福祉年金というものを解決をされたわけでありまして、結局千五百円引き上げをしたということでありますけれ
ども、こういうお粗末な
予算配分のやり方、これは納得できるものじゃありません。これについてはまた後ほど具体的に申し上げましょう。
さて、私が申し上げた、
公共事業よりも
社会福祉がおくれておるし、産業基盤よりも住宅生活関連がおくれておるというこの二つの特徴、これはなぜこういうことになるんだということですね。いま
総理は、いかにも公共投資が景気浮揚対策として効果があるんだということを力説されたようでありますけれ
ども、私はいまの
福田総理は、景気浮揚のために公共投資を選択したんだということよりも、
財政向上の
立場からそうならざるを得ないということの方がむしろ真実じゃないかと申し上げたいわけなんです。要するに別の面から申し上げても、素材部門の企業からの要請も、建築土木からの要請もあるのかもわかりません。あるいは
政府自身に生活関連とか
福祉をふやすという意思がないのかもわかりません。しかしいま申し上げた制度的な枠組みの中で選択はできなくなっておる、このことを私は指摘をしておきたいわけでありまして、その
内容につきましては、まず公共投資の
財源は、他の経費と違って大部分が特定化されておる。
一つは建設国債ということ、二つ目には道路事業に対する自動車
関係税ですね。これも特定
財源になっておりますね。つまり建設国債の問題で申し上げると、
財政法四条は、国債の発行をやむを得ず行う場合は公共投資の範囲内にとどめなさいという
意味の規定でありますけれ
ども、これは私はあくまでも国債発行を制限する趣旨である。これはただし書きの方ですからね。どうも
政府の
解釈は逆になっちゃって、
公共事業やるんなら、幾ら国債出しても構わないんだぐらいの発想になっておる。歯どめが本来であるのに、
公共事業の
財源、これはもう国債なんだ、
歳入面から、
財政難のときには国債発行イコール
公共事業という形で
予算の編成が行われざるを得ない、この構造的な枠組みがある。つまり
財政が国債を抱く限りは、
公共事業のみは必然的に増大するという傾向がある。
公共事業か
社会福祉かという選択よりも、国債を
財政が持っておる以上はそういう選択ができない形で
公共事業のみがふえていく。こちらの方が
総理の本音だろうと私は思うのですよ。景気対策だ、どうだこうだ、そんなに景気対策に
公共事業が効き目があるということを強調なさるのであれば、もちろん私は、効き目がないとは言いません。しかし、いまのデフレギャップはどれくらいあるんだ、そのギャップを埋めるために五十二年度
予算の公共投資というものはどれだけのギャップを埋める効果があるんだ、
総理はそういう具体的な説明をなさらないで、いたずらに資源有限論、これだけをお説きになっているだけであります。あるいはそのような
公共事業優先の景気対策というものが
財政上の問題、物価へのはね返りとか、土地に食われる
公共事業の分析とか、地方
財政の逼迫による
公共事業の渋滞とか、そういう問題に全部目をつぶってしまって、ただ
公共事業をやれば景気がよくなるのです——私はそのこと
自体否定するものではないけれ
ども、むしろそのような具体的な分析というものが
国会に説明があってしかるべきだと思うのですよね。そういうものは一切なさらないでやっておる。それはやはり
財政が国債を抱く限りは
公共事業のみが必然的に増大するというこの
財政構造に問題がある、これが
質問の第一点であります。
もう
一つは、いわゆるこの自動車関連税の問題ですね。たとえば、揮発油税、ことしは約一兆円の税収を見込んでおる。このような膨大な
財源がすべて道路
財源に充てられておる。現在、
国民生活優先の公共投資ということが叫ばれておるにもかかわりませず、そちらの方に力点が入らないのは、この一兆円、これはほかにもありますけれ
ども、このような膨大な
財源が特定
財源として道路オンリーになってしまっておる、ここに、この
財政構造の必然性があるんじゃありませんか。私
たちは、少なくともこの揮発油税、これを道路オンリーの特定
財源という発想をもうぼつぼつ改めていいんじゃないか。この揮発油税が創設されたのは、
昭和二十六年です。もうはるか大昔の、当時の日本の再建復興という
立場からこういうことが出されたんだと思いますけれ
ども、こういう自動車
関係税の特定
財源という
考え方を改めるかどうか、これが第二点であります。
それから第三点は、これは地方
財政との
関係でありますけれ
ども、
公共事業費の七割、これが補助金として地方へ行く、これは承知しております。国で幾らおふやしになりましても、地方自治体の
財政能力がなければこれは無
意味になってしまうのですね。
総理は大蔵
関係詳しいわけですから、言うまでもないことでしょうけれ
ども、国債発行以前の
財政では、国と地方との
財政関係では一定のバランスがとれておった。なぜとれたか。それは、国の
公共事業が税の自然増収の範囲内で賄われておるときには、一方における税の自然増収、この税の自然増収は必然的に地方に対する地方交付税の増加という結びつきがあったわけですよね、
公共事業が税の範囲内、つまり国債でやってない限り。したがって、補助金、それと交付税、この相関
関係は一応保たれておったわけです。しかし、国債を大量に発行して
公共事業を増大させる、この政策をおとりになる場合は、それに見合った、自動的に地方
財政にプラスになっていくという相関
関係というものはもうなくなってしまっておるわけですよね。自然増収、地方交付税の増加、これが補助金の増加、交付税の増加という形で相関
関係があったのがなくなってしまっておる。したがって、国債を抱いた
財政、そのもとにおける
公共事業の拡大というのはもう必然的に地方
財政の悪化を招くことは、これはもうあたりまえのことなんです。だから、せんだっての党首会談におきましてもわが党の竹入
委員長は、
総理に対して、このような状況における地方交付税の見直しということを、この上昇を強く要請をしたわけでありますけれ
ども、そのことをなさっていないわけです。つまり、
財源移譲もなさっていない。地方交付税の引き上げもなさっていない。それは国債を発行した
財政における
公共事業という段階においては許されないことなんだ——いままでの税の自然増収の範囲内で
公共事業をやるという段階なら一定の相関
関係があったんだ。これについてどういうお
考えをお持ちになるか。
以上三点お尋ねしたわけであります。