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参考人(
熊沢喜久雄君)
熊沢でございます。
きょうは、
地力と
施肥というようなことに非常に御関心があるというお話がありましたものですから、その点を
中心にして
意見を述べてみたいと思います。
この
地力の問題は単に
土壌とか
肥料の
関係者だけではなくて、
農業生産における最も
基本的な問題であるということは言えるわけで、こういうことについて非常に短い時間でどれだけのことが話せるかということはわからないわけですけれ
ども、非常にアウトラインだけを申し述べて、あといろいろ御質問に応じたいと思います。
まず第一に、
地力と
肥料との
関係でありますけれ
ども、よく
地力と
肥力——肥の力ですね、そういうふうに言われていることに関しては非常に不正確でありまして、やはり厳密には、われわれは、
肥料というのは
地力、つまり
土壌の
肥沃度を
維持して向上させるために土に与えられるものだということで、対立するようなことで表現されるような
性質を持つものではないというふうに考えております。
そこで、
肥料をやるという上においては、たえず土の
性質を考えなきゃいけないわけですけれ
ども、この土の
性質というのはまたいろいろな面がありまして、まあ
研究の便宜上は、それを
物理性とかあるいは
化学性、あるいは
生物性、そういういろいろな側面に分けて考えるのがいいというふうに言われているわけであります。
物理性というのは、たとえば士の
作土の深さだとか、あるいは
下層土の構造だとか、
空気や水の
流通性、あるいは土の固さ、や
わらかさ、まあ耕起しやすさ、しにくさということにも反映しますけれ
ども、そういうようなこと。それから
化学性というのは、土の
養分含量やあるいは
酸性度あるいは
燐酸吸収力等々いろいろな値が測定されて示されてくるわけです。しかし、それと同時にまた、
生物性というのも非常に重要なものであって、その土の中に住んでいるいろいろな
生物、特に
微生物の活動などにそれが表現されてくるわけであります。
また一方、
作物の側から見て、じゃ、土はどう見られるかといいますと、その
性質というのは水、
空気それから温度、
作物の必要とする
養分を十分に供給する、それから
作物の
生育に有害なものがあってはならない、あるいは
作土は十分深くなければならないというようないろいろな面から要求が出されているわけです。そういう次第でありますから、その中て
肥料をやる
——施肥をやるというのはそういう
一定の
人間の
行動でありますけれ
ども、そういう結果として土の
物理性あるいは
化学性、
生物性などにどのような
変化を与えるかということは、また、そのために、
作物にとって先ほど申し上げましたような、土のいろいろな重要な機能がどういう
変化を受けてくるかということは、非常に重要な問題で検討しなきゃいけないわけであります。
それで
肥料といいましてもいろいろありまして、
有機質肥料、
無機質肥料というような分け方もありますし、それから
速効性肥料と緩
効性肥料というような分け方もありますし、
酸性とアル
カリ性などというようなこともあるわけでありますけれ
ども、そういうような
性質というのも、土と
作物との
関係でいろいろ考えられなければいけないわけであります。
それで、多分ここで最も問題になります
無機質の
化学肥料というものは、そういう以上の諸
性質の中で端的に言いますと、土の
化学的な
性質に
関係して特に
無機養分の
供給能を高めるというようなところに役立っているわけであります。
そういうわけですが、
一般的にいいまして、
植物というのは光のエネルギーを利用して、
固定して、無機物から
有機物をつくる。それで、そのつくった
有機物を
——動物あるいは
微生物なと
地球上のほとんどあらゆる
生物が、それから
有機物を受けて生活をしていくというような
役割りをしているわけでありますけれ
ども、そういう
植物を
生育させるために、
無機養分が十分に与えられるということが重要とされているわけであります。したがって、
農業が、これはいろいろ
農業の
発展がありますけれ
ども、
農業の
発展に伴って
施肥という
行動は非常に古くからあったわけです。特に
人口の
増大というのが
食糧の
増大を必要としてきますが、それを大きく見てみますと、統計的に見ても、
食糧の
増大というのは、もちろん
耕作面積の
増加と、それから
単位面積当たりの
収量増大というようなことで果たされているわけであります。これは歴史的に見ても、あるいは
地域的に見ても、まず前者、つまり
耕作面積の
増大が先行して、それから後者、つまり
単位面積当たりの
収量増大というのがあとに続いているわけであります。
日本、
北アメリカあるいは
西ヨーロッパなどの
地域では、現在、
食糧生産の
増加というのは、もっぱら
単位面積当たりの
収量増加によってもたらされているわけであります。耕地の
単位面積当たりの
収量の
増大というのは、それがつまり
地力の
増大の反映であるというふうに見ることができます。それはまた、直接には
施肥量の
増大というものと結びついているわけであります。
それからまた、
施肥されてきた
肥料の形というのも歴史的に見て大きく
変化していることは
周知のとおりであります。初めは山や野原の草木、あるいは魚とか
海藻類、それから人や
動物の
排せつ物など、つまり
有機物を主体としてそれを土に与えて分解したものを
植物が吸って
生育をしていく。で、
植物と
動物あるいは
微生物、
土壌の間でそういうような
養分が
循環をしているというふうに見られていたわけであります。したがって、
排せつ物を捨てないで全部土に返してやれば、それで十分に
植物は育つんではないかというふうにいわれて、実際の
農法な
どもそういう線に沿ったいろいろな
農法が
発展してきたわけでありますけれ
ども、しかしこの
物質の
循環系に対しては、さらにそれ以外に
空気つまり大気が
関係しているわけで、これも申し上げるまでもないんですが、つまり
有機物が分解すると炭素は
炭酸ガスとして出てくる。それから
窒素は
窒素ガスとしてその一部は
大気中に放出されてしまう。
炭酸ガスの場合には、光合成によってまた
固定されますけれ
ども、
遊離窒素というか、
空気中に出てきた
窒素ガスについては、
一般的に
植物はそれを利用することができない。しかし、そういうわけで
物質循環の一環が
窒素においては大きくくずれる
可能性があったわけでございますけれ
ども、実際に
農業が
維持されてきたということは、これは
生物の中に
根粒菌とかあるいはアゾトバクター、あるいは
藍藻などのように
空中の
窒素ガスを取り込んで
自分のからだにするというような能力のあるものが存在していた。それでかろうじてバランスが保たれてきたということがいえます。
しかし、十八
世紀以来非常に
人口が
増大してきて、それに対して
食糧が追いつかないんじゃないかという疑念が出てきたわけですが、十八
世紀の初めごろ、これは特に
ヨーロッパの人の活躍ですけれ
ども、いろいろな
資源が開発されてきた。
窒素に関していえば、その大きなものは
ペルーの
グアノだとかあるいは
チリ硝石が発見されてきたわけです。しかし、これが
物質の
循環系に入ってきて、そのために
食糧の
増大というのがもたらされてきた。しかし、それでしばらくきていましても、
ペルーの
グアノの
埋蔵量、あるいは
チリ硝石の量などから考えてみて、そのままでは
人類の生存があぶないではないかということで、これはきわめて有名な
事件でありますけれ
ども、一八九八年に
イギリス化学協会の会長が、
空気中の
窒素ガスを
固定して利用するという方策を見つけなければ
人類は
食糧危機に陥ってしまうであろうということを非常に切実に訴えた。まあそういう
事件があったわけであります。
しかし、途中でいろいろありますけれ
ども、現在は、
化学及び
化学工業の発達によって
空中窒素が十分に
固定され、
化学肥料として供給されるようになった、こういう面から少なくとも
窒素の
循環に関してはその
危機が一応取り除かれてきた。逆にいいますと、
化学肥料の
固定というものが
生物圏における
植物の
生産をはじめとする
物質の
循環過程において非常に重要な位置を占めてきている。つまり、自然的な
循環過程に対して
人間の関与が非常に大きくなってきているというふうな
状態になっているわけであります。
で、現在、
空中の
窒素の
固定される量というのが
年間九千二百万トン
程度だといたしますと、そのうちの約三分の一というのが工業的な
窒素固定によってまかなわれているわけであります。で、
年間固定量九千二百万トンの中には、林地だとか、林だとか、その他草原などの
固定量が入ってくるので、実際に、
耕作地に対しては、その比率というのは三分の一どころではないことは
周知のとおりになるわけであります。
で、そういうふうにして、この巨大な量というのが、
農耕地に与えられて、そのことによって、
食糧生産が
維持されてきているということが
現状であるというふうに思います。これはFAOのだいぶ前の報告でありますけれ
ども、
化学肥料というのは、
農業開発の先兵である、というふうに規定しておりますけれ
ども、この規定の
根本精神というのは、
現状においてもやはり変
わらないではないかというふうに思われます。つまり、その
供給量の多寡によって
農業生産量というのは大幅に支配されているということは事実であります。また、
窒素だけではなくて、
燐酸と
カリなどにつきましても、これは
空気中に逃げるということはありませんので、土にとどまっているわけです。その点においては、土のある
場所、
資源のある
場所から別の
場所への分配の方式というようなところで問題が残ってくるわけでありまして、それを
地力ということに
関係していいますと、
作物生産の場にどのようにして有効な形で
窒素や
燐酸や
カリを
維持して、また、それを
増加さしていくかということが問題になってくるわけであります。これは、限られた
地球上の
資源の問題として、将来ともその
地力を考える上において、これは国と国との
関係、
地域と
地域との
関係がありますけれ
ども、長い目で見た場合に、
対策が必要になってくる問題ではないかというふうに考えます。
そこで、
肥料でありますけれ
ども、しかし、そういうふうに
肥料の
形想は変わってきましたけれ
ども、現在、やはり
有機質肥料と、それからそれに対していわゆる
化学肥料が次第に変わってきたわけです。しかし、そうはいっても、
有機質肥料の持つ、特に堆・
厩肥の持つ
性質の一部が
化学肥料によって置きかえることができるのみであって、それ以外のいろいろな
性質がありますけれ
ども、それらのものがどのように置きかえ得るかどうか、あるいはそのうちのあるものについては、
化学肥料では
——先ほど言いましたように、
化学性のみを対象としている
化学肥料においては置きかえ得ない重要な
役割りを
有機質、特に堆・
厩肥は持っているというふうに思われます。
そこで、現在、やはり
肥料、
施肥という場面においては、
有機質の
施肥、それから
無機質の
施肥をいかに正しく
関係づけるかということが重要になってきます。
それで、
有機質肥料の中で特に堆・
厩肥が問題になるわけでございますけれ
ども、昔からよく知られておりますように、
米つくりの
篤農家の
技術の
基本というのは
土つくりにあるわけでありまして、
土つくりの内容はいろいろ解明されているわけでありますけれ
ども、客土とともにやはり堆・
厩肥を非常にたくさん与えるということが
基本であるということは間違いのないところであります。で、堆・
厩肥は重粘
質土壌だとかの
改良だとか、あるいは
砂質土壌の
改良などにも当然有効でありますけれ
ども、
一般論として
完熟堆・
厩肥というのは
地力の
維持向上に一番役に立っているということは言えるわけであります。
その
地力の
維持ということはどういう面であらわれてくるかといいますと、一つは
収量が、高い
収量が
維持できるということでありますけれ
ども、しかしさらに、
天候が不順なときなどに非常に安定した
収量を与える。これは去年とか、ことしとか、あるいは
天候状態と
収量との
関係を見ればすぐわかるわけでありまして、特に過去のいろいろな
試験研究データあるいは
農家の
調査などによっても、やはり堆・
厩肥を十分に与えて土をつくっているというところでは、
冷害にあっても、
冷害に対する
減収度合いが非常に少ないというようなことなどいろいろあるわけであります。
そのほか、この堆・
厩肥の効果についてはいろいろ言われておりますけれ
ども、時間の
関係でこれはちょっと省略いたします。いずれにせよ、その堆・
厩肥というものが現在
施用量が落ちているということはたいへん問題ではないか。
あとその点について一言言いますと、堆・
厩肥——有機物というのはいろいろありまして、これは非常に
速効性のもの、緩
効性のもの、その他
性質が違うものがあるわけですが、堆・
厩肥関係、つまり
粗大有機物というふうにいわれているものの中であっても、
完熟堆肥とたとえば、なま
わらというのは
性質が非常に違うのでありまして、それぞれに応じて、土の種類あるいは
気候状態、そういうものに応じて、その
施用方法が考案されなければいけないわけであります。つまり、土の
性質を十分によく知って、それで
対策を講じていくということがなければ、ただ
有機物をやればいいというような形では、かえって土を荒らしていくというようなことも言えるわけであります。そういう点については、
土壌の
調査を非常に徹底的に行なう必要があるわけだろうと思います。
それで、
一般的に水田に比べて畑に対しては堆・
厩肥は絶対的といっていいほど必要になっております。で、
ヨーロッパ農業というのが、
厩肥の
生産、つまり
畜産の進展とともに
発展してきたということは
周知のことでありますけれ
ども、
畑作を考える場合には、
日本でもこの面での結合がさらに一そう配慮して強められる必要があるのではないかというふうに考えます。まあ先進的な
畑作農家あるいは
蔬菜農家などは、
畜産農家と相談して、そこへ行ってたとえば片方からは
わらを供給している、敷き
わらを供給する。それで、その敷き
わらを堆・
厩肥に、踏んでもらったものを
自分が持ってきて、それを腐熟させて、それを十アール
当たり反当何トンというくらい大量に入れて、それで十分な収益をあげているという
状態は各地に出ているわけであります。しかし、それは力のある
農家が行なっているのであって、
一般の
農家は、トラックその他
運搬手段、それから時間とかいろいろあると思いますけれ
ども、
一般に行なわれているわけではないわけであります。しかし、
土つくりというのは国の
食糧生産の非常に
基本であるわけですから、こういうような堆・
厩肥をどういうふうに戻していくかというようなことに関しては、やはり国もしくは何らかの形で、個々の
農家だけの力によらないで、組織的に行なう道が考えられる必要があるのじゃないかというふうに思います。
で、ちょっと時間が過ぎたので少し先にいきますが、まあそういうわけでありますけれ
ども、一方それに対して、それでは
化学肥料とそういう堆・
厩肥投与の
増大という
関係はどういうふうになるかということでございますけれ
ども、すでに私
どものだいぶ
——三代ぐらい前の
教授でございますけれ
ども、
麻生慶次郎先生という方が述べていらっしゃるわけですが、
合理的農業というのは
厩肥と
人造肥料の併用によって完成されるものだということが言われております。また、たとえば米作
——米つくり日本一において、そのまとめによりますと、八百キログラム米を
生産するのに対して二トンぐらいの堆・
厩肥は必要となるだろうと。非常にたくさんの堆・
厩肥を与えていたわけであります。
それで、また一方、そういうたくさんの米をつくっている
農家の
化学肥料の
施肥量を見てみますと、
全国平均が九キロぐらいだとした場合に、
日本一では二十一キロぐらいの
施肥を行なっている。それを両方合わせますと、堆・
厩肥を使って
地力をつけてやる。
地力をつけてやることによって
化学肥料の
施用量が
増大して、その結果、
収量は非常に、普通の
農家のたいへんな量になるわけですけれ
ども、
収量は非常に
増大しているという
関係があるわけであります。
そういうわけで、堆・
厩肥施用を
中心とした
土つくりというのは、
化学肥料の
投与というのと決して矛盾するものではなくて、場合によっては
化学肥料の一そうの
投与を可能にして、安定多収の道を開くということになるんではないか。これは、なるんではないかというよりも、すでにそうなっているわけであります。
それで、多肥といわれている
日本の
状態でありますけれ
ども、この多肥か多肥でないかということは、その国の
食糧の
生産様式、
農家の
形態寸そういうものできまってくるわけでありまして、一がいにには言えないんではないか。
ベルギーが
——ヘクタール
当たりの
平均施用量というのが、
窒素だけでいいますと、
日本が十五・七キロとした場合に、
ベルギーが十九・七キロ、西ドイツが十四キロとか、いろいろ
統計値が出ております。
施用量の低いインドなどは〇・九キロ、
アメリカが四・一キロですか、ちょっと先ほどあれを見たんですが、そういうような結果が出ているわけでありまして、国によって、
農業の
形態によって、非常に
施用量は違ってきている。ただ絶対値だけを持ってきて、これは多過ぎる、少な過ぎるというようなことは、実際
上意味がないわけであります。それで、問題は、いかにして
地力の増強をはかりながら
食糧の
増産ができるかというようなことにあるんではないかというふうに考えております。
ちょっと長くなってしまったので、この辺でやめたいと思うんですけれ
ども、結論として私が申し上げたかったのは、
施肥の目的、
肥料の目的というのは
地力の向上というものを基礎にして
食糧生産に貢献することにあるのである。また、
地力の向上、つまり
土つくりの
基本というのは客土と堆・
厩肥でありますけれ
ども、特に堆・
厩肥の施用というのは、これは忘れてはならないことである。しかしながら、
土壌の
性質に応じてその堆・
厩肥の施用は考えられなければならない。特に、なま
わらなどについては、次善の策といいますか、使い方によっては堆・
厩肥よりも
——完熟堆・
厩肥よりもよい効果が出るということももちろんあるわけでありますけれ
ども、ただ、
有機物であれば、
土壌に
投与すればいいということではなくて、良質の
有機物を
土壌に供給する必要がある。その供給そのものは、経営の中においておのずから
地力の向上がはかられるような形で供給されるのがよいんではないか。そのためには、
畜産との結合というのがやはり一そう考えられなければいけない。
作物のほうからいいますと、えさの
生産ということで
畜産にいきますが、
化学肥料の
性質、
形態——それから最後に申し述べたかったんですが、ちょっと省略したのは、実際、
人口の
増加というのが三十三年で二倍になるということに対して、現在
化学肥料の施用増というのは十年で二倍になるというくらいに、
化学肥料の施用率が非常に
人口増加率を上回っているわけです。それは端的に言えば、
化学肥料の肥効が落ちているということになるわけで、そういう点についてはやはり
肥料そのものの
形態、
性質を一そう
研究して、
施肥技術についても、この際、十分
研究が重ねられていかなければいけないんじゃないかということを示していると思います。
そこで、そういう
施肥技術とそれから
土つくりというものは、すべて
一定の
調査研究をもとにするわけでありますから、そういう点で絶えず
地力の診断というか、現在どうなっているか、それは非常に
性質は動くものですから、絶えずどうなっているかというのを検討する、そういう
調査研究、普及ということが非常に重要になってきていると思います。それで、堆・
厩肥をもとにした
土つくりと、それから
化学肥料を安定供給をして、
物質循環の法則を十分に認識した上で、永続的な
地力増大方式、
維持方式というのが、国家的な見地からさぐられるということが必要ではなかろうかと思います。
ちょっと長くなって恐縮でございます。