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1973-02-22 第71回国会 衆議院 予算委員会公聴会 第1号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十八年二月二十二日(木曜日)     午前十時六分開議  出席委員    委員長 根本龍太郎君    理事 足立 篤郎君 理事 小澤 太郎君    理事 仮谷 忠男君 理事 田澤 吉郎君    理事 湊  徹郎君 理事 阪上安太郎君    理事 辻原 弘市君 理事 谷口善太郎君    理事 山田 太郎君       赤澤 正道君    荒木萬壽夫君       伊能繁次郎君    臼井 莊一君       大野 市郎君    北澤 直吉君       倉成  正君    黒金 泰美君       小平 久雄君    正示啓次郎君       瀬戸山三男君    田中 龍夫君       塚原 俊郎君    野原 正勝君       福田  一君    保利  茂君       細田 吉藏君    前田 正男君       松浦周太郎君    森山 欽司君       安宅 常彦君    阿部 昭吾君       小林  進君    田中 武夫君       中澤 茂一君    楢崎弥之助君       安井 吉典君    中島 武敏君       村上  弘君    岡本 富夫君       小平  忠君  出席公述人         日本経営管理士         協会理事    矢野  彈君         横浜国立大学教         授       宮崎 義一君         國井社会生活研         究所長     國井 國長君  出席政府委員         内閣官房副長官 山下 元利君         行政管理政務次         官       大松 博文君         北海道開発政務         次官      増田  盛君         科学技術政務次         官       伊藤宗一郎君         環境政務次官  坂本三十次君         法務政務次官  野呂 恭一君         外務政務次官  水野  清君         大蔵政務次官  山本 幸雄君         大蔵省主計局次         長       辻  敬一君         厚生政務次官  山口 敏夫君         農林政務次官  鈴木 省吾君         通商産業政務次         官       塩川正十郎君         労働政務次官  葉梨 信行君         自治政務次官  武藤 嘉文君  委員外出席者         予算委員会調査         室長      野路 武敏君     ————————————— 委員の異動 二月二十二日  辞任         補欠選任   不破 哲三君     村上  弘君 同日  辞任         補欠選任   村上  弘君     不破 哲三君     ————————————— 本日の公聴会意見を聞いた案件  昭和四十八年度一般会計予算  昭和四十八年度特別会計予算  昭和四十八年度政府関係機関予算      ————◇—————
  2. 根本龍太郎

    根本委員長 これより会議を開きます。  昭和四十八年度一般会計予算昭和四十八年度特別会計予算及び昭和四十八年度政府関係機関予算、以上三案について公聴会を行ないます。  この際、御出席公述人各位にごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございます。先般御案内申し上げました公聴会は、諸般の事情により延期いたすこととなり、各位にはたいへん御迷惑をおかけいたし、恐縮に存じております。  本日は、各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。何とぞ、昭和四十八年度予算に対しまして、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと願う次第であります。  次に、御意見を承る順序といたしましては、まず矢野公述人、次に宮崎公述人、次に國井公述人順序で、約三十分程度ずつ一通りの御意見をお述べいただき、その後公述人各位に対して委員から質疑を願うことといたします。  それでは、まず矢野公述人にお願いいたします。  なお、國井公述人は少しおくれるとの連絡がありましたので、御了承願います。  矢野公述人
  3. 矢野彈

    矢野公述人 ただいま御指名をいただきました矢野弾でございますが、私の主たる業務は、矢野経済研究所の副社長をいたしておりますが、仕事内容は、マーケティングとコンサルタントの仕事をいたしております。その立場から御意見を述べさせていただきます。  まず初めに、この予算に関しましては、私は賛成立場でございます。しかし、この賛成立場三つ変化を遂げております。  それは第一は、まず、この昭和四十八年度予算が、前年度当初予算に対して二四・六%という形で、この大型化予算インフレをもたらすのではないかどうかということの観点に関して、私は、成長をとめるか、未来の中に成長を築くかという観点立場賛成であったわけですが、これが十三日のドル切り下げによりまして、この予算そのものが、このドル切り下げに対応できるかどうかという観点で、私は対応できるという観点に立っておったわけです。現在、その立場からひるがえって見ておりますと、現段階の問題におきましては、予算を早く審議し、成立させなければならない。なぜならば、社会の不安あるいは経済生活のブランクを生み出すのではないか、そういう観点に立ちましての三つ目変化を遂げた賛成立場に立ってございます。  そこで、この予算そのものがどういう位置づけ、どういう性格を持っているのかということは、私は、申すまでもございませんが、これをひとつ浮き上がらせてみたいと思います。  それは、昭和四十年の一般会計予算が三兆六千五百八十一億ですが、今回の十四兆二千八百四十億は、これは四十年に対して三・九倍でございます。この四十年のときの国民総生産は三十二兆八千百二十五億、四十八年の国民総生産は百九兆八千億でございますので、この総生産に対しましては三・三倍の規模伸び率を見せておるわけでございます。この予算が、国民総生産におけるシェアといいますか、構成比率占有率は、四十年におきまして、国民総生産に対して一一・一、そしてさらに、ことしの予算では一三%に当たります。と申しますことは、これは、四十年から四十七年に関しまして、構成比率アップは一・九%のアップを遂げたということでございます。これを世界貿易対比してみますと、四十年は一千八百六十四億ドル世界輸出市場が示しておりますが、これは四十八年が見通しになりますので、四十七年の数字を提示いたしますが、三千五百六十八億ドル、これは一・九倍に当たります。この中における日本輸出は、四十年におきまして八十四億五千二百万ドル、これは四十七年対比になりますが、二百八十五億九千万ドルでございます。そして、この世界市場輸出市場における日本シェアは、四十年で四・五三%、それが八・〇一%、倍近く伸びておるということでございます。その意味におきましては、この予算そのものの持っている大型化ということは、構成比率から見まするとバランスのとれた形、妥当ではないかということが言えます。  ただ、言えますことは、今回の予算に関しましては、国債を二兆三千億発行いたしております。これは目一ぱいの見積もりをしておるということにおきましては、このような不時の際には、企業におきましても、個人におきましても、一つ不時体制を整えなければならない。そういう意味におきましては、国債目一ぱい発行されているというところに問題があろうかと思いますが、規模的問題としては、そのような観点に立てるのではないかというふうに思います。  続きまして、私は、物価の問題と土地の問題、それから三番目に予算あり方という三つ観点から話を進めてみたいと思います。  物価の問題は、現代の時代社会を、背景をとらえなければならないかと思いますが、戦前、戦時は、ぜいたくは敵だと言い、物の乏しい精神社会でございましたが、戦後、現在におきましては、消費者は王さまだという。消費の促進をかける物の豊かな時代、まあ産業社会でございます。そのような産業社会を経まして、現実のいまの社会はどのような社会かということを申しますと、これは全くの多様化社会であり、そして、多様化個性化であり、個性化選択社会であると思います。その意味においては、物の高級化価格に対する上限というものは選択によって定められるということが言えましょうが、一番大事なことは、それは、生活必需における消費という、生活ベースにおける、衣食住における価格というものが安定しなければならないという観点が立とうと思います。  そういう意味において、この現在における物価問題ということに関して見まするならば、たいへん大きな問題を持っておると思います。しかし、この物価に関しましての対策があるのかないのかということに関しましては、私は、あると思います。それは、いまの現段階におきましては、生産流通消費というトータルのシステムにおける施策予算化ということがおくれているのではないかという観点に立って、あると申し上げるのです。  具体的な事例をあげますと、一つは、二月十二日の日経の夕刊に書いてございます。それはどういうことが伝えられているかといいますと、「台所も“順法明け”生鮮食品入荷順調、値下がり」これは、順法ストのために商品入荷が遅滞して、品薄のために価格が上がっている、それが、順法ストが明けたあとにおいて、商品入荷が順調になって価格が下がっているということでございます。二番目に、昨年はミカンは豊作貧乏といわれました。そして三番目にあげられますことは、不況カルテルが十三ございましたけれども、これがことしの一月で全部解消になりました。これは生産の調整をして、価格バランスの回復をしたということでございます。この中に価格運動法則がございます。物価運動法則がございます。それはどういうことかと申しますと、需要に対して供給が上回れば価格は下落する。需要に対して供給が下回れば、これは価格は上がる。ここに物価運動法則がございます。そうしますと、生産流通消費というトータルの体系的な政府施策がなされるならば、物価に対しては安定供給というバランスはとれるのだという事実が証明されるのではないでしょうか。  そういう観点で本年度予算を見ますと、流通対策費が二百十七億、前年対比で三五・二%、低生産性部門の向上六千九百三十四億、前年対比で二三・五、生活必要物資等安定供給費一千六百九十五億、前年対比で六七%となっております。費目に対しての予算づけということにおいては、一見その施策がたいへんなされているように見えますが、この流通対策費内容を見ておりますと、生産地に対する生産補助予算づけであり、はっきり申し上げますと、小口分散でお金がまかれているというのはここにあげられます。ただ、この中で、消費地規模低温貯蔵庫というものに対する予算づけを四億三千万ほどしてございます。去年は大阪と川崎でその実施がなされておるわけですが、本年度予算に関しましては、最終の二カ所を設置する、その先がまだ最終決定を見ておりません。ここにも行政施策のおくれということがあるのではないかと思われます。  低生産性部門も、いま申し上げたような観点で、この六千九百三十四億がまかれてございます。  私がこの最後にあげた生活必要物資安定供給というのは、名前からは、私が先ほど申し上げました生産流通消費必需消費一定化、安定化させていく施策だということで、内容を取り上げてみましたら、この中の八百九十九億は国鉄補助であり、あとは地下鉄であり、あるいは路面電車であり、あるいは環境衛生という形での予算でございます。何回も繰り返すようですが、生産流通消費というトータルの体系の中で、しかもこの物価問題は大都市に集約されると言っても過言ではございません。そのような観点での施策がない。ですから、物価安定供給はできないのだというような観点に立たざるを得ないというふうに感じます。  もう一つ大事なことは、日本の体質は、原料を輸入し、付加価値を高め、加工度を高めて輸出をし、その中で日本経済成長の発展を遂げてきたわけですが、先ごろ、輸入インフレということが言われております。その意味においては、この資源確保に対してはたいへん重要な配慮が行なわれなければならないと思います。海外においてエコノミック・アニマルという形での資源あさりというようなことがあってはならないでしょうし、また、消費財における輸入が、やはり今回の問題を機縁にして、ドル切り下げによって、消費者がその供与を受けなければならないということが言えようかと思います。そういう意味においては、現在、いままでの数多くの事例がございますけれども、木材の問題あるいは羊毛の問題、あるいは大豆の問題、特に羊毛に関しましては、四十六年対四十七年においては、量的には三割のアップをしておるにもかかわらず、しかし、価格としては倍にもなっているという事実、ここにはスぺキュレーション、投機が行なわれているのじゃないかということの視点は成立しようかと思います。木材においても同様なことが言えようかと思います。そういう意味におきましては、これは一つの、安定供給の外に対する施策としての輸入開発資源公団と申しましょうか、そういうような制度が要るのではないか。特に、輸出立国という立場をとってきたこの日本の国ではございますけれども、今後福祉社会という視点に変えましたとしましても、資源海外に仰がなければならないという観点に立つならば、そういうような視点が要るのではないかというふうに思います。  第二番目に土地の問題でございますが、全国の土地は三千七百億平米、そのうち民有地が千五百億平米、そして公有地が二千二百億平米。この公有地の中の八億平米が道路でございますけれども、土地問題は決着がついた。全く決着がついたという言い方をしてよろしいかと思います。その事例を取り上げてみますと、すでにそれは、大手企業あるいは業者によって、四十七年三月末時点で所有が終わっているという事態でございます。しかし、この土地に関しましても、東京あるいは首都圏、焦点を東京にしぼってみますと、私は方法があろうかと思います。それは、土地はあるのでございます。大手企業やあるいは業者には所有はされておりますけれども、これを四十坪で、建設省の昭和五十年までの五カ年計画による民間住宅建設で積算して、逆算しますと、東京都内土地不足は二千五百九十四万六千平米でございます。しかし、お隣の千葉に行きますと、七千二百二十万一千平米余っております。埼玉に行きますと、二千七百十八万八千平米これも余ってございます。お隣の神奈川は、二百五十一万六千平米足りません。しかし、これを首都圏というグロスで、足の問題の解決、交通の問題の解決ということを考えるならば、七千九十二万七千平米余るわけでございます。都内を取り上げましても、これは平家建て計算でございますから、これを高層化する、多層化するということによっての解決の道はございます。確かに、現在問題になっている日照権ということはございますけれども、その問題は、どのような形でくふうをするかということの道はあろうかと思います。そういう角度で、高層化ということは、これは物理的にできる、可能な限りはなさなければならないということが、逆に言えば、土地価格を安定させるという問題になるかもしれません。単純に日照権問題規制によって土地問題のバランスをこわしてはならないというところに政治のバランスがあろうかと思います。  そういうような角度で見ますと、土地に関して言いますならば、現在土地保有税ということが出されておりますが、四十七年三月以降の土地確保ということであるならば、すでに終わったことに対する施策になってきます。問題は、工場をいびり出すというようなことじゃなくて、もっと積極的に参加させる税制の措置はないんだろうか、住宅を建てるということに対する積極参加施策はなかろうかという観点でこの問題を考える道はないんでしょうか。そういうふうに考えますと、土地決着はついたけれども、庶民の夢としてもう得られないということではないのだ、それは、企業側にあるものをどのような形で住宅問題に施策化するかということで解決の道を講じなければならないということが言えようかと思います。第三番目に、予算あり方でございますが、この予算あり方の中で、財政硬直性ということが問題にされております。この財政硬直性の中で一つを取り上げますと、国鉄でございますが、国鉄は、昭和四十八年、本年度年度で、ほうっておきますと四千九百三億の赤字が出ます。この四千九百三億を、運賃値上げ千八百五十五億と助成金の八百九十九億で埋めまして、なおかつ二千百四十九億の赤字でございます。一般民間企業でございましたら、まさしく倒産というようなことではないでしょうか。  問題は、それなのに、先ほど順法スト明けの問題を提示しましたが、国鉄のもたらしているものは、財政硬直と、さらには順法ストなどによって物価値上げにも資しているということの事実の問題です。私は、国鉄労働者の権利の主張に対して異議を申し立てているものではございません。そういう事態における国鉄を、国民の足として、国民財政がさらに弾力を増すために、国鉄の労使がいかにあるべきかということに取り組むことが実際的ではないかというような考え方を持っております。そういう意味におきますと、国鉄にはその能力がないのか。いいえ、そうではないと思います。先ほど申し上げました生産流通消費の大動脈を握っているのは国鉄ではないでしょうか。その意味におきましては、この路線と、しかも集積場所、そして駅はすべて町の重要な場所に立地しております。これらの能力と機能を傾けて国鉄再建という問題に取り組むならば、私は、一つの道が開けてくるのではないかと思います。  第二番目に、話は飛び飛びになりますが、教育の問題にちょっと触れてみたいと思いますが、いま、国立大学が七十五、私立が二百九十ございます。これに対する生徒数が、国立が三十二万、私立が百十五万九千。この予算対比は、国立に対して三千八百三十一億、私立助成金一千百三十三億、まさにこれは一対三でございます。生徒数の多い私立に対する助成金が、国づくり人づくりからということを言うにしましてはアンバラではないかと思います。一人当たりにしますと、国立が百十九万五千円、私立が九万八千円という数値になります。  そこで、予算の中で、国鉄の問題と教育の問題を取り上げたわけでございますが、すべての予算の推移を見ておりますと、積み重ね方式でございまして、基本ベースは、それぞれの省管轄での諮問によって、五カ年計画ということが出されておりますが、トータルといたしましては、予算そのものが単年度方式というような形の意味合いに受け取れてなりません。やはり未来の中から、どうあるべきか、ことしはがまんしなければならぬけれども、来年はこうなりますよという、あすへのもくろみ、あすへの窓が開いておるならば、予算そのものに対する考え方がもっと現実的になるのではなかろうかと思います。それは、帰納的な経験主義を積み重ねるのではなくて、やはり演繹的に、未来指向の中からの予算化ということが、一つの考えという中であってもよろしいのではないかというふうに思います。  以上、物価の問題、土地の問題、そして予算の組み方の問題という観点に立ちまして、私の意見を述べさせていただきました。(拍手)
  4. 根本龍太郎

    根本委員長 どうもありがとうございました。  次に、宮崎公述人にお願いいたします。
  5. 宮崎義一

    宮崎公述人 御指名にあずかりました宮崎でございます。  先ほども予算委員長からお話がありましたように、公述人として呼ばれましたのは、実は、変動相場制に移るその当日であったかと思いますが、実は、現在変動相場制に移っております。その変動相場制移行後における予算あり方について、一般的な私の見解を述べまして、御参考に供したいと思います。  まず第一に問題なのは、一昨年の十二月十九日に、いわゆるスミソニアン体制に入りました。そして円は一六・八八%の切り上げを行なったことは周知の事実であります。それにもかかわらず、一年二カ月で変動相場制に入ったという事実であります。一体なぜ、あのとき一六・八八%の切り上げをやったにもかかわらず、黒字基調が継続されたのか、この反省がないと、またここでもう一度同じ誤りを繰り返す危険が多いと考えるわけであります。  そこで、一体なぜ、十二月十九日スミソニアン体制に入ったあと、たいへん輸出が困難だといわれていたにもかかわらず、黒字基調が続いて、わずかな間に円の切り上げが話題になり、現に変動相場制に入っているか、このことについて、少し分析を加えてみたいと思います。つまり、分析のデータはかなり一年間に集まっておりまして、その事実をまず踏んまえていただかないと、今後また同じ繰り返しをいたします。  そこで、円レートが切り上がりましたあと東京為替市場におけるドル相場動きを見ますと、もちろん一昨年の八月十五日までは、一ドル三百六十円という固定レートであったわけです。それが十二月には、これは東京外国為替相場直物の翌日物なんですけれども、三百二十二円になり、そして昨年、四十七年一月は三百十五円、二月は三百四円、三月は三百一円九十銭、四月は三百三円、五月は三百四円十銭、六月は三百三円九十八銭、そして七月以降は、ワイダーバンドの上限三百一円十銭にへばりついてずっと固定したわけであります。  いま計算の便宜上、三百一円というのをかりに三百円と計算いたしますと、こういうことになったはずなんです。八月現在で日本輸出品コストが三百六十円であったものを考えます。それは八月十五日までの固定レートでは、明らかに一ドルアメリカ輸出されたはずであります。その三百六十円というコストのかかったものが、この為替レート動きにつれて、当然ドル建て輸出価格が動いていなければならなかったはずであります。先ほど言いましたように、七月以降三百一円にへばりついたわけですから、そうすると、当然それは一ドル二十セント程度価格アメリカで売られていてもよかったわけであります。もしそうであれば、日本輸出はかなり伸び悩んだはずであります。  実際はそうでなかったのであります。実は、実際のドル建て輸出価格というのは、せいぜい八%しか上がらなかったのであります。この八%という数字は、お調べになるとすぐわかりますが、私が参照しましたものとしては、東銀週報の「円問題の所在」という十月十二日付のプリントされたものがありまして、そこにその分析があります。つまり、ほんとうはドル建てでは二〇%上がっていなければならない価格が八%しか上がらないということはどういうことかというと、いままで円建てでは三百六十円で輸出していたものを、三百二十四円に切り下げたということであります。日本人が、円を切り上げたために、円建て輸出価格を、三百六十円のものを三百二十四円にして輸出した、だから輸出黒字基調になったといってよろしいわけであります。これはある意味では、輸出産業にとりましては、円レートは上がったけれども、何とかして輸出を続けたいという意図のあらわれかもしれませんが、しかし、円レートが上がったにもかかわらず、円建て輸出価格が大幅に切り詰められたという事実、これはたいへん注目に値することであります。  その理由は、おそらく三つぐらいあるのですが、一つは、円レートが切り上がったので、あるいは企業内部のむだな費用をできるだけ削除して合理化をする。その合理化も、不当なゆがみをどこにも与えないで、生産性を上げることによって吸収したという場合もありましょう。それは、たとえば電卓の場合にはそれがあったかに私は思うのですが、しかし、それだけではなかったのでありまして、あと二つ大きな理由があるのです。  それは、特に大企業の場合でありますけれども、大企業には二重価格制という牢固とした制度があるわけであります。つまり国内価格は高く、輸出価格は低いという制度。これは一番いい例は、カラーテレビで明らかにされた事実であります。カラーテレビは、国内では十九万円で売られていたのに、輸出価格は六万円であったという歴然たる事実であります。つまり、そういう構造が日本輸出産業の中にあるわけであります。そういう構造の中で、一体円の切り上げはどういうふうに反応したかというと、先ほどのように、ドル価格で八%しか上げなかったわけですから、したがって、二重価格制のその輸出価格の引き下げにかなり企業は集中した。  しかし、企業は慈善事業ではないのでありまして、したがって、当然そのコストをどこかに振りかけなければならなかった。当然国内価格にそのコストを分担させなければならなくなったでしょう。したがって、よくいわれます、円は外に向かっては強い、しかし国内に向かっては弱い。それは、実は大企業のこの二重価格制が残っておる限り続く。その二重価格制があったからこそ、実はかなり円レートが切り上がったにもかかわらず、輸出の、つまり黒字基調が減少をしなかったし、そのためにまた切り上げに追い込まれたということを、まず注目する必要があります。  それから、もう一つ原因がありますが、その前に、データとして幾つかのデータを申し上げたいのですが、アメリカで、スミソニアン体制前から、あるいは一昨年の八月ごろからレートが切り上がった後の昨年の三月ごろまで、一体日本商品の現地における小売り価格がどう変わったかという調査があります。これを見ますと、百十品目を調べて、上がったのが四十六ぐらい上がりまして、四十二がむしろドル建てで下がっておりまして、二十二が不変なんであります。つまり、レートが一六・八八%上がったはずにもかかわらず、ドル建てで不変かあるいは下がったものが過半数を占めております。ということは、日本円建てコストがそれだけ下がったということになる客観的なデータがございます。  先ほど申しましたように、大企業の二重価格制が一つの大きな原因でありますが、もう一つあると申しましたのは、これも調査がもうすでに行なわれておりまして、ここに持ってまいりましたのは、国民金融公庫の調査部が発表した調査月報に、輸出関連地場産業調査というのがあります。そのすべてを御紹介する時間がありませんが、燕の金属洋食器の例があります。これはスミソニアン体制あと、燕はたいへん輸出困難になったといわれたのであります。しかし、いつの間にかその声が聞こえなくなって輸出がかなり進んでおります。一体どうして可能であったのか。そのためには、燕の中での分業体制を御紹介しておく必要があるのですが、まずその輸出をするために商社がバイヤーと契約をいたします。そしてその商社が元請というところと価格を契約いたします。そして元請がさらにきわめて家内工業的な下請と契約をして、そしてこの価格関係をきめているわけですが、この調査ではこう書いてあります。価格決定において、バイヤーに次いで商社が決定的な力を持っていたというのが調査の結果であります。  それで、その商社は一体どのようにしたかというと、スミソニアン体制あと、二〇%受注価格を引き下げよという形で元請に要求したのです。つまり、円価格で二〇%切り下げないと輸出できませんよと言って圧力をかけたわけです。で、その二〇%のうちだれがどのように分担したかというと、商社は五%だけ分担しよう、一五%はその現地の下請や元請で引き受けろということになったわけですが、そこのところ、念のため調査の文章をそのまま読んでおきますと、「受注単価については、平均して二〇%の引下げとなっており、単価引上げの交渉もほとんど成功していない。引下げ分の負担割合をみると商社の五%は変わっていないが、元請および下請業者では一五%に拡大している。」つまり、その二〇%コストを切り下げろという要求があって、そのうち一五%は元請と下請で分担させられたという事実があります。さらに、その元請と下請との関係で見ますと、元請が負担した受注単価の引き下げ分の大半は下請加工業者に転嫁されているのが一般である。この下請加工業者というのは、自分の家族労働だけを当てにしたきわめて零細な家内工業なんであります。それが一五%の円価格の引き下げのクッションになった。このことがあって初めて輸出が伸びたわけであります。  そうしますと、一体スミソニアン体制あと日本経済は、あるいは日本国民は、それでどれだけよくなったかということを考えなければならないのであります。確かに輸出をすることはたいへん重要なことでありましょうが、その輸出価格を不当に引き下げてまで輸出したという事実は歴然としているわけであります。  このことを、もう一度ここで繰り返すのかと言いたいのです。つまり、スミソニアン体制あとにあった事実は、この調査が明らかにしておりますように、これは事実なんでありまして、もう一度切り上げた場合に、これと同じことを繰り返すとしますと、こういうことが起こってきます。その当時、つまり三百六十円で輸出をしていた燕の業者はどう言っていたかというと、われわれは決して不当な利益を得て輸出していたのではない、梅干し一個でがんばってろくろくいい食事もしないでそれで輸出したんだ、それなのにスミソニアン体制で一六・八八%切り上がると、つまり梅干し四分の三にして実はこの輸出のために協力したということなんです。で、もう一度切り上がると、今度は梅干し半分にするという論理が、つまり繰り返せばそうなるのです。  一体、それが国民全体のためなのか。つまり、そういう形で輸出を続けている限り、それが輸出第一主義なんですけれども、輸出第一主義に見られるそのような輸出産業の構造をそのままにして切り上げますと、必ずこれを繰り返すわけです。繰り返せばどうなるか。もう一度黒字基調が起こるわけです。そしてまた切り上げるわけです。一体、日本人の忍耐をここでためすような形で、何回も切り上げを要求される可能性があると私は考えるわけです。ここでその考え方を改めることが絶対に必要でありまして、二度と誤りは繰り返さないというのが教訓ではないか。  そうすればどうか。これはこの間新しい円問題になってから田中首相の答弁にありましたように、福祉第一主義でいくとおっしゃっている。もしそうなら、いままでの輸出第一主義のその構造を変えてからスタートしなければならないのであります。  まず第一にやらなければいけないことは、大企業の二重価格制というのにメスを入れる必要があるでしょう。つまり、輸出価格も国内価格も同じように費用分担させさえすれば、決して円レート切り上げなくても輸出価格は上がったのであります。またこれからは上がるのであります。日本の国内の負担しているコスト輸出価格に分担させて、輸出価格と国内価格を同じにしてそして輸出をするだけで十分に輸出価格は、つまりアメリカにとって高い商品になり得るわけであります。つまり、それこそが輸出第一主義への修正でなければなりません。  それから、下請価格が不当に低く押えられていくことに対して政府は責任があると思うのです。その下請価格を、もし三百六十円当時と同じ下請価格にするだけでも、先ほど申しました一五%切り下げをやっているのですから、それだけでも円レート切り上げを避けることができる程度輸出価格になるはずであります。つまり、輸出価格の不公平を是正しないでレートを切り上げる愚を繰り返してはいけない、まずそのことを申し上げたいわけであります。  そこで、そういう状況、そういう問題がある中で、いま政府のとっております方針は変動相場制であります。この変動相場制は、私はある意味では適切だと思っております。変動相場制というのはまだ固定レートをきめないどいうことであります。という中に、私はこういう考えがあってもおかしくないと思うのです。  ドルは次第に強くなる傾向を持っております。あるいは少なくともニクソンはドルを強くするべく強力な政策を打とうとしている、こういう見通しを考えていいわけであります。そのために、実は昨年ヨーロッパのインフレが進みましたせいで、西ドイツですらアメリカ向け輸出の黒字は大幅に削減されております。そういう点からいっても、アメリカドルの価値は次第に高まりつつあるでしょう。その上、一月二十日の大統領就任式には問に合わなかったのですけれども、とにかくベトナム戦争は終わった。ドルのたれ流しという悪名高かったあの行為についてとにかく終結があった。これはドルに対する信認を非常に高める要因であると考えられます。  とすると、これから一年後あるいは二年後のドルというのは、ますますいまあるよりは価値が高くなるに違いない。その反対に日本政府は、昨年二〇%の関税率引き下げをやりました。それから貿管令をしきました。そして自由化をかなりやりました。その効果はいまはまだあらわれませんけれども、ことしの後半から来年にかけて当然あらわれるでありましょうし、さらにかてて加えてドルは一〇%切り下げたのでありますから、それだけの効果でもかなり日本黒字基調は減っていく可能性があります。つまり円はいまある価値よりも徐々に正常な価値に下がっていくはずであります。ドルのほうはいまある価値よりも次第に上がっていくはずであります。そういうクロスのあるときに、いまの現状を固定化するような円レート切り上げをしないというのが、おそらく変動相場制意味であろうと思われます。したがって、その意味はその限りにおいては私はいまの政策としては正しいと思います。  その変動相場制の中で何をするか。まず第一にやるべきことは、先ほどの輸出価格の不公正を是正するということをできるだけ早くやるということであります。できるだけ早く輸出価格の是正をやれば、是正した分だけドル価格で高く輸出できるわけですから、レートの切り上げを回避できる。レートの切り上げを二〇%に切り上げるか、あるいはいまの一〇%の近くで押えるかという選択の中で、アメリカ人に同じ価格輸出するときに、レートの切り上げでやるか、あるいは日本輸出価格を高める形でやるかの選択をとるならば、当然あとをとるべきではないか。しかもそれは、輸出価格アメリカに反映するためにはかなり時間がかかります。少なくとも半年以上、一年かかるとすれば、できるだけ早くその方針に着手すべきであって、補正予算でやるといったふうななまやさしいことではとてもだめでありまして、そういう意味でいいますと、スミソニアン体制あとのあの失敗を繰り返さないためにこそ、いま大きな予算の再編成と、それから輸出対策に対する大編成がえをしなければいけないのではないか。  そういう意味で、私の申し上げたい点は、輸出価格の是正こそまずやるべきで、そのことが福祉第一主義の政策の上に乗っかるのだ。さらに加えて言いますならば、現在では公害防除費用を企業は負担することをなかなか受け入れておりませんけれども、その公害防除費用もあわせて輸出価格の中に盛り込む、そういう形で輸出価格を上げることによって、不当な円レート切り上げに追い込まれない手段は、変動相場制であればあるだけ可能だというふうに私は考えるわけであります。  最後に、アメリカドルが、私の、先ほど申しましたように、かなりこれから強くなるであろうという考え方について、もう少し説明をしておきたいと思うのです。  実はことしは、一月二十日に大統領に就任して、ニクソンは第一に一般教書を出すべきところが、一般教書がおくれまして、大統領経済報告と予算教書だけ一月中に出されて、一般教書は総論部門だけがあとで出されるという異例であったわけです。それはベトナム戦争が二十日までに間に合わなかったということと関連しているわけですが、その予算教書、経済報告の基調をまず申し上げたいわけです。その中で明らかに次のようにいっているわけです。  これは経済報告の中でいっているのですが、国際的な競争は、軍事、政治の土俵から経済に移ったというふうにいっているのです。つまり経済の問題で、ニクソンは、これから世界と競争するのだといっているのです。これは何かといえば、赤字になったドルを立て直すという決意表明にほかならないのであります。その中で、実はいま激しいドル外交が展開されているわけであります。昨年一月の終わり、リラが二重価格制に入る、スイスフランが変動相場制に入る、それをきっかけにしてたいへんなマルクラッシュがあります。このマルクラッシュは、アメリカの多国籍企業によるドル売り、マルク買いであったという証拠がかなり濃厚であります。そしてそれと同時に、日本にエバリーが参りました。それからボルカー財務次官が参りました。そしてそのシチュエーションの中で激しい為替レート修正の交渉があります。そして最後の切り札で、これはスミソニアン体制、つまり一昨年の八月十五日のときには一〇%の輸入課徴金という切り札を使って、世界の先進国十カ国をレート修正のテーブルにつかせた。つまりテーブルにつかせるというのは、なかなか容易なことではないわけであります。切り札を使わなければならなかったわけでありますが、その切り札は、スミソニアン体制のときには輸入課徴金一〇%であったわけです。ところが、今度はドルの一〇%切り下げという切り札を出して、それでマルクとフランと円とをとにかくレート変更のテーブルにつかしたと思われます。これは明らかに、現在、早ければ早いほどニクソンにとって有利だという判断であって、しばらくすると、円とドルの関係はもう少しドルが強くなってくる。そういう事実が出てくれば、円切り上げというのは非常に追い込みにくくなるであろう。その見通しの中で、できるだけドルに有利なときに早く切り上げを要求したい。つまりニクソンは、日本にできるだけ早く円切り上げを、固定レートとして切り上げ幅を大きくして、早く切り上げさせたいという意図を持っている。  とすれば、日本のとるべき態度は、変動相場制をできるだけ長く持続して、その中で歯を食いしばってでも、先ほど申しましたドル建て輸出価格を上げていく、そういう政策なんではないか。そのためにこそ予算委員会は十分な御審議をお願いしたい。これが私の考えでございます。  御清聴ありがとうございました。(拍手)
  6. 根本龍太郎

    根本委員長 どうもありがとうございました。  次に、國井公述人にお願いいたします。
  7. 國井國長

    國井公述人 私は、國井社会生活研究所長國井國長でございます。  公述の第一は、社会保障、社会福祉についてであります。国民年金、厚生年金は倍額に引き上げられることになりましたのは、国会の先生方の格別な御努力と政府の努力によるところでありまして、この点深くお礼を申し上げる次第でございます。  しかしながら、四十八年度予算をしさいに点検いたしますると、おせじにも福祉主導、福祉中心とは申し上げられないのでございます。たとえば今度の改正によりましても、国民年金は夫婦で当面二万五千円、厚生年金も平均四万円でございます。さらにいろいろな点につきまして、こまかい御配慮が不十分であるということを残念ながら指摘いたしまして、先生方に予算の御修正の御努力を賜わりたいとお願いしたいのでございます。  その第一点といたしまして、実例を申し上げますと、たとえば、耳の不自由な方に対して支給されておりまするところの補聴器でございます。これはスウェーデン、西ドイツあるいはアメリカから輸入されるものは非常によく聞こえて取り扱いが便利で、しかも聴力障害を起こさないものが、三万円から五万円で支給されるのでございまするが、身体障害者福祉法で支給されますものは一万三千四百円。そのために、優秀な補聴器ならばよく聞こえるにもかかわらず、よく聞こえないで不自由している方がたくさんあるのでございますので、こういう点も改めていただきたいと思いますし、ことに補聴器などは、四年たたなければ、新しいものができても支給されないというふうな不合理がございますので、こういう点も改めていただきたいのございます。  それから、ことしは老齢年金の年といっておりまするが、私は来年度、障害年金、障害福祉年金の大改正を先生方にお願い申し上げたいと思いますので、本日は障害福祉年金のことにつきましてお願いを申し上げたいと思うのでございます。  御承知のように、このたびの予算案によりますると、障害福祉年金は月額七千五百円でございます。ところが障害福祉年金を支給されます者は、両眼の失明でありまするとか、両腕または両足を失った者、あるいは結核で寝たきりの重度障害者でございます。七千五百円では介護料にも当たらないのでございます。さらに国会の先生方の御努力によりまして、一昨年から六十五歳以上七十歳未満であって、国民年金法二級のいわゆる老齢障害者に対しましても、老齢福祉年金が支給されるようになったのでございますが、これは改正案によりましてもわずか五千円でございますので、これまた介護の費用に当たらないのでございます。昭和四十七年度政府予算案の編成にあたりまして、厚生省は障害福祉年金を五千四百円を大蔵省に要求いたしたのでございますが、これが四百円削減されまして五千円と閣議で決定したのでございます。  ところが、一方におきまして、戦傷病者の増加恩給は一項症が五十四万円でありましたものを、恩給局は七十五万円に要求したのでございますが、これが自民党の三役と大蔵大臣の折衝によりまして、一挙に倍額の百四万円に引き上げられたのでございます。さらに軍人軍属の増加恩給の一項症は、四十八年度予算におきましては百二十七万円に増額するというふうなことに政府案が決定いたしておるのでございます。  このようにいたしまして、一般国民に支給されまするところの障害福祉年金は、同じ障害程度の増加恩給に比較いたしまして、実に十五分の一ないし二十分の一でございます。もちろんこれは、戦争で御苦労なされた軍属あるいは軍人の方に報いるのに、百五十万あるいは二百万円でも十分だとは申し上げませんが、国民年金法の障害福祉年金は悪過ぎるのだということを、どうぞ先生方は御認識を賜わりたいのでございます。しかも、国民年金法の一級の、今度月額五千円から七千五百円に引き上げられまするものには、両眼失明の者も支給対象になっておりますが、恩給法によりますると、両眼失明の重度の障害者は、特項症でさらにこの百二十七万円に十分の五以内が加算されますので、大体二百万円になる。でありまするから、二十分の一にしか障害福祉年金があたらないということでございます。  なお、この障害福祉年金も、まともにもらえるならばまだしもでございまするが、きびしい支給制限があるのでございます。その実例を申し上げたいのでございます。それは、今月の二月十五日の朝日新聞に取り上げられた問題でございまするが、千葉県の白井町に住んでおりまする中村仁一さんでございますが、六十五歳になる老人であり、両眼失明者でございますが、この方が戦争中軍に応召されまして、御苦労なさって帰ってまいりましてから、当時の終戦後の食糧難と生活苦による過労のために、昭和二十二年に両眼が失明いたしたのでございます。それでこの方は何度か死のうということを御決心されたそうでございまするが、家族の者に励まされて死を思いとどまってきたのですが、これに対して国は何らの補償をしなかったのでございます。幸いに、昭和三十四年に、先生方の格別の御努力によりまして国民年金法が施行されるに至りまして、このお方は昭和三十四年の十一月から当時月額千五百円の障害福祉年金を支給されるようになったのでございます。御当人は、わずかな年金額ではございまするが、これが大きな精神的また生活の支柱になるということで喜んでおったのでございます。  ところが、このお方は軍に七年間つとめました関係上、昭和三十七年から恩給法による普通恩給が支給されるようになったのでございます。昭和四十四年に至りまして、この恩給法による普通恩給が支給されることによりまして、この障害福祉年金は全額が支給停止されるということになったのでございます。さらに、昨四十七年の七月十七日に、この方は千葉県から、国民年金法の第六十五条の第三項の規定によりまして、恩給法による普通恩給を支給されているということによりまして併給制限をされまして、本来ならば年額六万円、月額五千円支給されるべきところの障害福祉年金の支給が制限されまして、わずか百四十四円しか支給されないということに処分をされたのでございます。これは新聞でも、「冷たい併給制限」といっておりますが、そのとおりでございます。このような過酷な支給制限をされておりまする者は、障害福祉年金関係におきましては、障害福祉年金の全額支給を差しとめられております者が八百九十人、一部支給を差しとめられております者が四千三百三十七人で、ほぼ五千人の方がこういうふうな冷たい処置を受けているのでございます。  ところで、この併給制限、支給停止によりましてどのくらいが浮いているかと申しますと、その金額はわずか三億円でございます。田中総理大臣は福祉主導、福祉中心と仰せになっておられるのでございますので、ぜひこういう点は改めていただきたいのでございます。幸いに国会の先生方は、社会保障の問題につきましては非常に御熱心と私、存じておりますし、また社会党におきましては、年金改善法案を現在作成中というふうに伺っておりますので、これが超党派で成立いたしまして、この国会で国民年金法を一部修正して、こういうふうな併給制限をなくしていただきたいと考えるのでございます。  さらに、各年金の支給増額はこの十月からでございますが、すでに物価のほうは大幅に値上がりしているという状態でございまして、重度の身体障害者、あるいは母子世帯や生活保護を受けている方々は、この国会で、現在厚生省が考えておりまする生活保護の一四%アップではとうてい従来の生活を維持することができないのであるから、これをもっと引き上げてほしい、こんなふうに強く要望しておりますることは新聞等でも報じられておりますので、先生方におかれましても、特に御配慮を賜わりたいと存じているのでございます。  公述の第二点は、行政の違法不当処分と権利救済でございます。これは、ただいま申し上げました中村仁一さんの件とも関係することでございます。  国会で先生方が議決されました法律は、行政府によってこれが執行されるのでございまして、行政は、申し上げるまでもなく、戦後の日本国憲法に基づきまして、法治主義、民主主義、地方分権主義の三大原理のもとにこれが行なわれるべきでございまするが、残念ながらこの原理に反しまして、行政国民の権利を侵害することがしばしばあるのでございます。  その一つとして、特に国会の先生方に御認識を賜わりたいのは、日本は通達行政といわれておりますが、法律の精神、法律の趣旨、目的に沿わないような行政通達がしばしばあるということでございます。  その具体的な例として一つ指摘申し上げたいのは、健康保険法の看護の承認基準の通達でございます。健康保険法によりますると、付添看護は保険者が必要と認めた場合にこれを給付するということになっておりまして、行政庁の裁量となっているのでございます。この裁量の基準を示すものとして、昭和二十六年に厚生省保険局長の通達で、看護の承認基準についての通達が出ているのでございますが、この通達では、きわめて症状が重篤であるとか、あるいは手術後特に絶対安静を要するときのほかは付添看護を認めないというような通達がされておるのでございます。  ところで、御承知のように、法律を施行いたしますためには、政令、それから大臣の制定する施行規則がございますが、さらに細部の行政を運営いたしまするためには、行政庁が局長通達あるいは部長通達、課長通知などで下部の機関にいわゆる通達を流しているのでございます。この行政通達はいわゆる内部の訓令のような性質のものでございまするから、公聴会を開いて関係国民意見を問うというような手続をいたしませんし、官報にも掲載されないというように、民主的な手続をとっていないのでございます。ところが、行政の末端におきましては、この行政通達が金科玉条のように守られておりまして、ただいま申し上げましたように、しばしば法律の趣旨、目的に合わないような通達によって行政が行なわれているのでございます。あとで申し上げますが、ただいま申し上げました看護の承認基準の通達も、社会保険審査会の努力によりまして近々厚生省が改めるように伺っているのでございますが、まだまだそのほかにも通達を総点検する必要があると私は考えるのでございます。  ところで、権利は、御承知のように法律で抽象一般的にきめているのでございまして、私ども国民の権利といたしまして具体化するためには、権限のある行政庁の裁定処分によるのでございます。ところで、行政庁が裁定処分いたします場合に、もちろん、法律に基づき、法律に従いましてこれを行なうのでございますが、ときには調査が不十分でありまして、事実を誤認いたしましたりあるいは法律の解釈適用を誤りますなどして、違法、不当の処分をすることがしばしばあるのでございます。これが権限のある審査機関または裁判所によって取り消されるだけでも、毎年、社会保障関係におきましては、ここにございますように、千五百件から二千二百件、国税関係では八千五百件から一万三千件、大体約一万件くらいが違法、不当の処分としてこの権限のある機関によりまして取り消されているのでございます。その違法、不当の処分の被害者は、身体障害者、遺族、傷病者、低所得の老人など、社会保障によるところの保障が特に必要な方々であるところに問題があるのでございます。  さらに、この違法、不当な処分の多い種類は、健康保険法のただいま申し上げました看護料、あるいは傷病手当金、国民年金や厚生年金の障害年金、老齢福祉年金、労働者災害補償保険法による遺族補償、障害補償あるいは恩給、援護、国税関係が多いのでございます。  この違法、不当の処分に対しましては、行政不服審査法によりまして権利の救済がはかられているのでございますが、行政不服審査制度は、裁判の制度とはやや異なりまして、制度ごとに分立いたしておりますので、この審査制度によりましては必ずしも権利救済の制度として十分でないものがあるということを指摘しなければならないのでございます。ただ、私は、社会保険審査制度及び労働保険審査制度は、外国に誇ってもいい審査制度であると思います。社会保険審査法は昭和二十八年、労働保険審査法は昭和三十一年の国会で制定されましたので、先生方に対しまして、特にこの点、深くお礼を申し上げる次第でございます。  社会保険審査法は、厚生省所管の健康保険、国民年金、厚生年金、日雇い健康保険、船員保険、これらのものを社会保険と称しておりますが、これに対する審査制度でありまして、第一審は都道府県に設置されておりまする社会保険審査官であります。社会保険審査官は独任制でありまして、社会保険審査会の委員にあるような身分保障がありませんのと、行政通達を守らなければならないという義務がありますので、その点でまだ十分な、強力な審査権限を持っているといえないのでございますが、それでも審査請求の三〇%ないし四〇%はここで救われているのでございます。都道府県の審査官によりまして、棄却、つまり申し立てを認められなかったものが中央の審査会に再審査請求されるのでございますが、大体、審査官が棄却いたしました約一〇%が、中央の厚生省にありまする社会保険審査会に再審査請求がされるのでございます。  中央の社会保険審査会の委員は、国会で両院の先生方の御同意を得まして総理大臣が任命するのでございまして、審査会の委員長及び委員は、在任中は裁判官と同じように身分保障があり、そしてさらに、法令のみによって審査すればよく、審査官のように行政通達には拘束されないという強力な権限を持っているのでございます。この審査は委員の三人の合議体で行なわれるのでございまするが、特に厚生大臣から指名される参与が、不服申し立て国選弁護人的な立場でこの審理に審査参与権を持ちまして参与するのでございます。私も厚生大臣から指名された審査会の参与として微力を尽くしているのでございまするが、この審理は公開で行なわれます。そして裁決書は公刊され、それが販売されますので、国民が批判しようと思えば批判することができるということでありまして、きわめてこの審査会の組織は強力で公正であり、手続もまた公正でかつ民主的でございます。これは私は外国にも誇っていい制度だと思うのでございます。  労働保険審査会も、社会保険審査会と組織、手続はほぼ同じでございまして、社会保険審査法及び労働保険審査法は、行政不服審査制度の通則法でありますところの行政不服審査法の審査の手続の適用が除外されているのでございます。  この審査会で救われるものは多数あるのでございますが、その審査会で救われましたものは、当然その具体的な直接の効力はその事件のみにとどまるのでございまするが、審査会の裁決が行政処分の際の指針とされ、あるいは審査官が審査決定する場合の規範ともされるのでございますし、また審査会の裁決によりまして、しばしば行政指導、行政通知が改められるのでございます。さらには、審査会がいろいろな問題、たとえば沖繩から内地に帰りました人の福祉年金の支給の問題、あるいは行くえ不明者の年金の支給の問題、あるいは看護料の問題、さらには通勤途上におけるところの災害、こういうふうな問題につきましては、審査会の審理によりまして、現行制度、現行法の不備、欠陥が指摘されることによりまして法律改正の契機になるということがしばしばあるのでございます。  社会保険審査制度、労働保険審査制度は、一つ国民の権利救済に実効をあげております。二つには行政の適正運営の確保に寄与いたしておりますし、第三には社会保障制度の内容の改善にも寄与いたしておるのでございます。審査会の裁決を不服として裁判所に行政訴訟されるという例はきわめて少ないのでございます。裁判所で審査会の裁決が最終的に取り消されることはきわめてまれでございまして、これをもちましても、わが国の社会保険、労働保険の審査制度は世界に誇っていいものであると私は強調して差しつかえないと思うのでございます。  しかしながら、残念なことに、審査会にかかりますると、綿密慎重な調査、審理をいたしまする関係と、事件が山積いたしまする関係で、どういたしましても、受付から裁決するまでに、一年からときには二年もかかる実情でございます。そのために、現在の物価の値上がりでは、給付を請求してから二年あるいは三年たちますると、給付金の実質価値が下がるということになるのでございまするが、先生方御承知のように、違法、不当な処分でありましても、権限のある機関によりまして取り消されるまでは、これが適法な処分と推定されまするために、これが後日取り消しを受けましても、その処分は取り消されるまでは有効であるということによりまして、何らの国家賠償がないという不合理な実態をつけ加えておきたいと思うのでございます。  ところで、この社会保険、労働保険の審査制度は非常に実効をあげておりますし、組織、手続も民主的、強力、公正でございまするが、生活保護、児童扶養手当関係、恩給、援護あるいは国税関係の審査制度には、国民代表あるいは受給権者、被保険者の代表が参与として審理に立ち会うということが制度上ないのでございますし、審理もこれは非公開でありますし、裁決書も公刊されないという点で、これらの制度は、非民主的、かつ公正が十分でなく、裁判の前審として不適格であると申し上げなければならないのでございます。  この審査制度によりまして、社会保障関係では毎年千八百件から三千件が救われておりますし、国税関係も八千五百件から一万五千件が救われております。これは、社会保険関係におきましては、裁決を待たないで、審査請求がありますると行政庁が再調査をいたしまして、自発的に処分を改めて、請求人が審査を取り下げるという例もございますので、こういうことになるのでございます。  このように、この審査制度によりまして、ほぼ不服申し立ての三件につき一件が権利を救われるのでございまして、この審査制度は、国民行政が信頼されるためにもよい制度であるのでございまするが、残念ながら、政府のこれに対する広報が不十分なのと、それから、中村さんの事件につきましても申し上げまするが、年金支給の却下通知あるいは年金支給の停止通知などをいたします場合に、審査請求ができるということが決定通知書に書いてはございまするが、この教示が不徹底のために、泣き寝入りする人が少なくないのでございます。  私が、昭和三十八年及び三十九年の二回、内閣総理大臣官房調査室の委託を受けまして、社会保障行政に関する研究並びに国民社会保障意識の調査をいたしましたところ、この審査制度を知っていると答えた人は三〇%ぐらいでございます。しかし、知っているかと聞いたので、知っていますといって答えたのでありまして、実際には知っている人はせいぜい一〇%ぐらいではなかろうかと考えているのでございます。  この中村さんの場合におきましても、先ほど申し上げましたように、千葉県知事、国民年金課長は、昨四十七年の七月十四日に、中村さんに対しまして、併給を制限するという通知をしたのでございます。ここには、不服ならば千葉県社会保険審査官に審査請求することができるということが印刷されているのでございますが、それを見落とす場合が多いのです。しかも中村さんの場合には、ただいま申し上げましたように、両眼を失明している方です。おそらく中村さんは家族の方に読んでもらったと思うのでございますが、なかなかそういうことは一般国民は十分に理解できない。ということは、審査制度というものに対する予備知識がないために、こういうことが理解できないのでございます。ですから、この場合におきましても、中村さんに対しまして電話で審査制度を説明してあげるとか、あるいは別途書面でこういうふうなことを説明してあげなければならないのですが、そういう配慮をしなかった。  さらに問題として、私がここで声を大にして指摘しなければならないのは、中村さんはその処分に不服でありまして、この決定通知書を受けましてしばらくたちまして、千葉県の国民年金課に電話をかけまして、どうも併給制限されて、六万円もらえるものが百四十四円になったのは私は不服でございます、これは何とかならないのかというふうに問い合わせたのでございます。ところが、千葉県の国民年金課では、これはどうも現行法上やむを得ませんというふうに答えた。それは確かに現行法上は、国民年金法第六十五条の第三項によりまして、国民年金法のたてまえからいえば妥当な処分であったと思うのでございますが、こういうふうに答えた。その際、なお不服ならば審査請求できるのだということを教えてあげるべきでございますが、これはあとで第三に行政苦情のところで申し上げまするが、そういうふうな親切さが欠けておったわけです。ところが、中村さんはなお不満でありますので、今月、二月十二日ごろ朝日新聞に、これは何とかならないものでしょうか、私は不服ですということを訴えてきたのでございます。  先ほど申し上げましたように、不服の場合には、審査機関に対して審査請求、再審査請求はできますし、さらに、先ほど申し上げましたように、審査会が棄却いたしました場合には、裁判所に対しまして、行政訴訟法によりまして処分の取り消しの訴えをすることができるのでございます。裁判所に訴えるのは処分があってから三月以内となっておりますし、それから国民年金法の第百一条の二の規定によりまして、社会保険審査会の裁決を経なければこの行政訴訟をすることができないというふうな審査前置の規定が置かれているのです。もし裁判所が、中村さんばかりではありませんが、この中村さんのただいまの併給制限に対しまして憲法との関係で審査しましたら、また行政庁とは別の答えが来ると私は思うのでございます。  障害福祉年金は、身体障害に対する保障を理由として支給されるものでございます。障害福祉年金の現在の月五千円の中には、千七百円は介護料の部分が含まれているのでございます。ところが、一方の恩給法によるところの普通恩給には介護料的な部分がないのでございます。したがいまして、普通恩給を支給されておりましても、障害福祉年金は当然併給されるのが妥当でありまして、これを併給しないというのは、憲法第十四条の、すべて国民は法のもとに平等であって、社会的な身分により経済的、社会的な差別を受けないという条項に違反すると私は考えているのでございます。私の想像では、裁判所に判断を求めましたならば、裁判所ではあるいはこういうふうな判断を示したのではなかろうかと思うのでございますが、中村さんの場合には、裁判所の判断を受けるというふうな機会すら奪われてしまったということでございますので、こういう点におきましても、行政庁はもう少しあたたかく取り扱ってもらいたいと思うのでございます。  時間が少なくなりましたので、あと続けて少し早口で申し上げますが、次に行政苦情でございます。  国の行政、公社、公団の事業に対しまする苦情は、四十六年度は十万件ありまして、その三九%の約四万件は、行政管理庁の調べによりましても、行政庁の事務処理の不親切、法令解釈と運用の誤り、施設の不備、法令の不備、欠陥など行政庁側に原因があるということをいっているのでございます。この行政に対する苦情は、行政管理庁設置法第二条、これは国会で御修正になってできたのでございますが、これによりまして、行政苦情処理が都道府県行政監察局並びに全国市町村に置かれている行政相談委員によって行なわれておりまして、ほぼ行政苦情の三〇%はこれによって処理をされているのでございます。ところが、これもまた私が内閣調査室の委託調査で調べたところによりますと、十分にこれが周知されていないために活用が不十分であるように私は考えております。  第四といたしましては、権利の手続的の保障でございます。  行政が公正な手続で行なわれ、国民の権利が手続的に保障されるように行政不服審査制度を整備強化し、審査機関を強力、公正なものに改め、審査手続を公正、民主的に改め、違法、不当処分の発生を防止するために、処分の手続を慎重にしてもらいたいのでございまして、たとえば、支給の請求の却下あるいは支給停止のような、いわゆる国民の不利益処分につきましては、実地調査をし、あるいは請求人に弁明の機会を与えるなどして慎重に処理をして、違法、不当の処分が起こらないように事前抑制をしていただきたいのでございまして、事前抑制と事後救済を一貫とする行政手続法を整備していただきたいのであります。それによって、権利の手続的の保障というものが確立されることになるのでございます。  その具体的な審査制度の強化は、たとえば社会保険審査会及び労働保険審査会は、もとは公益、被保険者、事業主の三者構成でございましたが、これが昭和二十八年あるいは三十一年に現在のような特別職の公務員だけによる審査制度に改められまして、受給権者代表、被保険者代表は参与という不服申し立て弁護人的な立場で審理に携わっておりますが、これは申し上げるまでもなく裁決権はないのでございます。社会保険及び労働保険は審査件数が多いのでございますので、非常勤の受給権者代表が裁決権を持って当たるということは、あるいは事件の審理を促進するにふさわしくないと思いますので、現行のような特別職の公務員だけが裁決権を持って委員として当たることが適当だと思いますが、参与の権限を強化いたしまして、たとえば、審理が終わりましてから裁決がおくれているものに対しましては、裁決を促進する請求権、さらに審査会が請求人の請求を棄却いたします場合に、審査会の参与の意見委員意見が異なっている場合、参与の意見を採用しない場合には、その理由を裁決書に記載することによりまして、これが行政訴訟する場合に請求人に非常に手がかりになるのでございますが、こういうこともしていただきたい。  さらに、審査会の委員は国会の両議院の同意を得て任命されるのでございますが、審査会法ができましたときに、附帯決議で、審査会は従来のような公労使の三者構成の実をとって自主的に運営すべきだというふうな附帯決議がつけられておりますし、さらに委員の任命あるいは再任のときには、審査会の参与の意見を問わなければならないということになっておるのでありますが、これが実際には行なわれていない。審査会の参与は、どの委員がどのように努力しているか、どのように執務しているかということをよく知っておりますので、国会で人事がかけられる前に、審査会の参与にまず政府意見を問うことが私は必要であろうと思いますので、そういう点も考慮してもらいたいと思います。  それからさらに、労働保険審査官の制度におきましては、都道府県に審査参与が置かれておりますが、社会保険はございませんので、社会保険のほうも都道府県段階にも事業主や被保険者、受給権者代表の参与を置いて第一審を強化する、このようにしていただきたいのでございます。  それから通達行政の弊害をなくし、国民本位の行政に改革するようにしていただきたいのでございますし、さらに政府から国会に毎年度行政不服、行政苦情に関する年次報告をするように改めていただきたいのでございます。  この年金の問題、さらには行政不服、権利救済の問題につきましては、まだたくさん申し上げたいことがでございますので、まことに恐縮でございますが、社会労働委員会及び内閣委員会に私を参考人としてお呼びいただきまして意見を御聴取賜わりたいということを、この席上でお願い申し上げておきます。  私の公述が終わりましてから、先生方の御質問にもお答えさせていただきたいと思うのでございますが、ここで一つお願いがございます。  この冷たい障害福祉年金の併給制限の処分を受けました中村仁一さんが、ただいまここに公聴会を傍聴に来ておるのでございまして、中村さんは実情を総理大臣に訴えて陳情を申し上げたいということを申しております。陳情書の陳情の趣旨といたしますところは、障害福祉年金の併給制限を今国会におきまして法律を改正して撤廃していただきたいということ。もう一つは、障害福祉年金が障害者の介護料を含めました生活保障の実益があるように、この国会で予算を修正し法律案を改正してほしい、こういうふうな要望でございます。  まことに御多忙中恐縮でございますが、この公述と先生方の御質問が終わりましてから、国会の先生方と御一緒願いまして、田中内閣総理大臣及び齋藤厚生大臣に中村さんと私お目にかかりまして、陳情させていただきたいと思うのでございます。おそらく田中総理大臣はこういう実態を御存じないと思うのです。もしこういう実態を御存じならば、決断と実行ということを常々おっしゃっておられますし、福祉主導、福祉中心ということをモットーにされておりますので、即時これをお聞き届けになって改めていただける、私はこのように信じて疑わないのでございます。まことに恐縮でございますが、どうぞ国会の先生方の御努力によりまして、総理大臣並びに厚生大臣にきょう陳情ができますように、お取り計らいを願いたいと思います。  時間の関係で一応私の意見の公述はこの程度といたしまして、御質問がありましたならば御質問をお受けいたしたいと思いますし、行政不服の問題でもっと深刻な問題がございますので、これなども御質問にお答えして申し上げたいと思います。  たいへん御清聴ありがとうございました。(拍手)
  8. 根本龍太郎

    根本委員長 どうもありがとうございました。     —————————————
  9. 根本龍太郎

    根本委員長 これより各公述人に対する質疑に入ります。倉成正君。
  10. 倉成正

    ○倉成委員 三先生からそれぞれ非常に貴重な御意見の開陳がございまして、特に國井先生からは身体障害者の問題について、特に行政苦情の処理についての国の制度の不備な問題について、いろいろお話がございましたけれども、時間の関係上、私は宮崎先生に二つの点をお伺いしてみたいと思います。  まず第一は、一言にしていえばダンピング輸出をやめよ、日本商品を対米関係で正しく評価をさせよという御意見であったかと思います。基本的には私も先生の御意見賛成でございます。ただし、マクロの議論としての問題と具体的な政策の問題とはまた別個であるということは、先生御承知のとおりでございます。したがいまして、たとえば燕の洋食器のお話がございましたけれども、この洋食器の値段を、円の変動相場が固定相場に切りかわった際に、そのままの形でアメリカ輸出をしようとした場合にはたしてできるかどうかという問題が、まさにわれわれがいま一番苦労しているところでございます。  アメリカに対する上位の輸出二十品目を一九七一年でとってみますと、乗用自動車、鉄鋼、自動二輪車、ラジオ、金属製品、テレビ、衣類、テープコーダー、合成繊維物、魚介類、陶磁器、はきもの、卓上型電子計算機、合成繊維糸、玩具、ミシン、内燃機関、家庭用電気機器、ゴムタイヤチューブ、カメラ、これが上位の二十品目でございます。     〔委員長退席、小澤(太)委員長代理着席〕 これらの品目について、先生の立論が具体的に可能であるということは、日本商品が独占的なシェアを持って、日本商品のみがアメリカ市場で絶対的な地位を確立しているという前提がなければ、なかなか具体的にはわれわれの主張を通すことがむずかしいという点が問題でございます。率直に申しますと、そういう努力をしているけれども、やっていけない商品は、それならばもう輸出をやめてしまって転換しなければならない、中小企業についてはそういう問題がおそらく出てくるであろうと思うのでございますけれども、そういう問題についてもう少し具体的なお話がないと、ただマクロの議論だけでお話をいただきましても、なかなか現実の今日の非常に困難な事情に当面しておる中小企業等の問題については、解決の糸口にならないというふうに思うわけでございます。その立論をもう少しお進めいただくならば、後進国から追い上げられてくる中小企業については、思い切って転換の道を講じなければならない、そういうことこそ、政府がやらなければならぬことという御意見であったのかどうか、その辺が明らかでございませんでしたので、具体的な品目についてただいま私が二十品目あげましたけれども、できれば少し御意見を率直にお聞かせいただければ幸いだと思います。  それからもう一点は、輸入の問題についての言及がございませんでした。これはやはり私は輸出と同時に輸入の問題についてわれわれがこれを、また日本の産業構造の問題と関連するわけですけれども、考えておく必要があるのじゃなかろうか。時間の関係上はしょってお話しになったのかと思いますけれども、その点をひとつお伺いをしたいというのが第一点でございます。  第二点は、予算の組みかえの問題でございます。御案内のとおり、変動相場制を忍耐強く、他のいろいろな要件に惑わされないで続けていくべきである。当分続けていくべきである。これはもちろん日本の国益を守って、そういう立場を取り続けるべきであるという先生の御意見は、私も先般の予算委員会で私の意見として全く同じことを申し述べました。その点では賛成でございます。ただ、その変動相場を続けている間に予算の組みかえをやったほうがよろしいというような御所論であったと思うのでありますけれども御案内のとおり、予算の編成また組みかえあるいはこれに対する議会制度におけるいろいろな討論というのは、かなりの時間と手続を要することは御承知のとおりでございます。それだけのものをやるいろいろな混乱と時間があるということを考えてまいりますと、むしろ変動相場を横目でにらみながら、予算の組みかえというようないろいろな手続を現在やるよりも、現在の予算についてそれはいろいろ問題があるでしょう。御意見があるでしょう。しかし、この予算の一応成立後に、固定相場の移行を待って補正予算その他でいろいろな処置をしていくということのほうが、私はより混乱を避けるという意味で適切ではなかろうかというふうに考えるわけでありまして、問題は、政策というのは比較検討の問題で絶対的なものはないわけでありまして、どちらがより摩擦が少なくて、困難が少なくていけるかという判断の問題であろうかと思うのでありますので、予算を組みかえなければならないと言われるには、どのような形で予算を組みかえなければ現在の事態に適当でないか、そういう背景がなければならないと思いますので、これも時間の関係上はしょって御説明になったかと思いますけれども、簡単でけっこうですから、ひとつ御所見をお聞かせいただければ幸いと思います。
  11. 宮崎義一

    宮崎公述人 それでは御質問にお答えいたします。  最初の問題、つまりダンピング価格ということばを私はあえて使わなかったわけでありますけれども、アメリカ側から見れば、ダンピング価格という形で抵触するものはかなりふえております。そういう意味で、まさにおっしゃったとおり、ダンピング価格だというふうに考えていただいていいと思います。  それを、マクロ的にはダンピング価格が正しくないことは認めるとおっしゃっておられます。ミクロ的にはどうするかということなんです。ミクロの問題をどうするかということは政策の問題だと私は考えておりまして、実際問題としてダンピング価格を是正してまいります、その場合に一つだけ大きい問題が私はあると思っているのです。つまり、先ほどそのことができるのは日本が独占している場合に限るのじゃないかとおっしゃいましたが、実は私はそうは考えていないのです。私は、ダンピング価格が是正されればそれだけ数量の面では、少なくとも輸出量は減ることを想定しております。しかし、ドル建て輸出価格がそれだけ引き上がっておりますから、トータル輸出金額がどのようになるかはその弾性値できまるわけですから、だから価格が引き上がっただけ数量が、つまり、価格が一割上がっただけ輸出数量が一割下がるという程度であれば、いままでどおりの輸出量になるでしょうが、しかし、それでは黒字基調はなかなかもとへ戻りませんので、おそらく弾性値を、価格は、かなり数量を大幅に減らすという政策をとるべきだというのが私の考えなんです。     〔小澤(太)委員長代理退席、委員長着席〕 ですから、場合によっては輸出量が減らないという政策をもしお考えであれば、これは切り上げても切り上げても黒字基調を続けるというジレンマの中へ落ち込んでいくことになりまして、もう第三次切り上げを前提とした政策だといわざるを得ない。そこで私は、数量の面でかなり輸出量が減ることを想定して、その分担分をレートの切り上げに分担させないで、国内価格輸出価格のイーブンのために使うべきだというのが私の趣旨なんです。  それができるためには、実はたいへん重要なことが必要なんです。ここに十社、たとえば燕の中にも業者が幾つかあるでしょうが、そのうちA、B、C、D、E、F、Gと十社が全部足並みをそろえて政府の政策に従ってくれればいいわけです。ところが一社だけが、その全体の足並みをそろえないで、一社だけが、私のところは安くてもとにかく売るというのがあらわれますと、つまり自由企業体制のままにしておきますと、この問題がなかなか解決しないことになる危険があります。そうだとすると、もしその体制に手がつけられないとすれば、ダンピング価格を押えるとおっしゃっているそのいまの倉成さんのお考え自体が、実際どういうふうにおやりになるのか、むしろお伺いしたいので、私はそこまでメスを入れて、つまり最低価格制をしいて非常に厳密に政府はそれを行なわせるというくらいのきびしい姿勢がないと、これは貫徹しないであろう。そういう意味で言いますと、ミクロの面でいいましても、個別の商品についてそのような政府の見解を十分に浸透させて、そうして具体的には、最低輸出価格制度を高めていくということが必要になるでしょう。  それからもう一つは、業界の中で、たとえばそれで輸出ができなくなるということがあると思います。それに対して最近問題になっているのは輸出品高級化なんでありまして、非常に安いものを大量に輸出するという構造から質のいい高いものを、高いドル価格として輸出するという構造転換というのが、燕の中にも当然考えられております。  したがって、輸出品高級化という形の構造変化、これがこれから低開発国が低級な商品に進出していく道をあけるということにもなりまして、したがって、そういうふうな製品の高級化をこの際やはりはかって、量より質という形で輸出構造を変えていくような、大きな転換の政策を私は期待しているわけです。そういう意味で、第一の御質問についてはそういうふうに考えております。  したがって、言うならば、日本の現在ある輸出第一主義の産業構造の大転換が必要なんじゃないか。それなしに切り上げをされると、またさらにその悪循環に落ち込む。しかも一度切り上げてしまいますと、いままで下請価格の代金の修正だとか、あるいは二重価格の修正というのは、その段階ではもうできなくなってしまう。いまだからできる。つまり変動相場制だからできる。それによってレートの引き上げ方を下げられるから、ストラテジーとしてはそういうことが残っているじゃないか、そういうことを申し上げたい。だから緊急度を要求しているわけであります。  それから、輸入のことについて述べないとおっしゃいましたが、実は、内閣が昨年二〇%の関税率引き下げをやりました。それから自由化をやりました。だから輸入のことは、ある程度これから伸びていくと思っているわけです。それと輸出のことが、いまのような形で輸出価格の引き上げによって、量から質へという転換を伴うことによって黒字基調が解消されるということを期待しているわけで、輸入のことを全然無視していたわけではありません。第一問については、大体私の考えはそういうことです。  第二のことなんですが、私はこういう場合を一番おそれているわけであります。いま変動相場制ですが、何の政策も打たれないで、そのままで固定レートに急激に変わってしまう、そしてそのあとで補正予算が組まれる、こうなることをおそれているのです。もしそうでなくて、いま予算をおきめになる。これはこのままとにかく通したい。その次に補正予算を組む間変動相場制でがんばる、それだけ余分に時間はかかるけれども、がんばるというお考えなら、それも一つ。そのかわり変動相場制は長くなるはずです。そのことを覚悟しないとできないことですよと言いたいのです。二問についてはそれだけです。
  12. 倉成正

    ○倉成委員 第一点については大体お話はわかりました。要点は、やはり最低の輸出価格を設けたらどうかということだということで、その点は私も先生の御意見わからぬではありません。  ただ問題は、各業界が血眼になって、できることなら輸出価格を上げたいということで輸出価格を上げて、そして売れるならそれはもうそれにこしたことないわけですけれども、それを上げてどこまで売れるかという限界点を模索しているというのが実情じゃなかろうかと思うものですから、日本だけで一方的にそれをやるというわけになかなかいかない。競争的な商品アメリカに対する他の輸出国がある場合には、なかなか思うようにいかないというのが実情じゃなかろうかと思いますし、商品によっても、二十品目についても全部それぞれ事情が違う。競争力が非常に強くて、そして日本商品が圧倒的なシェアを占めているものと、そうでなくて、ECその他の競争商品がある場合とではかなり事情が違うと思うものですから、価格引き上げと輸出がダウンする問題との限界点をどこに求めるかということが、まさに問題点ではなかろうかと思うわけであります。先生の御意見、また輸出商品高級化の問題もわかりましたけれども、しかしこの問題は、一歩進んでさらにやはり相当の転換をやっていかなければいかぬという意味だというふうに理解して、この点はおきたいと思います。  二番目の問題は、私はちょっとまだよくわからないわけですけれども、もし組みかえをするというなら、現在の予算をどういう形にどこを組みかえなければいかぬ、そうしなければ現在の日本の経済に対して適切でないという御意見が具体的にないと、組みかえるという作業は、一口にお話しになりますけれども、なかなかたいへんな手続と手間と、その間の混乱があるということは御承知のとおりです。したがって私どもとしましては、たとえば中小企業に対する緊急の融資をやる、税のいろいろな対策について考える、あるいはその他中小企業のいろいろな輸出産業についての借金を繰り延べするとかいういろいろな対策を現在やっていく。何もしないのではなくてやっていく。そういう形で現在の予算を、社会資本の充実であるとかあるいは社会福祉関係を大きく盛り込んだ予算を一日も早く通して、そしてある程度落ちついたところで補正予算を組んだって決しておそくない。かっこうはいいかもしれないけれども、そういう混乱をすることは適切でないのじゃないかという立場に私ども立っているわけですが、これも非常に長時間を要する議論かもしれませんけれども、端的にどこをどう直さなければどうもまずいのだというところがもしあれば、ひとつ御教示をいただきたいと思います。
  13. 宮崎義一

    宮崎公述人 私、その予算の再編成の問題で、ここで具体的な提案権があるわけでもありませんので、特にきょうは用意しておりません。  ただ、こういうことが言えます。つまり、政府は補正予算でそのことを盛り込みたいという御意思があることは確かです。つまり、補正予算を立てなければならないというその必要性は考えていらっしゃる。そうしますと、その補正予算でやられる修正、私のことばで言うと、いまの輸出構造の大転換になると思うのですけれども、そのような転換が補正予算でもちろん組まれるとすると、そのあとでないと固定レートに戻るべきでないということを申し上げたいのです。先に固定レートを上げてしまいますと、先ほど言いましたスミソンアン体制と同じことになって、つまり、その切り上げあとの事後措置が補正予算になってしまうので、いまはチャンスがあるわけで、二つのチャンスの一つ、が選べるわけですから、したがって、補正予算をお組みになってもけっこうですが、しかし、そのかわり変動相場制がそれだけ長くなるという覚悟は十分しておいていただきたいということを強く申し上げたい。
  14. 倉成正

    ○倉成委員 大体先生の御意向はわかりました。ありがとうございました。
  15. 根本龍太郎

    根本委員長 次に、阿部昭吾君。
  16. 阿部昭吾

    ○阿部(昭)委員 最初に矢野先生のほうにお尋ねを申し上げたいのでありますが、先ほど土地問題に触れられまして、土地問題は決着がついた、大企業土地を買い占めて、その意味では決着がついたというふうに私は受け取ったのでありますが、問題は、しかしここから始まるのではないか。たとえば四十八年度のいま審議をしております予算を執行していく段階でも、道路の敷地、公共用地の確保こういう問題の予算で見込んであるもの、これと、実際に用地取得の作業を進めてまいります場合に、たいへんなトラブルが至るところで起こるのであります。これはやはり土地が営利の目的として、投機の対象として、金もうけの手段として押えられておるというところにあると思うのです。その意味では、土地日本の大企業、私どもの分析では一部、二部上場会社、ここで持っておる土地、これを時価におおむね換算をしても六十兆をこえておるのではないか。それが決算の中にあらわれ、帳簿価格との間に六十兆もの大きな差があって、この含み資産というのが、日本のいまの過剰流動性なり何なりいろいろな分野で日本経済を混乱におとしいれておる、こういわれておるわけですね。そういう意味で、土地問題というのは決着がついたというのは、大手企業に押えられたという意味ではもう勝負が終わったというのであって、しかし、問題の解決はこれから深刻に始まっていく、こういう認識を私どもはしておるのでありますが、その認識が一つ。  それから第二は、いまの政府土地税制を示してきました、あるいはその他若干の土地対策を出してきましたけれども、これはやはり大前提として、土地を営利の目途に供する、金もうけの手段の対象に土地をさしておく、この前提は全然くずしておらぬのであります。この前提を突きくずさない限り、土地というもののいま持っておる大きな、日本社会の中に占める病根、これは解決できないと思うのです。そういう意味でひとつ御見解をお伺いしたいのです。このままでまいりますと、たとえば、譲渡税や保有税を今度新設をするといいましても、依然として土地はやはり金もうけの手段なんでありますから、その対象にされておりますから、保有税もあるいは譲渡税も土地の値段の上に上のせをされていくことにしかならないという判断をするので、もっと根本のところをびしっと押えなければならぬのではないかという認識ですが、先ほど土地決着ついたという御見解がございましたが、それが一つ。  それから、時間がございませんので、二番目の問題は、生鮮食料品という問題、生産流通消費、いま私どもが問題にするのは、特に流通の問題がまるきり手が抜けておると思うのです。その責任が全部生産者の上に、世論としても、批判としても集中されておるというふうに思うのです。これはやはりいまもう世界的にも、人口問題と食糧資源というものが再び問い直されねばならぬ段階に来ておるのでありますから、いま御指摘のように、もっと根本的な解決策が必要なんじゃないかと思うのですが、特に、いまこのこととのかかわりで、私、宮崎先生のお話の中で痛感いたしましたのは、輸出は、日本は農産物輸出はほとんどございませんで、全部工業生産品になるわけで、これは二重価格で、ある意味ではダンピング輸出で、逆に今度輸入をもっと拡大しようという意味では、わずか残っておる農産物、こいつを自由化していこうという方向にきておるわけですね。だけれども、農産物のいまわずか残っておるものを自由化をやってみたところで、輸入拡大という意味ではほんのわずかのものでしかないのです。そのことによって、現在段階でもすでに日本生産地農業の状態はたいへんな崩壊を続けつつあるわけですね。農村の地域コミュニティーというものが全部崩壊しつつあるという面から見ると、私はやはり、生産地に一ぺんで、特に第一次産業、農業のような分野に決定的な打撃を加える前に、いまの円が強くなったというものをどうするかということになると、何といっても輸出、この中での二重価格、これを決定的に押えなければどうにもならぬのじゃないかと思うのです。そういう観点から、私は宮崎先生の御指摘に大賛成なんでありますが、先ほどの矢野先生の御指摘ではどうも私どもの印象では、生産者がよくないのだ、農村がよくないのだ、こういう印象にとれますので、その辺を若干解明させてほしいと思います。
  17. 矢野彈

    矢野公述人 ただいま土地問題で、私があえて決着がついたと申しましたのは、御指摘のとおり、結論が出たと申しているのではございません。その決着がついた、逆にいえば手をこまねいているうちに大企業業者によって決着をつけられましたぞ。だからいかにどうするか。しかし土地はないのではない。大企業所有したその土地を、要するに積極的に住宅建設への参加という引き出しとする、そういう施策ができないでしょうかというふうに申し上げておるわけです。  私どもの調べによれば、四十七年三月末で一億七千九百七十七万三千平米の企業の取得がなされておるわけです。そしてそのなされた取得の、東京なら東京ということを取り上げました場合に、さきにも申し上げましたように、二千五百九十四万六千平米足りない。これは四十坪の平建て計算で足りない。しかし、埼玉、千葉、神奈川をグロスしますと七千九十二万七千平米で、足りるのだ。そこで、一つ土地に対するあきらめということが、逆にいえば投機性をあおってきたわけです。しかし土地はあるのだから、これをどう生かすかということを考えるならば、土地の投機が一応ここでとまるであろう、スペキュレーションがとまるであろうということは、現実の事実として認識をするのが大事なんじゃないでしょうか。土地が足らない、足らないというからこそまた投機をあおるのではないでしょうか。そういう意味においての決着ということを、あえて決着と結論というふうに私は使い分けたつもりなんですが、ことばが足らなくてたいへん申しわけなかったと思います。そして土地の問題は、税務評価で、全国の土地は四十四兆でございます。これを時価評価に計算するとどうか。建物は七十兆でございます。これも税務評価でございます。これをどのように時価評価するかというのは、条件やそのようなバランスからいいますとたいへん違おうかと思いますが、いまの御質問に対する第一のお答えにさしていただきたいと思います。  それから第二点は、私は、生産者が悪いということを申し上げているのではなくて、物価というのは運動法則があるんだ、その運動法則は、需要に対して供給が上回れば価格は下落し、そして需要に対して供給力が下回れば価格は上がる。現実に、ことしの一月不況カルテルの十三の解消は、みんなそういう形で景気回復をしているわけです。三十八年から三十九年における景気回復は、これは生産の伸びによって、そして売り上げを伸ばすということですが、今度の景気の回復は、生産は伸びてございません。生産を伸ばさず、価格のマークアップによって景気回復をしているというのがたいへんな差でございます。そういう意味においては、生産流通消費という中のバランスということの体系的なシステム化が、政府施策の中で予算化とともにできるようなことはないんでしょうかと申し上げているわけです。この流通対策費の中に、これは申し上げましたけれども、四億三千万余で消費地規模低温貯蔵庫というものが昨年川崎と大阪でつくられていますが、ことしの予算づけの中では、どこにつくるかという最終結論が出てない。そこになおかつ生産流通消費というトータル考え方がないんじゃないでしょうか。  それから輸出構造の問題に触れられましたが、先ほど日本アメリカ輸出するものがあげられておりましたが、逆にアメリカから日本輸出されている十品目をあげますと、金額は別といたしまして、第一位が石炭でございます。第二位が木材でございます。第三位は大豆でございます。第四位は航空機でございます。第五位は小麦でございます。第六位が電子計算機、第七位がトウモロコシ、第八位が綿花、第九位がコウリャン、第十位が鉄鋼くずです。あれだけの近代国家といわれるアメリカからは、近代商品といわれるものは航空機と電子計算機しか入ってきてないんです。これに対する日本は、自動車にしましても鉄鋼にしましても、金属製品、テープレコーダー、すべて二次加工製品が出ていっています。そういう意味においては、このアメリカ日本の彼我の差という形の中で、アメリカの持っている悩み、日本の持っている優位性、付加価値を高める二次加工業としての体質がここにあるわけで、これを改善しませんとドルがたまる。たまったドルが切り下げられて、しかも二百億ドルのうち一割が切り下げを食うならば二十億ドルの損だ。そこに、逆にいえば、輸出が悪いということよりも、このためられた、これはわれわれの汗でためられた金でございます。これを開発途上国の国づくりにわれわれが積極的に参加する。そこで新しい輸出マーケットが開ける。それは相互のバランスの国際協業の中に行なえばよろしいということでございます。第一の答えと第二の質問に対するお答えにさしていただきたいと思います。
  18. 阿部昭吾

    ○阿部(昭)委員 先生の御意見はよくわかりました。  そこで、宮崎先生にお伺いしたいのでありますが、輸出コスト国民の利益になる形で引き上げるのには、二重価格制、これをやめさせる必要があるという先生の御所論、私ども全く同感なんであります。問題は、たとえば公害コスト、これがいままでは国内に、国民の上に転嫁をされてきておったと思うわけであります。こういうコスト輸出価格に分担をさせていくということが必要なんじゃないか。また先ほども御指摘の、われわれの周辺にも弱電機の下請工場のようなもの、あるいは繊維関係の下請工場のようなものがたくさん来ておるわけなんですけれども、これなどを見ておりますると、まるでたいへんな低い条件で働かされておるわけなんですね。こういう下請に対する、あるいは下請代金、こういうものに対する保障、これも先ほど御指摘ございましたけれども、私ども全く同感なんでありますが、今回の四十八年度予算ですね、この中では、私どもなかなかこういう角度のものがはっきりと対応され、対策されておらないという認識をしておるわけなんです。こういう面で、今年度予算でこのような問題に対してどういう対応をなすべきか、立ち向かいをすべきかということについての先生の御所見をお聞かせ願いたいのであります。  次の問題は、ドルの流入による余剰資金が土地あるいは株式、こういう投機に使われてくる、こういう現状の中から、わが国もやがては、資本進出という方向で多国籍企業という形をとるか、いろいろそういう形が現実の問題としてあらわれてくるんじゃないかということを私どもは心配しておるわけであります。こういうことに先生が、いまどういう現状の御見解を持っておられ、わが国自体はどういう対応をすべきかということを、お聞かせいただければありがたいのであります。  三番目の問題は、円の切り上げに伴って国民の財産である外貨準備、これは確実に減価されるわけであります。減るわけであります。ドル紙幣はたまっても、国民の幸福というか、そういうものには全然ならない。これは、わが国がフランスなどと比べますると金を持たない。そういう意味では顕著に、今回のような場合にドルの紙幣はたまったけれども、こういう問題になってくるとがくっと持っておるものの値打ちが下がる、こういうことになるわけですが、こういう点を一体どういう形で防止をすべきか、この点についてお聞かせを願いたい。  それから、近い将来における国際通貨体制、これを一体どのようにしたらいいのか、これもお聞かせを願いたい。特に、スミソニアン体制というものが再建できるのかどうか、またどうしても堅持しなければならぬものなのかどうかという点。それから、マルクやフランだけに向かうべきだという考え方もあるわけですけれども、これは一体どういうふうに考えるべきかというような点、お聞かせ願えればありがたいと思います。
  19. 宮崎義一

    宮崎公述人 たいへん大きな問題ばかりで、あまり時間がありませんので、うまく全般にわたってお答えできるかどうかわかりません。  第一の問題は、今回の予算編成で、これでいいのかということでございますが、これはもうさっき倉成さんにも私、申し上げたことでして、予算編成はできるだけ新しい変動相場制に対応して組み立てられるほうがよろしいという考えなんです。しかし、そのことを倉成さんは補正予算でやるんだ、それのほうがむしろ混乱は起こらないというお考え。私は、補正予算と今度の予算と一括してそれは変動相場制予算だというふうに考えるならばいいだろうと思っているのです。そのかわり、この変動相場制は長く持続する。これはアメリカから必ず強く切り上げ要求がくる。つまり、変動相場制から固定レートへという要求は、二つの圧力がかかってくると思います。それはもちろんアメリカであります。アメリカはできるだけ早く、ドルがまだ価値が高くならないときに切り上げたいと希望している以上、早ければ早いほどよいという形で攻めてくる。それからもう一つは、国内の商社が変動相場制というのはなかなか取引がしにくい、そういう要求があるわけです。  ところが、倉成さんは変動相場制というのは賛成だとおっしゃっていて、その中で、実勢の円がきまるまでは変動相場制であることが望ましい御意見のようで、つまりその点では私と同意見だと思うのです。そうだとすると、その二つの圧力に抗して変動相場制を持続さして、円とドルの実勢が、いまかりにあるようなアンバランスよりも、是正されるまで長期にわたって変動相場制を持続すべきということになるのだろうと思います。つまり、ポンドはすでに昨年六月に変動相場制に入って、いまだに変動相場制なんであります。一昨年のスミソニアンのときも、八月の二十八日から十二月十九日まで約四カ月やったわけで、今度四カ月やれないはずはないし、ポンドのように変動相場制を持続できないはずもないわけで、つまりそういう政策決定の中で、変動相場制についていまのような御理解であれば、当然実勢が安定するまでは変動相場制という御姿勢でなければなりません。かなり長くなる。つまり、補正予算がおくれればおくれるほど長くなるというのが私の考えです。補正予算が、円レート切り上げ後のアフターケアの補正予算にならないことを私は強く期待したいわけで、むしろ重要なことは、変動相場制というシチュエーションの中でとるべきストラテジーがあるわけで、切り上げのみが唯一の手段じゃないということをお考えくだされば、切り上げに至る前の輸出価格の、あるいは輸出構造の再編成のための補正予算、それを期待したいわけです。本来ならば今度の予算で期待したいわけですけれども、しかし、時間をかけてじっくりおやりになるならば、その中でぜひ盛っていただきたい、こういう意見になったわけです。それが第一点です。  第二番目は資本輸出のことでしたか、つまり土地のこととかいろいろおっしゃったのですけれども、結局、資本輸出がこれから多くなるのではないかというお考えですが、その前に一つ補足して申し上げたいのは、シュルツ財務長官が、二月の十三日に一〇%切り下げをやったときに、一つ付随的に重要なことを言っているのです。それは、一九七四年十二月三十一日までに金利平衡税を撤廃する、それからもう一つは、対外直接投資局の規制を解除する、こう言っているのですね。この二つは何を意味するかといいますと、ドルを一〇%切り下げますと、アメリカが今度日本の株を買う場合は、一〇%以上余分なドルを持ってこないと買えなくなる。ところが、実はケネディがドル対策として、アメリカ人が国内の株を買うのはいいけれども、海外の株を買うとドルが流れるから、ドル防衛のためにつけたのが金利平衡税一〇%、初め一五%ぐらいだったと思いますが、一〇%程度あるわけです。ということは、ドルを一〇%切り下げたけれども、金利平衡税という障害を撤廃しますと、外国の証券を買うアメリカの投資家はそれほど支障を来たさない、前と同じ状態になるという状況をつくり出している。それと同時に、ジョンソンの時代に非常にきびしくやった直接投資規制をニクソンになってから非常に緩和した。つまり、アメリカの資本進出というのはこれから強くなるということをそれは意味している。つまり、ドルはこれから強くなっていくという見通しの中で、日本に対して資本の自由化をことさらに強く要求してくるというのは、実はそういう要求がもうすでにあらわれているというふうに考えられる。アメリカの資本進出が強くなるでしょう。それをぜひこの際申し上げておきたい。そのことについてどういうふうに考えておくのか、これも大事です。  それからもう一つは、日本の円がドルに対して強くなると、日本企業ドル建てで外国の株が買いやすくなるということなんです。つまり二〇%円の値打ちが上がりますと、いままで百二十円出して買わなければいけないものを百円で買えるというわけですから、当然輸出はしにくくなるけれども、資本進出はしやすくなるということなんです。  したがって、まず第一に、いま構造の転換ということで輸出構造の転換が起こりますと、たとえばテレビなど明らかに今度は転換すると思いますが、国内でテレビの組み立てをやるよりは、あるいは韓国でテレビの組み立てをやったほうがいいという形に、テレビの場合はかなり確実にそういう予想がつきます。それは貿易は困難だけれども、資本進出は簡単で、企業としては韓国から輸出すればよろしい。つまり、企業ベースではどこから輸出したっていいわけで、日本輸出はふえなくたっていいわけです。つまりナショナルインタレストと無関係でいいわけで、つまりドルを安く買ってそして韓国の会社を買い取る、そして韓国からアメリカ向けに輸出すれば、韓国のチープレーバーを利用してそのテレビメーカー自体はそれでもうかるわけです。日本輸出は減ります。しかし、韓国の輸出はふえて、そして日本企業は何一つ苦痛を感じない。そういう企業ベースの解決として資本輸出は進むであろうと思われるのです。  この構造を今後どういうふうに考えていくか。そうすると、いまアメリカの労働組合がいっているのは、アメリカの多国籍企業が進めば進むほど国内の労働者は就業機会を失うではないか、国内の労働者に就業機会を与えないで他の国に就業機会を与える行為を多国籍企業はとっているといって、アメリカでは労働組合が猛烈に反対をしています。つまり、そういう形態が日本で起こる可能性が起こってくるでしょう。したがって、資本輸出がこれから伸びていくときに、日本はどういう態度でやるのか、このことをきちんときめておかなければなりません。  その上に重要なことがあります。日本の平和憲法というのは海外派兵を禁じているわけです。ところが、いまだかつて歴史上資本が裸で輸出されたことはないわけで、資本のいくところ必ずユニオンジャックがついて回るし、あるいはスターズ・アンド・ストライプスがついて回ったわけです。つまり利権がそこに確立する。利権というのはその政府とともに成り立っている。その政府が内乱で倒れるような危険があるわけです。そうすると、一体どうするのか。日本の場合は海外派兵を禁じているわけですから、資本だけ裸でいけるためには、日本はどういう条件を設定しなければいけないのか。特殊な平和憲法下における資本輸出というのはどうして可能なのか。可能でないならば、資本輸出そのものを考えなければならない状態、つまり既成事実の上で、海外派兵になるような危険のないことを十分考慮に入れた資本輸出が必要だろうと思うのです。そういう意味で、輸出問題というのは、ただ単に経済問題ではない。かなり大きなナショナルインタレストあるいは利権の問題とからみますので、これはたいへん重要な審議事項ではないかと思います。  それから三番目は、外貨準備のいままでのあり方についての問題のようなのですが、これもあまりしゃべると長くなるのですが、簡単に申しますと、実は日本に外貨政策というのがあったとすれば、一つあったと思うのです。それは金よりドルのほうが値打ちがあるという外貨政策であります。これはたしか池田総理大臣のときの答弁を大きく私は記憶しているのですが、金には利子がつかないけれども、ドルアメリカの銀行に預金すると利子がつく、ドルはいつでも金とかえられる、したがって金にする必要はないんだという形でドルにかえてこられた。先進国の中で唯一の、七億ドルしか金を持っていない先進国というのは日本をおいてほかにはない。今度のボルカーがヨーロッパにかけ合ったあの一〇%切り下げというのは、金価格の一オンス三十八ドルから四十二ドル二十二セントへの切り上げ、金価格切り上げなわけですね。そうするとフランスは約五〇%金を持っているわけです。ところが西ドイツは約四分の一くらい。ドルで持っているものは価値減価をしますけれども、金のほうは価値が上昇しますから、外貨保全政策としてはドルの一〇%の切り下げというのは、その過去の国民の血と涙の結晶の財産保全策としては有効であったと思われます。日本の場合は一体どうか。それはずっと一貫した外貨政策のために二百億ドル近い、先ほどこれは矢野さんがいみじくもおっしゃったので、矢野さんとその点では意見が同じなんですが、二百億ドルのうちの二十億ドルをみすみす捨ててしまった。私は実は、インフレで預金者がいま預金の目減りをしていてけしからぬと思っているのですが、日本国民全体の血と涙の結晶である外貨が、一瞬にして一〇%目減りした責任というのはあるだろう。ヨーロッパではその責任をできるだけ国民に負わせたくない政策の中で、ドルの切り下げという形の選択をしたと思うのです。その辺のところの外貨のポリシーというのは何であるか、そういう意味で、いままでの外貨政策全体に対する反省がここで必要になるでしょう。  対策としては、金で持つということはいまのところなかなかむずかしくなってまいりました。つまりチャンスは前にあったのだけれども、チャンスを逃がしたわけです。そうすると、一体ドルでだけ持つのかあるいはマルクで持つのか、スイスフランで持つのか、そういうつまり外貨政策の選択の問題が起こってくるわけです。そのことができるためには、アメリカドルを甘んじて持っていなくて、アメリカドルを売ってスイスフランを買うくらいのドラスチックな経済政策の転換をやらなければならないことになりますが、はたしてそれができるのかできないのか、この点のところがいまの政府の腹づもりを実はこれから期待したいわけであります。もしそうでないと、ドルはいつでも切り下げるたんびに、われわれの蓄積したドルの価値は一方的に減価させられる。へたすると半分になるかもしれない。つまり金価格がいまから二倍になりますと、非常にドルの価値が下がってまいります。そういう傾向の中で手放しで待っているのかということになりますと、それはたいへんわれわれは許すことのできないことではないか、あるいは国民に対して申しわけないことではないかと思います。これが第三です。  第四は、これはたいへん大きい問題で、ちょっと時間がありませんので、もうあるいはかんべんしていただきたいわけで、もしよろしかったら四番目の通貨体制というのは、ここではちょっと場も違いますものですから、お許し願いたいと思います。
  20. 根本龍太郎

    根本委員長 次に、小林(進)君。
  21. 小林進

    ○小林(進)委員 何か時間もないようでございますから、私は、私の主張は簡単にして、三人の先生方にそれぞれお伺いをいたしたいと思います。  御発言をいただきました順序に従って、まず矢野先生にお尋ねいたしたいことは、実は国鉄赤字の問題に関連いたしまして、労使でこの問題を真剣にもっと考えるべきではないかという御発言だったというふうに聞いておりますが、先ほどからしばしばお話のありましたように、二百億ドルに近いドル国民の血と汁の結晶である。しかし、このたまったドルが結局インフレの種になったり、土地の買い上げに化けたり、株の値上がりに化けたり、骨とう品や絵画、書籍の購入費に化けたりして、一切の悪の根源になっているわけでございますが、これに対して田中総理大臣も、裸の日本がこれほどの財産をつくった、これは全部国民の努力の結晶だから、今後はこれを国民に正しく配分するために福祉政策優先でいかなければならない。まことにことばとしてはりっぱなのでございますが、しかし、それが今年度予算の中には、まあ私ども野党に言わせれば一つもあらわれていない。いままでの経済、重工業を中心にした輸出優先主義の経済構造、産業構造そのままに若干の手直しが行なわれているだけで、こんなことでは問題の解決にならないということをしばしば言っているのでありますが、その一環といたしまして、ほんとうに福祉経済に切りかえる、福祉優先でいくというならば、ことばの問題ではなくて、日本の経済構造、産業構造というものに具体的にあらわれなければならぬじゃないかということを言っておるわけであります。  じゃ、福祉経済というのは、形にあらわせば一体どんなことなんだ。これも私どもは予算委員会でしばしば繰り返したことでございますが、世界的に福祉経済論などという学説がまだ固定をしているわけではございませんし、福祉経済という具体的なビジョンといいますか、構造がまだ明らかになったわけでもございません。  そこで、私どもがモデルとして考えられることは、やはり社会主義国家における経済政策、構造が一つのモデルとして考えられるわけでありまするが、そこへいきますと、いま私が質問を申し上げたいという、いわゆる運輸行政といいますか、日本でいえば国鉄、まあ鉄道、そういうものは国民の生活に欠くべからざるものだということで、ただではありませんけれども、運賃というものは非常に安いのであります。国民の生活を脅かさない程度で非常に安い。国民が脅威を感ずるようなことなしに非常に安い。まして、社会保障の一環でありまする国民の健康を保障する健康行政とか年金行政は、これはもう金を取らないで国で一切責任を持って、ただでこれを供給をいたしておりますが、そういう鉄道とか運航に関するものは、ただではないけれども、ただに近いぐらい、それほど安い料金でこれが行なわれているのであります。  でありまするから、いま政府がそういう経済成長優先主義から福祉行政に変わっていくというならば、その福祉行政を具体的に示す一環として、保険料などを値上げすべきじゃない。まして、国民の足であるのだから、国鉄運賃なんというものはやはり値上げすべきじゃない。むしろ下げる方向へ持っていくというのが、福祉行政という抽象的なことばを具体化した一つのあらわれではないか。それを、口で福祉行政を唱えながら、形の上では、赤字だからというので、また独立採算制に名をかりて、どんどんどんどん運賃の値上げをして、国民の足をも奪うような、不便を与えるような、不自由を与えるようなやり方は、まことに口と実際とはかけ離れているではないかということを私どもは考えているわけでございますが、こういう福祉行政という政府の政策転換、流れを変えるというその行政のキャッチフレーズの中で、国鉄運賃を値上げすること、あるいは赤字だからというので、また独立採算制に固執することは、私は、国の姿勢としては間違いではないかと考えておりますが、これに対する御意見をひとつ承っておきたいと思います。  それから今度は二番目に、宮崎先生にお尋ねいたしたいと思いますことは、これももう前質問者からも繰り返されておるので、なるべく簡便にいきたいと思いますが、先生は、日本が一六・八八%の円の切り上げをやっても何らの成果があらわれてこなかった理由を二つおあげになりまして、特に二重価格制、特に家庭電器にこれが非常に多いと思いますが、二重価格制が改められていない。それから第二番目には、いわゆる下請にその一切のしわ寄せをしておる、こういうお話がございました。この二点を改めて、円の切り上げと同じような効果をあげなければ、円の切り上げは、再切り上げ、再々切り上げと無限に続いていく危険といいますか、要素は一つも取り去られていないぞという、非常に私どもの首肯に値する御意見をちょうだいしたわけでありますが、この下請に対するしわ寄せの問題も含めて、やはり日本の低賃金構造に結論がいくのではないか。なぜ一体ドルがたまったかといえば、やはり低賃金構造、安い労働賃金で非常によい品物をつくって、それを外国へ持っていって、そのかわりにドルというまことに値打ちのない、しかも、毎日毎日その価値が下がっていくという、そういう不安定なものをかわりに持ってきて、それをだんだん蓄積をしたということが、今日この事態に追い込まれてきた原因であると私は思うのであります。  でありまするから、私どもといたしましては、円の切り上げ、再切り上げ、再々切り上げにかわるべき方策としては、低賃金でいい品物を外国へ輸出するという、その本質を直さなければだめではないか、そしてたまっているドルを減らす、将来に向かってもたまることをやめさせなければいかぬ、結論はそれ以外にないと私は思う。やめさせる。減らしていく。そのためには、いま世界からも批判されている日本の低賃金構造、先生はこれをダンピングと言ってもよろしいとおっしゃいましたが、そういうことも言い得ると思いますけれども、その意味において、賃金を大幅に引き上げると言うと差しつかえがあるかもしれませんが、せめてヨーロッパ並みの、世界の水準並みの賃金に引き上げることが、いわゆる円の切り上げに相当する最も的確な方法ではないかというふうに私は考えているわけであります。  政府は、福祉経済と言い、社会保障を充実すると言います。そのための高福祉、高負担と言いまするけれども、賃金構造を引き上げてくれば、私は社会保険料の引き上げは反対でありますけれども、ある程度引き上げて社会保障を充実するための負担を増額していっても、賃金が上ってくれば、それは労働者も勤労大衆もそれに耐え得る。その意味において、福祉行政も非常に軌道に乗っていくし、また国内のたまったドルを、先生は資本輸出するとおっしゃったが、そういうこともありましょうし、あるいはマルクやスイスのフランと交換をして安全をはかるという方法もありましょうが、いまの差し迫っての国内の需要率を高めていき、社会保障を充実するということが、円に切りかえる方策だと私は思っていますが、その国内需要を高めるためにも、賃金を、いわゆる勤労者や農民や中小企業者の生活を豊かにしていけば自然に需要率は高まっていって、国内の購買力も高まってくる。政府輸入輸入と言いますけれども、いかに輸入しても、国民自体が貧困の状態で、その日の生活に追われているようでは、どんなに安い輸入品を持ってきたって買い得るものではないのでありますから、私は、先生のお話を承っておって、その二重構造から、いわゆる下請のしわ寄せの問題も含めて、この際思い切って賃金を大きく引き上げるべきではないか、そういうふうに考えているわけでございますが、ひとつこれに対する先生の的確な御指導をいただきたい。  第三点、國井先生にお尋ねをいたしたいと思いますが、國井先生から、社会保障その他行政の不服審査制度の不備等について、実態をあげてお述べになった点は、私は非常に重大だと考えるものであります。特に、中村さんの問題については、どうも涙なしには聞いておれないのでありまして、私は若干錯覚いたしまして、はて、月に六万円ならばまあいいから、月に六万円の制限、そのための併給制限があってもいいのではないかと言って仲間の諸君に話したら、君、とんでもない、これは一年間に六万円なんだ。一年間六万円に頭を打って、そして併給を禁じるなどと言われて、私も自分で錯覚をしながらも驚いたんでございますが、こんなインフレの中で、一カ月五千円でどう暮らしていくか。老齢福祉年金で五千円とは、たばこ銭だという論議がこの国会の中でしばしば繰り返されてきたが、そのたばこ銭にも値しない五千円で暮らしていけ、それ以上のものは併給禁止だなどということは、実に残酷物語といいますか、これは歴史をたずねても、封建時代にもないような悲惨な状態だと私は思います。これを突き詰めていきますと、そんなところで併給制を禁ずるということは、同時に、日本の障害年金も含めて、社会保障、年金制度それ自体が、やっぱりヨーロッパ諸国に比べて極端に立ちおくれたままで放置をされてきたということの結果にほかならないと思うのでございまして、併給問題を含めて、老齢者に対する年金や身体障害者に対する対策で、一体どうこれを具体的に対策をもっていって修正をし直していくかという、そういう点に対しまして、先生にむしろ御意見があれば承って、なお、今後のわれわれの国会活動の資料にいたしたい、かように考えている次第でございます。  以上、お伺いいたします。
  22. 矢野彈

    矢野公述人 ただいまの御質問は、国鉄の問題は、この赤字は、福祉社会の問題の基盤を考えた場合にやむなしではなかろうか、集約するとそういうような観点に私は受け取れたんですが、私が申し上げているのは、財政硬直性ということは、国鉄の場合しばしば三Kという形であげられているわけでございますが、その場合に、この財政硬直の一端をなしている国鉄の実態ということは、これは単なる財政硬直だけではございません。二月十二日の日経紙の夕刊が伝えるがごとく、物価の問題でも、順調に入荷が入るということによって二、三割安くなっているということを伝えているということは、国鉄は、足ばかりでなく、財政の弾力を増すという角度に立ちましても、物価という問題に立ちましても、国鉄再建ということを労使がどの程度の認識の基盤に立っているか、それからまた、政府そのものの中でどのように考えていかなきゃならないかということをしなければ、四十八年度で、単年度ほっておいて四千億の赤字。そして運賃値上げ政府からの八百億ばかりの助成金によって二千億の穴埋めをする。しかし、これでは問題の解決にはならないんじゃないでしょうかということを申し上げているわけです。かつて、昔、電力が全国統一レベルの企業体でございましたけれども、地域分割によって、そこにおける一つの地域の公共性という中で、一つの公共事業体が成立いたしております。この地域公共事業体はすべてバランスのとれた形で推移をいたしております。何かその辺の施策ということが必要じゃないでしょうかということの、問題の喚起と提起が必要じゃございませんかということを申し上げているわけです。  そこで、日本というものを皆さまは先進国とお考えなんでしょうか。私はそう思っておりません。先進国の入り口に立ったというのが現実でございます。と申しますのは、日本の顔東京、あるいは世界東京と申し上げましても、下水道普及率は三二%です。あるいは企業ベースを取り上げますと、自己資本は三割で、他人資本は七割。これは海外の先進国にいけば逆転しております。ですから、現象の先進国という実態はあろうかもしれませんが、この成長がいけないということじゃなくて、この成長した、そのもたらされたものを、社会資本の充実あるいは企業の充実という形に使われてこそ、国も豊かになり、企業も豊かになり、国民も豊かになるんじゃないかということだと思います。  そのほか、高福祉、高負担ということのお話がございますけれども、利用者負担をしようと税金でまかなおうと、出ているところは、ここにいらっしゃる先生方もひっくるめて、私もひっくるめて、国民の税金のふところから出ているわけです。国民のふところから出ているわけです。このふところをどのようにバランスさせるかということが社会保障に対する考え方であり、その中での制度化が、私は社会保障制度に対する問題点だろうというふうに思います。高い安いということの問題よりも、その中から未来に対してどういうことが描けるのか。先ほど申し上げました先進国でないという事実が、社会保障のまた事実でもございましょう。そういう意味においては、段階的に、現実的に解決を進めていかなければならないんじゃないかというふうに思います。  いまのようなことでお答えの内容にさしていただきます。どうもありがとうございました。
  23. 宮崎義一

    宮崎公述人 簡単にお答えいたします。  私は、賃上げそのものに反対なんじゃございません。昨年の春闘の前にスミソニアン体制がありまして、それで春闘がかなり水をさされたという感じが私もしているわけで、実際は、それにもかかわらず黒字基調になりましたし、危機だ、危機だと言っている中で、実はそうならなかったことを見ますと、あのときにかなり不況を言った賃上げ水さし論というのは、結果から見れば不当であったというぐらいに思うわけであります。しかも、春闘というのは、毎年毎年生産性の上昇と伴って、それから物価の上昇とともに賃上げを要求すべきことであって、これはレートが上がったから急に変えるといったふうな性質のものではない。それがもし、先進国の間で最大の賃金を示している場合というのなら別でありますが、そうでなくて、先ほど御指摘がありましたように、たいへんに大きな格差がございます。だからその点について、今度の春闘が、この事態に対して特に何か大きな修正を加えなければならないというふうにお考え——先ほども実は、御質問なさった方が、大幅というわけにいかないけれどもとおっしゃったのは、どうも私ふに落ちないわけで、それはそれで既定の方針でよろしいのではないかと思います。  ただ、私がここで強調したいのは、賃金春闘というのは、労働組合という非常に大きなパワーがあって可能な条件を備えているわけですが、しかし、きょう御指摘したのは、二重構造の底辺で、言うならば、そのパワーを持たなくて埋もれている人たちが、輸出のこの構造の中でいつでもクッションになっているという事実を申し上げたいのです。つまりそのことは手を触れないで、ただ賃上げのほうはできるからと、イージーゴーイングに賃上げをされるんでは、私は実はそれは困るなと思っているんです。一番やらなければいけないのは、どん底にあえいでいて、言われたままにコストを下げられるもので、これは、研磨の下請価格というのは二五%も切り下げられたという統計が、いまの国民金融公庫のあれに出ておりますが、そこを一体そのままにほうっておいていいのか。これをまず第一に言いたいわけです。  それから大企業の二重価格制。たとえ賃金を上げても、輸出価格をダンピング価格にするということは可能でありますから、そこにメスを入れませんと黒字基調はまた続くわけで、そこにぜひメスを入れていただかなければ、今度の問題は解決しないであろう。  それから、賃金のこともさることながら、実は西ドイツなどは、社会保障費を非常にたくさん企業は分担しておりまして、それがコストの中に入っていて、なお輸出をしているわけであります。そういう賃金のみならず、社会保障費において非常に劣位にある。言うならば、日本はまだ先進国のような構造でなく、先ほども矢野さんがおっしゃったように、賃金構造あるいは社会保障構造においてなお劣位にあるでしょう。その上にさらに加えて、その下積みの人たちがまだいて、言うならば、日本は二重構造の状態をまだふっ切れない。これは所得倍増計画のときから二重構造を直すと言っておられたんですけれども、事実は、いまのような輸出価格構造でもごらんになれますように残っておりまして、言うならば、それがいつでもクッションになっている。いわば、身を切って日本輸出のために貢献してきたわけです。その貢献のしかたが、貢献したと言っていながら、実は何一つその人たちを見てこなかった。それをまず第一に私は着手していただきたい。順序から言うと、二重価格制、それから社会保障の企業の分担をふやすこと、そして賃金、こういう順序がやはり考えられていいのではないか。賃金そのものに対しては反対ではありませんけれども、そういう順序立った政策をぜひ期待したいというふうに考えておるわけです。
  24. 國井國長

    國井公述人 小林先生から社会保障の問題につきまして御質問いただきましたが、昭和三十四年の第三十一国会で、衆議院の国民年金法公聴会におきまして、私、公述人として意見を述べさせていただきましたし、また、三十五年の第三十四国会の衆議院の社会労働委員会で、身体障害者雇用促進法につきまして、参考人として意見を述べさせていただいたのでございますが、いま先生からいろいろ御質問を賜わりまして、この問題に対する先生の御努力に敬意を表します。  そこで、一つ申し上げたいことは、昭和三十七年に、自民党、社会党、民社党がそれぞれ社会保障の長期計画をお立てになったのでございます。自民党の場合には、自民党の社会保障調査会の計画でありまして、あるいは自民党として党で最終的に決定したものでないかもわかりませんが、その自民党の社会保障長期計画によりますと、一九七〇年、すなわち昭和四十五年度におきまして、社会保障費は一般会計において、たしか私の記憶に間違いなければ、きょうここに資料を持ってまいりませんでしたが、一般会計の二〇%を占めるべし、こういうふうな御計画だったようでございます。ところで、本年度予算を見ますと、国家予算の一四・七%でございますので、ずいぶんこれが下回っているといわなければなりませんので、自民党におきましても、社会保障に熱心な先生方がたくさんおられまして、私、敬意を表しておりますので、こういう問題についてはどうか超党派で、社会保障をもっともっと充実を急ぐようにしていただきたいのでございます。  具体的な問題につきましては、先生方のかねての御努力で、国民年金、厚生年金が本年度から二倍半に引き上げられますが、先ほど申し上げましたように、国民年金では、当面夫婦で二万五千円、厚生年金では、正確に言えば平均三万八千円ぐらいでございます。でありますから、せめて、五万円といわなくても、その年金の最低保障額をもう少し底上げをしていただきたいのでございます。  こういうふうに、ただいまの本年度予算あるいは法律案で引き上げましても、まだまだ、この平均をもっと下回る二万円とか、あるいは二万五千円というふうな低額の年金がございます。これをうんと引き上げるように御努力を願いたいのと、問題なのは福祉年金であります。なるほど福祉年金は全額国庫負担でやるんだし、保険料を拠出していないから低額でもがまんしろ、これが政府のいつも言う紋切りことばです。しかしながら、率直に申し上げますと、政府の怠慢のために、昭和三十六年四月まで、拠出したくても国民は拠出することができなかったわけです。そういう点からいたしまして、国民年金法によるところの無拠出の障害福祉年金、老齢福祉年金、母子福祉年金につきましても、拠出制年金のせめて七割程度確保できるように、大幅に年金額を引き上げていただきたいのでございます。  御参考に申し上げますると、たとえば補完的の福祉年金の場合に、国民年金法の被保険者になりまして、所得が低いために三年間の間一回も保険料を払わない、つまり保険料が免除されましても、障害福祉年金よりも高額な拠出制の障害年金はもらえる、こういうふうなあたたかい規定もあるのでございますから、保険料を納付しないから年金額は低くてもいいんだということは必ずしも言えないと私は思います。こういう点で、額の点は研究いたしまして申し上げたいと思いますが、大幅に引き上げるように格別の御配慮を願いたい。  それからもう一つは、先ほども中村さんのところで申し上げましたように、せっかく年金制度がありましても、この年金制度の谷間に立つ無権利の者が数百万人おります。たとえば身体障害者関係でも、約五十万人の人が一銭も年金が支給されていないというふうな状態でございます。少なくとも、一昨年から施行されております国民年金法の老齢福祉年金を、六十五歳から七十歳未満で二級の障害者に支給するというのを、六十歳以上あるいは五十五歳以上の老齢障害者にも支給することは、私はさほど財政負担にはならないと思いますので、せめてこのくらいの年金の支給範囲の拡大と、それから障害福祉年金の併給制限の撤廃などは、ぜひこの国会で御修正を願いたいと思うのでございます。  それから、さらに関連いたしまして、身体障害者の問題では、年金は基本的な身体障害者の所得保障でございまするが、むしろ身体障害の程度が軽くて、若い者につきましては、年金保障は従といたしまして、雇用の機会を与えて働かせるようにしてもらいたいのでございます。これは先生方の御努力によりまして、昭和三十五年から身体障害者雇用促進法が施行されておりまするが、この中身は、現在まだ非常に貧弱でございまして、特に大企業におきましては、身体障害者の雇用に対する規範意識というものがないのであります。でありますから、この雇用率が達成しないのは大企業でございますので、大企業が身体障害者を進んで雇い入れるというような態度を示しますことによりまして、この問題が一歩前進いたしまして、若くて障害の軽い身体障害者には働いて独立自営の生活ができるようにし、それから障害が重い、たとえば片足切断であるとか、片腕がないとか、あるいは結核で障害が重いというふうな、身体障害者福祉法でいえば四級以上、国民年金法でいえば二級以上の障害者に対しましては、年金で所得保障をする、こういうようなことにしていただきますことが、国民皆年金のたてまえから申し上げましても、私は適切であろうと思います。  それから、第三点といたしましては、せっかく国会の先生方が御努力されまして、まあ徐々にではございますが、社会保障は前進しつつございます。ところが、先生方の御努力によりまして国会で議決制定されました法律が、必ずしも法律の額面どおり国民確保されているかというと、そうでないのでございます。一年に三千件あるいは四千件が違法、不当の処分がされております。これも不服申し立てをしますれば、審査会などによりまして救済されるのでございますが、先ほど申し上げましたように、ずいぶん泣き寝入りしている者もございます。そういう点で、どうか先生方におかれましては、政府を鞭撻されまして、先生方が御制定になりました法律が、法律の額面どおり国民確保されますように、先生方から政府への格段の御督励をお願い申し上げたいと思います。  まだ述べたいことがございますが、時間の関係がございますので、この辺で遠慮さしていただきます。
  25. 小林進

    ○小林(進)委員 私も、時間の関係がありますので、これで質問を終わります。
  26. 根本龍太郎

    根本委員長 これにて本日の公述人に対する質疑は終了いたしました。  各公述人の皆さまには、御多忙中のところ、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。  明二十三日、午前十時より公聴会を開催いたします。  本日は、これにて散会いたします。    午後零時五十九分散会