運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login

1975-02-13 第75回国会 衆議院 内閣委員会 第1号 公式Web版

  1. 会議録情報

    国会召集日昭和四十九年十二月二十七日)( 金曜日)(午前零時現在)における本委員は、次 の通りである。    委員長 徳安 實藏君    理事 奥田 敬和君 理事 加藤 陽三君   理事 木野 晴夫君 理事 小宮山重四郎君    理事 野呂 恭一君 理事 上原 康助君    理事 大出  俊君 理事 中路 雅弘君       赤城 宗徳君    越智 伊平君       大石 千八君    笠岡  喬君       近藤 鉄雄君    竹中 修一君       旗野 進一君    林  大幹君       藤尾 正行君    三塚  博君       吉永 治市君    川崎 寛治君       木原  実君    横路 孝弘君       吉田 法晴君    和田 貞夫君       木下 元二君    瀬長亀次郎君       鬼木 勝利君    鈴切 康雄君       受田 新吉君     ――――――――――――― 昭和五十年一月二十四日  徳安實藏委員長辞任につき、その補欠として  藤尾正行君が議院において、委員長に選任され  た。 ――――――――――――――――――――― 昭和五十年二月十三日(木曜日)     午前九時五十分開議  出席委員    委員長 藤尾 正行君    理事 越智 伊平君 理事 奥田 敬和君    理事 加藤 陽三君 理事 木野 晴夫君    理事 大出  俊君 理事 中路 雅弘君       赤城 宗徳君    有田 喜一君       近藤 鉄雄君    竹中 修一君       旗野 進一君    林  大幹君       三塚  博君    吉永 治市君       八木  昇君    和田 貞夫君       木下 元二君    鬼木 勝利君       鈴切 康雄君    受田 新吉君  出席国務大臣         外 務 大 臣 宮澤 喜一君         文 部 大 臣 永井 道雄君         国 務 大 臣         (総理府総務長         官)      植木 光教君  出席政府委員         人事院総裁   藤井 貞夫君         人事院事務総局         給与局長    茨木  広君         総理府総務副長         官       松本 十郎君         内閣総理大臣官         房総務審議官  佐々 成美君         総理府人事局長 秋富 公正君         宮内庁次長   富田 朝彦君         皇室経済主管  石川 一郎君  委員外出席者         内閣委員会調査         室長      本田 敬信君     ――――――――――――― 委員の異動 昭和四十九年十二月二十七日  辞任         補欠選任   川崎 寛治君     八木  昇君   横路 孝弘君     山本 政弘君   吉田 法晴君     渡辺 惣蔵昭和五十年一月二十四日  辞任         補欠選任  小宮山重四郎君     箕輪  登君   徳安 實藏君     有田 喜一君   野呂 恭一君     渡海元三郎君 同月二十七日  辞任         補欠選任   渡海元三郎君     中馬 辰猪君 二月四日  辞任         補欠選任   鈴切 康雄君     矢野 絢也君 同日  辞任         補欠選任   矢野 絢也君     鈴切 康雄君 同月十日  辞任         補欠選任   鈴切 康雄君     正木 良明君 同日  辞任         補欠選任   正木 良明君     鈴切 康雄君 二月十三日  理事小宮山重四郎君及び野呂恭一君一月二十四  日委員辞任につき、その補欠として越智伊平君  及び箕輪登君が理事に当選した。     ――――――――――――― 昭和四十九年十二月二十七日  国の行政機関の休日に関する法律案大出俊君  外六名提出、第七十二回国会衆法第二〇号)  一般職職員給与に関する法律の一部を改正  する法律案大出俊君外六名提出、第七十二回  国会衆法第二一号)  休日の範囲改定等のための民事訴訟法等の一  部を改正する法律案大出俊君外六名提出、第  七十二回国会衆法第二二号)  内閣法等の一部を改正する法律案内閣提出、  第七十一回国会閣法第二七号)  内閣法の一部を改正する法律案内閣提出、第  七十二回国会閣法第六号) 昭和五十年二月一日  皇室経済法施行法の一部を改正する法律案(内  閣提出第九号) 同月五日  在外公館名称及び位置並びに在外公館勤務  する外務公務員給与に関する法律の一部を改  正する法律案内閣提出第一六号)  文部省設置法の一部を改正する法律案内閣提  出第一八号) 同月七日  国家公務員寒冷地手当に関する法律の一部を  改正する法律案内閣提出第一九号) 同月三日  金鵄勲章制度の復活に関する請願吉永治市君  紹介)(第一〇四号) 同月六日  傷病恩給の裁定に関する請願佐藤孝行君紹  介)(第二〇〇号)  小松基地ファントム配備計画中止等に関する  請願外一件(嶋崎譲紹介)(第二〇一号) は本委員会に付託された。     ――――――――――――― 二月十二日  恩給共済年金受給者処遇改善に関する陳情  書外三件  (第一七号)  退職公務員に対する恩給年額算定上の基礎俸給  額引上げ等に関する陳情書  (第一八号)  同和対策審議会答申完全実施等に関する陳情  書(  第一九号)  千歳OTHレーダー基地撤去に関する陳情書外  一件(第二〇  号)  所沢OTHレーダー基地撤去等に関する陳情書  (第二一号)  非核三原則立法化に関する陳情書  (第二二号)  憲法改正に関する陳情書外四件  (第二三号)  水産省設置に関する陳情書外一件  (第二四号)  は本委員会に参考送付された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  理事補欠選任  国政調査承認要求に関する件  皇室経済法施行法の一部を改正する法律案(内  閣提出第九号)  国家公務員寒冷地手当に関する法律の一部を  改正する法律案内閣提出第一九号)  在外公館名称及び位置並びに在外公館勤務  する外務公務員給与に関する法律の一部を改  正する法律案内閣提出第一六号)  文部省設置法の一部を改正する法律案内閣提  出第一八号)      ――――◇―――――
  2. 藤尾正行

    藤尾委員長 これより会議を開きます。  この際、一言あいさつを申し上げます。  今回、当委員会委員長に就任いたしました。はなはだ微力でありますが、委員各位の格別の御協力によりまして、円満かつ適正な委員会運営を行い、この重責を全ういたしたいと存じます。  皆様の御協力と御鞭撻を心からお願い申し上げまして、ごあいさつといたします。(拍手)      ————◇—————
  3. 藤尾正行

    藤尾委員長 理事補欠選任に関する件についてお諮りいたします。  理事小宮山重四郎君及び野呂恭一君が去る一月二十四日委員辞任されましたことに伴いまして、現在理事が二名欠員となっております。  これよりその補欠選任を行いたいと存じますが、先例によりまして、委員長において指名することに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  4. 藤尾正行

    藤尾委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。  それでは、理事に       越智 伊平君 及び 箕輪  登君を指名いたします。      ————◇—————
  5. 藤尾正行

    藤尾委員長 次に、国政調査承認要求に関する件についてお諮りいたします。  今会期中、国の行政改善を図り、公務員制度及び給与の適正を期する等のため、  一、行政機構並びにその運営に関する事項  二、恩給及び法制一般に関する事項  三、国の防衛に関する事項  四、公務員制度及び給与に関する事項  五、栄典に関する事項以上の各事項について、小委員会設置関係各方面からの説明聴取及び資料の要求等の方法により国政調査を行うこととし、議長にその承認を求めたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  6. 藤尾正行

    藤尾委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。      ————◇—————
  7. 藤尾正行

    藤尾委員長 次に、皇室経済法施行法の一部を改正する法律案国家公務員寒冷地手当に関する法律の一部を改正する法律案在外公館名称及び位置並びに在外公館勤務する外務公務員給与に関する法律の一部を改正する法律案、及び文部省設置法の一部を改正する法律案の各案を議題といたします。  順次趣旨説明を求めます。植木総務長官
  8. 植木光教

    植木国務大臣 ただいま議題となりました皇室経済法施行法の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容概要を御説明申し上げます。  改正点は、内廷費定額及び皇族費算出基礎となる定額改定することであります。内廷費定額及び皇族費算出基礎となる定額は、皇室経済法施行法第七条及び第八条の規定により、現在それぞれ一億一二千四百万円及び千二百十万円となっております。これらの定額は、昭和四十九年四月に改定されたものでありますが、その後の経済情勢なかんずく物価趨勢及び国家公務員給与引き上げ等にかんがみ、内廷費定額を一億六千七百万円、皇族費算出基礎となる定額を千五百三十万円にいたしたいと存じます。  以上が、この法律案提案理由及びその内容概要であります。  何とぞ慎重御審議の上、速やかに御賛同あらんことをお願いいたします。  次に、国家公務員寒冷地手当に関する法律の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容概要を御説明申し上げます。  本年一月二十三日、国家公務員寒冷地手当に関する人事院勧告が行われたのでありますが、政府としては、人事院勧告どおりこれを実施することとし、このたび国家公務員寒冷地手当に関する法律について、所要の改正を行おうとするものであります。  次に、法律案内容について、その概要を御説明申し上げます。  第一は、北海道に在勤する職員に支給する寒冷地手当基準額に加算する額を引き上げることとしております。  第二は、北海道以外の寒冷地内閣総理大臣が定める地域に在勤する職員に支給する寒冷地手当基準額に加算する額の支給限度額を引き上げることとしております。  また、附則においては、この法律による改正後の国家公務員寒冷地手当に関する法律規定は、昭和四十九年八月三十一日から適用すること等について規定しております。  以上が、この法律案提案理由及びその概要であります。  何とぞ慎重御審議の上、速やかに御賛同くださいますようお願い申し上げます。
  9. 藤尾正行

  10. 宮澤喜一

    宮澤国務大臣 ただいま議題となりました在外公館名称及び位置並びに在外公館勤務する外務公務員給与に関する法律の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容概要を御説明申し上げます。  この法律案におきましては、まず、グレナダ、バハマ及びギニア・ビサオの諸国にそれぞれ兼轄の大使館並びに欧州共同体日本政府代表部を兼轄公館として設置するほか、在上海、在アガナ及び在マルセイユの各日本国総領事館設置することとしております。  次に、これら新設の在外公館につきまして、これらの公館勤務する職員在勤手当の額を定め、あわせて既設の公館につきましても、世界的インフレ傾向為替相場変動等を勘案し、在勤基本手当基準額及び研修員手当の額を改定するとともに、研修員手当号別区分範囲を拡大することといたしております。  以上が、この法律案提案理由及びその内容概要であります。  何とぞ慎重御審議の上、速やかに御賛同あらんことをお願いいたします。
  11. 藤尾正行

  12. 永井道雄

    永井国務大臣 このたび、政府から提出いたしました文部省設置法の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容概要を御説明申し上げます。  この法律案は、文部省付属機関として国立少年自然の家を設置することについて必要な規定を設けるものであります。  国立少年自然の家は、学制百年記念事業として企画され、全国の各地域設置することを計画しているものでありますが、このたび、かねて準備を進めてまいりました最初の国立少年自然の家が高知県室戸市において事業を開始する運びとなりました。  従来、健全な少年育成を図るために、都道府県あるいは市において公立の少年自然の家の建設が進められ、国もこれに対して助成措置を講じてきたのでありますが、さらに国立の少年自然の家を設置するものであります。国立少年自然の家は、少年を自然に親しませ、団体宿泊訓練を通じて健全な少年育成を図るとともに、少年教育指導者研修を行うなど少年教育の振興に役立つようにしたいと考えております。  なお、それぞれの国立少年自然の家の名称位置等文部省令で定めることといたしております。  以上が、この法律案提案理由及び内容概要であります。何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成くださるようお願い申し上げます。
  13. 藤尾正行

    藤尾委員長 これにて趣旨説明は終わりました。     —————————————
  14. 藤尾正行

    藤尾委員長 ただいま議題となっております各案中、皇室経済法施行法の一部を改正する法律案について質疑に入ります。林大幹君。
  15. 林大幹

    ○林(大)委員 私は、ただいま議題となっております皇室経済法施行法の一部を改正する法律案並びにこれに関連して質問しますが、最初宮内庁富田さんお願いします。  今回の改正点内容でありますが、これは提案されておりますように、内廷費定額及び皇族費算出基礎となる定額改定するということでございますけれども、この施行法は、昭和二十二年の十月二日に公布されておりまして、たしかそのときの内廷費は、八百万と記憶いたしておりますが、その後、翌二十三年の七月の第一回の改正以来、昨年の四十九年四月の改正まで十四回にわたって改正が重ねられておるようでございます。  今回、内廷費定額を一億六千七百万、それからまた皇族費算出基礎となる定額を千五百三十万、このように改正したいという御趣旨提案されておりますが、その改正理由積算基礎について御説明をお伺いしたいと思います。
  16. 富田朝彦

    富田(朝)政府委員 お答え申し上げます。  ただいまお尋ねのございました内廷費定額及び皇族費算出基礎となる定額、これは皇室経済法施行法第七条及び第八条の規定によりまして、現在はそれぞれ一億三千四百万円及び千二百十万円となっておるわけでございますが、これらの定額は、先ほどの提案理由の御説明にもございましたように、四十九年の四月に改定されたものでございます。その後の経済情勢、なかんずく物価趨勢及び国家公務員給与改善等にかんがみまして、内廷費定額を一億六千七百万円、皇族費算出基礎となる定額を千五百三十万円にしようとするわけでございますが、この定額が定められておりまする趣旨は、当時の立法精神を考えますると、経済情勢等の前提が大きく変わる場合は別といたしまして、できるだけ安定していることが望ましいのではないか、こういうことが当時の立法趣旨ではなかろうか、こう考えておるわけでございます。  そこで、内廷費及び皇族費定額基準改定につきまして、昭和四十三年の十二月二十六日に開催をされました皇室経済に関する懇談会、これは総理初め皇室経済会議のメンバーの方々が御出席でございますけれども、この懇談会におきまして、原則として物価趨勢職員給与改善等によって算出されます増加見込み額が、定められております定額の一割を超える場合には改定を実施する、こういう基本方針を当時懇談会ではお決めいただいたわけでございます。以来、この基準によりまして、必要が生じました都度改定お願いをいたしておる、かような経緯でございます。  定額改定におきまして、ただいまお尋ね基準積算基礎でございますが、御案内のように内廷費皇族費ともに、その積算基礎といたしましては物件費人件費、それから予備的な経費、こういうふうに区分をいたしまして、物件費につきましては、東京都の区部消費者物価指数上昇率、それから人件費につきましては、国家公務員給与改善率によりましてこれを算出して、このように算出されました物件費及び人件費合計額の一〇%を予備的経費として加算をいたしまして、そういう積算基礎の上に定額算出する、かような計算をいたしておるわけでございますが、今回の改定につきましては、消費者物価指数は、前年比二二・七%の増でございますが、また一方、給与改善率は、御案内のように人事院勧告に基づきまして二九・六四%の上昇率でございました。これらを乗じまして計算をいたしました結果、内廷費につきましては、率としましては、対前年度比二四・六%増の一億六千七百万円、それから皇族費につきましては二六・四%増の千五百三十万円、かように相なるわけでありまして、この増加額がいずれも、先ほど御説明申し上げました定額の一〇%を超えておるという状況でございますので、今般、改定お願いをいたしたような次第でございます。
  17. 林大幹

    ○林(大)委員 次長の御説明のように、今度内廷費で二四・六%、皇族費算出基礎となる定額に対して二六・四%というものをアップした数字が一億六千七百万円と千五百三十万円という、その内容はよく理解できるのでありますけれども皇室経済法に「内廷費は、天皇並びに皇后、太皇太后、皇太后、皇太子皇太子妃皇太孫皇太孫妃及び内廷にあるその他の皇族の日常の費用その他内廷諸費に充てるもの」云々と定められてあるわけでございます。つまり、皇太子一家の御費用までここに含まれておりますし、それからまた宮中の神事をつかさどる職員あるいはその他の陛下の御私的なお仕事をお手伝いなさる職員、そういう方もたしか数十名おられると思うのでありますが、そういうことを考えまして、果たしてこの改定額で妥当なのかどうかという実は疑問を持っておるものでございます。  特に、後ほどまた項を改めてお伺いしたいと思っておりますけれども、本年は御皇室の行事も非常に多いように承っておりますし、特に、昨年の秋アメリカフォード大統領が訪日されましたとき、天皇陛下の御訪米のこともお話し合いなさっておられるということも漏れ聞いておりますが、そうなりますと、もちろん御訪米の御費用そのものは、直接内廷費関係はないのでございましょうけれども、しかし必ずしもしゃくし定規にそうもはかれないのではないかという気もいたしますので、果たしてこの定められて今回提案されました一億六千七百万円という額でいいのかどうか、私にははなはだ物足りないような気がするのでありますが、この点についていかがですか。
  18. 富田朝彦

    富田(朝)政府委員 お答え申し上げます。  ただいま内廷費につきまして、非常に御配意のある御指摘をいただいたわけでございますが、内廷費は、ただいま御指摘のように、天皇並びに内廷にあられます皇族——皇后陛下、並びに皇太子のいわゆる御一家でございます。計七方でございますが、いろいろと公的な御活動の面も、真摯にまた誠実におやりになっておられるわけでございますが、また、私的な御生活の面におきまして、ただいまは御不自由はないか、こういうお尋ねであったかと思います。元来、皇室伝統といたしまして、非常に御質素に諸事とり行われる、こういう御伝統がございます。しかし、そのために御不自由があってはならないわけでございます。私どもとしては、その御不自由のない御生活を、質素の伝統の中にもどうか確保して差し上げてまいりたい、かように考えておるわけでございます。  そういうようなこともございまして、先ほど御指摘神事に従事する職員等人件費というようなことも、これは、やはり内廷の中で御心配になられる事柄でもございますので、そうしたものにつきましても、昨年の人事院勧告国家公務員処遇改善というものに準じまして、そういう点の御心配もないようにということで、今回、ただいま御指摘の額の増額をひとつお願いいたしたい、こういうことでお願いをいたしているような次第でございます。
  19. 林大幹

    ○林(大)委員 伺いますと、この額で御不自由はおかけしなくてもお済みになられるということのようでございます。したがいまして、この額の問題については、私はこれ以上質問を続けるつもりはございませんが、一言、私この際、はっきり国民の気持ちとして申し上げたい点は、憲法二十九条には、財産権は侵してはならないという規定がしてございまして、これは個人に対して私有財産権を与えている条項でございますが、これは、もちろん当然のことでございます。しかし、天皇に対しましては、同じ憲法の八十八条で「皇室財産は、國に属する。」と規定されてございます。したがいますと、天皇には私有財産はないというふうに解釈されるわけでございます。一体、八十八条の精神あるいはこれを定めた根拠というものは、どこから出発しているのか、これについて伺いたいと思います。
  20. 富田朝彦

    富田(朝)政府委員 お答え申し上げます。  御指摘のように、憲法八十八条の規定は、「すべて皇室財産は、國に属する。」というふうに規定をいたしてございます。当時の立法に携わられました金森国務大臣が、昭和二十一年の十二月十七日に、衆議院の皇室典範委員会という、特別委員会であろうかと思いますが、そこでお答えになっておられます中に、すべて皇室財産というのは公の財産であります、公の財産は全部国に移します、皇室に残りますものは全くの私有財産、ごく狭い範囲においての皇室財産という言葉を使っておられますが、皇室財産が残るわけでございます。こういうふうなお答えを当時しておられます。  今日では皇室は、いわゆる土地とか建物とかいうような不動産はお持ちになっておられません。ただ、皇位とともに伝わるべき由緒あるもの、皇室経済法規定のありますそのものと、それからお身の回りにごく必要な、非常に科学の御研究もなされますので、辞書でありますとか、おめがねでありますとか、一例でありますけれども、こういうようなきわめてお身の回りのいわゆる財産、これは、いまの金森国務大臣の答弁にもありましたように、私有財産として持っておられるわけでございます。  しかし御指摘のように、こういうような形のステータスと申しますか状況は、おそらく外国には余り例を見ないのではないか、かようにも考える次第でございます。しかし、憲法にもございますように、日本国象徴日本国民統合象徴としての天皇のお立場というものは、わが日本国民の総意の上に立っておるということの規定もございますように、そういう姿から申しましても、また、わが皇室伝統、お考えから言いましても、この八十八条が定められたような趣旨の形でそのあり方があるということは、本来そうあるべきものではないかとただいまは考えておるような次第でございます。  したがいまして、皇室で必要とされます経費あるいは施設、こういうようなものは、施設等につきましては、国有財産のうちの皇室用財産として供用するように提供されておりまするし、そういうような用意をいたしておるわけでございまして、私どもも、そういうものを総合的に考えまして、御不自由のないようにわれわれの職務を果たしてまいりたい、かように考えております。
  21. 林大幹

    ○林(大)委員 亡くなった松村謙三先生が「三代回顧録」というものを残されておりますが、私は、その中の一節をここに切り取って持ってまいりました。これは昭和三十年の第二次鳩山内閣当時の文部大臣であられた松村先生が、同じ内閣外務大臣をしておりました重光先生外務大臣の現職でニューヨークにマッカーサー元元帥を訪ねられた、その報告を重光さんが閣議でなさったということでございますので、私は、閣議に果たしてそういう報告があったかどうかまでは調べておりませんけれども、これは松村先生回顧録の中で出されておりますので、それを信じてここに引用したいと思いますが、重光外務大臣がマッカーサーにお会いしたときに、マッカーサーが開口一番重光さんに質問したのは、ちょうど昭和三十年でございますから、終戦後十年ほど経過した時期でありましたでしょう、それを考えてマッカーサーは、この十年間に日本がここまで復興したその最高の殊勲者はだれだと思いますかという質問をなさったということであります。重光さんは、これは多分マ元帥あなたですよと言わせたいのでそのような質問をしたのかと実は内心思ったものですから、黙っておったそうであります。そうすると、マッカーサー氏は重ねてこのように言われたそうです。それは日本の天皇であるということを言われたそうです。なぜかといいますと、その年数は、私はここに書いてございませんけれども天皇が第一回にマッカーサー元帥を御訪問なされた事実がございますけれども、そのときに、外国の王室にかかわる方々であれば、そういうことをなさらずに、国が破れれば一番先に国外に逃亡するかあるいは戦勝者に対して命ごいをするというのが、大体外国の歴史の姿であった。ところが、日本の天皇におかせられては、一言半句もそのようなことをなされずに、すべての責任は私一人で負うから、国民生活だけはひとつ大きく寛大な気持ちでこれをやってもらいたいということを、天皇がマッカーサーにお話しなされておるということでございます。そして最初は、マッカーサーは、敗戦国の天皇が命ごいに来たのではないということで軽べつの念を持ちながら天皇をお迎えしたのでございますけれども天皇とお会いして、その言葉から、しかも天皇の本当に真心あふれる真摯な御態度に深く感動しまして、そして最大の敬意を払ってこれをお送りした。したがって、その天皇を中心に日本が敗戦以来立ち上がったのであって、一番の殊勲者は私は天皇であると思っているというようなことを、マッカーサーが話されたということを松村謙三さんが回顧録に書きとめてございます。  先ほど次長が、皇室財産の問題で、こういう例は諸外国にはあまりないではないかということを話しておりますけれども、私も全く同感なんです。何々家と言えば必ず姓がございます。しかもこれは、外国の王室にも、たとえばハプスブルグであるとか、あるいはホーヘンツォレルンであるとか、あるいはまたチューダーであるとかロマノフであるとかブルボンであるとか、シナにおいても劉家であるとか趙家であるとか、必ず姓がございます。しかし、わが日本の皇室には姓がございません。姓がないということは、世界の王室史上まことに奇跡的なことじゃないかと私は思うのです。こういう姿を私は、もっと堂々と国民が自分の心にこれを受けとめて、それを国民が自覚するような堂々たる姿が日本の国民にあってもいいじゃないかと思うのです。それが敗戦以来、天皇は戦犯の第一号じゃないかというようなことを言わせながら、しかも、それをそうじゃないのだと言えば、それは大変軍国主義的な右翼のやからの言うことだというような、そういう風潮がはびこっておった時代もありますけれども、これは私は大変な誤りじゃないかと思うのです。  私は、これを誤りであると否定するについて、大変饒舌を弄して恐縮でございますけれども、人間の大脳の構造を話してみたいと思うのです。人間の大脳の構造の中で、左右二つの大脳が合わさっておりますが、その合わせ目が実は大脳の古い皮でございまして、古皮質と呼ばれますけれども、これは人間の欲望をつかさどる本能のバロメーターとなるところであります。ここから欲望が生まれてくるわけです。この欲望は哺乳動物は、どんな動物でも持っておるのです。この欲望のうちの大きなものは、もちろん自分の体を維持しようとする個体維持の欲望です。もう一つは、お互いに集団しようとする欲望です。もう一つは、種族を繁栄させていこうとする欲望です。この三大欲望は、哺乳動物はみんな同じに持っているのです。したがいまして、大脳の古い皮質から出る欲望の限りにおいては、人間も哺乳動物も何ら変わりはないということなんです。それが人間だけがなぜ別の面を持っているかというと、これは人間だけに抜群に発達した新しい皮の層があるわけです。これが大脳を包んでいる新皮質です。これは、ほかの哺乳動物にはないのです。あっても、それは大変後退しております。特に前頭葉と呼ばれるところは人間だけにあるものです。この前頭葉から人間の特性というものが生まれてくる。これは私が勝手にこじつけた理屈じゃなくて、大脳生理学の世界的な通説になっております。  したがって、人間と他の哺乳動物の差はどこにあるか。自分の体を養おう、自分の体を維持しよう、あるいは種族をつくっていこう、お互いに集団をつくろう、こういう欲望、これは牛や犬や豚やネコやサルにもあるのです。どんな哺乳動物にもあるのです。ですから、人間が自分だけをやろう、自分のためだけ動こうとするならば、その限りにおいては哺乳動物、他の動物と余り変わらないわけです。それが変わるのは、人間の脳を包んでおる新しい皮から出るところの知、情、意をつかさどる、そういう作用があるからである。その一番の中心が、前頭葉にある特性をつかさどるところである。したがって人間は、その心の中で価値意識というものを持っております。何がとうといか、あるいは何が正しいか、どうすればいいのか、どうしなければならないのかという価値意識と、それから行動に対する規範というものを自分の心の中に持っておる。これが他の哺乳動物と人間との違うところです。  そこで、そういうことを考えますと、他の動物であれば、何がとうといのか、何を大事にしなければいけないのかということはないわけです。人間だけが持っておるこれを伸ばしていかなければいけない。しかもこれは、心の純なるものほど最も強く持っておるというのがやはり定説でございます。  それを考えてきますと、日本の国が長い間皇室をいただいて、しかも、その皇室は御自分の姓というものを持たれない。しかも、代々の天皇の御名には必ず仁の一字を付されて、そうして国民すべてにえこひいきをつけることなく、どんな人でもあまねくこれに仁愛をたれさせたもうというお心が含まれておる。これを、やはり日本国民はここでもう一度かみしめなければいけないじゃないかと実は思うのです。  大変饒舌が長くなりますけれども、これは亡くなりましたのですが、かつてシナにおいて、曾国藩の再来ではないかと言われた湯恩伯という蒋介石総統の非常に信頼を受けた将軍がございました。曾国藩という方は、シナの清朝末期に出た大変すぐれた、シナの歴史でもまれに見るような人格者であるし、哲人であるし、しかも政治家であって軍人でありました。この曾国藩の弟子で李鴻章というのがおりましたけれども、李鴻章などは、曾国藩から比べますと問題にならぬほど小人物であったはずです。この湯恩伯というのは、曾国藩の再来ではないかとまで当時言われておったのですが、この湯恩伯が、蒋介石総統が終戦のときに日本の天皇制の護持につきまして大変お力を尽くされたその理由を聞かれたことがあるそうですか、私はその理由を直接この湯恩伯将軍から伺ったのでありますけれども、そのときに蒋介石総統はこう言われたそうです。  日本の皇室をここで守っていくということについては、幾つかの理由があるのだ。その理由の一つ一つみんなこれは大事だ。しかし、その中でとりわけ大事なのは、連綿として二千数百年——ことしは紀元で言いますと、二千六百三十五年でありますけれども、その二千数百年連綿として皇統が続いてきているという姿は世界のどこにもないのだ。ただ年代が長いというだけならばあるでしょうけれども、特に国と皇室とのつながりを、このように心の奥底に持ってつながってきたのはないのです。実はわがシナにおいても、四千年の歴史の中で多くの王制が変わっておる。しかもシナでは、あくまでも政治の典型に王道ということを考えてやってきたが、それがシナではとうとう実現できなかった。ところがくしくも、シナでできなかったことが、日本においては天皇を中心に伝わっておるじゃないか。したがって、この日本の天皇制というものを守っていくということは、これは世界の歴史のためにも大事なことなんだということを言われたと聞いております。  このように、先ほどのマッカーサーの話にしましても、あるいはまた、いまの蒋介石総統の話にしましても、外国の心ある者は、非常に深く日本の皇室のことを敬愛しておられる。  したがって、私はこの際、政府におかれましても、もっともっとその点については率直に、勇気を持ってこのことを出してもいいじゃないかという気がするのです。それらを考えても、天皇には全く自分というものがない。非常に広く、深く国民すべてを考えておられるということであられるわけでございまして、それだからこそ、日本国象徴であるし、日本国民統合象徴であらせられるわけですので、それを日本国民は、やはり改めてこの時期にかみしめなければいけないのじゃないかという気持ちでいっぱいなんです。したがって、それだけにまた、天皇の御日常に御不自由をおかけするようなことがあってはならないのじゃないかと思うのです。このようなことを、私がここで大胆に申し上げますと、あいつは右翼だろう、とんでもないことを言い出したと思う方も国民の中にはおられるかもしれません。しかし、私は私なりにそういう信念で御皇室に対して考えておりますので、どうぞ御不自由のないようにお願いしたいと思っております。  それから次にもう一点、宮内庁富田さんにお伺いしたいのですけれども、それは皇室財産について譲り渡しをする、あるいはまた皇室財産を譲り受ける、あるいは賜与なされるというようなことがありますが、これは、そういう場合には国会の議決を経なければならないというように憲法の八条に規定がございますけれども、これを受けて賜与または譲り受けの限度額というものを定めてあるようです。これはもちろん毎年、毎年この限度額を改定しているようではございませんけれども、このような非常に諸物価趨勢あるいはまた給与改定、それがなされるこの時期でございますので、私は当然これも出されるんじゃないか、譲り受けの限度額等についての改定がなされんじゃないかと思っておったのですけれども、今回出されていないようですが、これについてはどのような理由なのか、出されなくても差し支えないのかどうか、お伺いしたいと思います。
  22. 富田朝彦

    富田(朝)政府委員 お答え申し上げます。  ただいま賜与並びに譲り受けの限度額を、この施行法改正するような次第になっておらないが、その理由いかんというお尋ねであったかと思います。もうすぐに先生御指摘のように憲法八条、さらにそれを受けまして皇室経済法第二条で、これは昭和二十八年の改正でございますが、四項目の議決を要しない事柄を挙げてございます。それをさらに受けまして、皇室経済法施行法で、四十七年の四月に改定がございまして、それぞれ内廷費で申しますと九百九十万円の賜与の限度額、それから譲り受けにつきましては三百三十万円、こういう改定がなされて現在に至っておるわけでございます。この賜与並びに譲り受けの限度額につきましては、やや定額改定そのものとは性格を異にいたしておると思いまするし、また立法の当時の精神からいいましても、そうであろうかと考えておるわけでございます。  それでは、何を中心にこの限度額の問題を考えていくかということになりますと、賜与されるその実態あるいは譲り受けの実態、こういうものを十分詳細に私どもとして検討し、考えまして、その実態に合わないということになりますれば、やはり将来においては、これは改定お願いするということがあると存じております。しかし本年は、昨年来いろいろ検討いたしてみましたが、その実態が、いま四十七年の改定されました限度額の中で賄えるであろう、ただ私どもの心構えとしましては、その限度額の中で賄えるその賜与の運用と申しますか、あり方については、やはり時の流れの重点というものを踏み外さないように十分考えながらまいらなければいけない、かように考えておりますが、限度額そのものは検討の結果、今回は改定お願いしないでもしかるべきではないか、かような理由提出してございません。
  23. 林大幹

    ○林(大)委員 いまの説明で了解いたしました。  次に、先ほどちょっと触れました天皇の御訪米の問題でございますけれども、私どもは、当時アメリカのフォード大統領が来日なさいましたときの報道を新聞で知っておる程度でございますが、その御訪米の時期あるいはそれについてどのように準備が進んでおられるか。これは、ここでお話しできる範囲で結構でございますので、お伺いしたいと思います。これは総理府の政務次官の先生の方がよろしゅうございますか。どちらがいいですか。宮内庁ですか。
  24. 松本十郎

    ○松本(十)政府委員 昨年来日されましたフォード大統領によりまして、十一月十九日、皇居における天皇陛下との御会見の際に、以前から天皇皇后陛下に対しまして御訪米を招待申し上げていたが、改めて適当な時期に御訪米されるよう御招待したい旨の申し入れがありました。また政府に対しましても、大統領から同様の趣旨のお話があったと聞いております。  両陛下の御訪米は、日米友好親善の増進の上で望ましいことと考えられ、いずれ適当な時期に純粋な親善の目的をもって御訪米願うことになるものと考えております。  御訪米の具体的な時期につきましては、将来外交ルートを通じまして両国政府間で話し合いが行われ、皇室の御都合を勘案して決められることになろうと存じます。
  25. 林大幹

    ○林(大)委員 大変どうもありがとうございました。  宮内庁富田さんにお伺いしますけれども皇族方の殿邸の整備はどのようになっておられましょうか。また常陸宮様の御殿邸は何かそのままのようなことを聞いておりますが、これについて御準備がおありかどうか伺いたいと思います。
  26. 富田朝彦

    富田(朝)政府委員 お答え申し上げます。  皇族殿邸の整備についてでございますが、本年度の審議をいただいておりまする予算案で、常陸宮の殿邸につきまして、五十年度を初年度として二カ年計画で整備をいたしたいということで要求を計上いたしております。  一般的な殿邸の状況を申し上げますと、戦後あるいは戦中に——まあ戦中に戦災を受けたのが二殿邸ございますが、戦後すでに三十年たっておりますので、大変老朽化しておるというような状況から、また内外の御交際も、だんだん年を経ますとともに、各宮家とも外国の閣僚というような方がお見えになっても、殿邸でいろいろ話し合いをされるというような場合もございまして、そういうものがふえてまいりましたのに、非常に機能的ではございませんし、また、そうした老朽化してきたということで、先ほど定額改定のときにちょっと申し上げました皇室経済に関する懇談会、これが四十三年十二月に開かれたわけでございますが、その懇談会におきまして、この皇族殿邸をどうすべきかという点をいろいろ御審議をいただきました結果、ただいま申し上げましたような現状でございますので、逐次これを整備すべきである、その整備は国の費用をもって行うべきであるという旨の方針がその懇談会の場で御決定に相なったわけでございます。  自来この方針に基づきまして、昭和四十四年から四十八年にかけまして三笠宮、秩父宮、高松宮の三宮家の殿邸は新しく完成をいたしたわけでございまして、残る常陸宮殿邸のみが現在、旧のままの状態でございます。常陸宮殿邸は、かつて東伏見家がございました当時、東伏見家が御使用になっておられたものでございまして、これは大正十三年の建築に係るものでございます。したがいまして、もうすでに五十二年たっておるわけでありますが、この殿邸は、戦時中に戦災を受けておりまして、その後一時、東宮仮御所ということで御使用になった時点で若干の修理はいたしましたが、その後、いま申し上げましたような年月を経ておりますので、修理というようなことによっては不可能であるという専門家の意見もございまして、このたび新しくひとつ整備をさしていただきたい。しかしそのために、いろいろ宮廷費の関係におきまして、いわゆる経費増を総体として来すことは好ましくないということで、いろいろやりくりをいたしまして、緊急度の低いもの等は落とした結果、そのほとんどの建築関係につきましては、経費増のない形におきまして予算にお願いをしておるような次第でございます。したがいまして、もしこれがお認めいただけますならば、五十一年度におきまして完成を見ることに相なろうかと考えております。
  27. 林大幹

    ○林(大)委員 皇族方の殿邸の御整備の状況、お話の内容で了解いたしましたが、今度は別に、桂離宮がございますけれども、この桂離宮の保存の状態とかあるいはこれに対する参観、そのようなことで、現状はどうなっておりますか、伺いたいと思います。
  28. 富田朝彦

    富田(朝)政府委員 お答え申し上げます。  もう林委員も御案内のように、桂離宮は十七世紀の初期に、元号で言いますと、何か元和から寛永にかけてのようでございますけれども、造営されました日本の世界に誇る文化的価値を持つ建造物、こういう由緒あるものでございますが、何分にも三百五十年以上たっておるわけでございまして、その間、いろいろ必死な維持管理等が行われてまいったわけでございますが、そうした年月の経過というようなこともございまして、あそこを参観された専門家、有識者等からいろいろ、床が沈下しておるではないかとかあるいはどうも柱が曲がっておるようだというような御指摘等もございまして、昭和四十八年度から四十九年度にかけまして二カ年、専門家の基本的な調査を委託いたしたわけでございます。東京にございます国立文化財研究所の関野博士あるいは京都大学の名誉教授の村田博士、こういうような方を中心にしまして、いろいろと調査しました結果が、報告をつい昨年受けたわけでございますが、その結果、要点を申しますと、建物全体が右回りにねじれておる。それから、柱の傾きが一番ひどいので最大一・七センチ傾いておるのがある。それから、床面の不等沈下といいますか、その沈下が、古書院殿と申します部分で五・四センチ、そういうように不等沈下をいたしておるようでございます。それからまた、レントゲンを使いまして壁その他を調査をしたようでございますが、その結果、シロアリというような昆虫、微生物による被害というようなものも出ておるようでありまして、その結論としては、早急にやはり大修理をすべきじゃないか。これは明治時代に一回柱等を取りかえた一部修理があったようでございますけれども、そういう結論が出たわけでございます。  しかし、私どもとしましては、この修理をすべきものであると感じつつも、やはり桂離宮という御殿は貴重な文化的な価値でございますので、その修理をするとして、その内容あるいはやり方、解体をするのかどうかというようなことまで含めまして、これは先ほど申し上げた専門家の先生の調査ではございますけれども、さらに広く専門家の知恵をおかりして、その結果をまちたい、そういうことで、ただいま御審議いただいておりまする五十年度予算の要求の中に、桂離宮整備懇談会、これは仮称でございますが、というものをお願いをいたしております。もしこれがお認め願えれば、こうした学界の権威者をメンバーにいたしまして、できるだけ早く、すでに基礎報告は出ておりますので、そういうものを中心にいたしまして、どういうふうにやるべきか、どういう手順でやるべきかというようなことをひとつ御審議いただいて、慎重の上にも慎重を期して、しかもなおかつ結論が、こういう工法でやらなければいけないという権威者のお答えが出ますれば、それをもとにしまして、もしでき得るならば五十一年度からひとつこの修理に取りかかりたい、かように考えておるわけでございます。  それで、もし仮に修理ということに相なりました場合、これは離宮の建物の中は、修理ということになりまするので別でございますが、庭園部分につきましての参観は支障がないように工事をしたい、こういうふうに考えております。したがいまして、その期間といえども、それを閉鎖する、参観を中止するというような措置はとりたくない、かように考えております。
  29. 林大幹

    ○林(大)委員 時間がなくなりますので、あと二点ほどでございますが、その一点は、これは国民の一人としてこういうことを申し上げるのは、大変どうも恐懼にたえないのでございますけれども、私どもよく存じ上げないものですから、大変ぶしつけな質問をすることになりますが、皇太子様の御日常あるいはまた皇太子様と国民とのお触れ合い、それについて質問を許してもらいたいと思うのです。  と申しますのは、ここに週刊新潮という週刊誌がありますけれども、その週刊新潮の最近の号に、天皇陛下が初めて川崎昭和電工を初めその他二、三を御訪問なさった状況が実は報じられているのです。日にちを確めましたところが、昭和二十一年の二月十九日だそうでございますけれども、このときに陛下がいろいろ、終戦後の本当に荒れ果てた、まだ整備されない工場で働いておる職員たちに親しく、食事は大丈夫かとかあるいはよく休めるかとか働くのに不自由はないかとか健康は大丈夫かとかいうことを一々お尋ねなさった。そのとき尋ねられた職員は、答えることができないで、むせび泣いたということが報じられておるんですね。  これについて、当時の外国の記者の報道もあったようです。外国の記者などは、その情景に想像しなかった大きな精神的なショックを受けたようですけれども、そのショックというのは、むしろ国民天皇を恨んでいるのじゃないか、だからこの際、国民の前に天皇が姿をあらわしたときは、国民はみんなそれに対して恨みの声を投げるのじゃないかと期待しておったようなんです、外国には多くあることですから。ところが、この場合そうじゃなくて、一人一人の工員が、あるいは答えるすべを知らずにむせび泣くとか、あるいはまた、年寄りなどはその場で土下座してしまうというような情景、これはだれにも強制されたわけじゃなくておのずからそういう姿であったわけですね。天皇がお立ちになった後、だれからともなく「君が代」が歌われたというようなことが報ぜられているのです。これは私、日本人の心の奥底にある感情じゃないかと思うのです。  それで、いまの天皇様は、御即位になられてから昭和五十年まで、この間わが国の歩みとともにあらゆる苦難の中を過ごされてきたわけです。したがって国民は、いまの天皇様には非常な親愛あるいは敬愛、敬仰の念というものをおのずからにして持っております。ただ皇太子様も、やはりこれは日本国象徴であるし、日本国民統合象徴であられる天皇のお次におられる方でございますので、いま世界的な一つの流れと言ってはいけませんが、傾向の中に、外国においては王室と国民とがお互いに血で血を洗うような不祥な事件を引き起こしておるところもあるわけでございますが、日本ではそういうことがあってはならぬのでございまして、それにはやはり私、皇太子様の御日常というものは、皇太子様も天皇と同じように国民のことを深く愛され、常に心配されておるのだという姿が国民の目に映ってもらいたいと思うのです。  週刊誌にたまたま報じられると、御一家団らんの姿しかわれわれの目に映らないわけです。御一家団らんの姿もいいのですけれども、果たしてあの姿をいまの若者はどう受けとめるか、非常に疑問があると思うのです。  したがって、もっと皇太子様にも、そのようなことをなされておれば幸せなんですけれども、知らないから伺うのですが、やはり帝王としての御学問、つまり王者としての無私な、自分をなくした本当に公正無私な御学問というものをなさっていただいておれば、たいへん幸せなんですけれども、そういう点について、私など存じないものですから、たいへん危惧を抱いておるのです。  これは、政府のほうにもあるいは御関係があるのかもしれませんが、松本先生あるいはまた富田次長のほうから、話せる範囲でけっこうでございますので、お聞かせ願いたいと思います。
  30. 富田朝彦

    富田(朝)政府委員 お答え申し上げます。  ただいま敗戦直後の陛下の地方御巡幸の一コマの情景等についてお話があり、感銘深く拝聴した次第でございます。また先ほどの、松村先生の著書の御引用、私も拝見しまして感銘深く記憶をいたしております。  皇太子殿下の御性格なり御活動なりについてのお尋ねでございますが、私も就任以来まだ日が浅いものでございまして、たびたびお目にかかるというようなこともございませんが、ごくわずかな期間ではございましたが、お目にかかった私の印象といいますか、率直に申し上げますと、やはり無私誠実なお方であられるという深い感じを受けたような次第でございます。いまもおっしゃられましたように、将来象徴の地位を継承されるお立場に立っておられるわけでございますので、やはりお考えの中には国民とともに歩む、こういうお気持ち、また、それは国民の中にもあるわけでございますから、ともに歩むというお気持ちでございますから、やはり国民の先頭を切って走るというようなことでもないし、またおくれをとるというようなことでもないように、非常にじみちな、これは両殿下ともでありますが、じみちに国民との接触を深めていきたい、かようなお考えで行動をなすっておられるように拝見しております。  まあ報道関係で、御家族の御団らんの姿等がいろいろ出るわけでございますが、なかなか公の行動をなすっておられるお姿が出ませんので、われわれも非常に残念に思っておりますし、また私どものそういう面での補佐と申しますか御奉公が足りないのじゃないか、そういう点は反省をいたしております。  具体的に若干申し上げたいと思いますが、各方面からのお成りを願い入れるような場合が非常に多いようでございます。そういう場合に殿下は、国民の幸福につながるというような観点から、そのうちで大事なものには進んで御臨席になるということで、こういうところにお成りあるいは御臨席の数も非常に多いわけであります。  昨年行啓になりました主なものを若干挙げますと、これは毎年でありますけれども、国体の大会に参られまして、青少年のスポーツをいわば御奨励になられる意味でも非常に熱心にごらんになり、また、お言葉も下さるような場合もあるわけでございます。そのほか、いろいろ気にかけて、いろいろと行事等のことも深く事前に勉強されておいでになったものにパラリンピック、東京オリンピックのときからですかでき上がりまして、あれがいま国体でも行われておりますが、そういうパラリンピックとか、あるいは献血運動の推進全国大会でありますとか、あるいはまた自然保護憲章の宣言をする大会でありますとか、あるいはあすをきずく青少年の全国大会でありますとか、こういう青少年を中心にしました会合には、非常にお忙しい日程を組まれてお成りになっておられるわけであります。  そういうふうに行啓をされました際に、殿下のお態度というのは、それがどういう性格で、どれだけ青少年の体位がそのために上がっているのか、あるいは上げるためにはもっとこういう方法があるのかないのかというふうなことにも非常な関心を持たれまして、関係者にいろいろと御質問になったり、あるいは御勉強になったりというようなこともなさいますし、また先ほど、陛下の例を申されましたけれども、やはり殿下もそうしたチャンスさえあれば、そこに出ておりまする働く若者とかそういう人たちと非常に時間をかけてじっくり話し合って、若い人たちはどういうことを考えておるのだというようなことを非常に吸収されようと図っておられる。また、その間に親近感をお互いに増す。ただ、時間を非常におかけになるものですから、非常に幅広く数多い方々ということになりますと、一回にはなかなか——そういう形ではなくて、深くあれしようというようなお立場でやっておられるようでございます。  それからまた、御殿の方に参りたいということでよくおいでになる方がおられますが、たとえば海外で農業指導その他に当たります日本青年海外協力隊員、こういう方々が出発される、あるいは任務を終えて帰ってこられるという場合には、必ずお招きになりまして、いろいろ現地での苦労、そういうものを聞かれ、また御慰労をしておられる。それからまた、行政官でありましても、人事院がやっております行政官の海外研修がございますが、こうした若手官吏、これなども出発するときとかあるいは二年間の留学を終えて帰ってまいりますと、どうだったというようなことで、いろいろまたそういう人たちからちょっと角度の違った話も聞いておられます。あるいは辺地の学校の校長さんが、東京に文部省のあれでお集まりになるような場合がありますが、そういうときには、特にぜひ辺地の校長さんにお会いしたいというようなことで御殿に招かれまして、辺地教育と申しますか、辺地での子供たちの姿、こういうものを一生懸命お聞きになっておられる。また御激励にもなっておられる。そういうようなことで、いろいろとお忙しくやっておられますし、またそのほか、中山伊知郎博士あるいは田中二郎博士等から憲法、経済法あるいはその他国際事情等の御進講等もお受けになりまして、いろいろとまたその面でも勉強をしておられ、本来御性格が無私、御誠実とお見受けいたしますので、そういうものと、お年も進んでまいりまして、非常に円熟したお世継ぎとしての御性格をますます深く身におつけになって、しかも国民との間を一層努力をしたい、こういうお気持で日々お忙しい御活動をなすっているように考えております。
  31. 松本十郎

    ○松本(十)政府委員 私は、日ごろから、皇室とは常に国民大衆にも身近な御存在であってほしいと考えております。特に皇太子殿下は、次代の象徴たるべきお方でありまして、ただいま富田次長から詳しく報告、説明がありましたように、あらゆる機会をつかまえて国民活動、特に若い層の人たちに接触されることがきわめて望ましいことであり、そのようにあってほしいと願っておる次第であります。  なお、皇室のあり方につきましては、憲法の条章の示すところに従って、国民から敬愛される御存在としての伝統を損なうことのないようにと考えておりまして、その任にあります宮内庁当局ともよく話し合ってまいりたい、こう考えております。
  32. 林大幹

    ○林(大)委員 ただいま松本官房副長官並びに富田次長からつまびらかにお話しいただきまして、本当にありがとうございました。  やはりわが国の憲法が示しておりますように、天皇は国政には直接お携わりにならずに、国事をお進めなさるということでございまして、建国以来歴代の天皇は、常に国政の上に超越されておられて、そして国事をみそなわされるということが、私は日本の皇室の非常に特色ではないかと思っておりましたし、この姿は非常に大事だと思っております。したがって、私がただいまこの時間に質問したことは、陛下に、あるいは皇太子に、もっともっと国政に対して身を入れろという意味は全然含まれておりません。ただ、あくまでも日本国象徴であるし、また国民統合の象徴であられるし、また皇太子様もその地位をお継ぎになる方でございますので、そういう意味で、本当に国民から親しまれるし、また敬愛されるお姿というものを、これは天皇陛下皇太子がどんなに努力なさろうとも、やはり側近におられる宮内庁あるいはまた内閣の方でその点について十分な御配慮をいただかなければいけないわけですので、その点を特にお願いいたしまして、私の質問を終わります。      ————◇—————
  33. 藤尾正行

    藤尾委員長 次に、国家公務員寒冷地手的に関する法律の一部を改正する法律案について質疑に入ります。竹中修一君。
  34. 竹中修一

    竹中委員 先ほど提案理由説明がありました国家公務員寒冷地手当に関する法律改正案について、若干の御質問を申し上げたいと思います。  私は、青森県という積雪寒冷地に居住しておるものでございまして、この問題については、過去数回委員会でも取り上げさせていただいて御質問申し上げたわけでございますが、このたび寒冷地手当に関する勧告を出していただき、また、これを法案として提案されました政府、人事院に対して一応の敬意を表したいと思うのです。一月二十三日に両院の議長並びに内閣総理大臣に出されました勧告は、御承知のとおり北海道の甲地、乙地については二年ぶり、二冬日、北海道の丙地、内地の五級、四級に関しては六年目の改定であるわけです。しかも加算額についてのみの勧告であります。また、政府の法案も加算額についてのみの改定法案でありますけれども、この人事院の勧告について政府は一〇〇%そのとおり実施するつもりであるかどうか、総務副長官にお尋ねいたします。
  35. 秋富公正

    秋富政府委員 ただいま人事院勧告のとおり政府といたしましてはこれを完全に実施すべく、今回法案を出して御審議をいただく次第でございます。
  36. 竹中修一

    竹中委員 勧告を一〇〇%実施するということでございますが、この法律の第二条第二項の「北海道以外の寒冷地内閣総理大臣が定める地域」これは寒冷地手当支給規則の別表第一、第二の五級地、四級地、これが世帯主で言いますと一万一千円を一万七千円に、扶養親族のない世帯主は七千三百五十円を一万一千三百五十円に、その他の独身の者は三千七百円を五千七百円に引き上げるわけでありますけれども、これは北海道の甲、乙、丙地の加算額と違って一応限度額を示しているわけです。そして内閣総理大臣がこの限度額の範囲内で寒冷地手当支給規則で定めるということになっているわけですが、この寒冷地手当支給規則を政府はいつ公布、施行する計画でございましょうか。
  37. 秋富公正

    秋富政府委員 御指摘のとおり、今回の勧告は支給限度額の引き上げのみでございまして、この具体的な級別地の金額は、別途内閣総理大臣総理府令で定めることとなっているわけでございますが、これにつきましても、この法律の成立をもちまして、あらためて人事院から勧告が行われるものと承知いたしておりまして、政府といたしましては、勧告が出れば速やかに寒冷地手当支給規則を改正する所存でございます。
  38. 竹中修一

    竹中委員 いま政府は、人事院勧告があったならば、その前提として本法案が成立したならばということでございますけれども、人事院は、その時期をいつに見ておられるわけですか。
  39. 藤井貞夫

    ○藤井(貞)政府委員 お答えいたします。  勧告にも付記をいたしたのでございますが、内地の四、五級地の加算額の具体的な額につきましては、いまこれから御審議をいただきます寒冷地手当に関する法律案が国会で御承認をいただけますれば、直ちに内閣総理大臣あてに勧告を申し上げることにいたしておりまして、目下、その手続は準備をいたしておる次第でございます。
  40. 竹中修一

    竹中委員 勧告も法案提出も、すべて現在審議中の本法案が成立後ということでございますが、四十八年の場合には、趣旨説明が二月二十二日、採決が三月一日ということでございます。それに比べると、きょうから審議するわけですから、約十日早いわけですけれども、担当の総務副長官とすれば、この法案はいつごろ衆議院で可決される見通しであるか、お伺いをしたいと思います。
  41. 松本十郎

    ○松本(十)政府委員 当委員会において慎重に御審議の上、できるだけ早く可決してくださることを願っております。
  42. 竹中修一

    竹中委員 野党の委員各位の御協力を得て——ちょうどおられますので、速やかに成立することをひとつお願い申し上げます。先ほど申し上げましたように、支給規則できめる、いわゆる内地の五級、四級でございますが、従来は五級地において限度額いっぱい、四級地においては大体それの五〇%というふうな慣例になっているようでございますが、人事院は今回も、勧告の場合に備えて作業を進めているということですけれども、大体五級地は限度いっぱい、四級地は五〇%と、従来の線を踏襲する御予定でございましょうか。
  43. 藤井貞夫

    ○藤井(貞)政府委員 お話しのように、われわれといたしましては従来の線を踏襲をいたしたいという気持ちでございます。
  44. 竹中修一

    竹中委員 そうしますと、結局いまの法案並びに五級、四級は、次の勧告を待ってやるわけですけれども、これが全部成立したとすれば、これの適用される地域、人員等は一体どれくらいになるのでございますか。それがまた国家公務員全般の中で何%ぐらいを占めるのでございましょうか。
  45. 秋富公正

    秋富政府委員 現在の寒冷地手当を受けております国家公務員、これは一般職と特別職合わせまして約二十三万三千名でございます。今回の勧告に基づきまして御審議いただきます法案の直接の対象となります者は、北海道及び内地の四級、五級地のものでございますので、これは約十四万六千名でございます。
  46. 竹中修一

    竹中委員 局長、甲、乙、丙とか五級、四級、これでわかりませんか。甲地は幾ら、乙地は幾ら……。
  47. 秋富公正

    秋富政府委員 北海道につきまして、これを全部総括して申し上げますと、一般職、特別職合わせまして八万一千六百名でございます。内地が五級から一級までございますが、五級地が一般職、特別職合わせまして約四万二千三百名でございます。四級地が二万二千八百名、三級地が四万八千名、二級地が一万九百名、一級地が二万七千九百名という大体の数字でございます。
  48. 竹中修一

    竹中委員 わかりました。そうしますと、いま適用範囲並びに人員がわかったわけでありますけれども、これに要する予算額並びにその財源はどういうふうになっておりますか。
  49. 秋富公正

    秋富政府委員 一般会計、特別会計合わせまして、今回の所要額は約二十億でございます。これにつきましては四十九年度、五十年度ともに、現在の四十九年につきましては既定予算の枠内で、五十年度につきましてはただいま御審議いただいております予算案の中で実行可能と考えております。
  50. 竹中修一

    竹中委員 四十九年度は現在の予算の枠内ということは、どういうことでございますか。
  51. 秋富公正

    秋富政府委員 これは既定経費の節約あるいは流用ということで実行可能という見通しでございます。
  52. 竹中修一

    竹中委員 心配はないわけですね。
  53. 秋富公正

    秋富政府委員 そのとおりでございます。
  54. 竹中修一

    竹中委員 いままでのお答えで、予算あるいは適用人員あるいはまた支給規則、五級、四級、全貌がわかったわけでありますけれども寒冷地手当の支給規則の改正のための勧告を行う際に、各地区の格づけの見直しは行わないかということでございますが、四十八年三月一日、当委員会寒冷地手当の採決をしましたときに、附帯決議が各派共同提案で出ているわけです。御承知だと思いますが、「寒冷地手当の支給地域区分について継続して検討を行ない、その不均衡の改善措置を講ずべきである。」という附帯決議がついているわけです。  今回少なくとも、現在審議中の法案の甲、乙、丙、これは変更がないと思いますし、この後人事院勧告をする五級、四級、その他三、二、一、これについて、附帯決議があることでもありますし、また仄聞するに、各地から級別の格上げを非常に要望しているということもございますけれども、このことについてお答えをいただきたいと思います。
  55. 藤井貞夫

    ○藤井(貞)政府委員 地域区分改正の問題につきましては、御指摘のように附帯決議もいただいております。また現在、各地からかなりの数の地域区分改正の要望等が出されておるのでございます。  実は、地域区分改正につきましては、御専門の先生、よく御承知でありますように、昭和四十三年におきまして、できるだけ地域間の公平を図りたいということで従来の格づけの基準を明確化いたしまして、この基準によって運用をいたしておるところでございますが、昭和四十七年に新しい気象資料に基づきまして若干の級地の引き上げを行いました。これによって級地間の不均衡は相当程度解消しているものと考えておるわけでございます。ただ全体が全体、完全にこれで解消したとは言えないし、また地区の住民、公務員の立場から見ますと、いろいろ意見もあり、要請もあることは、これは否めません。  そこで、それらについては、われわれはその声を無視して一切級地の改正等はやらないなどというような態度ではおりませんで、慎重に検討いたしておるわけでありますが、地域区分改正をやるということになりますと、やはり気象条件、その他に非常に大きな影響を受けるわけでございますので、気象条件はやはりある程度相当長期にわたって資料を収集しなければならぬというようなこともございますので、最近では大体三年から四年ぐらいの資料をまとめて、これを総合的に検討して、必要があれば改正をやるというようなことをやっております。  先般、附帯決議もございましたので、それらの点についても検討はいたしておるのでありますけれども、今回の場合はちょっと問に合いませんので、今度の私たちの勧告では、地域区分改正については勧告はいたさないということに相なるかと思いますが、しかし、いま申し上げましたように、引き続き各地の情勢、気象条件等をにらみながら、さらに慎重に検討を続けてまいりたい、かように考えております。
  56. 竹中修一

    竹中委員 そうしますと、先ほどのお答えの中にも、四十七年の改定の際に相当程度格差が解消されたという話でありますけれども、今後ともきめ細かくこの格づけの検討はなさるということでございますか。
  57. 藤井貞夫

    ○藤井(貞)政府委員 さようでございます。
  58. 竹中修一

    竹中委員 お話をまた変えますけれども、今回の加算額の改定において、いわゆる改善率と申しますか、上がった率、これは世帯主について見ますと、北海道甲地では六三・六%上がった、また乙地では五九・七%、丙地で五五・一%、内地の五級が五四・五%、これは満額にしてです。四級地が五〇%にして、半額にして五四・五%、大体五四%から六〇%前後ということで、ならしてみて、大体上がる率、改善率が同じくらいになったというような計算になっておって、そういうふうな御説明でございますけれども、御承知のとおり北海道の甲地と乙地は四十七年に改定をしているわけです。丙地と五級、四級、これは六年ぶりなわけです。したがって現行は、甲、乙は四十七年だけれども、丙と五、四は四十三年ということです。  そうすると、現行でただ改善率が今回は五、六〇%だということですけれども、実際はその甲、乙両方とも、丙と五級、四級と同じように四十三年から比べてみると、実は甲、乙それぞれ、甲地の場合は一〇二%の改善率になっておる、乙地の場合は八〇・二%の改善率になっておる。ここら辺が私、ちょっと計算が違うのじゃないかと思うのです。丙地と五級、四級の人にしてみると、自分たちは四十三年から初めて上がったのだ、だから四十三年から比較してみると、甲、乙はそれぞれもう一〇〇%、八〇%上がっているのだということで、非常に矛盾を感ずると思うのです。こういうことを、どういう資料に基づいてこういう数字をはじき出されたものか、お答えをいただきたいと思います。
  59. 茨木広

    ○茨木政府委員 お答え申し上げます。  前回の改正をやりました際に、四十三年と四十七年の間で当時の燃料の消費事情が変わっておりましたので、北海道地区については石炭と灯油の比率を、従来石炭を中心にやっておりましたものを、油灯が三五%、石炭が六五%という比率にまず内容を置きかえております。それから、その検討をいたしました際に、東北については薪炭の形でずっと来ておりましたけれども、当時、相当灯油に置きかわっておったようでございますが、当時の価格関係からいたしますと、むしろ灯油の方が安い感じの時代でございましたという点が一つございます。  それから前回の改正の際には、甲、乙、丙、北海道についての吟味をやります際に、暖房度日数というように呼んでおりますけれども、屋外の気温が摂氏の八度以下の日に室内温度を十二度に高めるという計算をしておるわけでございますが、それの年間の所要の度日数を累計したものでございますが、それの比率を出しまして、それによって甲、乙、丙それぞれの地区の暖房度日数を出し、それから五級地以外についてもやはりそういう検討をいたしております。  そこで、それらをあわせて検討いたしますと、当時の加算額の状況を見ますと、金額とあわせましていろいろ検討しました結果、北海道の甲と乙地について変更を加える必要があり、その他の地域については据え置いたかっこうでちょうどバランスがとれているということであったわけでございます。そういうことでこの前の改正を御承認いただいたという経緯になっております。  そこで今回は、相対関係それから暖房度日数の関係はそのまま踏まえまして、その上にその後の事情変更を加味するという考え方をとらしていただいたわけでございます。  そこで、第一に変更いたしてまいりました事情は、灯油の消費の実態がさらに進んでまいりまして、もちろんそれは各家庭によって若干の相違はございますけれども北海道地区全体として、総理府統計局の家計調査等から出てまいりましたものを基準に置いたわけでございます。それで、四十八年度の実態で見ますと、大体灯油が七〇%、石炭が三〇%という使用割合が出てまいりました。そういうことで、従来の三五対六五という比率を七〇対三〇にまた置きかえるという点が一点でございます。  それから価格の点につきましては、その後御案内のように四十八、四十九年度と両年度にわたりまして大変上昇を続けてまいりましたので、前回の調査時の価格からの上昇率を見ますと、灯油が九五%、石炭価格の方が五四・七%というような上昇を見ております。そこで、先ほどの使用割合と価格の上昇率を加重平均いたしますと、八二・九%程度の上昇率という結果が出てまいったわけでございます。  その次に、もう一つ考慮を払わなければいかぬ事情といたしましては、御案内のように石炭が相当灯油に置きかわってまいりました。灯油という事情になりますと、全国的な事情で、御案内のように石油問題から価格が上がっておりますので、それらについては北海道以外の地域の方々もすべて何らかの影響は受けておるわけでございますので、そこで、もともと寒冷増高費関係のものは、一般の俸給の中、それから寒冷地関係基準額、それから加算額、それらを総合的に見て負担をしておるという関係にございますので、その辺の事情をやはり調整する必要がございました。  そこで今回は、寒冷地手当の非支給地の、各測候所等がございます地域の暖房度日数の累計を見ますと、平均六百六十という数値が出てまいりましたので、その数値分を従来の北海道地域の暖房度日数から引かしていただいて、その差額の分について今度の改定額を加算していくというような考え方をとらせていただいたわけでございます。その結果が、先ほど先生がおっしゃられました北海道地区では、六〇%強の平均のアップ額になってまいった、こういう結果でございます。  それから東北の方につきましては、御案内のようにほとんど大部分のものが薪炭から灯油に置きかわっておるという事情がございます。二つの計算方式をいたしてみまして、いずれも大体似たような結果になるわけでございますが、一つは北海道の丙地の地区と本土の五級地、四級地との相対関係が、前の四十七年のときに一応据え置かれましたその相対関係でございますが、その比率で算定をいたしましたものが、今度は六千円という限度額として出てきておるわけでございます。それをもう一つの計算方式の、薪炭手当設置当時のカロリー計算から出てまいりましたものに新しい価格を入れてみますと、やはり同じような結果が出てまいりました。そこで、いずれをとりましても似たような数値になりますので、今回は全般的にこれを灯油に置きかえるということになりますと、非支給地との問題のほかに、三級地以下との間の調整の問題も同時に出てまいります。  そこで今回は、なおやはり北海道地区については石炭を使用しているという事情を踏まえまして、先ほど説明いたしましたように、非支給地の暖房度日数を調整するというやり方をとりまして、激変をそこで多少緩和をいたしたわけでございますが、やはりそういう思想を受け継ぎまして、北海道の丙地区から、従来の比率でもって東北以下の五給地の限度額を算定をすることが妥当なものというふうに考えまして、勧告のような内容のものに相なった次第でございます。
  60. 竹中修一

    竹中委員 いまの御説明を伺いますと、従来加算額というのは、創設されたときから石炭を基準にして来た、それが四十七年の改定のときから燃料の事情が変わってきたということで、灯油石炭併用という形になってきているわけです。それがさらに今回の改定では、灯油がもっとふえてきたということで七〇%、三〇%にしていただいているわけですが、それはそれなりに妥当な考え方だろうと思うのです。  ところで北海道は、そういうふうに灯油と石炭の割合が非常に明確に数字の上であらわせるが、内地の場合はなかなかそうはいかないと思うのです。いまの御説明ですと、私もちょっと専門的でないのでわかりませんけれども、大体この辺が妥当だというお考えですけれども、内地の場合は北海道のように七〇%、三〇%というような、何か基準というか物差しがあるわけでございますか。
  61. 茨木広

    ○茨木政府委員 もとの薪炭手当から、本土の方の四級地、五級地の加算額は変わってまいりました。これは御案内のように、議員立法でできました経緯がございます。その当時は、普通の本土の暖房方式でございますと、火ばちとかいろりとかおこたとか、そういう暖房であるということでございますけれども、それらの地域には薪炭ストーブを使っておるのだというような計算で、その両者の暖房の消費熱量の差というものをつかまえて計算をしておるようでございます。  それから変更してまいりました結果、一応の試算をやってみますと、その当時使いました方式、それを今度は灯油に置きかえて灯油価格を入れて計算してみますと、先ほど同じような結果になると申し上げましたけれども、やはり五四・五%程度の引き上げ率になるような価格が出てまいります。それと、今度こちらの方で正式に使わせていただいた北海道の丙地と、それから現在の加算額の五級地、四級地のそれぞれの金額でございますが、その今度の改正加算額にその比率を乗じまして出てまいりましたものも、やはり同じような数値になる、こういうことでございます。
  62. 竹中修一

    竹中委員 燃料事情、また現地の寒冷度、そういうものは非常に流動的でございますので、ひとつ常に流動的な弾力性のあるお考え方を進めていただきたいと思います。  ところで、この寒冷地手当というのは、制度的には、昭和二十一年に北海道にとりあえず石炭手当を出さなければいけないということから始まったわけですが、あれからすでにもう三十年たっているわけです。その間、いわゆる適用地域あるいはまた名前、金額等、その時点時点で改定をされて現在三本立てになっている。しかも、それが一つは五級から四級まであるというようなことで、それぞれの地点において非常に御苦労なさり、御苦心なさったことだと思うのです。一応敬意を表したいと思いますが、今度の勧告の中に、その中の一つの柱である定額部分の勧告がなかったわけです。これはどういうような資料に基づき、またお考えから、定額部分の勧告をなさらなかったか、お伺いしたいと思います。
  63. 茨木広

    ○茨木政府委員 基準額の方の問題は、一つの問題としましては、例の夏にいたしております官民の給与調査に基づきます格差が出てまいりますが、その中の配分の問題になっておるという前からの経緯が一つございます。それから御案内のように、定額は前の改正のときからずっと据え置かれておりますので、それぞれの等級間の問題としてながめてみますと、だんだんまた当時の事情と似たような問題が出てまいっておるのではないかということがございますけれども、同時に定率の方の部分が、給与の本俸、扶養手当等の改正がその後毎年行われておりますので、しかも、その改定率が相当高額になっております関係上、それの四五%が自動的に反映してまいりますので、その定率の額と合計してみますと、現在の基準額というものは、民間の事情等とあわせ見ましても、決して見劣りのするものではないというような結論が出てまいりまして、特に三級地以下につきましては、前回の四十七年度から今回までの定率の方の額によるところのアップ額と、推定されます灯油額のアップ額というようなものも比較をいたしまして検討してみますと、ちょうど据え置いても大丈夫であるというような結果が出てまいりましたので、今回はとりあえず、そういう燃料費の非常にかさむ加算額のものについてだけの改定お願いするという態度をとらしていただいたわけでございます。
  64. 竹中修一

    竹中委員 いまのお答えを聞いておりますと、余り歯切れがよくないわけです。全般のバランスを見て基準額を足してみたら、大体これで間に合いそうだというようなことだ、余り理論づけがないような気がするのですが、結局、国家公務員として命令があればどこにでも行って勤務をしなければいけない、赴任をしなければいけないということで、いままで暖かいところに勤務しておった公務員が急に寒いところに行くということになると、大変御苦労だと思うのです。そしてまた、最初の冬になると、ストーブを買わなければいけない、衣類も冬季用の衣類を買わなければいけない、雪が降ると雪も片づけなければいけない。衣食住について気苦労のほかに非常に費用がかさむわけです。  そこで、いま基準額の中に定率部分と定額部分、さらには加算部分と三本立てになっていると思うのですが、そうしますと、冬季いわゆる寒冷積雪における衣食住の中でこの三本立ての、たとえば定額部分は一体何をカバーするのだ、定率部分は一体何をカバーしているのだ、あるいは加算部分は何をカバーしているのだというような明確な理論づけができるものでございましょうか、お尋ねをします。
  65. 茨木広

    ○茨木政府委員 御案内のように、寒冷増高費ということで通常の非支給地の方の生活費と寒冷地手当支給地帯の生活費と比較してみまして、光熱費、被服費、食糧費、住居費、その他雑費、こういうようなものについての増高分を寒冷地手当全体として見るというような立て方に相なっております。で、基準額と加算額とまた給与の中で定率と定額と、やはり全体としてそれをカバーするのだというのが現時点におけるたてまえでございます。  ただ御案内のように、前からの経緯的には加算額の方は、北海道については主として燃料費を見ておったのだと思いますけれども、石炭の現物支給的な考え方から始まってきた。それから、それとの関係で三十年代になりましてから、今度の五級地、四級地について薪炭手当が出てきたという経緯が別途ございますけれども基準額の中で一応はまかなって、特に増高分の著しいものだけは規格外のものとして加算額のもので処理してきた、こういう関係なわけでございます。  それからあと、定率と定額関係は、また別途の観点から、従来の定率方式で行きますと、寒冷地増高費はどっちかというと職務に関係しますよりもやや生活費的なものでございますので、御案内のように相当職務的な要素が各等級間の給与の金額には加味されておりますので、それがそのまま反映してくるのもいかがというような反省から、この前あの当時の改正時点で約二分の一を加算額の方に置きかえていくという操作が行われた経緯でございます。ですから、その両者を合わせまして基準額として全体でそれらの経費をまかなうのだというたてまえは、やはり依然として残っておるのだというふうに考えております。
  66. 竹中修一

    竹中委員 何せ三十年間、その時点時点で最も適当であると思われるようなことをやった。逆に言えば、その時点時点で、ある程度の手当を後追いでやってきたというような関係だと思うのです。したがって、いまのお答えの中にも、総合すれば何とか現在間に合うのだというお話で、ここで間に合う、これはこれで正当なんだという理論づけがなかなかできないように思うのです。そういうことで、この三本立てということは、現在の時点で将来とも続けていかれるつもりかどうか、お尋ねをしたいと思います。
  67. 藤井貞夫

    ○藤井(貞)政府委員 寒冷増高費につきましては、いまお話しの中にもございましたように、最初この制度を発足させまするときには、かなり精緻な調査と分析を行いまして、それぞれの暖房器具とかあるいは燃料とか衣料、それから食品の貯蔵をしなければならぬとかいろいろな面がございまして、それがどのように生活費にはね返ってくるかというようなことを、かなり詳細に分析をして結果を得まして、それとのにらみ合わせで定率、定額という考え方が出てきたというふうに承知をいたしておるのであります。  私の感じといたしましては、もう一遍、ある時点に参りますれば、その考え方について再検討をしてみる必要というものが出てきておるのではないか。もちろん寒冷増高というのは、寒冷と積雪という両面から、大変他の地方とは違った特殊性があるわけでございまして、住民なり公務員なりに大変な負担をかけることは事実であります。ただ、それがどの程度のものが合理的であるのか、生活様式もだんだん変わってきておるわけでございますので、そういう面も踏まえて、もう一遍ひとつ詳細に検討し、調査してみる時期に来ておるのではないかというふうに私自身は考えております。  そういう意味で、事務当局も督励いたしまして、今後はひとつ勉強を続けてまいりたい、かように考えておる次第でございますが、いまのところは、いろいろないきさつがあって三本立てになっておりますが、こういう三本立てというのが、果たしていま合理的なのか。たとえば加算額などというものは、これはいまもお話が出ておりますように、北海道では石炭、それから東北では薪炭というようなことで、暖房様式がほかの地方とは顕著に違うということが明白なもんですから、その分は加算をしてはっきりさせようということで出てきたと思います。思いますが、これも燃料が灯油に全般的に移行するということになってまいりますと、全国の問題にもなりますし、むろん寒冷積雪地帯では、量はたくさん使わなければならぬと思いますけれども、それが加算額という形でやるのがいいのかどうか、別の手当てをするほうが合理的なのか、そういう点、いろいろ問題が発生をしてきておると思います。そういう点を踏まえまして、御意見の次第もございますので、われわれせっかくこれから勉強いたしたいと思っております。
  68. 竹中修一

    竹中委員 三十年の経緯があって、現時点では今回の勧告を妥当なものというふうにお話しでございますし、私もそう思うわけですが、総裁から、全般的に見直しする時期が来たということでございますので、私もそのとおり認識しております。お互いに知恵を出し合って新しい寒冷地手当、しかも説明のつけやすい寒冷地手当をつくり出したいものだと思います。  次に、地域区分について、北海道の五級丙地である函館地域と、私が住んでおります青森地区とを比較してみたいと思うのです。  四十三年の改定のときは、両者の差は加算額で一万四千六百円であったわけです。ところが今回の改定で、一万四千六百円が二万二千七百円と差が開いたわけです。私は、函館と青森とは、海峡一つ隔てているけれども、ほぼ同じだというふうに認識しているのです。  資料がちょっと古くなるのですが、これは、ちょうど四十七年の改定のときに出された資料だと思いますが、「日本気候表(昭和四十七年版)」及び「気象庁観測技術資料第六号」というのが手元にあるわけですが、函館と青森との年平均気温を比較しますと、函館が八・二度、青森が九・六度、ちょっと暖かいわけですけれども、一月の一番寒いときの平均気温を比較しますと、函館がマイナス三・九、青森がマイナス二度。冬の四カ月間の平均風速が、これは風速一メートルあると体感気温が一度下がるというようなことで、函館が三・九メートル、青森が四・〇メートル、まあほとんど同じような風速です。それから冬の四カ月間の平均日照時間は、函館が百二十八・二時間、青森が逆に八五・六時間、非常に曇りの日が多いということです。それだけにわれわれ体に感ずる寒さが厳しいということです。もう一つ問題になりますのは、函館は青森に比べて雪が少ない。一番雪が深く積もるその平均が、函館は四十センチ、青森は一・〇八メートルということです。先ほどもちょっと申し述べましたが、雪がたくさん降りますと、これを片づけるのに大変な費用と人力がかかるわけです。それから、先ほども総裁おっしゃいましたように暖房度日数、これが函館は十一月五日から四月二十四日までの間を見ている。青森は十一月六日から四月二十三日、まあ同じ日にちを見て、函館は千九百五十二度目、青森が千八百七十五度目というふうにして、いま、ほかの青森県の資料もたくさんありますけれども、時間がありませんので省略しますが、函館市と青森市を比べて、この資料から見て私はほぼ同じだと思うのです。  そういうことは、ちょうど四十八年の八月二十八日に、亡くなられました佐藤総裁が、やはりこの委員会でお話ししておりましたその中に、これは四十七年度のことですが、「函館を据え置きにしたのはどういうわけだ、それは海峡を隔てた青森と比べて北海道はそんなに上げる根拠は出てこないと、青森さんに非常に遠慮しながらやったのだ」云々の言葉があるわけですけれども、当時も函館が上がらなかった、それを納得させるために、青森と函館は同じなんだから、青森が上がらないのだから函館も上がらないのだというような御説明をなさっているわけです。  こういうふうに私は、住んでいるところだから申し上げるわけでないのですけれども、級の格づけにまだまだもう少しきめ細かくやらなければならぬ点があると思うのです。青森と函館は同じだから、函館を何も青森並みに引き下げろということでなく、青森を函館並みに上げていただきたいというふうに考えておるわけですが、こういうことについて、私は本当にきめ細かいこれからの作業をお願いしたいと思うのです。青森と函館についてどういうふうにお考えになりますでしょうか、大変きついお尋ねでございますけれども
  69. 茨木広

    ○茨木政府委員 いま先生がいろいろデータをお挙げになられましたが、そこでも若干の差がいろいろございますようです。  それで、一番基本的に一つ問題がございますのは、全く同じでございますればまた別でございますが、そこに差が出てまいりますというと、今度提案を申し上げてない基準額の方に問題がある。全くこれは同等に扱っておる、要するに本土の五級地の基準額をそのまま北海道地域に同様に適用いたしておる。そこで、加算額を燃料費だけだというふうに見てみますと、そこに先ほどいろいろお挙げになられましたデータの差に、比較しては少し開き過ぎているではないかという感じがおありなんだろうと思いますが、基礎の方の基準額が全く同じでありますから、基準額の中に入っております住居費とか食料費とか被服費とかいうようなもののいろいろなものの中に、そこに若干の差がございますものが、北海道地区の方が同じ五級地といいましても、やはり多くかかるという問題があると思います。そうしますと、どうしても燃料費が基準額の中でカバーをする部分が、本土の方の五級地に比しまして少ないと見ざるを得ないではないかというところも、やはり勘案してまいらなければいかぬのじゃなかろうかと思っております。  この両者の方はそれぞれ、北海道の方ではまたその乙地、丙地の間の差が開かれますことについて大変抵抗感を、向こうは向こうなりに持っておるようでございますから、いろいろやはり各方面それぞれの立場でまた見方がございますので、今後ともよく注視してままいりたいと思っておりますけれども、そういう基準額そのものが同額であるという点も、ひとつ御勘案をいただきたいと思っております。
  70. 竹中修一

    竹中委員 お答えでわかるわけですけれども、結局三本立てがそれぞれの何に対応しているかという考え方が明確でなくなってしまっているから、そういう批判が出てくると思うのです。そういう点、先ほど総裁も、寒冷地手当全般を見直すということでございますので、それに期待をしたいと思います。  時間がなくなりましたので、最後にお尋ね申し上げますが、先ほど支給区分について、先般の附帯決議について申し上げましたが、その附帯決議の前段に、「積雪寒冷地帯に公務員が定着しがたい実情にかんがみ、人事院は今後における燃料価格の動向を含む寒冷増高費の実態等について十分検討を行ない、定額分および加算額の増額ならびに基準日後の世帯区分の変更等に応ずる支給額の調整について検討すべきである。」ということで、各派共同提案で出され、満場一致で可決されているわけです。定額分が増額にならなかったということは、先ほど御説明をいただきましたけれども、特に基準日以後の世帯区分、すなわち九月一日以降新たに結婚された方あるいは九月一日以降新たに採用された方、これは支給されていないわけです。一方、八月三十一日に在勤をしておって十月に入ってから別なところに赴任しても、それは返さなくてもいい。後追いになっているわけです。この前四十八年のときも、基準日以後赴任された方でも、寒冷地に住むためにいろいろ費用がかかるのだということで、これはぜひ実現してもらうように検討すべきであるという附帯決議をつけたわけですけれども、今回それはどういうふうになっているわけででしょうか。
  71. 藤井貞夫

    ○藤井(貞)政府委員 御指摘がございましたように、制度改正につきましていろいろ貴重な御意見を伺っておるわけでございます。私たちも問題意識を持ちましてこれに対処をしてまいっておる次第でございますが、特にお話のありました新規採用なりあるいは身分の変動なりあるいは結婚等をやった場合の世帯区分の変更等に応ずる手当の追給あるいは返納という問題が、一つの残された問題としてあるわけでございます。附帯決議もいただいておりますので、種々検討を重ねてきておるのでございますが、これも御承知のように、この問題はやる限りはやはり追給をすれば返納もその裏として筋を通していくということをやりませんと、追給だけはするけれども返さないということも、これは一つやはり不公平といいますか、そういう問題がございます。ございますが、返納ということになりますと、やはり現在までの既得権で、返さなくてもといったような人なんかの一種の抵抗感といいますか、それは少し身勝手じゃないか、制度が変わるからいいじゃないかというものの、一つの抵抗感というものがございます。われわれの方にも、いろいろ御意見が来ておるわけであります。意見はありましても、意見自身は十分に検討するといたし出しても、最後に方針々決めれば、これは踏み切らざるを得ないとは思いますけれども、この点、もう少しいろいろ調整を図るような点、まだ踏み切るにちゅうちょしなければならないような事情もございまして、今回の勧告には間に合わなかったということでございますが、これにつきましても、引き続き成案を得るように努力をいたしたいと存じます。
  72. 竹中修一

    竹中委員 実際寒くなってから赴任する人は本当に困ると思うんですよ。これは制度全般の見直しとは関係なく早急に実現するようにお願いしたいと思うのです。  そこで、これで質問を終わるわけですが、先ほど来申し上げておりますように、現行の三本立てでいいかどうかということ、それからさらに、一級から五級までありますけれども地域をもう少しきめ細かく、北海道が三つに分かれているわけですから、きめ細かく格づけをしていただきたいというふうに思うわけでございますが、附帯決議の実施等についても、さらに御勉強いただきたいと思います。  最後に、この勧告というものは冬にならなければ出せないものかどうか、お答えをいただきたいと思います。
  73. 藤井貞夫

    ○藤井(貞)政府委員 そういうことはございませんで、過去におきましても、私も調べましたが、八月の本勧告のときにあわせて出したこともあるようでございます。ただ、本年度の寒冷地の勧告につきましては、七月の時分からいろいろ検討を重ねてきたことは事実でございますけれども、本体のベースアップを諸般の情勢から早くやらなければならぬということで、局員その他作業に全力を傾けてそれに精力を集中した。これは言いわけにはなりませんけれども、そういう実態がございましたために、ついに間に合わずに、給与勧告とは別途に処置をする結果となったことでございます。その後、事実上、これも言いわけではありませんが、燃料価格にも変動がございましたし、それから、先刻来話題になっております。〇%、三〇%の石炭、灯油の使用割合の問題等も、やや変動的なところもあったというような事態もございまして、慎重に事態を見きわめながら結論を急いだということで、今回ようやく成案を得て御提案を申し上げましたということでございますので、その点、御了承を賜りたいと思います。
  74. 竹中修一

    竹中委員 とにかく寒いところに赴任する人は大変なんですから、物心ともに非常にお困りになると思うのです。それを、勇躍寒いところにも赴任できるようにひとつ人事院の特段の御配慮をお願いして質問を終わります。どうもありがとうございました。
  75. 藤尾正行

    藤尾委員長 次回は、来る十八日火曜日、午前十時理事会、十時三十分より委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時六分散会      ————◇—————